表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Killing syndrome  作者: 兎鬼
第4章 激突
PR
21/26

花びら


9月14日(土)11時


ピュン


油断した。


てっきり弾は全て打ち尽くされたのだろうと、そう思った。

階段に向かおうと、ちょうど廊下から出て階段の方へ向いた瞬間。頭の左側に向けてゴム弾が飛んでくる。


普段ならば、確実に躱せる。意識していたなら、体重移動で衝撃を外に逃すことも可能だった筈だ。

けれど、全身に負ったダメージのせいで注意が散漫になっていた。気づいた時には弾は、頭から10cmのところまで、近づいていた。ここまできたら今の私にはせいぜい、体をそらして威力を殺すのが精一杯だ。


弾が当たる前に、精一杯の力を込めて地面を蹴り、弾の向かう方向、階段横の通路の方へ思い切り飛び込む。


弾丸は予想に反して直撃はせず、こめかみのあたりをかすめ、勢いを弱め。天井で跳ね返り廊下の先に転がった。


ドサァ


弾丸からは殆どダメージを受けなかった。けれど、体はいうことを聞かず、私はろくに受け身も取れずに、腹を地面に擦りながら、廊下に倒れ込んでしまった。


ビュゥゥゥウウ


階段の下の窓が開いているらしく、風が吹き抜けていった。

今日も晴れているせいか、9月にしては暑い。吹き抜けた風も生暖かったが、動き回って熱くなった体には心地よく感じられた。


立ち上がろうとするが、関節が軋んでいうことを聞かない。もう休むべきだと体は訴えているのだろう。けれど、このままでは確実に次の攻撃の的になってしまう。私は、廊下に両手をつき、右足を無理やり体の下に入れ、どうにか立ち上がることができた。


「あれ?」


しかし次の瞬間には、私の体は再び倒れようとしていた。

足もフラフラだったがしっかり立ったはずだ。それに、完全に動けなくなるほどのダメージはまだ受けていない。それなのに、どうして今倒れそうになっているのかが理解できない。


ふらついた実感もないほどに体がいうことを聞かないのだろうか。それとも、血を流しすぎたせいで貧血を起こしたのだろうか。


しかし、次の瞬間、スローモーションの世界の中で、鈍くなってしまっている視覚と聴覚が明確に理由を教えてくれた。


パァァァァァァァァァァン


体が倒れ始めた直後、さっきまで聞こえていた銃声なんかとは比べ物にならないほど大きな銃声が廊下に響き渡った。


そして音に続けて、私の肩の傷の真下、左の胸のあたりから一気に血が吹き出した。


なるほど。私は先生と同じように、狙撃を受けたのか。

そう思った瞬間、頭の中で一つずつ理解が広がっていくのがわかる。あの執拗なゴム弾の射撃も、最後に私を倒したあの1発を打つための射撃だったのか。そして、窓が開いているのも、突き抜けたライフルの銃弾が窓から外に出るように計算されていたんだ。


今度ばかりは致命的な傷を受けたのだろう。それは頭で理解できる。けれど何故か不思議なことに、走馬灯は見られなかった。

頭で分かっても、心が認めていないのだろう。おかしくなってしまったのかもしれないが、命を失いそうなこの瞬間に私の頭を占めているのは今がチャンスだということだ。

確実に私が死んだ、そう思わせるこのチャンスに生き残ることができれば、私はようやく鷹城の裏をかくことができる。


体は美しい回転軌道をとり、優雅に赤い装飾を施しながら、地面に落下した。


死にゆくことが悔しく思えるほど見事な受け身のおかげで、落下のダメージはほとんどない。

なんとか、体を起こそうと足を動かそうとするが、前向きな思考とは裏腹に、体はぴくりとも動かない。


血が流れ出ていく。どんどん体温が低下し、意識が遠のいていく。けれど、不快感はない。私は廊下に倒れたまま、まるで仮眠をとるかのように、意識を失った。


屋上を目指した私は、1階の階段も越えられず、狙撃に倒れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いつまで寝ているんだ?」


優しい男の声に、私はゆっくりと目を開けた。

周りを伺うと、そこは古い病院のベッドのようだった。ベッドの周りには見知らぬ男が2人と、女が1人。ベッドの脇の戸棚には、花が一輪だけ花瓶に生けられていた。


声をかけた男を探して、3人の顔を見比べてみようとしたが、何故かどの顔も暗くモヤがかかってしまって見ることができない。けれど、不思議と声の主はこの中には居ないということだけははっきりわかった。


私は一体何をやっていたんだっけ?


思い出そうとしてみるが、今まで何をしていたのか、それに何故病院のベッドに寝ているのか、そして今がいつなのか、思い出そうとしても、何一つ思い出せない。


状況を確かめるため、病室の窓から外を覗こうとしたが、どこにも窓はなかった。というよりも、ここにはベッドとベッド脇の戸棚。それに、周りの3人以外には何もないようだ。

ベッドの周りははっきりと見えるが、今見えている場所以外は、まるで何もないように暗くなっている。


どうやら、ここは私の夢の中のようだ。


なんとなく、実感としてそう感じる。けれどこの場所が自分の夢の中とわかっても、何故かこのベッドだけは自分の居場所ではない。そんな確信があった。


このまま待っていれば、ベッドの周りの闇が晴れて、私はこの世界にいることができるだろう。

けれど、私はここから出て暗闇の向こうに進まなければいけない。暗闇の中へ戻りたい。理由はわからないが、そう思った。


ベッドから体を起こし、身を乗り出してベッドの下を覗き込むと、そこには私のスニーカーが置かれていた。まだ私は戻れるようだ。


急いでスニーカーを履き、靴紐を縛る。靴を履き終え、ふと見上げると、棚の上の花に目がいってしまった。綺麗な薄桃色の花が飾られている。私はあまり花に興味がある方ではない。けれど、私はその花に見惚れてしまった。


花をじっと見ていると、美しいその花に何枚か花びらが落ちた跡があることに気がついた。残った花びらを数えると、花びらは全部で7枚ある。元々の花を見たことはない。それに、ベッドの周りにも落ちていない。

けれど、なんとなく落ちた花びらは3枚で、どこにあるのかも私は知っている。そんな実感があった。


私はベッドから立ち上がる。そしてそのまま女の横を通り抜け、一歩ずつ闇の中へと入っていった。体が動くことに何故か違和感がある。けれど、今はそれはいい。


暗闇の中を歩き、どんどん暗闇の深い方へと進んでいく。どこまでいっても光は見えない。けれど、進む道が間違っているとは、どうしても思えない。


「このまま進んで、本当に良いのか?」


しばらく歩いていると、どこからか声が聞こえて来た。この声は、はじめに私に話しかけた、あの優しい声だ。


「私の道は、間違ってる?」


聞いたことのない声だ。けれど、ずっと昔から知っているかのような、安心感がある。

男の声に、私は思わず聞き返していた。


「それは、お前が決めることだ。……だが、間違いなく苦しい道だ」


声色から私のことを心配してくれていると言うことが伝わってきた。

優しい声に思わず涙があふれそうになる。けれど私は唇を噛み締めて、涙を堪え、歩みを進める。


やはりこの声を私は知らない。けれど何故か、誰よりも近くでずっと私を見守ってくれている何かだということも、私は知っていた。


彼が言うように、苦しい道だということは知っている。だけど、私は怖いんだ。私が苦しいことなんかよりも、このまま止まってしまうことが怖いんだ。

このまま暗闇を歩き続けることが正しいとは思わない。それにこのまま暗闇を進んでいったら、どこかで折れてしまうかもしれない。だけど……


「それでも、私は後悔したくないから」


「そうか」


ブォォォオオオオオオゥゥゥゥォ


強い風が私に吹き付ける。私は思わず目を瞑り、歩みを止めた。


それから少しして、風が止み、再び歩き出そうと前を向く。すると、さっきまでの景色は消え、私がいる場所だけがこの空間の中で明るく照らされている。


けれど、この場所にはさっきまでの病室とは違い、何も物は置かれていない。ただ、ここにあるのは、暗闇の中にポツンと取り残されたように浮かび上がった私だけだった。


カツン カツン カツン カツン


どうしたものかと、辺りを見渡していると、私の進行方向の暗闇の方から革靴の足音が響いてくる。


私は音が近くなるのを感じつつ、その場で待っている。けれどその音からは不快感は感じない。

誰がやってくるのかはわからない。それなのに、ずっと昔から知っている誰かのような、安心感すら感じられる雰囲気を感じる。


「よぉ。やっぱり来たか」


暗闇から現れた男の顔を見ても、その顔に見覚えはない。けれど、男が現れた瞬間、やはりそうかと、納得する自分がいるのがわかった。


男は、私のそばまで近づくと、何も言わずに私の下ろした右手を指差した。

私は男に導かれるままに手を開く。するとそこには、さっき病室で見た、あの薄桃色の綺麗な花の花びらが3枚握られていた。


いつどこで花びらを手にしたのかわからない。けれど、私が花びらを握っているという事実には何故か不思議はなかった。


「それが、今のお前だ」


男はそう言うと、私の姿をまじまじと見つめ、残念そうに続けた。


「今お前が引き出せる力は、それだけだ。それなのに、今お前は自分の力の1割も使えていない」


「じゃあ、あの花が本当の私なのか」


男の言葉は、私の頭の中に響いて、私の核心を揺らした。

私は人間では無い。それは物心ついた頃から、なんとなく分かっていた。何をやっても、人に負けられない。どうしても、人と同じようにできない。だから、私は、あそこに私を置いてきてしまったのだろう。


パパも私が人間では無いと言った。そんなのは知ってるよ。けど私は、私が怖いんだよ。


「でも……あれは、私じゃないよ」


「何故だ?」


「私があんな綺麗な花のわけがない。私は化け物の血が流れた……怪物なんだろ」


いつか、人を殺してしまう日が来る。それが怖くて、自分を抑えてきた。それなのに、簡単に何人も殺してしまった。私が怪物でなくてなんだと言うんだ。


そうだ。と誰でも言うだろう。私にはそれだけの恐ろしい力が眠っている。私自身がそれを理解している。

けれど、私はあの男からだけは、そうだと言われたくなかった。彼に認められたら、私の何もかもが否定されてしまう。そんな気がして男の顔を見ることが怖かった。


けれど、恐る恐る男の顔を覗き込むと、男は、優しい顔をしていた。そして、私にそうじゃないと、強く諭すようにゆっくりと力強く首を振った。


「お前は、誰がなんと言おうと人間だ。決して化け物なんかじゃない」


「嘘つけよ!」


男は私の言葉を否定してくれた。けれど、本当の自分を知っている自分だけは、どうしてもそれを認められない。


私のを気遣ってくれているだけだとしても、その気持ちは素直に嬉しい。それなのに、私の口からは、今まで心の底にしまってきた感情が溢れ出して止まらない。


「私は、1割も力を使えていないのに、簡単に人を殺せるんだぞ!」


「それでも人間だ」


「私がどれだけ加減しても、誰も私に敵わないのに……」


「それでも人間だ」


「本当の私を解放したら、みんなを、大切な人を傷つけて、みんな殺して、壊しちゃうかもしれないのに……」


「ああ。それでも、お前は人間だ」


「パパが私は人間じゃないって言ったんだよ!」


「誰がなんと言おうと、お前は人間なんだよ!」


男は私がなんと言おうと、強く言葉を否定し私が人間だと諭す。私を気遣った言葉などではない。そう感じるが、私にはやはり信じることができない。


男は私が納得できないでいるのを分かっているのか、億劫そうに頭をかいた。

そして、今度は私の目を真っ直ぐに見据えると、諭すように続けた。


「お前は、お前自身を認められないだろうさ。確かにお前の持っている力は、簡単になんでも壊せる力なんだから。でもな……」


男が私の肩を指差す。そして、今度は胸を。

すると、途端に頭の中に記憶がなだれ込んでくる。真理亜が殺され、家族が殺され、そしてそのあと、私は学校に来て、胸に銃弾を喰らった。


「痛った!」


すると突然、鋭い痛みが全身に走る。体を見ると、さっきまで綺麗だった体は、いたるところが傷つき、埃にまみれ、血がつきどこがどうなっているのかも分からないほどに滅茶苦茶になっている。


はっとなって、男を見上げると、男は困惑する私の顔を見て悪戯っぽく笑っていた。


「じゃあ、その傷はなんでついた?お前は死ぬかもしれない思いをして、なんでここまで来たんだ?」


「それは、悔しくて、どうしたらいいのか分からなくて……」


「そうだよ!お前は大切なやつを殺されて怒ったんだろうが!それなのに、大切な奴のために怒れるお前がどうして人間じゃない!」


「だって!だって私は!」


男の言葉に私はついに言い返すことができなくなった。

首筋に涙が伝って襟元を濡らす。私はそこで初めて自分が泣いていることに気がついた。涙の理由は私には分からない。優しくされることが嬉しいのか。人間だと言ってくれることが嬉しいのか。それとも他の何かなのか。

けれど、この涙が嫌な涙ではないと言うことだけは、私にも理解できた。


「力ってのはな。悪く使えば人を傷つける。だけど、そうじゃなければ、大切なものを守るためにだって使えんだぞ?」


男は私に近づくと、そっと私の頭に手を置いた。

先生が私を抱きしめてくれたときのようだと、そう思った。


「大丈夫だよ、お前は優しい奴だ。だから心配すんな。それにな、幸之助のバカはそういうこと平気で言うんだよ。でも、あいつだってお前のこと大好きだぜ?好きなやつを虐めたくなっちゃうタイプの男なんだよ、あいつは」


「私は人間でいて良いの?」


「バカ。人間じゃなきゃダメなんだよ。強くてみんなを守るヒーローなんて、アンパンか人間しかねぇだろ?」


「ハハハ。確かに私、アンパンにはなれそうにないや」


私は人を殺した。けれど、それでも私はまだ人間でいていいらしい。


みんなを護りたかった。真理亜も、ママも、美鈴も殺させたくなかった。だからこそ悔しい。弱い自分が、自分を恐れる自分が悔しい。

でも今は、この気持ちの鎮め方が、復讐以外に思いつかない。


しかし男は、それでもいいんだと言うように、頭をくしゃくしゃに撫でてくれる。


体のダメージはすでに限界を超えている。もう体を動かすには、真理亜との約束を使う他ない。

でも、あいつのことだから、真理亜のためなんて言ったら、絶対顔を真っ赤にして怒るだろう。


けど、ごめん。今は頼ってもいいだろ?


「行かないのか?」


男は私から離れると、ニッと笑いながらそう言った。私が諦めるわけがないと分かっている癖に。

私の口から言えってことか。


「行くさ。気にいらねぇ奴らをぶん殴りにな」


「ハハハハ!そうか!」


男は私の言葉を聞くなり嬉しそうに笑った。その笑顔を見ているだけで、力が湧いてくる感じがする。もしかしたら、この男が私の力になってくれているのかもしれない。そう思った。


私が歩きだろうとすると、男は手を突き出してそれを静止した。手を見ると指を2本立てている。


「2つ、忠告がある。聞いていけ」


「なんだ?」


これが最後の忠告なのだろう。けれど、だからこそかなり重要な内容なのだろうとわかる。

私は、改めて男の方へ向き直るとじっと言葉を待つ。


「まず、お前の力のことだ。頭で考えるのをやめろ。そうすりゃ今よりは強くなる」


「わかったやってみる」


1つ目は意外に単純なことだった。けれど、確かに考えすぎるところがあったかもしれない。力を十分に使うためには、がむしゃらになることも大切だということだろう。


なるほど、直前だから実践的な内容を教えてくれるわけか。とすると、2つ目もかなり重要な話に違いない。


「2つ目は、なんだ?」


「こっちはもっと重要だ。お前の命のことだがな……このまま出血し続けるとあと30分で死ぬ。気を付けろよ」


「ああ、わかっ……いや、え、まじで?」


理解できない。

何もしなくても死ぬってこと?じゃあ、そんなの戦う以前の話じゃないか。でも、どうして……


しかし、私の混乱をよそに、男は冷静に言葉を続ける。


「お前、気絶する直前に、胸を撃たれただろ。普通なら即死だよ。でも無意識に衝撃移動の力が働いて、弾が偶然内臓まで到達しなかった。だから一応生きてはいる。だけど……」


「血、流しすぎたか」


「正解!」


男の言葉に、自分の状況が、否応なく理解できてしまった。

これまで考えないようにして無理やり動いてきた。けれど流石に無理が祟ったようだ。

肩の傷、全身の火傷と打撲、そして最後に胸の傷。確かに、いくらなんでもアドレナリンと薬で動くレベルを超えてるよな。


「つまり、体が動いても戦えてあと10分ってとこ、か」


「諦めるか?」


試すように男は言う。けれど、私の中では訊かれる前から答えは決まっていた。

この学園にいる狙撃手とその仲間全員を殺せるかって言ったら、現実的に考えて、できないのほうが可能性としては大きい。けれど、私の元に残っているいる選択肢は、何もしないで死ぬか、最後まで足掻いてから死ぬかの2択しかない。それなら初めから、答えなんてやれるだけやってやるの他にないじゃないか。


「いや、それだけあれば十分だ」


「ハハ……そうかい」


男は私の顔をじっと見つめ、満足そうに頷いた。そして、私に進む道を開けるように、すっと横に退いた。

すると、さっきまで暗闇の他に何もなかった場所に、浮かび上がるように扉が1つ現れた。


「友達が呼んでるようだぜ?」


耳を澄ませると、扉の向こうからかすかに真理亜の声が聞こえている。あの声を道標にして進んで行こう。不思議とそうすれば迷わない気がした。


扉の向こうに待っているのは、死よりも辛い現実と、苦しみに耐える日々だろう。けれど構わない。この私が、こんなところで折れてたまるか。


扉に手をかけ、ノブを回す。扉の横には私を優しい目で見守る男がいる。

大丈夫。私ならやれる。そう言い聞かせて、扉を開く。


さぁ復讐の始まりだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「だ、だがじょう、に、…ぎぃ、ぎをづげなざい」


目を開けて、声のする方へ手を伸ばす。するとそこには、私の携帯が転がっていた。胸を撃たれ転がった時に、落ちたのだろうか。画面にはヒビが入ってしまっている。


夢の中で聞いた真理亜の声は、あの最期のメッセージだったのか。なんだかんだ言って結局あいつに助けられてしまった。


メッセージを止めるため左手を伸ばす。


「あぁぁああぁぁ」


すると、瞬間、打たれた胸に激しい痛みが走る。どうやら、私が想像していたよりもずっと、傷は深刻らしい。

それでも必死に立ち上がろうともがくが、体にうまく力が入らない。


出血の程度から見て、私が気を失っていたのは、1分にも満たない時間だったようだ。思ったほどまだ出血はしていない。けれど、こうしている間にも、血は流れ続けている。気休めでもとりあえず止血はしなければならない。


けれど、それをわかっていても痛みで満足に動くこともできない。

せっかく、覚悟を決めたと言うのに、このままでは犬死にになってしまう。


あれ?


必死になりすぎて、聞こえていなかったが、まだ何かの音が聞こえている。私は一度、動くのをやめ、耳に意識を集中する。


「じぃ……死んだら、承知い、しないからね」


「真理亜?」


真理亜の鋭い視線と、気配を感じたような気がして急いで声のした方を見る。けれど、そこには携帯が置いてあるだけだった。


死なないでくれ、か。

どうやら、あのメッセージには続きがあったようだ。死ぬ間際に、あいつが残した、あいつらしいメッセージに心が熱くなり、涙がこぼれそうになる。けれど、あいつが最期まで強く生きたのに、私が弱くていいはずがない。


録音された声なのはわかっている。けれど、私にはどうしても、真理亜がそこに立って私を見ているような気がしてならない。

真理亜がここに居たら、あいつはどうせ「情けないわね、一橋鏡花!」とか言いながら心配そうにするだろう。あいつも私も素直じゃないから。


真理亜、ありがとう。そう言おうとして、あいつの強がりに返答するのに、そんなのは相応しくない気がした。


私は転がって、地面にうつ伏せになると、手をついて思い切り立ち上がる。


「あぁぁああぁぁ!」


とてつもなく全身が痛い。けれど体が言うことを聞く。それどころか、今までより体が軽い感じすらある。


さっき気配を感じた、携帯の方を向き、精一杯の強がりを言葉に込める。


「誰が死ぬかよ」


心を鼓舞し、奮い立たせる。

あと10分で、2人ともぶん殴ってやる。真理亜の分と、私の分の借り安く見られちゃ困る。


私は急いでスカートの裾を一周ちぎって、胸の出血箇所に強く巻きつける。そして、折っていたスカートの裾を元に戻す。


カツーン カツーン カツーン


私が立ち上がったのを確認して、殺しにきたのだろう。後ろから革靴の足音が聞こえてくる。


処置を加味して、それでも私の命は10分しかないのだろう。それなら、ここで時間を使うわけにはいかない。


「鷹城、てめぇが真理亜を殺したんだろ?」


私は後ろを向いたまま、精一杯の凄みを効かせて、そう尋ねる。誰なのか気配で分かった訳ではない。けれど、ここで私を確実に殺そうとするなら、鷹城本人に違いない。


パァァン パァァン パァァァァン


私が話しかけると同時に、背後から3発の発砲。今度はゴム弾ではなく、実弾の発砲だ。


私は音が聞こえ始めると同時に振り向き、弾を回避するため、3発の銃弾の位置を確認する。しかし、弾は私がどの方向に回避しても、避けづらいように、等間隔で斜め方向に配置されている。


やはり、レベルが違う。


弾の配置を確認した途端に、驚きが頭を覆った。驚きは今までのどの戦闘と比べても比較にすらならないほどに大きい。しかし、それは見事な弾の配置にではない。


私は後ろを向いた状態から、振り返って弾の位置を確した。それなのに、弾は初めに発射されたものでさえまだ私に到達しようともしていない。それどころか、弾が動いているのを実感として確認できる。


今まで置き去りにしていた、私の力を使おうと決意した。けれど、言ってしまえば私がしたことはそれだけだ。それなのに、私の体のレベルは、自覚できる部分だけでも、今までとは比べ物にならないくらい高くなっている。


頭の中に試したいことが山のように浮かんでくる。けれど、今は残念ながら試している余裕はない。


私は、地面を蹴って走り出し、体をかがめて、飛んでいく銃弾を、舌を潜るように回避する。そして、銃弾が壁にたどり着くよりも速く鷹城の眼前までたどり着いた。


パァァン パァァン


鷹城は私の動きを察知して、追加の弾を私の移動方向目掛けて発射するが、発砲の方が間に合わない。今の私には、何もかもが遅すぎる。


私は鷹城の腹を目掛けて、思い切り突きを繰り出す。しかし、流石に鷹城もすんなり勝負をつけることは許してくれないようだ。


私の繰り出した右の突きは、鷹城の右手で払われ、空を切る形になる。そして気づけば、私の眼前に拳銃が突きつけられていた。


「手負いの獣は恐ろしいな」


「答えろ」


鷹城の目を睨みつけ、答えを急かす。


「そうだよ。最後に直接手を下した訳じゃないがな」


鷹城は観念したようにため息をつくと、嫌そうに答えた。

冥土の土産のつもりなのだろう。そう言い終わると同時に引き金に手がかけられるのが分かる。残念だが、私と会話をするつもりはないようだ。


私は引き金が引かれ切る前に、右手で拳銃ごと鷹城の手を押さえながら、その場にしゃがみ込んだ。そして、続けて思い切り立ち上がりながら、その反動を利用して左手で肘を押し、腕をへし折った。


べキャ 


「うぉぉ」


廊下に骨の折れた快音と、鷹城の悲鳴が響き渡る。

鷹城は折れた腕に握っていた拳銃を落とし、咄嗟に右手で、折れた腕を庇った。

そして、銃が落ちると同時に、落とした銃を蹴り飛ばし、そのまま後ろに飛んで、私から距離を取った。


腕をへし折ったというのに、私に銃を使われないように銃を蹴り、距離を取るまでの動作には淀みがない。もしかしたら、すべての動作が体に染み込んだ、反射のようなものなのかもしれない。普通の人間が相手なら、動作のどれを取ってみても、見事といえる無駄のない動作だった。


けれど、はじめから攻撃に銃を使うつもりのない私には、無駄の多い動きでしかない。

私は鷹城が銃を蹴る隙を見逃さず、跳躍をした鷹城を追いかけるように跳んだ。そして鷹城が着地すると同時に、跳躍の勢いを利用して、思い切り腹に突きを入れた。


「ごっはぁ」


鷹城は腕を庇っているため、ろくにガードもできない。

私は腹を突かれ、前屈みになった鷹城の顎を思い切り蹴り上げ、上がってきた頭に回し蹴りを入れた。


すべての攻撃をもろに喰らった鷹城は、回し蹴りの勢いそのままに廊下の壁に叩きつけられた。


「うぅぅ……」


鷹城は壁に叩きつけられたまま、唸って動かなくなった。けれど、あのゴム弾の狙撃手がこんなことで終わるはずがない。不思議とそんな予感がする。


私は急いで鷹城の脇を走り抜け、蹴飛ばされた銃を拾い上げると、窓を開けて、思い切り外に投げた。

さっき、あそこまで緊迫した状況で、銃を一丁しか使ってこなかったということは、おそらく他に銃はないはずだ。とりあえずは、これで負けはない、はず。念のため、もう少し、ぶん殴ってから上を目指そう。


私は決意を固め、鷹城の方へ振り返った。しかし、次の行動に出ているか、もうすぐそこまで来ていると思っていた鷹城は、白目をむき、口を半開きにした状態で、壁によりかかって座り込んでいた。


倒したのか。

なんとなく釈然としない。こんなことで、本当に倒せるはずがないという思いが拭えない。

陰湿な連打で体力を奪い、正確な狙撃で左胸を撃ち抜いた男が、こんなに弱いか?むしろ、出てこないで遠隔攻撃された方がよっぽど厄介だった気がする。


けれど、今疑っている時間はない。目の前に倒れている男は間違いなく鷹城本人なのだから。


体力の消耗が凄まじい。体感では、今の戦闘に3分くらいかかったはず。何もなければあと残り7分戦える。今はとにかく先を急がなければ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月14日(土)11時10分


やはり一橋鏡花は只者ではなかった。致命傷とも言える、あれだけの深傷を負いながら銃を持ったプロを1人仕留めて見せたのだから。


モニターで戦闘を確認し終え、俺は椅子から立ち上がると、愛銃を2丁持ち部屋を出た。


念のため注意しながら、廊下を歩いていくが、予想通り既に一橋の姿はどこにも見当たらなかった。上の階に向けて血が落ちている。他に行きそうな場所などないだろうが、シャドウの元に向かったらしい。


廊下には、あのガキにやられた鷹城先生が倒れている。気乗りしないが、一応部下だし、医務室に運んで手当でもしてやろうかと思ってやってきた。しかし、どうやら手遅れだったらしい。


首の骨をやられ、鼻から血を流している。残念だが、回し蹴り一撃で脳をやられたようだ。


本当なら、あのガキの死を確認するはずだったが、まさか部下の死を確認することになるとは。


実を言うと俺、つまりホークアイは鷹城先生ではない。1人称が違うからもうバレているかもしれないが、俺は一橋の担任ですらない。

何故なら俺は、プロの資格を持った本物の養護教諭なのだから。


そもそも緊急の案件だったとしても、俺が1ヶ月やそこらの期間で、この規模の調査依頼など受けるはずもない。そんな大がかりな裏どりなんて、1人でできるはずがない。


では、何故俺が依頼を受けたのかと言えば、それは元から調べていたからに他ならない。

同じクライアントから事前に薬の流れを調べる依頼を受けていて、すでに情報は掴んでいた。


つまり、鷹城の奴がしていた調査は、関係者の洗い出しではなく、当日の作戦固めと陽動だったという訳だ。


作戦の効率の良い進行のためには、情報の秘匿が最低条件だから、この情報を知っているのは俺と鷹城のやつだけ。

シャドウもボスも、俺のことを鷹城だと思い込んでいたようだが、俺なら死亡を自分で確認しないままにするなんてヘマはしないし、携帯の情報の解析を後回しにするなんてことは絶対にしない。ただ、重い仕事だったのは確かだから、養護教諭という立場を差し置いても、俺が手助けをすればよかったと後悔はしないでもない。


今回の依頼でのあいつの動きは、誰が見てもBランクの工作員にしては、はなまる以上だった。だから、ミスをした後も作戦に起用し続けた。それに、今回の仕事が成功したら、昇格の口利もしようと思っていた。贔屓目なしに、俺の指示であそこまでできる優秀な部下を失ったことは残念だ。


けれど、あいつは運がなかった。

正直、一橋鏡花でなければ、殺られることもなかっただろうに。まぁもしもの話をしても仕方がないが。


あいつの生存確率は1割もなかった。それなのに、一橋は絶望的なほど低い生存確率を掴み取った。これはあのガキの運の勝利といったところだろう。

残念ながら、俺の心配しすぎとはいかなかったようだ。


「まったく」


ポケットから携帯を取り出し、事後処理班の部下に連絡を入れる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


差出人:ホークアイ

件名:追加の事後処理の依頼の件


Bランクの部下1名死亡。

南棟1階廊下に死体あり。

発覚の可能性は低い。作戦完了後の処理でも問題ないと思われるが、そこは任せる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それにしてもあのガキの能力、やはり1つじゃなかったか。精神の強さを裏打ちする能力が開花したのだろうが、それにしてもあの能力……いや、まさかな。


それにしても能力の数まで、ますますシャドウに似てきたな。


今のままでは到底シャドウにも俺にも触ることすらできないだろう。だが、あのガキ、戦いながらメキメキ強くなってる。もしかしたら、あいつをあのままシャドウのところに行かせるのは危険かもしれない。


だが、それはまぁいい。だって、戦うの見てみたいし。

俺は、一橋が俺の存在に気づかないうちに、自分の任務を進めるとしよう。


スーツの裏ポケットから端末を取り出し、各モニターが機能していることを確認する。ホールにも、校内にも一橋以外の異常はなさそうだ。俺の死をより印象付けるため、端末を操作し、各階の遠隔操作できるトラップの電源を全て落とす。

時刻は11時10分。予定の時刻までは、あと20分。


さて、あのガキはどれだけやれるのか。楽しみに心が沸き立つのを感じる。シャドウに殺されるのは確定だろうが、どれだけ能力を活性化させ、そしてどんな戦いをするのか。


「楽しませてくれよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ