↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MHISTORYM  作者: しおにまる
第1章 入学編
3/26

1-2 恩恵

学院へと続く大通りは、朝から人で溢れていた。

制服姿の学生だけではない。店先に品物を並べる商人、荷車を引く男、仕事へ向かう人々。その間を縫うように、子供たちが走り回っている。

ユエルはその流れに混じりながら、一定の歩調で進んでいた。

道幅そのものは広いはずなのに、先へ進むほど人の流れは詰まり、足取りも遅くなっていく。

少し先では、大きな荷車が道を横切ろうとしていた。その後ろには既に何人もの人が立ち止まっている。

ユエルも足を止めた。

荷車が通り過ぎるのを待ってもいい。

まだ時間には余裕がある。

そう考えてから、ふと隣を見る。

建物と建物の間に伸びる細い路地。その奥には、再び大通りへ繋がる出口が見えた。

ユエルの姿が、その場から消える。

次の瞬間には路地の中ほどに立ち、さらに一度。

気づけば、荷車の向こう側に出ていた。

すれ違った男が一瞬だけユエルを振り返ったが、それ以上気に留める様子はない。

ユエルも何事もなかったように歩き続ける。

先へ進むにつれ、人の流れはさらに密になっていった。



少し離れた通りでは、アルレアとニーアが並んで歩いていた。

先ほどまで勢いよく歩いていたアルレアだったが、早くも周囲へ視線を奪われている。

露店に並ぶ果物。

焼きたてのパン。

見慣れない装飾品。

そのたびに首が右へ左へと動く。


「ニーア、あれ見て! おいしそう!」

「見てるだけにして。遅れるから」

「買わないよ! 見てるだけ!」


そう言いながら、アルレアの歩く速度は明らかに落ちていた。

ニーアがその背中を軽く押す。


「じゃあ歩いて」

「歩いてるってば!」


二人の横を、小さな子供が勢いよく駆け抜けていく。

その直後だった。

前を歩いていた男性が抱えていた紙袋の底が突然抜け、中からいくつもの果物が転がり落ちた。


「あっ」


一つがアルレアたちの足元へ転がってくる。

アルレアが拾おうと屈みかけるより早く、ニーアが手を伸ばした。

その時、揺れた髪の隙間から、淡い光が零れた。

光っていたのは、ニーアのうなじに浮かぶ小さな模様だった。

地面を滑っていた果物の前に、小さな氷が生まれる。

果物はそれに当たり、ぴたりと止まった。


「おおー」

「感心してないで拾って」

「はいはい」


二人で果物を拾い、男性へ返していく。


「助かったよ、ありがとう」

「いえ」


ニーアが短く答える横で、アルレアは最後の一つを差し出した。


「これで全部かな?」

「ああ。たぶん……って、危ない!」


声と同時に、ニーアの頭上から看板が落ちてきた。

店先に吊るされていた木製の小さな看板。

留め具が外れ、そのままニーアめがけて落下してくる。

ニーアが気づいて顔を上げる。

その瞬間、二人のすぐ横を荷車が通り過ぎた。

落ちてきた看板は積み荷の端にぶつかり、大きく軌道を逸らす。

同時に、荷車の車輪が道端の水たまりを踏んだ。

看板がニーアのすぐ横へ乾いた音を立てて落ちるのとほとんど同時に、跳ね上がった泥水がアルレアの足元へ飛んできた。


「うわっ!?」


アルレアが慌てて飛び退く。

だが間に合わず、制服の裾には点々と泥がついていた。

ニーアは足元に落ちた看板を見て、それからアルレアの制服を見る。


「……」

「……」

「ほら!」

「何が『ほら』なの」

「ニーア、無事だったでしょ?」

「アルレアは汚れてるけど」

「私はいいの!」


そう言い切ったアルレアだったが、改めて制服の裾へ目を落とす。

今日が本番の制服に、茶色い泥がいくつも跳ねていた。

さっきまで得意げだった表情が、みるみる曇っていく。

汚れた裾をつまみながら、アルレアの肩が少しだけ落ちた。

その様子を見て、ニーアの表情も変わる。


「……一回戻る?」

「え?」

「汚れ、落としてから行こう。急げばまだ間に合うかもしれないし」

「でも、遅刻しちゃうよ?」

「少しくらいなら――」

「だめだよ。さっきニーアが遅れるって言ってたじゃん」


アルレアはもう一度制服の裾を見る。

まだ少し名残惜しそうにしていたが、すぐに顔を上げた。


「学院で落とすよ。たぶん洗える場所くらいあるでしょ?」


ニーアはしばらくアルレアの顔を見ていたが、いつもの調子が戻ってきたのを確かめると、小さく息を吐いた。


「分かった。じゃあ、早く行こう」

「うん!」


アルレアは汚れた裾をもう一度だけ気にしてから、ニーアの隣へ並んだ。

遠くに見えていた塔は、いつの間にかずいぶん近くなっていた。

朝の光を受けた学院旗が、その上で揺れている。


「もうすぐだね」

「うん」


アルレアの足取りが、少しだけ軽くなる。

二人は並んで、門へと歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。