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Killing syndrome  作者: 兎鬼
3章 加速
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16/26

初戦、決着。


9月13日(金)18時45分


くそ、強え。

私は突然現れた、大剣をもった男に苦しめられていた。

格好は、ジーンズにグレーのパーカーをはおっている。中のシャツも特にこだわっている様子もない。速乾性の高そうな黒のTシャツだ。

全体的に、最低限のカジュアルさを保ちつつ動きやすい格好を意識しているのだろうか。そう言う風にみてみれば顔もつり目のクール系イケメンなのに、短めに切られた髪の毛も全くセットされていない。


私は男が現れてから今まで、絶え間なく攻撃を受け続けている。にも関わらず、男は顔色ひとつ変えなければ、息も乱れていない。

攻撃も大剣の大ぶりな攻撃ばかりだが、隙を狙った私の攻撃が全て防がれていることを考えると、実は、ギリギリ防げる範囲で攻撃力が最も高まるラインで統一されているのかもしれない。


当たってはいないから、直接的なダメージはまだ受けていない。けれど、問題なのは、こちらの攻撃が全く入らず、こちらの体力が削がれているということだ。


とにかく疲れる。思い返してみると、今まで私は長期戦をしてこなかった。今まで私が戦う相手は、空手の試合だろうと、柔道の試合だろうと、1分でも保ったことがなかった。しかし、今回は私のスタミナが求められる上に、倒せるかどうかもわからない。


「おっと、あぶねぇ」


考え事をしていると、頭上から大剣が降ってきた。

どうやら、いつのまにか間合いを詰められていたようだ。私の方が受け身になっているというのに、こちらの隙を突かれていたらどうしようもない。


私は大剣の振り下ろしを左に避けてかわし、相手の右脇腹を狙って突きを繰り出す。


ガン


しかし、やはり何故かさっき振り下ろされたばかりのはずの大剣でガードをされてしまう。

私は次の反撃に備えて、相手の後ろに回り込み、そのまま後方に飛んだ。


けれど予想に反して追撃が来る様子はない。それどころか相手は、私の方に向き直ると、大剣の構えを解き、畳に突き刺してしまった。


「いい加減どけ!お前では俺には勝てないのがわかっただろう!」


まじめに戦ってすら貰えないのか。男は私が動けるのをみて、確実にスタミナを消耗し、動けなくなることを狙っていたのだろう。そして、私がそこに勘付いたのに気づき、逃げる選択肢を与えてきた、といったところか。


男は眉間にしわを寄せ、急いでいるのか口調もどこか早口になっている。それでも、戦法だけは下手を踏まないよう、先を読んで先手を打っている。


男の逃げていいという言葉を信用するなんて、都合のいい頭をしているつもりもない。きっと、疲れた私が提案に乗って逃げるのを待っているのだろう。ここは言葉に乗ったふりをするというのも手だろうが……


「いま黙って道を開ければ見逃してやる!とっととどけ、ザコに用はないんだ!」


「んだと、てめぇ。お前だって、まだ私に1発もいれてねーだろうが!」


あ、やべ。他の選択肢もあったというのに、相手の言葉に、思わずカッとなって怒鳴ってしまった。

まぁはじめから、逃げるつもりなんかないのだからやることは変わらない。何故ならたとえ今の私が劣勢だろうと、パパより明らかにレベルの低い、こんな奴に負けるわけにはいかないのだから。間違いなく、立場が悪くなったのは確かだろうが、家に向かうまでの時間が短縮されたと考えるとしよう。


男は私の言葉に、さらに苛立ちを増したようで、体を震わせている。

やはり、今まで私は格下に見られ、手加減をされていたと言うことだ。死ぬかもしれない。けれど、やる気になってくれたのなら、それ自体は嬉しい。私も少し気を引きしめなければならない。


「そうか、ならもう手加減はしないからな」


「望むところだ」


男は畳に刺した剣を抜き、解いた構えを元に戻した。

私もそれに合わせて、すぐに対応できるように、戦いやすい構えを取る。どんな動きだろうと、反応してやる。


相手の足の筋肉が力むのがわかる。そして、右足から踏み出して……


「っ!?」


消えた。


いや、おそらく、目で終えないほどの凄まじい踏み込みだ。私の踏み込みなんか、次元が違うというくらい、レベルが高い。

踏み込まれたことがないから知らなかったが、次にどこに踏み込まれるのか全くわからない。


自分の周囲に意識を集中して、どこにきても対応ができるように注意する。


見えた!


しかし、次に姿が見えた時には私の5歩先まで迫っていた。さっきまで部屋の端にいたはずなのに、なんて移動距離だ。


私は、男の持っている剣の向きから、軌道を予測。そして、頭を狙ったなぎ払いがくると予想し、瞬時に四つん這いのような格好でその場にしゃがみこむ。


ヒュン


あぶねぇ。

さっきまで私のいた場所に、とてつもないスピードのなぎ払いが通過した。もしも、見えてから反応しようと思っていたら、頭が消し飛んでいた。


相手はなぎ払いによって姿勢を崩した。どっからどう見ても、隙にしか見えない。


しかし、まだ油断はできない。

絶対に2撃目につなげられる軌道ではないが、絶対に追撃が来る。さっきまでの神業ガードを攻撃にも使えるとしたら、一息ついている暇なんてあるはずがない。どんな風に姿勢を直し、そしてどんな軌道で剣がくるのか、そこにきっと糸口があるはず。


私は、剣が向かった先とは反対方向に跳べるように、地面についた四肢に力を込める。

そして、相手が姿勢を正す瞬間を待つ。


ドスン


しかし、男の動きは私の総像を遥かに超えていた。

男は姿勢すら正さず、無理な姿勢のまま、腕だけを振り上げ、私が向かおうとしていた方向に剣を振り下ろした。


頭で状況が理解できない。ただわかるのはこのまま飛ぼうと思っていた方向に飛べば間違いなく殺されるということだけ。

しかし、既に力んだ四肢の力はもう抜くことができない。


とっさに体を飛ぼうとしていた方向と反対に倒し、跳躍する方向を微調整する。そして、なんとか剣と逆の方向に跳躍することに成功する。


あ、やべ。


跳躍に成功した瞬間、私の視界の端に、見たくないものが写り込んだ。そして、その瞬間、私が横に跳んだことが、何よりもとってはいけない選択だったことを、私は理解した。

さっき振り下ろされ、畳に刺さっていたはずの大剣が、こちらに向けて振るわれようとしていた。もちろん姿勢だって振り下ろした所にようやく追いついたくらいだ。普通ならそんな体勢で、威力が出るはずがない。


「死ね」


しかし、私の元に飛んできたなぎ払いは、さっきのそれよりもずっと精度も威力も速度も増していた。

はじめから、私が無理な体勢で跳躍するタイミングを狙っていたのか。


空中に浮いてしまっている以上、絶対に避けれない。

瞬間にそう悟る。けれど、こんなところで死ぬわけにはいかない。せめて、軌道だけでも変えなければ。


鋭い一閃が、私に目掛けて飛んでくる。

私はなんとか体をひねり、飛んでくる斬撃に相対する。そして、私に直撃する寸前に、剣の側面にこの姿勢から繰り出せる渾身の突きを放つ。


ドカン ガタ ガタ ガタ ドカン


「がはぁっ」


軌道は変えられた。それに、刃の部分にだって当たってはいない。けれど、軌道を変えようと剣に触れた瞬間、凄まじい衝撃が触れた手に走り、そのまま横に吹き飛ばされてしまった。

襖にぶつかっても尚、衝撃は死なず、まるでアニメのように襖を突き破り、横の部屋の奥の壁に激突した。


うまく突きが入った瞬間、なんとかなったと思ってしまった。相手は姿勢を崩していた。にも関わらず、ありえない距離を飛ばされた。私が今まで出会ったどんな攻撃よりも凄まじい威力だった。

もし姿勢が崩れていなかったら、軌道をそらしたとしても、間違いなく致命傷だった。

私の動きから、跳躍することを読んだ攻撃といい、攻撃の威力といい、今までの相手とは、経験やスタイルまで、全てのスケールが違いすぎる。


「1発入れたぞ?確実に殺したと思ったんだが、お前素人じゃないだろ。誰に雇われてる?」


男は私にトドメを刺すためか、少しずつ近寄ってくる。

私は立ち上がろうとするが、さっきのとてつもない衝撃のせいで動くことができない。体を確認すると骨までは逝っていないようだが、全身が軋んでいる。


「……受け流しただろうが。まだ1発だって貰ってないね。それに、雇われたってなんのことだよ」


「素人だとシラを切るつもりなのか。そこまで挑発した以上、覚悟はできているんだろうな」


正直に話したが、やはり取り合ってもらえない。それに、たとえ信じてもらえたとしても、顔を見てしまっているいる以上、黙って座っていれば、確実にとどめを刺されるだろう。


近づいてくる男の表情を確認すると、さっきまで顔に張り付いていた、怒りの表情は消えて、代わりにパパがしていたような無表情が現れている。そして、さっきとは比べものにならない程の殺気を感じる。


明らかに状況が変わった。あいつの中の私の印象が、偶然居合わせた素人から、殺すべき邪魔者に変わったのだろう。

まるで確実に獲物を仕留める狩人のようだ。


とにかく立ち上がって次の攻撃に備えなければ、死ぬ。


「あぁあああ!」


無理やり体を引きずって起き上がる。そして走り出そうとして、右足を出す。


「あっ」


しかし、出した足はもつれ、そのまま膝をつく形になってしまう。

歩けなくはない。けれど、とても機敏に動ける常態じゃない。


相手は私の動きを見ても全く動じず、顔色ひとつ変わらない。そして、私の残りの命をカウントダウンするタイマーのようにゆっくりと私に近づいてくる。


なんとかしなければと、咄嗟に床の間に置いてある、刀の模型を手に取る。

もちろん、こんなものであの大剣の威力がどうにかなるなんて思わない。けれど、避けられない以上、どうにかして受け流すしかない。今度体で受ければ、間違いなく殺されるまで動けない。


男は部屋の入り口まで歩いてくると、再び一気に踏み込んでくる。

死が近づいているせいか、さっきよりもスピードが増しているはずの踏み込みがスローモーションに見える。


踏み込みながら、大剣のグリップを両手で握り込み、頭よりも上に振り上げる。これは振り下ろしの軌道だ。そして、今度の攻撃はさっきのように姿勢を戻さないままの振り下ろしではない。踏み込みの勢いをそのままに私の体を潰すつもりだ。


この体では避けることは叶わない。そして、変に軌道をそらせば、肩から腕と足をもぎ取られる。まともに受ければ、死ぬか、死ぬのを待つしかない状態にされるかだろう。


あぁ……ここで死んでしまったら、せっかく見つけた楽しい世界が終わってしまう。くそ、ここで死んだら完全に井の中の蛙じゃねぇか。


勝機を見出すため、相手の行動を振り返ってみる。

私がどんなに隙を突こうとしても、攻撃をかわそうとしても、体制すら立て直さずに剣一本で対応された。その仕組みはさっきのなぎ払いからの、振り下ろしを見たときに確信した。

あいつの技は、信じられないくらいに優れたバランス感覚の上に成り立っている。

剣技もおそらくかなりのレベルだろうが、こいつのは、剣技とバランスが合わさって最早曲芸を通り越した極芸の域まで達してしまっているんだ。


つまり、簡単に言えば、どんな攻撃をされても隙が出来ない。受けようと思えば、隙のない連撃を受けることになる、という事だ。

だめだ、そんなの破りようがない。


この状況を打開するには、どうすればいい。パパならこんな時どうするだろう。


そう考えた途端、さっきパパに言われた言葉が脳内にこだまする。


「ここで人間の殻を破れなければ、君は終わりだ。鏡花、悔しかったら僕に追いついて、僕を殺してごらん?」


成る程、あいつはもともと持っていた、自分の優れたバランス感覚を、極限まで引き上げて、剣技に生かしているということか。

対策を考えるのがはじめから間違っていたということだ。パパの言った通りにすれば良かった。


つまり、私のできることをしてろってことだろう?パパ!


足に意識を集中し、大剣が飛来していることを意識から外し、立ち上がる。そして私が最も得意な重心移動だけに意識を集中する。


体を動かさず、重心だけを移動する。右足から左足へ、左足から右足へ、右足から左足へ……よし、体の感覚が戻ってきた。


次はもっと外へ。右足からさらに右、右手の方へ。そして続けて左手の方へ。そして、左手から更に外へ……。


目を開け、両手でしっかりと模型を握り直す。そして、剣を受けるため、両手を頭上に高くかざす。


「受けてやる!来い!」


目を開けると、大剣は今まさに私に振るわれようとしていた。男の顔に一瞬、確実に仕留めたというような安堵の顔が浮かんだ。


「死ね」


ドガーン


次の瞬間、とてつもないスピードで振り下ろされた大剣が、私が頭上に掲げた模型に直撃した。そして、その衝撃に私の足元の畳は、私を中心に沈み込み、衝撃を受けた引き戸のガラスがガタガタと音を立てて揺れた。


しかし、私は無傷だった。それどころか、大剣の振り下ろしを直接受けた模型にさえヒビ1つ入っていない。


「貴様……一体、何をした!」


男は焦って後ろにとびのき、私から距離を取る。そして、再びとどめをさすため、踏み込みとともに、今度は左からなぎ払いを放ってくる。


ガイン


そして続けざまに、振り下ろし、左なぎ払い、突き、フェイント、右なぎ払い、振り下ろし……。


ガキン ドカン ガイーン ドカン ガキーン


しかし、いくら私を攻撃しても、模型で防がれダメージを与えられない。

さっきまでの冷静な表情は完全に失われ、額には玉の汗が浮かび、青筋が浮き出そうなほどに瞳を見開いている。


「はぁ……はぁ、はぁ。何が一体どうなっている」


大剣をこちらに向けて構えたまま、肩で息をする男に、私は無言で刀の模型を投げつける。


「うわっ」


男はあまりに情けない声を出し、後ろに飛び退いた。そして、模型が畳に落ち普通に小さくバウンドする様子を見て、からかわれたことに気がついたのか、眉間にシワを寄せ剣を地面に突き刺した。


「貴様、何をしたのかと聞いたんだ!ふざけるのもいい加減にしろ!」


「ふざけてなんかない。私はお前の動きを完全に見切ったんだ。お前も、聞かないで見きってみろよ!」


重心移動の感覚を確かめている時、足よりも外側に重心を移せることに気づいた。そして、ふと閃いた。もしかして、重心と一緒に衝撃を外に逃がせるんではないか、と。


そして、攻撃が直撃した瞬間に、一気に重心を右足へ移動し、そして、そのまま衝撃を外へ受け流した。結果私の体には一切のダメージがなく、代わりに足の触れていた畳が一気にひしゃげたというわけだ。


その後、様々な方向からの連打で検証してみたが、横からの衝撃や連撃でも、全く問題なく足の下から地面に衝撃を逃がせることが分かった。

パパの助言のお陰で、私の重心移動の才能は開花を通り越して、衝撃移動へ昇華した。


これなら勝てる。なんて楽しいんだ!


勝つことが嬉しい。何年も前に亡くした感覚が体の中に蘇る。そして、私の枯れていた欲望を掻き立てる。もっと試したい。もっともっと先のステージに進みたい。


「かかってこいよ。……ビビってんのか?」


防御をもう少し試したい。そのためにあえて相手を挑発する。だが、興奮のせいで思ったよりも言葉がきつくなってしまった。失敗は失敗だが、相手が熱くなってくれるなら問題ない。そして、案の定、男は私の安い挑発に乗ってくる。


「調子にのるなよ。次は確実に殺す」


男は剣を引き抜くと、一気に後ろに跳躍する。そして、部屋の入り口まで戻ると、今度は跳躍ではなく、走りながら間合いを詰めてくる。

そして、片手で剣を持ち……投げた。


今までの私であれば、剣を投げる予想外な行動に驚き、剣に続く連撃を食らっていたに違いない。けれど、今の私はこれまでとは違う。


目の前から飛んでくる攻撃に意識を集中し、受け流すことだけを考える。


バゴォン


まず飛んできた剣に突きを入れ、軌道をそらす。威力を全て地面に奪われた剣は、私の拳が向かった方向にある畳にそのまま突き刺さった。


そして、突きを入れ終わると同時に、男が私の目の前に現れ、腹部に蹴りを入れてくる。しかし、受け流され威力のない蹴りでは私は動かない。


とりあえず、同時攻撃への対応は可能、と。


「ふざけるな!」


男は剣を抜き、再び後ろに戻る。そして、深呼吸をして呼吸を整える。

このまま、平常心を欠いたままで終わるのかと思っていたが、流石にそこはプロというところだろうか。


顔は依然として怒りに満ち、無表情とは程遠い。けれど動揺の色は完全に消え、今までで1番殺気を感じる。ようやく私を同レベルの敵だと認識してくれたということか。


「もう分かったぞ。お前、衝撃を意識的に床に流しているだろう」


「なんだ、もうバレたか」


「あぁ。これだけコケにされればな。だが、わかってしまえば対策も容易い。次で終わりだ」


練習と調子にのって、流石にプロに技を見せすぎた。

雰囲気からして、次は確実に仕留めにくるだろう。ならば、私も最後に試したいことを練習して、こいつを倒そう。


男は、剣を右の腰あたりに構えて、踏み込みの体制を作る。そして、一呼吸した後、消えた。


何度も見てきて、いい加減、こいつの踏み込みにも慣れたつもりだった。しかし、今回の踏み込みはレベルが違う。本当に見えない。


けれど、私がやることは今までと何も変わらない。相手の動きを捉え、受け流す。


目の前に現れた男は再び消え、後ろへ現れる。そして、再び私の前に現れ、渾身のなぎ払いを繰り出した。


「死ねぇぇええええ!!!」


「おぉおおおおらぁああ!!!」


私は左の脇腹を狙って現れた剣を、両手で挟み込むようにして……取った!

そして、そのまま衝撃を一気に移動する。


しかし、今度の移動先は地面ではない。

私は剣を掴んだまま、流した威力を利用し剣を掴んだ男ごと、引き戸の方へ、投げた。


ガッシャアアァアン


とてつもない衝撃に、ぶつかった引き戸はガラスごと粉々に砕けた。そして男は地面に一度も付くことなく、内庭の大きな石に背中から叩きつけられた。


「がっはぁあっ!」


私は、飛んでいく男を追いかけて、引き戸の手前から一気に跳躍する。そして、石に叩きつけられた直後の男の顔面に、突きを叩き込んだ。


「ぶっふぉっ」


私は追撃を恐れ、すぐさま体勢を立て直し、思い切り石を蹴って廊下に戻る。そして、追ってくる衝撃に備え構えを取り、前からの攻撃に反応するため意識を集中する。


しかし、待てども男が追ってくることはなかった。


「あれ?」


恐る恐る警戒を解き、男がさっき叩きつけられた石を確認する。しかし、石には大きなヒビはあれど、男の姿は確認できなかった。

もしやと思い、庭に出て、改めて石の下を確認すると、廊下からは見えない影の、小さな滝壺に男は伸びていた。


「うっわ、ひでぇな。だれがこんな酷いことを……まぁ、私か」


鼻は折れ、顔も変形してしまっている。潰れた鼻と、口から溢れ出る血のせいで、顔の周りの水は赤く染まっている。


私は水に濡れないように、ジャケットの腕を捲り上げ、手首につけていたヘアゴムで髪の毛を高い位置で結ぶ。


そして、滝壺の外側から近づき、取り敢えず息ができるように水から出してやる。

しかし、出してみるとより酷い状況なのが分かる。胸部も潰れ、骨がいってしまっているのがわかる。酷ければ肺に穴も開いているかもしれない。水に浸かっていた部分の洋服も、血だまりのせいで赤く染まってしまっている。多分意識を取り戻したとしても、まともに呼吸もできないだろう。こいつは助からない、そう実感した。あの4人の時とは違い、確実に殺す一撃を放ったのだから当然といえば当然か。


そういえば、勝ったのか。


快勝とは言えない、苦しい戦いだった。それに死ぬ思いもした。けれど、勝利を実感した途端に、体の中から押さえ込まれていた喜びが湧き出てくるのを感じた。


これは、私にとって競い合って得たはじめての勝利。そしてライバルになり得る同じレベルの人間とのはじめての出会いだった。そして、得たものも大きい。


不思議と、人を殺してしまったことに対する罪悪感は感じない。多分、アドレナリンが出続けているせいだろうが、今の私にはそんな辛辣な事実すらどうでもよく感じられる。


私らしく生きろ。

パパに言われた言葉を噛みしめる。確かに今までの私は、周りの人間の規格に合わせて生きてきたんだろう。

本当の自分がどんなものなのか、明確に分かるわけじゃない。けれど、これが、ここが私が求めて居た場所だと、体の中の何かが叫んでいる。


ガタガタ


私が人生で1番の幸せを噛み締めていると、夏の間と、秋の間の戸が開かれようとするのがわかった。


振り返って確認してみると、喜びのために全く見えて居なかったが、料亭の中はひどい状態になっていた。

私の目が届く範囲に、さっき私が殺した男と合わせて4つ死体が転がっている。入り口付近に従業員の死体が2つ。そして、私がたっている位置より少し奥に客の死体が1つ。おそらく、私が戦っている間に殺されたのだろう。


考えが甘かったか。

私の所に来る前に、さっきのやつが殺したということも十分考えられる。けれど、あいつがひとりだったとするなら、逃げられるリスクを考え、入り口から順に殺していく筈だ。そうすると、私より奥にある死体の説明がつかない。


つまり、複数犯だ。

私の所にきた奴の動きを見ても、間違いなくプロなのは間違いない。とすると、4部屋の客、そして今日働いている従業員の全てを確実に殺し、そして隠蔽工作を行える最低限の人数を想定しているだろう。

なら、実行犯は2人から4人。そして短時間で撤収することを考えれば、最低限の隠蔽工作に4人から6人。移動の車のことも考えると1台で移動できる人数だろうから、多分そのくらいだろう。


となると、最低あと5人倒さなければならないということか。


戸が開く前に、地面を蹴り、入り口に向け一気に走り出す。けれど一足遅かったようだ。

私が夏の間の前に着地すると同時に、戸が同時に開かれ、夏の間から銃を構えた女が1人と、秋の間からサバイバルナイフを持った大柄な男が現れる。ふたりとも一様にブラックスーツを着込んでいるところを見ると、いわゆる一般戦闘員といった感じだろうか。


入り口を挟んではいるが、位置取りだけ見れば、うまく挟み撃ちにされるような位置に立たれてしまった。

ここが正念場だろう。私に出来るだけ、とにかく私として行動してみよう。


後ろから撃たれるリスクを避けるため、私は一旦足を止めて、女の方に向き直る。


パシュン


女は私が向き直ると同時に、なんの問いかけもせず、後ろに跳びながら私の頭部を狙って、発砲した。私はそれを首をかしげて回避。そして、同時に女の方に跳躍する。

そして、女が着地する前を狙い、顔面に思い切り突きを入れる。てっきり防がれるかと思って追撃を考えていたが、予想外にヒットしてしまった。


「がっはっ」


女はそのまま地面に叩きつけられ、手を離れた銃がスローモーションのように、遅れて地面に落ちた。


当たらないものだと思っていた私は、正直次の手を考えていなかった。そこで咄嗟に、地面に落ちた銃を拾い上げ、男を狙って発砲する。


パシュン パシュン パシュン


ガキン ガキン ガキン


習い事の射撃訓練くらいは受けたことがあるから、狙いを定めるくらいならできる。しかし、流石に銃弾は入り口の方へ飛んだ男にかわされてしまった。


男は立ち上がると入り口を背にして、ナイフを片手に私ににじり寄ってくる。

そして、残念なことに、男の背後のキッチン側から更に黒服の男女2人が合流する。


後から出てきた2人は、私の後ろに倒れた女を見て瞬時に状況を理解し、女が秋の間の方へ走り銃を構え、男はバックアップするため、男の背後で私を狙って銃を構えた。


さて、どうしたものか。最悪の状況に頭が痛くなってくる。


「きゃあっ!」


けれど、好機はすぐに訪れた。

秋の間の前に展開していた女が、一瞬私から目を離したかと思ったら。急に悲鳴をあげた。


「リブラさんが倒れてます!」


女は仲間にわかるようにそう叫ぶ。そして、その言葉を受け、悲鳴を受けても目をそらさなかった他の2人にも明らかな動揺が生まれた。

秋の間の前の女と、背後で銃を構える男は、死体を見て目を丸く見開き、ナイフを構えた男は振り向きこそしないが、筋肉がさっきよりもこわばっている。


ここを逃す手はない。

私は銃を捨て、代わりに後ろに落ちている女を掴み上げる。そして、目の前の男に思い切り投げつけた。


「なにっ!?うぉっお」


男は女を受け止め、そのまま姿勢を崩し背後の男の上に倒れ込んだ。


私は倒れこむ男の前に瞬時に踏み込む。


パシュン パシュン パシュン


秋の間の前の女が発砲するが、反応が遅れていて全く当たらない。


私は男の前で着地すると、勢いを利用して跳躍。そして、下敷きになった男の首を力一杯踏み抜いた。


グギャ


廊下に、首がへし折れた快音が響き渡る。

倒れていた大柄な男は、受け止めた女を放り出し急いで立ち上がる。

けれど余りにも反応が遅い。私は起き上がってきた男の顔に思い切り回し蹴りを入れる。


「うぉっ」


男はろくにガードもできないで内庭の中へ落ちていく。


私は首が折れた男を持ち上げ、盾にして残る女の方へ向かう。終始、女から死角になるように立ち回ったため、女は銃を使えずにいる。私は、震える女に、男を投げつけ、さっきと同じ要領で女の首をへし折った。


そして、まだ息のある女の手から銃を借り、内庭に降りて、さっきの男を確認する。やはり息がある、か。

私は銃を使って、顔、胸、足を殴り骨を砕いた。たとえ生きていたとしても、これで追ってはこれまい。


油断をついたとはいえ、あまりにあっけなかったな。死んだ姿を見て、仲間が動揺したくらいだし、さっきの大剣士が強かっただけなのだろうか。


「時間をかけすぎたな」


携帯をポケットから取り出して時間を確認する。時刻は19時半過ぎ。とにかく今は急いで家族の元に向かわなくては。


荷物をどこかに落としてしまったが、探している余裕はない。とりあえず今は携帯だけあればいい。しっかりとポケットの奥に携帯を入れ、今度こそ入り口へ急ぐ。


「生きてろよ、美鈴、ママ!」


初戦 勝者 ただの鏡花

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