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MHISTORYM  作者: しおにまる
第2章 小隊編
11/26

2-4 交流

午後の授業が終わり、学院内に終業を知らせる鐘が鳴り響いた。

教室では生徒たちが帰り支度を始め、廊下にも少しずつ賑やかな声が広がっていく。

寮へ戻る者、友人と寄り道をする者、家路を急ぐ者。それぞれが思い思いの放課後を過ごし始めていた。


学院の正門を抜け、クロードとミアは並んで通学路を歩いていた。

周囲には同じように帰宅する生徒たちが行き交い、道沿いの店も夕方の賑わいを見せ始めている。


「今日はどうだった? 学院には少し慣れた?」

「別に。普通」

「そっか。まあ、まだ始まったばかりだしね」


クロードは穏やかに笑いながら答えた。

ミアはその隣を歩きながら、ふと前方に目を向ける。

少し先に、小柄な少女が一人で歩いていた。

少女は時折隣を向いては何かを話し、一人で頷いたり、笑ったりしている。

しかし、その隣には誰もいない。


「兄さん」

「ん?」

「あの子、さっきから何してるの?」


クロードも前方へ目を向けた。

少女は何もない空間に向かって、楽しそうに話しかけている。


「誰かと話してるのかな」

「誰もいないけど」

「そうだね」


二人がそんな会話を交わしている間も、少女の独り言は続いていた。


「ノノ、ちゃんと前を見て歩きな。さっきからよそ見ばっかりしてるよ」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちゃんと見てるもん」

「ほんとに? 昨日だって転びそうになってたでしょ」

「昨日はたまたまだよ!」


ノノは隣を歩く何者かに、少しだけ頬を膨らませた。

そこにいたのは、彼女にしか見えない姉のナナだった。

ナナは呆れたように笑いながらも、妹の隣を歩いている。


「もう、あんたは昔から変わらないんだから」

「えへへ……」


そのときだった。

道の端に転がっていた小石に、ノノの靴先が引っかかった。


「ひゃあっ!?」


身体が前につんのめり、抱えていた鞄が大きく揺れる。

なんとか転倒は免れたものの、鞄の留め具が外れ、中に入っていた教科書や筆記具が地面に散らばってしまった。


「あ、あわわ……!」


ノノは慌ててしゃがみ込み、散らばった物を拾い始めた。


「ほら、言ったそばから!」


ナナが腰に手を当てる。

そんな様子を、すぐ後ろまで来ていたクロードとミアが見ていた。


「何してるの?」


突然声をかけられ、ノノは肩を跳ねさせた。


「ひゃっ! あ、えっと……す、すみません!」

「別に謝らなくてもいいけど」

「そ、そうですよね……えへへ……」


ノノは困ったように笑いながら、教科書を鞄にしまう。

ミアはその様子をじっと見ていた。


「あなたみたいな人、嫌い」

「……えっ?」


ノノの手が止まる。


「周りに助けてもらわないと、まともに生きていけないような人。見てて苛々する」

「ミア、ちょっと言い過ぎだよ」


クロードが静かに口を挟む。

しかし、ミアは特に気にした様子もなく、ノノを見下ろしていた。


「あ、あはは……そう、ですよね……」


ノノは曖昧に笑い、再び落ちた物を拾い始めた。

その隣で、ナナが眉をひそめる。


「ちょっと、何あの言い方。ノノ、もうちょっと言い返しな」

「お、お姉ちゃん……大丈夫だよ……」

「大丈夫じゃないでしょ。あんた、何も悪いことしてないじゃない」

「で、でも……」


小さな声で答えるノノを、ミアが不思議そうに見つめた。


「さっきから誰と話してるの?」

「えっ!? あ、いや、その……!」


ノノは慌てて口を押さえた。

しかし、ナナの方はまだ納得していない。


「まったく。あんたはすぐそうやって笑って済ませるんだから」


ナナは小さく息を吐いた。

次の瞬間、その姿がノノの身体へと重なる。

ノノの手から、拾いかけていた教科書が滑り落ちた。

俯いたまま動かなくなった少女を見て、クロードが一歩近づこうとする。

だが、その前に少女はゆっくりと顔を上げた。


「ねえ、あなた」


先ほどまでのおどおどした声とは、明らかに違っていた。

ミアが僅かに目を細める。


「何?」

「さっきから聞いてれば、随分な言い方じゃない?」

「事実を言っただけ」

「そう。じゃあ一つ聞くけど、この子があなたに何か迷惑をかけた?」

「別に」

「だったら、そこまで言う必要ないでしょ。苦手な相手がいるのは仕方ないけど、わざわざ傷つけることはないんじゃない?」


ミアは目の前の少女をじっと見つめた。

先ほどまで何を言われても笑っていた少女が、今は堂々と自分を見据えている。


「さっきと別人みたい」

「そう、別人だから」

「……は?」


ナナは腰に手を当て、二人へ向き直った。


「私はナナ。この子、ノノの姉よ」

「姉?」

「そう。事情があって、今はこの子の身体を借りてるの」

「なるほど。魔法による憑依ってことかな」


クロードが興味深そうに口を開く。

ナナは頷いた。


「うん。簡単に言えばそんなところ」

「へえ、随分珍しい能力だね」

「そう?」


クロードは少女の様子を観察していた。

姿も声も同じはずなのに、話し方や表情、立ち振る舞いまで別人のように変わっている。

一方、ミアは腕を組んだまま、興味のなさそうな顔をしていた。


「それで、わざわざ出てきて文句を言いに来たの?」

「そう。うちの妹が馬鹿にされてるんだもの。黙ってられないでしょ」

「そう」


ナナは最後にもう一度ミアを見た。


「とにかく、もう少し言い方を考えてよ。ノノはああいう子だから、何を言われても笑って済ませちゃうんだから」


そう言うと、ナナは足元に残っていた教科書を拾い、鞄へしまった。

そして再び俯くと、ほんの一瞬、少女の身体から力が抜ける。

次の瞬間には、何事もなかったかのように顔を上げていた。


「……あれ?」


ノノは不思議そうに辺りを見回した。

先ほどまで拾っていたはずの教科書が、いつの間にか鞄の中に収まっている。


「……あれ? 私……」

「戻ったの?」


ミアの問いかけに、ノノはきょとんとした。


「えっ?」

「お姉さん」

「あっ……!」


ノノは何かを察したように、慌てて頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! お姉ちゃん、何か失礼なこと言いませんでしたか……?」

「別に」

「そ、そうですか……よかったぁ……」


ノノはほっと胸を撫で下ろした。

クロードが少し不思議そうに尋ねる。


「もしかして、さっきのことは覚えてないの?」

「は、はい……。お姉ちゃんに身体を貸してる間は、私、何も分からなくなっちゃうんです……」

「そうなんだ。不思議な魔法だね」


ノノは照れくさそうに笑った。


「えへへ……でも、お姉ちゃんがいてくれるので……」


ミアはその言葉に僅かに眉を動かした。


「つまり、あなたの魔法はお姉さんに助けてもらうためのもの?」

「えっ? あ、いえ……他の人も呼べるんですけど……」

「結局、自分では何もできないんだ」

「そ、それは……」


ノノは言葉を詰まらせた。

ミアは小さく息を吐く。


「そんな魔法、ただの飾りじゃない」


その瞬間、ノノの表情が変わった。

俯きかけていた顔を、ゆっくりと上げる。


「……飾りじゃ、ないです」


小さな声だった。

それでも、先ほどまでの曖昧な返事とは明らかに違っていた。

ミアがノノを見る。


「この魔法がなかったら、私はお姉ちゃんとお話しできません」


ノノは胸元でぎゅっと手を握りしめた。


「私、一人じゃ何もできないことが多いですし……お姉ちゃんに助けてもらってばっかりです。でも……」


一度だけ言葉を詰まらせ、それでも目を逸らさずに続ける。


「この魔法は、私とお姉ちゃんを繋いでくれる大切なものなんです。だから……飾りなんかじゃ、ありません」


言い終えると、ノノは緊張したように唇を結んだ。

隣ではナナが少し驚いた顔をしていた。

しかし、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。


「そうよ。それでいいのよ、ノノ」


その声に、ノノは少しだけ表情を和らげた。

ミアはすぐには返事をしなかった。

さっきまで謝ってばかりだった少女が、初めて、まっすぐ言い返してきた。

ミアはノノの目から視線を外さなかった。


「そう」


ミアは短く答えた。

それから、少しだけ視線を逸らす。


「さっきは、言い過ぎた」

「えっ?」


思いがけない言葉に、ノノが目を丸くした。


「それだけ」

「あっ……い、いえ! 私も、急に大きな声を出しちゃって……!」


ノノは慌てて頭を下げる。

その様子を見て、クロードが小さく笑った。


「ははっ。二人とも、もう謝らなくていいんじゃないかな」


ミアはクロードを一瞥すると、再びノノへ視線を向けた。


「名前は?」

「えっ? あ、ノノです。ノノ・エルミナ……」

「ミア」

「え?」

「私の名前。ミア」

「あっ、は、はい! ミアさん!」


ノノが嬉しそうに笑う。

ミアはそれ以上何も言わず、歩き出した。


「じゃあ、僕たちはこれで。また学院でね」


クロードが軽く手を振り、ミアの後を追う。


「は、はい! さようなら!」


ノノも小さく手を振った。

二人の背中が遠ざかるのを見送りながら、ほっと息を吐く。

その隣で、ナナが満足そうに笑っていた。


「やればできるじゃない、ノノ」

「えへへ……ちょっと怖かったけど……」

「よく頑張ったね。ちゃんと言えたじゃない」


ノノは嬉しそうに頷いた。


少し先を歩くミアは、ふと後ろを振り返った。

ノノは相変わらず、誰もいない場所に向かって楽しそうに話している。


「変な子」


そう呟いたミアの表情には、先ほどまでの冷たさはなかった。


「ん? 何か言った?」

「何でもない、兄さん」


ミアは再び前を向き、クロードの隣へと歩み寄った。



一方、男子寮では、授業を終えた生徒たちがそれぞれの部屋へと戻っていた。

学院の敷地内に建てられた男子寮は、何階にもわたって個室が並ぶ大きな建物だ。各階には談話用の共用スペースが設けられており、廊下では生徒同士が立ち話をする姿も見られる。

ユエルとソウタも、並んで廊下を歩いていた。

その途中、ソウタがふと足を止めた。


「なあ、ユエル。あれって何?」


ソウタが指差したのは、廊下の壁に取り付けられた小さな水晶だった。淡い光を放つそれは、一定の間隔で壁に並んでいる。


「魔法灯だが」

「まほうとう?」

「照明だ。暗くなると光が強くなる」

「へえ、これが照明なのか。電気とかいらないんだね」

「電気? 魔法を使ってるからな」


ソウタは興味深そうに水晶を覗き込んだ。

触れてみようと手を伸ばすが、途中で思い直して引っ込める。


「すごいな。こんなの初めて見たよ」

「そんなに珍しいものでもないぞ」

「そうなんだ」


ユエルは不思議そうにソウタを見た。

ソウタは慌てて笑ってみせる。


「いや、ほら。俺、あんまりこういうのに詳しくなくてさ」

「そういえば、入学したときも色々知らなかったな」

「はは……まあ、色々あって」


ソウタは曖昧に笑いながら歩き出した。

ユエルもそれ以上は追及せず、その隣を歩く。

やがて二人が談話室の前を通りかかると、中から声が聞こえてきた。


「あれ、君たちも寮生?」


声をかけてきたのは、談話室の椅子に腰を下ろしていた男子生徒だった。

柔らかな笑みを浮かべた彼は、二人を見ると立ち上がった。


「俺はカイル。二組なんだ。よろしく」

「ユエル。一組だ」

「俺はソウタ。同じく一組。よろしく!」


カイルは二人と軽く挨拶を交わすと、談話室の空いている椅子を指差した。


「二人とも、よかったら少し話していかない?」

「どうする、ユエル?」

「まあ、少しなら」


二人は談話室に入り、カイルの近くに腰を下ろした。

窓の外には学院の校舎が見え、夕日に照らされた中庭を生徒たちが歩いている。


「二人はもう学院には慣れた?」


カイルが尋ねる。


「俺はまだかな。覚えることが多くてさ」

「そうだよな。授業も結構難しいし」

「俺はうるさい奴が多くて、少し困ってる」


ユエルが何気なく答えると、ソウタが笑った。


「それ、アルレアのこと?」

「まあ、あいつもそうだな」

「アルレア?」

「同じクラスの女の子だよ。明るくて、よく喋るんだ」

「へえ、そうなんだ」

「昔からあんな調子だからな」


ユエルがそう付け加えると、カイルは興味深そうに頷いた。


「昔からの知り合いなんだ」

「ああ」

「いいな。知ってる人が一緒だと心強そうだね」


ソウタが笑って言うと、ユエルは小さく肩をすくめた。


「静かにしてくれればな」


その返事に、二人が笑った。

初めてまともに話す相手だというのに、会話は不思議と途切れなかった。カイルは二人の話をよく聞き、時折自分の話も交えながら、自然と会話を広げていく。


「せっかく同じ寮なんだし、これからも気軽に話そうぜ」

「うん。俺もまだ知り合いが少ないから、助かるよ」

「ユエルもどう?」

「構わない」

「よかった。じゃあ、今度は他の奴らも誘ってみるか」


ソウタは笑って頷いた。

ユエルも特に異論はないようで、椅子の背もたれに身体を預けている。

窓の外では、夕日が学院の建物をゆっくりと茜色に染め始めていた。

三人の会話は、その後もしばらく続いた。



同じ頃、女子寮ではアルレアがニーアの部屋を訪ねていた。

扉を軽く叩くと、中から聞き慣れた声が返ってくる。


「どうぞ」


扉を開けたアルレアは、明るい声を上げた。


「ニーア! 遊びに来たよ!」


ニーアは机から顔を上げ、アルレアを見ると少しだけ表情を緩めた。

机には整理途中のノートと、二つのカップが置かれている。

アルレアはそれに気づき、不思議そうに首を傾げた。


「あれ? 誰か来てたの?」

「ううん。アルレアの分」

「えっ、なんで分かったの?」

「昨日も来たでしょ」

「あはは、そっか!」


ニーアは小さく笑い、片方のカップを差し出した。


「ありがと!」


アルレアは嬉しそうにカップを受け取り、椅子に腰を下ろした。

孤児院にいた頃から、こうしてニーアのそばで過ごす時間は珍しくなかった。ただ、今はそれぞれに自分の部屋がある。

アルレアはお茶を一口飲み、部屋を見回した。


「それにしても、ニーアの部屋って綺麗だね~」

「まだ物が少ないから」

「私の部屋、もうちょっと散らかってるかも」

「後で片づけようか?」

「ほんと!? ありがと!」


ニーアは頷き、カップに口をつけた。

アルレアは椅子の背もたれに身体を預け、満足そうに息を吐く。


「なんか、いいね。こういうの」

「そう」

「一人部屋って初めてだから、ちょっと新鮮なんだよね。自分だけの部屋って感じがして!」


ニーアは小さく頷いて、湯気の立つカップを両手で包んだ。

窓から差し込む夕日が、部屋の床を淡く照らしていた。

しばらく静かな時間が流れ、アルレアがふと口を開いた。


「でもさ、ちょっと静かすぎるかも」

「そう?」

「うん。孤児院にいた頃って、いつも誰かの声が聞こえてたじゃん?」

「うん。朝から賑やかだったし」

「そうそう! 誰かが寝坊したり、喧嘩したり!」


懐かしい日々を思い出し、二人は顔を見合わせて笑った。

やがてアルレアは窓の外へ目を向け、ぽつりと言った。


「でも、ニーアが一緒でよかった」


ニーアがアルレアを見る。


「一人だったら、ちょっと寂しかったかもしれないし」


アルレアはそう言って、いつものように笑った。

ニーアは少しだけ目を細める。


「私も」


短い返事だったが、アルレアにはそれだけで十分だった。


「へへっ。じゃあ、これからもいっぱい遊びに来るね!」

「うん。いつでも来て」


アルレアは嬉しそうに頷き、再びカップを手に取った。


「そうだ! 明日、授業終わったら一緒に食堂行こうよ!」

「いいよ」

「あ、ユエルたちも誘おっか!」

「またいつものメンバーね」

「その方が楽しいじゃん!」


ニーアは小さく笑い、頷いた。


「うん」


ニーアは楽しそうに話すアルレアを、穏やかな表情で眺めていた。

窓の外では夕日がゆっくりと沈み始め、学院の一日が終わろうとしていた。

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