2-2 適正
第一実技場は、校舎の裏手に広がる大きな訓練区画だった。
土の地面にはいくつもの木製人形が置かれ、その奥には円形の的が並んでいる。端には屋根のついた武器置き場があり、剣や槍、弓、短剣、訓練用の銃と専用のゴム弾まで一通り揃えられていた。
実技場へ入った生徒たちは、思い思いに辺りを見回す。
「ここなら使っていいんだよね?」
アルレアが待ちきれない様子で尋ねる。
「ああ。人に向けなきゃな」
リキトは気のない返事をしながら、実技場の中央まで歩いていった。
「入学前の適性試験で使った武器があるやつは、それ使え。魔法も好きに使っていい」
それだけ告げると、近くに生えていた大きな木へ向かう。
「え、先生が教えてくれるんじゃないの?」
「俺は戦う方は専門外なんだよ」
「学校の先生なのに?」
「先生だからだ。教官じゃない」
木陰まで来ると、そのまま幹へ背を預けて腰を下ろした。
その周囲から、小さな機械が二機浮かび上がる。手のひらほどの大きさの機体は低い駆動音を響かせながら、それぞれ別の方向へ飛んでいった。
「見てはいる。分かんなくなったら聞け」
それだけ言うと、リキトは目を閉じた。
生徒たちはそれぞれ武器置き場へ向かう。
ニーアは並んだ武器を一通り眺めると、迷わず短剣を手に取った。鞘から抜き、軽く握りを確かめる。
ガルシアは武器棚には目も向けず、その前を素通りした。
「俺はいらねえな。持ってたら邪魔だろ」
腕に薄く獣毛が浮かび、指先から鋭い爪が伸びる。
それを確かめるように拳を握ると、そのまま訓練人形の方へ歩いていった。
ノノは武器棚の前で足を止めていた。
剣を見て、弓を見て、最後に訓練用の銃へ視線を移す。
そっと手を伸ばしかけて――すぐに引っ込めた。
「……銃は、ちょっと怖いです」
二丁の訓練用拳銃を手にしたアルレアが振り返る。
「音?」
「それもありますけど……撃つのが、ちょっと……」
ノノは隣へ視線を移した。
そこに立て掛けられていた一本の槍を、両手で持ち上げる。
「……これなら、少し遠いので」
「いいんじゃない? ノノっぽいかも」
「そ、そうですか……?」
ノノは両手の位置を何度か変えながら、槍を構えた。
アルレアも自分の銃を握り直し、右手の一丁を軽く回そうとする。
その瞬間、手元から銃が滑った。
「あっ」
地面へ落ちる寸前、横から伸びた手が銃を掴んだ。
ユエルだった。
「ナイスキャッチ!」
アルレアが笑って手を伸ばす。
ユエルもそのまま返すように銃を差し出して――
こつん。
持ち手の先で、アルレアの頭を軽く叩いた。
「いった! なにすんの!」
「落とすな」
「分かってるって!」
ユエルは何事もなかったように、今度こそ銃を差し出した。
アルレアは少し不満そうにそれを受け取る。
少し離れた武器棚の前では、ソウタだけがその場から動けずにいた。
剣を見て、槍を見て、弓を見る。
どれにも手を伸ばさない。
しばらくして、木陰から声が飛んできた。
「ソウタ」
「はい?」
「いつまで見てんだ」
ソウタは困ったように武器棚へ目を戻す。
「何を使えばいいのか分からなくて」
「ああ……お前、適性試験受けてないんだったな」
「はい」
「じゃあ、適当に触れ」
「適当に?」
「合わないのから捨ててけば、そのうち残るだろ」
「そんな決め方でいいんですか?」
「最初から分かるやつの方が少ないよ」
ソウタはもう一度、並んだ武器を見渡した。
最初に手にしたのは槍だった。
少し離れたところでノノが構えているのを真似しながら、訓練人形へ穂先を向ける。そのまま突き出したが、大きく横へ逸れた。
「……長いな」
「む、難しいですよね……」
隣からノノが小さく声をかける。
次に短剣。何度か振ってみるが、距離が近すぎて落ち着かない。
弓も試した。矢は飛んだものの、的の外側へ辛うじて刺さる。
最後に銃を握ったが、撃った瞬間の反動に肩を揺らした。
「どうだ」
木陰から声が飛んでくる。
「全部微妙です」
「だろうな」
「ちょっとは励ましてくださいよ」
返事はなかった。
ソウタはため息をつきながら、最後に一本の剣を手に取る。
片手で持てる、特別な装飾もない普通の剣だった。
握りを確かめ、一度振る。今度は両足を少し開いて構えてみる。
先ほどまでと比べれば、余計な力は入っていなかった。
一歩踏み込み、訓練人形へ剣を振るう。
乾いた音が鳴る。
ソウタは手の中の剣を見た。
「……これが一番やりやすいかも」
「なら、それ使っとけ」
ソウタはもう一度剣を握り直した。
その頃には、実技場のあちこちで訓練が始まっていた。
銃声が立て続けに響く。
アルレアは左右の銃を交互に撃ちながら、次々と引き金を引いていた。
一発目は的の外。
二発目は縁をかすめ、三発目は地面へ土煙を上げる。
それでも本人はまるで気にしていない。
「よーし、次!」
さらに二発。
今度は片方が的の端へ当たった。
「当たった!」
嬉しそうに声を上げた直後には、もう次の引き金を引いていた。
狙いをじっくり定めるより、どうやら撃つこと自体が楽しいらしい。
少し離れた場所では、ニーアが短剣を手に訓練人形へ近づいていた。
足元へ手を向けると、薄い氷が地面を這い、人形の片足を包み込む。動きを止めたところへ踏み込み、側面から短剣を振るった。
刃が木の胴へ当たり、乾いた音を立てる。
ニーアはすぐに距離を取り、今度は別の角度から構え直した。
さらに離れた場所では、ガルシアが訓練人形と距離を取っていた。
腕だけでなく脚にも獣毛が広がる。
低く身体を沈めると、一気に地面を蹴った。
獣化した脚で間合いを潰し、その勢いのまま拳を叩き込む。
訓練人形が大きく揺れた。
「おらっ!」
勢いのまま通り過ぎると、すぐに振り返る。
今度は伸びた爪を構え、楽しそうにもう一度地面を蹴った。
ノノも少し離れた場所で槍を構えていた。
狙いを定め、訓練人形へ穂先を突き出す。
槍はきちんと胴へ当たった。
だが、その勢いに身体がついていかず、ノノまで前へ引っ張られる。
「わっ……!」
慌てて足を踏ん張る。
引き戻そうとしても、長い柄が左右へふらつく。
「お、重い……」
小さく呟きながら、持つ位置を変える。
もう一度構えて突く。
穂先は人形の胴へ当たるが、戻す時にはまた大きく下がった。
ノノは槍そのものと格闘するように、何度も構え直していた。
その近くでは、ソウタも剣を振るっている。
まだぎこちない。
それでも最初に触った武器よりは、ずっと自然だった。
そのさらに奥で、ユエルは腰の剣を外して脇へ置き、武器棚の前に立っていた。
訓練用の剣を一本取る。数度振って戻す。
次に槍。それも少し確かめると戻した。
続けて銃を手に取り、的へ向ける。
一発。
弾は中心近くへ命中した。
その音に、アルレアが振り返る。
自分の的とユエルの的を見比べ、目を丸くした。
「一発で?」
「このくらい普通だろ」
「ユエルのくせに生意気!」
アルレアはすぐさま自分の的へ向き直り、両手の銃を構えた。
「じゃあ私は数で勝つ!」
その瞬間、少し離れた場所でニーアが無言で片手を上げた。
足元から薄い氷がせり上がり、自分とノノの前に小さな壁を作る。
「……ニーア?」
「念のため」
「えっ」
ノノが氷壁とアルレアを交互に見る。
右、左。
続けざまに銃声が響いた。
一発、二発、三発。
弾は相変わらず好き勝手な場所へ飛んでいく。
「ちょっとニーア! 信用してないでしょ!」
「してるから防いでるの」
「それ信用してないやつ!」
言いながらアルレアが、もう一度引き金を引く。
弾は的を大きく外れ、その脇の金属枠をかすめた。
甲高い音が響く。
跳ねた弾は斜めへ飛び――隣にあったユエルの的へ突き刺さった。
しかも、先ほどユエルが撃った場所のすぐ近くだった。
「ひっ……」
ノノが氷壁の後ろへ半歩隠れる。
アルレアも目を丸くしたまま、しばらくユエルの的を見つめる。
「……一応、的には当たったよ、ね?」
ニーアが呆れたように息を吐く。
「ユエルの的だけどね」
ユエルは自分の的へ増えた穴を眺め、それからアルレアを見る。
「やるな」
ふっと鼻で笑う。
「でしょ!!」
明らかにからかわれていると分かっているのか、アルレアは少しむっとした顔で言い返した。
「フェルティア」
木陰から声が飛んでくる。
「……はい」
「危ないだろ。ちゃんと狙え」
「……はい」
今度ばかりは素直に銃口を下げた。
その横でニーアも氷壁を消す。
ノノだけは、しばらくアルレアの銃を警戒するように見つめていた。
実技場の上では、二機の小型機械が静かに行き交っている。
剣を振るソウタ。
槍に振り回されるノノ。
獣化して人形へ向かうガルシア。
武器を持ち替えるユエル。
二機しかないはずの機械は、次々と向きを変えながら、離れた場所にいる生徒たちを途切れることなく追っていた。
木陰では、リキトが変わらず幹へ背を預けている。
目を閉じたまま、ほとんど動かない。
実技場には再び、銃声と、拳が木を叩く音と、刃のぶつかる音が重なって響き始めた。




