3-6 約束
学院に入学してから、数か月が過ぎた。
ある休日の朝、学院の正門前に三人の姿があった。
「二人とも、お待たせー!」
小さな紙袋を抱えたアルレアが、手を振りながら駆け寄ってくる。
門のそばでは、ユエルとニーアが待っていた。
「遅い」
「えー、まだ時間ぴったりじゃん!」
「お前が一番に来るって言ったんだろ」
「だって、途中でお店に寄ってたんだもん!」
アルレアは得意げに紙袋を持ち上げた。
「じゃーん! お土産!」
「何を買ったの?」
「それは着いてからのお楽しみ!」
「どうせ菓子だろ」
「違うってば! お菓子もあるけど!」
ニーアが小さく笑う。
「そろそろ行きましょう。あまり遅くなると、帰る時間がなくなるわ」
「はーい!」
三人は並んで歩き始めた。
学院から少し離れた大通りを抜け、見慣れた道へと入っていく。
アルレアが先頭を歩き、その後ろをニーアとユエルがついていく。昔から何度も繰り返してきた光景だ。
「みんな元気かなー」
「元気だろ。あいつらのことだし」
「きっと大きくなってるわね」
「数か月だぞ?」
「子どもって、すぐ大きくなるのよ」
「ニーアも十分子どもじゃん!」
「あなたもね」
「私はもう学院生だもん!」
そんなことを話しているうちに、懐かしい建物が見えてきた。
大通りから少し離れた場所に建つ、古いけれど手入れの行き届いた大きな建物。
三人が長い時間を過ごした孤児院だった。
庭からは子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。
門の前まで来たところで、一人の少年がこちらに気づいた。
「あっ!」
少年は目を丸くした。
次の瞬間、遊んでいたものを放り出し、こちらへ駆け出してくる。
「ユエル!」
勢いよく飛びついてきた少年を、ユエルが受け止めた。
「おっと。危ないだろ」
「ほんとに帰ってきた!」
「帰ってくるって言っただろ」
「でも、全然帰ってこなかった!」
「悪かったって」
少年はユエルの服を掴んだまま、嬉しそうに笑っていた。
入学の日、今日から帰ってこないのかと尋ねてきた少年だ。
「ねえ、学院ってどう? 強くなった?」
「まあ、少しはな」
「じゃあ、すごい魔法も使える?」
「前から使えるだろ」
「もっとすごいやつ!」
「そんな急に変わらないって」
そのやり取りを見て、アルレアが笑い出した。
「あはは! ユエル、質問攻めじゃん!」
「あっ、アルレアお姉ちゃん!」
少年の声を聞きつけたのか、庭にいた子どもたちも次々と集まってきた。
「アルレアお姉ちゃん!」
「ニーアお姉ちゃんもいる!」
「帰ってきたの!?」
あっという間に三人は子どもたちに囲まれた。
「みんなー! 久しぶりー!」
アルレアが両手を広げると、小さな女の子がその腰に抱きついた。
「遅いよー!」
「ごめんごめん! 学院が忙しくてさ!」
「お土産は?」
「ふふーん。もちろん持ってきたよ!」
アルレアが紙袋を開くと、中から小さな箱が現れた。
取り出したのは、ぜんまい仕掛けの鳥のおもちゃだった。
「見ててね!」
アルレアがぜんまいを巻き、地面に置く。
小さな鳥は羽をぱたぱたと動かしながら、ゆっくり歩き始めた。
「わあっ!」
「動いた!」
「すげー!」
子どもたちが一斉に歓声を上げる。
得意げなアルレアの横で、ユエルが腕を組んだ。
「へえ、これが土産か」
「うん! なんかすごいのって約束したからね!」
少年が鳥を追いかけながら振り返った。
「これ、飛ぶ?」
「飛ばないよ?」
「えーっ!」
「歩くだけでもすごいでしょ!」
ユエルが吹き出した。
「飛ぶ鳥を期待してたらしいぞ」
「そんなの買えないってば!」
笑い声が庭いっぱいに広がった。
やがて、建物の中から職員が顔を出した。
「あら、三人とも! 帰ってきたのね」
「ただいまー!」
「お久しぶりです」
「お邪魔します」
三人の顔を見た職員は、嬉しそうに微笑んだ。
「何を言ってるの。あなたたちの家でもあるんだから。さあ、入って」
その言葉に、アルレアは元気よく返事をした。
「はーい!」
昼食の時間になると、三人も子どもたちと一緒に食堂へ入った。
長い机と椅子。食器の並ぶ棚。窓から差し込む日の光。
どれも懐かしいものばかりだ。
「ユエル、こっち座って!」
「アルレアお姉ちゃんはこっち!」
「ニーアお姉ちゃん、隣いい?」
あちこちから声をかけられ、三人はそれぞれ違う席に座ることになった。
「なあ、学院って毎日戦うの?」
「毎日ってわけじゃない。座学もあるぞ」
「ユエル、勉強できる?」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
「うーん、普通?」
「なら聞くな」
向かいの席から笑い声が上がった。
一方、アルレアの周りでは学院の話で盛り上がっていた。
「ねえねえ、アルレアお姉ちゃんは強いの?」
「もちろん! 結構強いんだから!」
「一番?」
「一番かあ。それはまだかなー」
「負けちゃうの?」
「負けることだってあるよ。でも、次は勝てるように頑張るんだ!」
アルレアはそう言って笑った。
少し離れた席では、女の子たちがニーアを取り囲んでいた。
「ニーアお姉ちゃん、今も本読んでるの?」
「ええ。前より読む時間は減ったけれど」
「学院にも本ある?」
「たくさんあるわ」
「じゃあ、今度おすすめ教えて!」
「いいわよ。今度来るときに持ってくるわね」
ニーアが微笑むと、女の子は嬉しそうに頷いた。
昼食を終えた後も、三人は孤児院での時間を過ごした。
ユエルは庭で子どもたちの遊び相手になり、アルレアは小さな子たちと追いかけっこを始めた。
「待てーっ!」
「あっ!」
張り切って走っていたアルレアが、派手に転んだ。
子どもたちが一瞬静まり返る。
アルレアは地面に手をついたまま、顔を上げて笑った。
「もう一回!」
「もう一回!」
「もう一回ー!」
子どもたちが口々に真似をして、また走り出す。
ニーアは職員の手伝いをしながら、新しく入ってきた子どもたちとも言葉を交わした。
久しぶりに帰ってきたはずなのに、気づけば昔と同じように過ごしていた。
午後になり、ユエルが庭のベンチに腰を下ろしていると、朝の少年が隣にやってきた。
「ねえ、ユエル」
「ん?」
「学院、楽しい?」
ユエルは少し考えた。
「まあ、楽しいかな」
「友達できた?」
「ああ。変なやつばっかりだけどな」
「ユエルも変だよ?」
「うるさい」
少年が笑う。
ユエルもつられて笑った。
「ねえ、僕も学院に行けるかな」
「行きたいのか?」
「うん! ユエルみたいに強くなりたい!」
少年は小さな拳を握りしめた。
「だったら、今のうちからちゃんと勉強しとけ」
「えーっ、勉強?」
「学院に行っても勉強はあるからな」
「戦うだけじゃないの?」
「そんなわけないだろ」
少年は露骨に嫌そうな顔をした。
その表情がおかしくて、ユエルは笑った。
「まあ、頑張れ。応援してるから」
「うん!」
少年は元気よく頷いた。
やがて、帰る時間が近づいてきた。
三人が玄関へ向かうと、子どもたちがまた集まってくる。
「もう帰っちゃうの?」
「うん。明日からまた学院だからね」
アルレアが答えると、女の子が少し残念そうな顔をした。
「もっと遊びたかった」
「私も! でも、また来るから!」
その隣で、ニーアが女の子の頭を優しく撫でた。
「今度は本を持ってくるわ」
「約束だよ!」
「ええ、約束」
ユエルが門へ歩き出そうとすると、少年が服の裾を引っ張った。
「ユエル」
「どうした?」
「また帰ってくる?」
少年はまっすぐにユエルを見上げていた。
入学の日と、同じ顔だった。
ユエルは少年の頭に手を置いた。
「ああ。また来る」
「絶対?」
「絶対」
少年は嬉しそうに笑い、手を振った。
「じゃあ、またね!」
「おう」
アルレアとニーアも子どもたちに手を振る。
賑やかな声に見送られながら、三人は孤児院を後にした。
帰り道、アルレアが大きく伸びをした。
「あー、楽しかった!」
「ずっと走り回ってたな」
「だって、みんな元気なんだもん!」
「あなたも変わらないわね」
「えー! ちょっとは成長したと思うんだけど!」
「してるわよ。少しは」
「少しだけ!?」
ユエルが笑うと、アルレアは頬を膨らませた。
「ユエルまで笑わないでよ!」
「悪い悪い」
三人はいつものように言い合いながら、学院へ続く道を歩いていく。
「ねえ、次の休みは何しよっか!」
アルレアが振り返る。
「また何か食べに行くか?」
「それ、ユエルが行きたいだけじゃない?」
「お前がいつも言ってるだろ」
「ふふっ。二人とも、前を見て歩いて」
ニーアの言葉に、二人は顔を見合わせて笑った。
夕日に照らされた道を、三人の足音が並んで進んでいった。




