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MHISTORYM  作者: しおにまる
第3章 交流編
22/26

3-7 交差

休日の午後、学院の実技場には木製の武器が打ち合う音が響いていた。

広い訓練場の一角で、ノノは木槍を構え、向かい合う少女の動きをじっと見つめていた。

相手はミアだ。その手には、訓練用の木製短剣が握られている。

普段はライフルを使うミアだが、今日はノノの稽古に合わせて武器を変えていた。


「いい? 槍は間合いを保てれば有利だけど、懐に入られたら厄介なの。今日はそこを練習するわよ」

「は、はい!」

「じゃあ、来なさい」


ノノが槍を突き出す。

ミアは半歩横に動いてかわすと、そのまま距離を詰めた。

ノノは慌てて槍を引き戻し、短剣を受け止める。


「遅い。相手が近づいてからじゃ間に合わないわよ」

「す、すみません!」

「謝る暇があったら構え直して」


ノノは槍を握り直した。

ミアに稽古をつけてもらうようになってから、しばらく経つ。

最初の頃は攻撃することさえためらっていたが、最近は少しずつ自分から踏み込めるようになってきた。

それでも、ミアの動きについていくのは簡単ではない。

魔獣を前にした時にも、同じように動けるかは分からない。

それでも、まずは目の前の相手に向かって踏み出せるようになりたかった。


「もう一度、お願いします」

「言われなくてもそのつもりよ」


再び二人の距離が開く。

ノノはゆっくりと息を整えた。

ミアは短剣を下げたまま、こちらの動きを待っている。


(相手を、ちゃんと見て)


ノノは槍を構え直した。

一歩踏み込み、正面へ突きを放つ。

ミアが横へかわす。

それを見たノノは、槍を引き戻しながら向きを変えた。

だが、ミアはすでに次の動きに移っていた。

短剣が槍の柄を押さえ、ノノの体勢が崩れる。


「きゃっ!」


足をもつれさせたノノは、その場に尻もちをついた。


「だから、槍だけ見てても駄目なのよ」

「うぅ、難しいです……」

「相手の足を見なさい。どっちに動こうとしてるか、少しは分かるから」


ミアは短剣を下ろし、ノノが立ち上がるのを待った。


「まだやる?」

「はい!」


ノノはすぐに立ち上がった。

今度は槍の先だけでなく、ミアの足元にも目を向ける。

ミアは左へ動くと見せかけ、素早く右へ踏み込んだ。

ノノは反射的に槍を引き、ミアの動いた方向へ突き出す。

しかし、ミアはすでに踏み込みを止めていた。

槍は空を切り、再び短剣がノノの胸元に突きつけられる。


「あっ……」

「今のは少し良かったわね」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。でも、相手の動きにつられすぎ。足を見るのはいいけど、慌てて突いても当たらないわよ」


ノノはこくこくと頷いた。

ミアは短剣を下ろし、実技場の端へ目を向ける。


「少し休憩しましょ」

「はい!」


二人は長椅子に腰を下ろした。

ノノは持参した水を飲みながら、隣に座るミアをちらりと見る。

先ほどから、ミアはどこか考え込んでいるようだった。


「あの、ミアさん」

「何?」

「何か、あったんですか?」

「別に」

「そう、ですか……」


ノノはそれ以上聞かず、水筒を膝の上に置いた。

しばらくして、ミアがぽつりと口を開いた。


「最近、兄さんがよく図書館に行くのよ」

「クロードさんですか?」

「他に誰がいるのよ」

「あっ、そうですよね。クロードさん、本が好きなんですね」

「……そうね」


ミアは水筒の蓋を開け、一口飲んだ。

それから何気なく、校舎の方へ目を向ける。


「ミアさんは、一緒に行かないんですか?」

「私は別に。本を読みたいわけじゃないし」

「そうなんですね」


ノノは少し考えてから、口を開いた。


「私、昔からお姉ちゃんの話を聞くのが好きだったんです」

「そうなの?」

「はい。私の知らないことも、いろいろ教えてくれて。お姉ちゃんが楽しそうに話すから、聞いてるだけで楽しくなって」


ノノは懐かしそうに微笑んだ。


「今でも、よく覚えてるんです」


ミアは何も答えなかった。

手元の水筒に視線を落とし、蓋をゆっくりと閉める。

少しの間、二人の間に静かな時間が流れた。

やがて、ミアが立ち上がった。


「休憩終わり。続きやるわよ」

「は、はい!」


ノノも慌てて立ち上がる。

ミアは短剣を手に取り、ノノへ振り返った。


「さっきの動き、忘れてないでしょうね」

「はい! 今度こそ当ててみせます!」

「言うじゃない」


ミアは小さく笑った。


「じゃあ、当ててみなさいよ」

「が、頑張ります!」


ノノも笑みを浮かべ、ミアの後を追って実技場の中央へ向かった。



その頃、アーサーは学院の中庭を歩いていた。

休日とはいえ、学院には自主訓練に励む生徒の姿がちらほら見える。

アーサーも先ほどまで剣を振っていたところだった。

汗を拭いながら校舎へ戻ろうとした時、背後から声がかかった。


「アーサー」


振り返ると、一人の青年が立っていた。

整った顔立ちと、どこか華やかな雰囲気。アーサーよりも少し背が高く、穏やかな笑みを浮かべている。

アーサーの二番目の兄だった。


「兄上。お久しぶりです」

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「はい。兄上もお変わりなさそうで」

「まあな。近くまで来たから、顔でも見ようと思ってな」


兄はアーサーの手にした木剣へ目を向けた。


「休みの日まで剣の稽古か?」

「ええ。まだまだ未熟ですから」

「測定では一位だったそうじゃないか。少しは自信を持ったらどうだ?」

「ありがとうございます。ですが、上には上がいますから」


兄は呆れたように笑った。


「まったく、真面目な奴だな。少しは休めよ」

「兄上こそ、無理はなさらないでください」

「分かってるよ」


アーサーが微笑むと、兄も笑みを返した。

しばらく学院での生活について話していたが、やがて兄は思い出したように口を開いた。


「そういえば、この前の校外実習にも参加したそうだな」

「はい」

「魔獣が出たと聞いたぞ」

「大事には至りませんでした。弱い魔獣でしたから」

「それならいいんだが」


兄は少し表情を曇らせた。


「アーサー。王族なんだから、わざわざ危険な場所に出向く必要はないだろう」

「ですが、学院の生徒である以上、実習も大切な授業です」

「他の生徒とは立場が違う。分かっているはずだ」

「もちろん、理解しています」


アーサーは静かに答えた。


「ですが、私も自分にできることを増やしたいんです」

「アーサー」

「仲間たちも、日々訓練に励んでいます。私だけが危険を避けていては、共に戦うことなどできません」


兄は小さく息をついた。


「お前の剣の腕は認めている。だが、何も自分から危険に飛び込む必要はないだろう」

「無茶をするつもりはありません。ただ、私の魔法も戦いに活かせるはずです」

「魔法までか?」


兄は少し困ったように笑った。


「お前の魔法は、大切なものをしまっておくおもちゃ箱みたいなものだろう。便利ではあるが、戦うための力じゃない」


アーサーは言葉を失った。

兄に悪意がないことは分かっている。

昔から自分を気にかけ、困った時には何かと手を貸してくれた兄だ。

だからこそ、その言葉は胸の奥に重く残った。


「……兄上は、私の魔法をそのように考えていたのですね」

「そういうつもりで言ったんじゃない。ただ、お前には危険なことをしてほしくないんだ」


アーサーは答えなかった。

兄は何かを言いかけたが、結局その言葉を飲み込んだ。

その手がアーサーの肩へ伸びる。

触れる直前で一瞬ためらい、それから軽く肩を叩いた。


「とにかく、無理だけはするな。母上も心配している」

「……はい」


アーサーが小さく頭を下げると、兄はようやく笑みを浮かべた。


「また顔を見せに来いよ」

「ええ。兄上も、お元気で」


兄は軽く手を上げ、校舎の方へ歩いていった。

アーサーはしばらく、その背中を見送っていた。

手元の木剣に目を落とす。


(おもちゃ箱、か)


兄の言葉が、頭から離れなかった。

剣の腕を褒めてくれたことは嬉しかった。

だが、自分の魔法をあのように考えていたことは、少し意外だった。

アーサーは木剣を握り直し、ゆっくりと歩き出した。


校舎へ戻る途中、実技場の前を通りかかった時だった。

開け放たれた門の向こうで、二人の少女が向かい合っているのが見えた。

一人は短剣を持ったミア。

もう一人は、木槍を構えたノノだった。


「あの二人は……」


アーサーは足を止めた。

ノノは槍を構え、ミアの動きをじっと見つめている。

ミアが先に動いた。

左へ踏み出すと見せかけ、素早く右へ回り込む。

ノノは慌てて槍を動かしかけたが、すぐにその手を止めた。

ミアの足が地面を蹴る。

その瞬間、ノノが槍を引き戻した。

ミアは短剣を構えたまま、さらに距離を詰めようとする。

だが、今度はノノの方が早かった。

引き戻した槍が、真っ直ぐ前へ伸びる。

ミアが身をひねった。

しかし、避けきるよりもわずかに早く、木槍の先がその肩に触れた。


「あっ!」


ノノが驚いたように動きを止める。

ミアも短剣を下ろし、自分の肩に目を向けた。


「当たった……」

「そうね」

「ミアさん、今、当たりました!」

「分かってるわよ。私に当てたんだから」


ノノの顔がぱっと明るくなった。


「や、やりました!」

「一回当てたくらいで喜びすぎ」

「す、すみません……」

「別に怒ってないわよ」


ミアは小さく息をついた。


「でも、今のは悪くなかったわ。ちゃんと私の動きを見てた」

「ほ、本当ですか?」

「嘘ついてどうするのよ」


ノノは嬉しそうに槍を抱えた。

その様子を見て、ミアはほんの少しだけ口元を緩めた。


「でも、次はそう簡単に当てさせないから」

「は、はい!」

「さっきみたいに遠慮してたら、すぐ負けるわよ」

「わ、分かりました!」


二人は再び向かい合う。

ノノは一度深呼吸をすると、先ほどよりも少しだけ力強く槍を構えた。

ミアも短剣を握り直し、その様子を楽しそうに眺めている。

少し離れた場所から、アーサーは二人のやり取りを見ていた。

ノノの槍は、先ほどよりも迷いなく前へ伸びている。

それでも、ミアの動きについていけず、何度も攻撃をかわされていた。

ノノはそのたびに構え直し、再び踏み込んでいく。

アーサーは、先ほどの一撃を思い返した。

槍を引くタイミングも、踏み出す足の向きも、それまでとは少し違っていた。

手にしている武器は同じだ。

それでも、動き方を変えたことで、届かなかった相手に槍が届いた。

アーサーは自分の手元へ視線を落とした。

握っているのは、使い慣れた木剣だった。


「……戦うための力じゃない、か」


アーサーは木剣から片手を離し、自分の手のひらを見つめた。


「……本当に、そうだろうか」


答えは、まだ見つからない。

アーサーはゆっくりと手を握り、再び歩き出した。

背後の実技場からは、木製の武器が打ち合う音が響き続けていた。

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