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MHISTORYM  作者: しおにまる
第2章 小隊編
10/26

2-3 王子

昼休みを告げる鐘が鳴ると、生徒たちがそれぞれ席を立ち始めた。

午前の実技を終えた教室には、いつもより少し疲れた空気が残っている。

アルレアも席を立つと、大きく伸びをした。


「お腹すいたー!」


そのまま隣のニーアを見る。


「食堂行く?」

「うん」


アルレアは教本を片づけているユエルへ振り返った。


「ユエルは?」

「俺も行く」

「じゃ、一緒に行こ」


ユエルが教本を鞄にしまうのを待って、三人は教室を出た。

まだクラスができて間もないこともあり、他の生徒たちもそれぞれ別々に昼食へ向かっている。


学院の食堂は、生徒数に合わせてかなり広く造られていた。

いくつもの長机が並び、その間を制服姿の生徒たちが行き交っている。

昼時ということもあり、話し声と食器の音があちこちから聞こえていた。

三人も列に並び、それぞれ昼食を受け取っていく。


その少し先で、二つの声が重なった。


「おばちゃん、肉盛り定食!」

「俺も肉盛り!」


一人はガルシアだった。

その隣には、坊主頭の男子生徒が立っている。


食堂の女性が困ったように二人を見る。


「悪いねえ。肉盛りはあと一人前なんだよ」


「俺が先だろ」

「いや、今同時だっただろ」


ガルシアが眉を寄せる。


「俺のほうが早かったっつーの」

「聞こえなかっただけじゃねえか?」


坊主頭の男子も一歩も引かない。

二人はしばらく睨み合っていた。


アルレアはその様子をちらりと見たが、前の列が進み、そのままニーアたちと料理を受け取った。


三人が空いている席を探しながら歩いていると、アルレアがふと足を止める。


「……なんか、あっちだけ空いてない?」


食堂の中央近く。

ほとんどの席が埋まっている中で、そこだけ不自然なほど人が少ない一角があった。

一人の男子生徒が、静かに昼食を取っている。

金色の髪に、整った姿勢。制服の着こなしにも妙に隙がない。

その少し後ろには、一人の若い女性が控えていた。

食事をするでもなく、周囲へ視線を配りながら静かに立っている。

周囲の生徒たちは何度も二人へ視線を向けているのに、誰一人として近づこうとはしなかった。

アルレアがニーアの袖を軽く引く。


「ニーア、あの人誰?」

「……アーサー・アークレイン」

「アークレイン?」


少し考えてから、アルレアが目を見開く。


「王子様?」

「第三王子」


ニーアの声が、ほんの少しだけ低くなる。

アルレアはもう一度そちらを見た。


「じゃあ、後ろにいる人は?」

「護衛の人じゃない?」

「へえ……」


その時、少し離れた席から生徒たちの声が聞こえてきた。


「ほら、あいつだろ」

「九人死んだって話?」

「護衛だったんだろ?」


声を潜めているつもりなのだろう。

それでも、周囲には十分届く大きさだった。

アーサーは何も反応しない。

後ろに控える女性だけが、声のした方へ僅かに視線を動かした。

だが、何も言わなかった。

アルレアは周囲を見回す。


「……もしかして、みんなあの人を避けてるの?」

「たぶん」


ニーアは少し間を置いてから続けた。


「王国最強と言われてた部隊が、王子の護衛中に襲われた」

「それで九人……」

「亡くなったって聞いてる」


アルレアはもう一度、アーサーを見る。


「……王子のせいなの?」


ニーアが一瞬、アルレアへ視線を向ける。


「声」


言われて、アルレアが目を瞬かせた。

ゆっくりと視線を戻す。

アーサーと目が合った。


「……あ」


完全に聞かれていたらしい。

護衛の女性もこちらを見ている。

アルレアは少し慌てて背筋を伸ばした。


「す、すみません。悪く言うつもりではなくて……」


普段とは明らかに違う話し方に、ニーアが横目でアルレアを見る。

アーサーはそんなアルレアを見て、穏やかに答えた。


「構わない。そこまで畏まらなくてもいい」

「え?」

「学院では同じ生徒だ。普段通り話してくれればいい」


アルレアは少し迷ってから、肩の力を抜いた。


「……じゃあ、そうする」


アーサーの口元が僅かに緩む。

それから、向かいの空いている席へ視線を向けた。


「よければ座ったらどうだ?」

「いいの?」

「ああ」


アルレアは遠慮なく腰を下ろした。

ニーアとユエルも、その隣へ続く。


「それで、本当に王子のせいなの?」


席に着くなり、アルレアは先ほどの話を続けた。

アーサーは一瞬だけ黙る。


「そう思う者もいるだろう」

「ふーん……」


アルレアは少し考える。


「でも、それだけじゃ分かんないよね」

「……何がだ?」

「だって、王子を守ってたってだけでしょ?」


アーサーが、わずかに目を見開く。


「何があったのかも知らないのに、王子のせいって決めるのは変じゃない?」


アルレアはそう言ってから、少し困ったように笑った。


「だから聞いただけなんだけど」


しばらく、アーサーは何も言わなかった。

やがて、小さく息を漏らす。


「……そうか」


ほんのわずかに、その表情が緩む。


「君は、随分と率直だな」

「へへ、よく言われます」


アルレアは少し嬉しそうに笑った。

アーサーは一瞬、言葉に迷う。


「褒めたつもりは……いや」


そう言いかけて、アルレアを見る。


「君の良いところなんだろうな」


アルレアはきょとんとしたあと、にっと笑った。


「でしょ?」


アーサーもつられるように小さく笑った。

その様子を、護衛の女性は静かに見ていた。


やがてアーサーの視線が、アルレアの隣にいるユエルへ向く。


「君は……ユエル・レインフォードだったな」

「ああ」

「覚えていたのか」

「剣の測定で、あれだけ競ればな」


アルレアが二人を見比べる。


「知り合い?」

「入学前の試験で一緒だった」


ユエルが答える。


「剣はこいつが一位だった」

「僅差だったがな」


アーサーが続ける。


「君は、他の種目でもかなり上にいたはずだ」

「まあな」


ユエルは少し考えてから付け足した。


「銃でも、一人上がいた」

「銃も?」


アルレアが聞き返した、その時だった。


「兄さん、あそこ空いてる」


近くから声が聞こえた。

黒髪の女子生徒が、空いている席を指している。

その隣には、同じく黒髪の男子生徒が立っていた。


「ここしか空いてなさそうだね」


男子生徒は長机へ視線を向ける。

その目が、アーサーのところでほんの一瞬だけ止まった。


「座っても?」

「構わない」


アーサーが答える。

男子生徒は軽く頭を下げると、女子生徒とともに空いている席へ腰を下ろした。

その顔を見たユエルが、僅かに目を細める。


「……あいつだ」

「誰?」


アルレアが聞く。


「銃の測定で一位だった」


アルレアがすぐに男子生徒を見る。


「え、この人?」

「ああ」


その声が聞こえたのか、男子生徒が顔を上げた。


「僕?」

「入学前の試験だ。銃で一位だっただろ」

「そうだったんだ」


ユエルが少し眉を寄せる。


「知らないのか」

「結果は見てないんだ」


男子生徒は穏やかな調子で答えた。

一位だったことを自慢する様子もなければ、ユエルを覚えている様子もない。


そのやり取りを横で聞いていたアルレアは、先に女子生徒へ目を向けた。

少し小柄な姿を見て、ぱっと顔を明るくする。


「わ、かわいい! 小さくてお人形さんみたい!」


女子生徒の眉が僅かに動いた。


「名前は? なんていうの?」

「……ミア」


短く名乗る。


「ミアね! よろしく!」


アルレアはその反応を気にする様子もなく笑うと、今度は隣の男子生徒へ目を向けた。


「お兄さんは?」


男子生徒も顔を上げる。


「クロード・エヴァンス。初めまして、かな」


穏やかな口調だった。


「クロードね!」


アルレアは頷くと、そのまま向かいにいるアーサーを指す。


「で、こっちは王子のアーサー!」


「君が紹介するのか」


アーサーが僅かに苦笑する。

クロードはそんな二人を見て、小さく笑った。


「アーサー・アークレイン。君は有名人だからね。僕でも知ってるよ」

「……君は同じクラスのはずだが?」

「そうだったね」


クロードは何でもないように返した。

アーサーは僅かに眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。


「それで、こっちの無口で可愛い子がニーア!」


突然紹介されたニーアが、ゆっくりとアルレアを見る。

表情はほとんど変わらない。

ただ、ほんの少しだけ眉が寄っていた。


「……ニーア・セルディス」


その名を聞いた瞬間、アーサーの視線が僅かに止まる。

ほんの一瞬だった。

すぐに何事もなかったように戻った。


「ほら、可愛いでしょ?」


ニーアの視線がさらに冷たくなる。

隣では、ミアも似たような表情でアルレアを見ていた。


アルレアだけが、それに気づいていない。


ひと通り自己紹介が終わったところで、アルレアはようやく目の前の昼食へ視線を落とした。


「あ、そうだった。ご飯!」


気づけば、その一角には六人が集まっていた。

周囲から向けられる視線は相変わらずだったが、アルレアはもう気にしていなかった。


「いただきまーす!」


明るい声とともに、ようやく昼食が始まる。

しばらくして、アルレアが自分の皿を見ながら手を伸ばした。


「ニーア、醤油取って!」


ニーアが醤油の瓶に手をかける。

だが、そのままアルレアの皿を見て動きを止めた。


「……何にかけるの?」

「え? 目玉焼きだけど」


ニーアが僅かに眉を寄せる。


「目玉焼きは塩と胡椒でしょ」

「えー、醤油でしょ」


すると、向かいからアーサーが口を挟んだ。


「ソースではないのか?」


アルレアとニーアが同時にアーサーを見る。


「ソース?」

「ソース……?」


二人の反応に、アーサーが少し困ったような顔をする。


「……そんなにおかしいか?」

「いや、初めて聞いた」

「私も」


アルレアがそう答えたあと、三人の間に一瞬だけ沈黙が落ちる。

その横でユエルは何も言わず食事を続けていた。

クロードも会話には加わらず、僅かに口元を緩めている。

ミアは相変わらず静かだった。


ついさっきまで誰も近寄ろうとしなかった王子の席は、いつの間にか食堂の中でも一番賑やかな場所になっていた。

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