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Killing syndrome  作者: 兎鬼
3章 加速
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17/26

出会い


9月13日(金)19時30分


「苦難の末、ようやく共を救い出すことに成功したイシュタルであったが、2人を逃がさんとする神々の追手が迫っていた。次回メソポタミアンガールズ 第247話 友の絆」


「来週も見逃したら許さないんだからね!」


「はーい!!」


僕は、次回予告を最後まで見切ると、車の中のテレビモニターに向かって、出来る限り元気よく手を挙げて返事をした。


「いやぁ、それにしてもやっぱり、メソポタミアンガールズは最高ですねぇ。これが長寿作の力でしょうかねぇ。それにしても、本当は部屋でゴロゴロしながら見たかったというのに、ボスときたら、まったく」


僕は手元のリモコンでいったんモニターを消す。そして椅子に寄りかかると、手元のパックコーヒーをとり、刺さったストローを使って残っている分を一気に吸い出した。


「はぁ。うま」


金曜アニメは、19時半で見たいものは終了する。あとは、国民的なひみつ道具モリモリのあのアニメだけ。

アニメは日本の文化ですから、やることがなければどんなものでも見るんですが、流石に依頼もこなさないで帰ったら、ボスにぶっ殺されそうですしねぇ。


あれ、そういえば、依頼内容って何でしたっけ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月13日(金)17時


「シャドウ、てめぇ、反省したよな?」


「ばいぃぃ」


ボスにボコボコにされた僕は、デスクの前に正座させられ、説教を受ける羽目になりました。悪いのは僕ですけど。


「仕事、するよな」


「せめて、せめてモニター付きの車を手配していただければ!」


しかしどれだけ説教をされようとも、金曜19時から放送の「メソポタミアンガールズ」を見逃してまでする仕事なんてありません。これは僕からできる最大の譲歩案です。テレビが見れる車なら、仕事の現場には行きます。そして、放送時間以外なら働きます。それ以上には何があっても譲れません。


「てめぇ!いい加減にしろよ……」


ボスは指の関節を、僕に見せつけるようにポキポキと鳴らすと、勢いよく椅子から起き上がった。そして、机からこちらに回り込み、僕の胸ぐらを掴むと、目線が合う位置まで僕の体を持ち上げた。


「何卒!仕事はきっちり果たします!放送時間以外なら!」


ボスは、僕の目をじっと睨み、持ち上げた手とは反対の手の拳を握りしめる。


僕は確かに死を覚悟し、歯を食いしばる。

けれど、握られた拳はついに振るわれることはなく、そのまま開かれた。その瞬間、僕の視線は一気に元の位置に引き戻された。


「いたっ」


何が起きたのか理解が追いつき、同時に僕を掴み上げていたあの手も開かれたのだと気がついた頃には、ボスはもうデスクに戻っていた。


「はぁ……仕事はきっちりしろよ」


「ありがとうございます!」


ボスがついた深いため息から、仕事で疲れることがあるんだなということが、ありありと伝わってくる。いったい誰がボスにここまで心配事を与えているんだろう。もしボスが疲れていなければ、僕がこんな目に遭うこともなかったかもしれないのに。


いや、そもそもこの僕に、アニメ放送中の18時から20時に仕事を振ってくる方が間違っているんです。

けれど、あの状況で断っていたら間違いなく、あれ以上のひどい目にあっていたでしょうし、それに受けてしまった以上は仕事をまっとうするのがプロってものです。


僕が心の中で文句を繰り返し言っている中、ボスは依頼の説明をするために、机の上の資料をまとめている。

普段ならば、この後依頼の説明があり、その後ホークアイから、依頼の進捗報告があり解散という流れになる。けれど、今日は珍しく、ボスの段取りを崩して、ホークアイが切り出した。


「割り入ってすまないが、俺から報告させてもらってもいいか?」


普段のホークアイならボスの話に割り込んでくることなどない。ならばきっと急ぎの用事があるのだろう。今彼は単独で大きな依頼に当たっているから、なにかそちらの用事でもあるのだろう。


ホークアイの様子を見ると、やはり少し急いでいるようだった。さっき廊下で会ったときには、そんな様子は伺えなかった。

ということは、僕と廊下で別れた後にぬにかあったのだろうか。


「おう。首尾はどうだ」


ボスも緊急性をわかっているのか、ホークアイが言葉を続けるのを許した。


ホークアイの才能は、演算といってもおかしくない程にずば抜けた思考速度だ。だから依頼に失敗などあり得ないし、達成が困難な依頼なら適正な人員を提案する。彼はそういう男だ。


にも関わらず、ホークアイが少しでも焦っているということは、間違いなく予想外で、かつ良くないことが起きているということだ。僕もボスも、まさかと思いながらも、悪い報告を予測して、彼の言葉を待つ。


「申し訳ないんだが。俺の存在を、勘付かれた」


「誰にだ」


やはり、いい報告ではなかったようだ。僕は驚きのあまり、声を出すこともできず、ただホークアイの方をじっと見つめることしかできない。

ボスも驚きを隠せないようで、目を丸く見開いてホークアイの方をじっと見つめている。ボスは僕をボコボコにしていたときよりもずっと凄みを増し、一般人なら気を失ってしまうのではないかというほど、息苦しい雰囲気を放っている。


ホークアイは、申し訳なさそうにボスから一度目を逸らした。しかし、すぐにボスに向き直り、再び報告を始めた。


「主犯の安倍と、その部下にです。ただ、知られた奴で対象の人間はアクションを起こされる前に始末したし、偽装工作も滞りない。ただ……」


ホークアイはそこまでいうと、その先を言いづらそうに、言葉を止めてしまった。


ボスはホークアイの様子を見て、言おうとしたことがわかったのか、代わりに切り出した。


「対象外の人物に勘付かれたってことか?」


「いや、完全には勘付いていなかった」


「てことは、逃した後勘付かれたってことか?まさか、拡散された可能性があると?」


ボスの言葉にホークアイはどんどん申し訳なさを増していくようで、雰囲気だけだが少しづつ小さくなっていくような感じがする。けれど、この場にいる全員がことの重大性を理解している。

ホークアイは自分の掃除屋としてのメンツがボロボロになるのを自覚しているだろうが、それでもはっきりと報告を続ける。


「ああ。安倍真理亜が、死ぬ間際にメッセージを送っていたようだ。受け取った本人は俺が見たときにはまだ知らない状態だったから、逃したんだ。けどあの女、全身がめちゃめちゃになった状態で最後の悪あがきをしやがったみたいで。申し訳ないが、それが、今さっき携帯のデータを洗った過程でわかったと報告を受けた……」


「なかなか状況が良くないな。オレの所に入っている情報じゃあ、今回の依頼のことは漏れてなさそうだが……知られたのはどんな奴なんだ?」


僕でも焦るくらい、状況は悪い。依頼の情報を部外者に知られ、そして情報を握らせた状態で逃げられた。その上、時間が経ちすぎているせいで、情報を差し止めることもできない状況。

ホークアイらしくもないが、この状況ではもはや依頼は失敗したといっていい。個人を始末するくらいの小さな依頼なら、露見してしまっても影響はほとんどないが、僕たちクラスが受ける仕事は大体が大人数の始末か、大物相手の案件だ。たとえ実行時間や場所が割れていなくても、誰が依頼の担当かバレてしまうだけで、こちらがマークされる可能性が高い。


ホークアイはボスの問いかけに、さらにバツの悪そうな顔をする。


「すみません。一橋鏡花、です」


「なるほど」


ボスは、椅子の背もたれに勢いよくよりかかると、腕を組み考え込んでしまった。

ホークアイも処罰を下されることをまつ囚人のように、いつもは見せない緊張の面持ちを見せている。


それから1分くらいして、ボスは椅子から起き上がり、ポケットからタバコを取り出し、ジッポライターで火をつけた。そして口に加えると思い切り吸い込んだ。


「ゲッホ、ゲッホ、ゲッホ、うぇえ」


そして、激しくむせ混み、すぐにタバコを灰皿に捨ててしまった。


吸えないなら吸わなきゃいいじゃないですか!と突っ込みたい気持ちもあるが、辛辣な空気に、突っ込みをぐっと飲み込み我慢する。ボスがたまにタバコを吸う真似をするのは、憧れている人の真似らしい。誰かは知らないが。


ボスはタバコを吸うのをやめ、背もたれから起き上がってくる。

確実にホークアイは依頼から下ろされ、厳しい処罰が下されることは間違いない。当事者でない僕すら、ボスの物々しい雰囲気に気圧され、身構えてしまう。


けれど、椅子から起き上がってきたボスの表情からは険しさが完全に抜けていた。気付けば、さっきまでの雰囲気すらも少しゆるだようだ。

ボスは、落ち着いた様子で小さくため息をつくと、ホークアイに向かって言葉を続けた。


「知られたのがそいつならとりあえずは問題ない。ホークアイ、お前は今まで通り依頼に当たれ」


「しかし、こんな知られ方をしたらほとんど失敗したのと同じだ。あんただって分かってるだろう」


ボスの反応はあまりにも予想外なものだった。どんな相手であれ、知られたままにすることなど普通ならあり得ない。僕は、その名前を聞いたことがないが、一橋鏡花という名前を聞いた途端に、安心したように見えた。そこに何か、態度を翻した理由がありそうだ。


ホークアイにとそれは分かったはずだ。けれど、その上で依頼が完遂できないという結論に至ったのだろう。自分の失敗を咎めないボスに突っかかる。ボスを考え直させたいというよりは、理由が知りたいのだろう。


けれどボスは、つっかかられてもまったく焦りもせず、むしろさっきより落ち着きを見せている。


「今回オレがシャドウに頼みたい依頼がな、またあの男からの依頼なんだ」


ボスの発言には一見関連がないように見える。それに具体的な名前を言ったわけではない。しかし、ホークアイはボスの言葉に目を丸くして固まってしまった。

僕には全くわからないけど、その一言で、ホークアイには、ボスの言いたいことの全てが伝わったようだ。


「まさか、一橋鏡花を始末しろ、ですか?」


「いや、堅気の小娘1人始末する依頼なら流石にシャドウに任せたりしない。……依頼内容は、一橋幸之助及び、その場にいる目撃者になりうる人物全ての抹殺だ」


ボスの言葉を聞いた後、ホークアイは完全に固まってしまった。目を閉じ、左手でこめかみの辺りに触れている。

けれど、固まったのは考えが追いつかなかったからじゃない。これは、掃除屋をしている人間なら誰もが知っている、ホークアイの有名なポーズ。演算モードだ。思考速度をフルに活用するために、体の活動を制限して、エネルギーを頭に回しているんだと彼から聞いたことがある。


時間にして約20秒ほどした後、ホークアイは静かにポーズを解き、再びボスに向き直った。


「わかった。確かに問題ないようだな」


「あぁ。理解が早くて助かる」


「悪いが、明日の準備がある。仕事に向かわせてもらう。例の、俺に偽装した死体の身元発表だけ、よろしく頼む」


ホークアイは簡潔に必要なことを言うと、そそくさと部屋の入り口に向かって歩いていく。

そして、部屋の扉を開けたところでこちらを振り返った。


「シャドウ、ちゃんと働けよ。お前の仕事は、俺の依頼にも関わってくる。邪魔だけはするなよ」


「何ですか急に。そんな冷たいこと言わないでくださいよ」


「はぁ、俺が発破をかけても無駄か」


ホークアイは僕の言葉に、わかりやすくため息をつくと、呆れたようにそう言った。きつい言葉の裏にも僕を心配する気持ちが感じられる。やはり、この男はいい奴ですね。


「とにかく!やられんなよ」


「誰に言ってるんですか?」


「そうだな」


ホークアイは僕の言葉に、笑顔を浮かべると、軽く手を挙げ部屋を去っていった。


誰がやられるものか。今までに僕らは一度だって失敗したことはないのだから。それに、僕はあの男より真面目ですからね。


「何でお前ら、合うんだろうな」


僕らのやりとりを見て、ボスは心底不思議そうに言った。そして、じっと僕の顔を覗き込むと、1つため息をついて、背もたれの方に戻っていった。


「まぁいいや。動きだけ説明するぞ」


ボスが説明した内容を簡単にまとめると、僕がすることは所謂用心棒のような仕事だそうだ。

僕以外の戦闘員は全部で4人。そいつらが狭い料亭の中で掃除を行い、もしも入り口から出てきた人間がいれば、そいつらを片付けるのが僕の仕事らしい。


そして、作戦終了時刻20時をもって掃除を完了し、我々は撤収。そして、後から、偽装工作の為の非戦闘員10人で後始末を行うという流れだそうだ。総勢15名。そして僕の仕事は下の人間の尻拭い、と。


「それ、僕必要ですか?」


この作戦を聞き、僕は思わずボスに聞いてしまった。戦闘職にも色々いるが、僕はトップランクのSランクに当たる戦闘員だ。わざわざ僕が出なくても、せめてA級を派遣すれば済むような気がしてしまったのだ。


「ああ。お前にじゃなきゃ頼めない仕事だ。今回のクライアントは明かさないが、裏がある気がしてならねぇ」


「さっきのホークアイのミスについては、聞かないほうがいいですか?」


「ああ。それに、全部終わればわかるさ。多分な」


いや、全然わからないですよ。

心の中ではそう思ったが、ボスとホークアイの会話がイケすぎていて聞ける雰囲気ではなかった。まあ兎に角、アニメが見れて仕事ができるならいい。少しは格好をつけて終わりましょう。


「そうですか。ボーナス弾んでくださいよ?」


「まかせとけ」


「よし、きたー!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そうだ、入り口から逃げてきた人間の始末だった。なんか難しい話が多すぎて、アニメが観れるってことと、簡単そうなのにボーナスがもらえるってことしか覚えてなかった。


あれだけ見栄を切ったのに、今までアニメに集中していたせいで、まったく外に注意してなかった。

ちゃんと仕事をしてなかったけど、まぁすぎたことは仕方ないし、誰も出てきていないことを祈ろう。いくら要人の警護人が付いていたとしても、流石にBランクのプロが4人もいれば、Aランクくらいのやつが出てきても大丈夫でしょう。


僕は一応、外を確認するために、脱いでいたビーサンを履き、バンの後部座席の扉を開ける。そして、とりあえず得物の刀だけは手に持って外に出る。


「よい、しょっと。お、おっとっと。危ない危ない、コケるとこでした。アニメが観れるのは良いですけど、乗り降りのしにくさは難点ですねぇ」


ビュゥゥゥウウ


風が一気に吹き抜ける。昼間は9月になったというのに、夏と間違えるくらい暑かったが、流石に夜になると冷え込む。

この夏は、出掛けやすさだけを意識して、Tシャツに短パン、ビーサンというスタイルを貫いてきたが、さすがにそろそろ上着くらい着た方が良さそうだ。


「んんぅぅぅう!」


車の狭い空間のせいで固まっていた体を伸ばす。

ほとんど外に出ない僕ですが、なかなか外の風に当たるというのも、悪くないものですね。


僕はそのまま、散歩がてら車から離れ、料亭の門の付近まで来てみる。しかし、住宅街の静けさも手伝って、やはり静かです、中から誰も出てきそうにない。

これはボーナスいただきですね。


でも、いくらこっちの配備が十分でも、流石に悲鳴1つ聞こえないというのはおかしくないでしょうか。まぁ、細かいことはいいか。

そんな風に、いつも通り適当に考えながら車の方へ戻る。


ガチャ


しかし、簡単にボーナスはもらえないらしい。後ろを振り返ると、門の入り口からJKくらいの年格好の少女が出てきた。

シャツにスカートを履き、ジャケットを羽織っている。足元はヒールのある靴を履いているが、靴以外の衣服が全体的に汚れている。大臣も一緒じゃないし、多分逃げてきたんだろう。


「あれ、出てきちゃったんですねぇ」


簡単に話しかけてみたが、怖い顔をしてこちらをにらんでいる。確かに僕は変態と間違われやすいところもあるが、そんなに睨まなくてもいいのに。


JKというところにはブランドイメージは感じるが、なんか、この子怖い。絶対に関わりたくないタイプだ。

だがまぁ、仕事だし仕方がない。


僕は気持ちを仕事モードに切り替え、相手の方に近づきながら、様子を伺う。けれど、やはり一般人のようだ。関わりたくないし、さっさと殺してしまおう。


僕は、獲物を腰のあたりに構えると、いつでも居合いで殺せる体制に入る。


「ごめんね。悪いけど、死んでください」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月13日(金)19時35分


私は急いでサンダルを履き直し、料亭の入り口を出た。

戦闘に夢中になり過ぎていたために、時間を忘れてしまっていた。こうしている間にも、ママと美鈴が殺されてしまうかもしれない。

私の方は5人始末したし、取り敢えず戦闘要員くらいは退けられたはず。


まだ体にさっきまでの戦闘の余韻が残っている。最近連続して私に起こっている出来事は、私の今までの人生からはおおよそ想像もつかない展開ばかりだ。

幼馴染が死に、通っていた雀荘の人間が死に、そして家族まで殺されそうになっている。私の人生が一気に音を立てて壊れていくのを肌で感じる。

けれど、不思議と不快感は感じていない。それどころか、さっきのリブラと呼ばれた大剣男との戦いで得られた喜びをまた味わいたいとすら思ってしまっている。


パパの言う通り、私の中に、Killng Syndromeのウイルスがもともと居るとするなら、その影響で好戦的になってしまっているのだろうか。そう考えると少し悲しい。けれどそれでも、得られる喜びへの期待の方が大きい。


サンダルのせいで速く走ることはできない。しかし、なるべく急いで帰らなくてはならない。

中庭を走り抜けて、門の横の入り口から外に出る。


「んんぅぅぅう!」


ん?なんだ?


そのまま急いで家に向かおうと思ったが、私が向かおうとしている方向で奇声を上げている変な男に気づく。


なんだこいつ……


さっき私が倒した奴らの関係者かどうかは置いておいて、どっからどう見てもヤバイやつだ。なにを置いても、存在自体がとにかく怪しい。


髪の毛は伸び放題。よくいえばロン毛なのだろうがボサボサで、前髪も鼻より下にまで伸びている。そして、きわめつけは格好だ。ジャージのような短パンに、ビーサン、そして前に大きく「地底人」と書かれた赤いTシャツ。そして、手には何か木の棒のようなものを持っている。アニメのグッズか何かだろうか。街中でこんな格好で出歩いているなんて、なんか気持ち悪い。


そういえばこういうのをオタクと言うんだっけ。私の周りにはいないタイプだ。関わらないで済むなら、関わりたくない。なんというか、体が生理的に受け付けないタイプの嫌悪感を感じる。


私が男(?)の様子を伺っていると、男は私に気が付いたのか、こちらを振り返った。


「あれ、出てきちゃったんですね」


ビクッ


うわっ話しかけられた!なにこいつ怖っ!

関わりたくなかったのに、話しかけらてしまった。オタクってみんなこんなに得体の知れない生き物なのか。今、アニメ人口が増えているって朝のニュース番組で言ってたけど、街の中こんな奴ばっかりなのか?それならまともに出歩くこともできないぞ。


話しかけられた瞬間、怖すぎて体が反応してしまった。やっぱり生理的に無理だ。

離れた距離を保っていたいが、相手はこちらにどんどん近づいてくる。

どうやって対応しよう。接し方がわからないよ!


何かこちらからも答えなければと、さっき話しかけられた言葉を思い出そうとして、そこでようやく引っかかる。


出てきちゃったんですね、だと?


危うく見た目に気圧されて聞き逃すところだった。出てきちゃったってことは、こいつも間違いなく、さっきの黒服達の仲間じゃねぇか。

気付いた時には、すでに男との距離は5メートルくらいまで近づいてしまっている。


頭を無理矢理、戦闘モードに切り替えて、恐る恐る改めて相手をまじまじと見てみる。私がアニメグッズだと思っていたものは、どうやら刀のようだ。


なにも飾りのついていない、一見白い木の棒のような作りをしている。だが、それならばむしろ逆に危ない。

聞いたことがある。装飾品としての側面を持たず、鍔すらついていない刀。たしかそういう刀剣を殺人刀というんだ。


見た目だけの印象からすると、さっき私が倒したやつらより、明らかに弱そうに見える。けれど、よく観察してみると、全身からわずかに漏れ出ている殺気の鋭さがとてつもない。


男は私との距離を4メートルほどまで詰めたところで歩みを止めた。そして、その場で少し腰を落とし刀を腰の右側に構え、左手を添えた。


ビュゥゥゥウウ


冷たい風が通りを吹き抜ける。私は前から吹いてくる風に思わず顔を背け、目を閉じてしまう。


ヤバい。

本能的にそう感じ、急いで顔を前に向け目を開く。

しかし、目を開いて見えた光景は今までと全く違っていた。


そこにあるものは何も変わっていない。しかし、男が左手を刀に添えた途端に男をまとっていた殺気が、私の方まで一気に広がっている。


そして、受けたことのないとてつもないレベルの殺気に、全身がガタガタ震える。私の動物の本能が絶対に敵わないと告げているようだ。間違いなく、あいつの攻撃を受けたら死ぬ。


「ごめんね。悪いけど、死んでください」


敵わないと本能が叫んでいる。足腰が震え、呼吸がしづらい。まるでさっき大剣で吹っ飛ばされた時のような深刻なダメージを負ってしまったかのように、体が言うことを聞かない。


しかし、私の頭を支配する感情は、恐怖ではなかった。


たとえ死ぬとしても、あいつの剣を受けてみたい。


体が震えれば震えるほどに、私の中で好奇心が強くなる。たとえ、逃げるとしても、死ぬとしても、こいつの剣撃を受けないで終わるなんて絶対に嫌だ。


私は体を動かすために、唇を噛み締める。そして、急いでサンダルを脱ぎ捨て、膝を力一杯叩いた。


いってぇ。でもこれで動く。


絶対に見逃さないよう、目を凝らし男の手元に集中する。そして瞬きもしないように、目をひらく。


来た!


男の手元が一瞬ブレ、髪の毛がわずかに揺れる。そしてその瞬間首元に悪寒を感じる。

私は目を離さないようにしたまま、即座に地面に飛び込み、受け身を取るようにして回避を試みる。


ピシッ


痛っ。

頰に鋭い痛みが走った。手で確認すると切れて出血してしまっていた。そしてなんとなく違和感を覚え、髪の毛を確認すると、ポニーテルの先端部分が一直線にバッサリ無くなっていた。


「あれ?確実に殺したと思ったんですけど、かわせたんですか?あれ、あなた素人ですよね?」


男は構えを解き、さっきのようなふざけた調子に戻ってしまった。そして不思議そうに刀を持ち上げ、異常がないことを確認している。


太刀筋は、なんとなくだけど抜いた時は僅かに見えていた。けれどその後、間違いなくヤイバが消えた。どういう軌道で私の頰をかすめ、どういう軌道で鞘に戻っていったのか全く見えなかった。


目が追いつかないんだ。剣を目で追い切れなかったなんて、初めてだ。言うなれば、あいつの剣撃は、私にとっては銃同じだ。とにかく厄介だし、このままじゃ次を避けられる自信もない。けれど、同時に未知の太刀筋に心が踊っているのがわかる。

次は必ず見切ってやる。


私はその場に起き上がると、間合いを取るために、瞬時に後ろに跳び退く。相手との距離は取り敢えず10メートルほどにまでは広がった。

けれど、全く安心感は訪れない。というよりも、まだ相手の殺気から抜け出せていない感覚がある。


「あまり苦しませたくなかったので、すぐ殺してあげたかったんですが……」


男は刀を一通り確認し終えると、首を傾げ、軽くそう言った。そして、再び居合の構えを取る。間合いは十分に確保した。間違いなく普通なら届かない距離だ。

しかし、視線の鋭さはさっきの比ではない。間違いなく、あいつの剣は私に届く。鋭い視線と殺気が、私にその事実を実感させる。


私はあわてて剣の間合いから出ようと、さらに後ろに跳ぶため脚に力を込める。しかし、今度は跳ぼうとした瞬間、背中に耐え難い悪寒が走る。

後ろに跳んでも多分死ぬ。根拠のない直感が私の足を押しとどめた。


相手を確認すると、体重がわずかに後ろに移動し、前傾姿勢から重心が体の中心に戻っていくのがわかった。


「あれ、逃げないんですか?」


私が間合いを取ることを予想して、追いかける準備をされていたのか。やはり、こいつらには今までの常識が全く通用しない。そして、こいつを倒さない限り、迂回路も含め逃げ場なんてどこにもない。


私は足の指を動かし、足の感覚を確認する。そして、相手を視界に入れたまま、足元の障害を確認する。取り敢えず、足元には不安はなさそうだ。


覚悟を決め、ゆっくりと深呼吸をする。そして、相手の一挙手一投足を見逃さないように目を見開く。相手には動く様子はない。こちらの出方を伺っているのだろう。しかし、ちょうどいい。次はこちらから攻めてやろうと思っていたところだ。


右足で思い切り地面を蹴り、男に向かってトップスピードで走り出す。その間も意識は男の手元にだけ集中する。


「お、速いですね。でも、間合いに入ってきちゃったのは失敗ですよ?」


軽い言葉とは裏腹に、男は無駄のない動作で重心を落とすと左手に力を込める。


殺気の鋭さは衰えていない。次元の違う気配に、すくみそうになる体を必死に奮い立たせる。私の体が十全で全力を出せる今を逃せば、あの男に勝つ可能性はおろか、生きて帰れる可能性すらなくなってしまう。


もちろん今の私に勝機はない。だからこそ、今私から動いて勝機を作らなければならない。

そして今、少しでも勝機が生まれる可能性があるとするならば、それは、あいつの太刀筋に慣れ、見極めることだけだ。だから、この斬撃はなんとか見て、その上でやり過ごさなければならない。


男との距離が再び5メートルほどまで縮まる。その瞬間、男の左手の筋肉が僅かに力んだ。


「今度こそ、死んでください」


一瞬、輝く刃を見る。そして次の瞬間、抜かれた刃と剣を持つ左手が、また消えた。けれど、抜かれるところまで見ていれば、今度は明瞭に軌道がわかる。


「見えた!」


斬撃は依然として、私の首の左側を狙っている。

私は体の左半分を後ろにそらし、剣の軌道を回避する。そして、体勢を元に戻しつつ、男に向かって全力で踏み切る。


思っても見ないチャンスが舞い込んだ。もしかしたら、剣を鞘に収めた直後のこの一瞬に隙ができるかもしれない。


「あれ?」


右手の拳を構え、男に飛び掛かろうと思い切り右足で踏み切る。しかし、私の体は一向に男に辿りつかない。


私が踏み切ったと思った足は、どうやら空回りをしたようだ。そして、まるでぬかるんだ地面で滑ってしまったかのように、私の体は、地面に崩れ落ちてしまった。


何故?


私は自分の体に何が起きたのかわからなかった。それでも、せめて次の攻撃に備えられるように、必死に左足を出し、その場に片膝をつくような形で踏みとどま流ことに成功した。


しかし、左の足を地面についたその瞬間、左の肩にいままで感じたことのないほどの鮮烈な痛みが走る。


ブシャァァァアア


そして同時に私の左肩から勢いよく血が吹き出す。咄嗟に手で肩を押さえるが、溢れておさまる気配がない。


「あぁぁあああ」


痛みをこらえジャケットを脱ぎ、ジャケットで傷口の上から力一杯止血する。すぐに止まりはしないだろうが、取り敢えずはこれで良い。


けれど、いつ斬られた?

理解がまったく追いつかない。斬撃は首を狙って放たれた筈だ。まさか、軌道を変えた?いや、途中で起動を変えて、あの速度を出せるはずがない。だとしたら、まさか……


「致命傷の方は避けられましたか。でも2撃目を捕らえる余裕は流石になかったみたいですね」


あの一瞬で、2回も刀を振るったのか。そんなことは人間にはありえない。


「なぜ、なぜそんなことができるんだ!」


「ふふふふ」


私の問いかけに、男は嬉しそうに微笑むと剣の構えを解いた。そして、腕を組んで、うーんと唸り声を上げながら、わざとらしく考え出した。


自分の得意分野に驚かれるのが嬉しくて仕方がないのだろう。こっちが傷を負って焦っているというのに、あの態度には腹が立つ。けれど、まだ価値を諦めたわけじゃない。教えてくれるなら、情報は多いに越したことはない。

私は、地面に座り込んだ姿勢のまま、男の方をじっと見つめる。


「ふふふ。死にゆくあなたに、教えることなどありませんよ」


「いや、言わないんかい!ぁぁあ、いった」


沸えきらない男の態度に思わず大声で突っ込んでしまった。おかげで傷口が痛み、ダメージを受ける結果になってしまった。


「うわ、鮮烈なツッコミですね。でもやっぱり言いたいので言いますけどー」


結局言うんかい!口から出そうになったツッコミを必死に押さえ込む。相変わらず傷口は痛むが、さっきほどじゃない。

男の方を伺うと、つまらなそうにむくれている。あいつ、私が突っ込んで痛がる様子を笑ってやがったのか。


「百聞は一見にしかずと言いますから、まずは見ててください」


男はむくれるのをやめ、つまらなそうに足元の小石を1つ握った。そして握り拳を胸元まで手をあげると、掌を返し、小石を離した。それから、自然な動作で離した手を、小石が落ちる先にすっと入れ、小石が落ちるのを阻止して見せた。


え?


男の動きにとてつもない違和感を覚える。小石を離して、それを目で見て同じ手で取るくらいの動作なら、やろうと思えば私にもできる。けれど、異常なのは余りに無駄の多い動作だと言うことだ。さっきのあいつの動きは、落とした石の下に急いで手を入れたというような動きではなかった。あの動きは、まるで小石の落下速度よりも男が手を小石の下に入れる動作の方が速いとでも言うかのような動きだった。しかし、そんなことがあり得るはずがない。


「あなたの目ならわかったでしょう?素人に敢えてわかりやすくいうならそうですねぇ……そう、僕は人類じゃあないんですよ」


「説明に、なってない、ぞ」


口を開き話し出した途端に、傷口が痛み出す。しかし、それでも聞かずにはいられない。確かにあいつの動きは人間ものじゃない。目で見てそう感じた。しかし、その理由が人間じゃないから、なんてくだらない口上だけで納得できるはずがない。何か、秘密があるはずだ。


「何かトリックが欲しいようですが、あいにくタネも仕掛けもないんですよ」


男は肩を竦めると、私に哀れむような視線を向け話を続けた。


「僕はね、どうやら生まれつき筋肉の電気信号を伝える速度が、人より速いみたいなんです。刺激を感じた後、脳を通って筋肉にまで電気信号が伝わるのに、普通の人間なら、最速でも0.1秒ほどかかるみたいなんです。でも僕はね、0.01秒で刺激を伝えられるんですよ。つ、ま、り?」


つまりタネも仕掛けもなく、私がこいつと向き合って、同時に動き出したとしても絶対に私の動きが遅れるってことだ。たとえ私がフェイントを仕掛けたとしても、こいつはそれを見てから反応できる。こっちが最速で動いたとしても、10個の筋肉を動かそうとしたら、0.9秒も遅れをとることになる。そんなの、確かに、人間じゃない。


「そうです。わかってくれたようですね。業界用語ですが、僕みたいな、キリングシンドローム罹患者の親から生まれた、突然変異種を、セカンド、新人類と呼びます。だから、僕らはね、本当にいままでの人類とは根本的に違うんですよ」


なるほど。セカンド云々はどうでもいい。だが、とにかく情報は得られた。今あいつの話からわかったことは、反応されたら、速度では絶対に敵わないと言うことだ。なら、真っ向からやり合ってもダメだ。


ならば相手の意識を逸らして、意表をつくしかない。本意ではないが、真っ向から勝負を挑むようなやり方ではダメだ。

私の嫌いなやり方ではあるが、とにかく攻め方を変える他にない。けれど、あいつと初対面で性格もろくに知らない私が、あいつの意表をつくのは、攻撃を見切るよりずっと難しいだろう。それに私が狙っているのは博打だ。けれど、今は勝つためにやれることをやるしかない。


「さて、わかったのなら、観念して死んでください」


男はふたたび右の足を後ろに引くと、腰を落とし、居合の構えに戻った。そして、倒れたままの私に、剣を向ける。


「まった!」


「え?なんです?」


しかし、抜かせるわけにはいかない。いまこの状況で剣を振るわれれば、確実に死ぬ。隙を作るために、一か八か、やるしかない。


「お前の着てる、そのTシャツって、あのアニメのヤツだよな!」


男は剣を握っていた左手を離し、思い切り目を見開いた。そして、完全に構えを解くと、私の方を指差して、震えながら叫んだ。


「あ、ああ、あなた!このTシャツがわかるんですか!ギャルなのに!」


「うるせぇ、ギャルじゃねえわ!」


話すたびに、動くたびに傷口が痛む。けれど、確かに確信した。


いける!

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