3-5 勝負
放課後の実技場には、まだ何人かの生徒が残っていた。
授業が終わっても、ガルシアは帰ろうとせず、一人で拳を振るっている。
実技場の端で荷物をまとめていたユエルは、その様子を眺めていた。ノノはミアとの練習へ向かっており、そばにはアルレアとニーア、ソウタがいる。
「ガルシア、まだやるの?」
アルレアが声をかけると、ガルシアは拳を止めて振り返った。
「ああ。まだ暴れ足りねぇんだよ」
「この前も同じこと言ってたじゃん!」
「だったらお前が相手するか?」
「えー、私は遠慮しとく!」
「なんだよ、つまんねぇな」
ガルシアは肩を回し、再び拳を構えた。
その時、実技場の入口から大きな声が響いた。
「おい、ガルシア!」
振り返ると、ダンがこちらへ歩いてきていた。ガルシアはその顔を見るなり、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「げっ、またお前かよ」
「今日こそ勝負しろ!」
「お前、そればっかだな」
「うるせぇ! 今度こそ勝ってやるからな!」
ダンは自信満々に拳を握った。
ガルシアはしばらくその顔を眺めていたが、やがて口元を吊り上げた。
「へぇ。そこまで言うなら相手してやるよ」
「おっ、マジか!」
「ちょうど暴れ足りなかったところだ。一回だけだからな」
「おう! 望むところだ!」
ダンは嬉しそうに笑い、すぐに準備を始めた。
その様子を見ていたアルレアが、ユエルの袖を引く。
「ねえねえ、また勝負するんだって!」
「見れば分かる」
「今度はどっちが勝つかな?」
「さあな。前は相打ちだったけど、今回はどうだろうな」
二人のやり取りを聞いていたソウタも、興味深そうに実技場の中央へ目を向けた。
「ダン、最近よく練習してるみたいだよ」
「そうなの?」
「うん。何度か一人で残ってるのを見かけたんだ」
「へぇ。あいつも頑張ってるんだな」
ユエルは準備運動をしているダンに目を向けた。
以前の模擬戦では、勢いに任せてガルシアと拳をぶつけ合っていた。あれからそれほど時間は経っていないが、何か変わったのだろうか。
「おい、リキト先生!」
ダンが実技場の隅に向かって声を張り上げた。
そこではリキトが木陰に腰を下ろし、授業の記録を確認していた。
「ん?」
「俺たちの勝負、見ててくれねぇか?」
「はぁ? 授業はもう終わっただろ」
「頼むって! すぐ終わるからよ!」
「ったく、面倒だな」
リキトはため息をつくと、指先を軽く動かした。
近くで待機していた二機の小型ドローンが浮き上がり、ダンとガルシアの周囲へ移動する。
「判定はこいつらに任せる。勝負が決まったらすぐ止まれよ」
「おう!」
「分かってるって」
リキトは再び木陰へもたれかかった。
「怪我しても泣くなよ」
「誰が泣くか!」
ダンが言い返すと、ガルシアが鼻で笑った。
「負けて泣くんじゃねぇぞ?」
「そっちこそ覚悟しとけよ!」
二人が向かい合うと、周囲にいた生徒たちも足を止めた。
ユエルたちは邪魔にならない場所まで下がり、勝負を見守ることにした。
その時、アルレアが隣のソウタを見上げた。
「そういえばソウタ、魔法の方はどう? 何か分かった?」
「いや、まだなんだ」
「この前は火も出なかったし、空も飛べなかったんだよね?」
「うん。今度は身体を強くする魔法かと思って、いろいろ試してみたんだけど」
「どうだった?」
「重い物を持ったり、速く走ろうとしてみたり。でも、いつもと変わらなかったよ」
「そっかぁ。難しいね」
ソウタは困ったように笑った。
ユエルも少し考えたが、今のところ思い当たるものはない。
「まあ、焦っても仕方ないだろ」
「うん。もう少し探してみるよ」
その会話が終わる頃、実技場の中央では二人が構えを取っていた。
「準備はいいか?」
リキトの声に、ダンとガルシアが頷く。
二機のドローンが、それぞれの位置についた。
「じゃあ、始め!」
合図と同時に動いたのはダンだった。
地面を蹴り、一気に距離を詰める。右拳を大きく振りかぶったかと思うと、その手を途中で止め、素早く左を突き出した。
ガルシアは体を傾けてかわす。しかし、ダンはそれを見越していたように、すぐさま右拳を繰り出した。
ガルシアが半歩下がる。拳は届かなかったが、ダンは深追いせず、すぐに構え直した。
「おっ?」
ガルシアが小さく声を漏らした。
「どうした! さっさとかかってこいよ!」
「言われなくても!」
今度はガルシアが踏み込んだ。
鋭い右拳がダンの顔へ迫る。だが、ダンは上体を引いてそれをかわし、すぐに拳を返した。
ガルシアはその一撃を腕で弾き、距離を取った。
「おいおい、そんなもんか?」
「まだ始まったばっかだろ!」
「だったらもっと来い!」
ガルシアが笑う。
二人は再び拳を交え始めた。
「すごい! ダン、結構やるじゃん!」
アルレアが身を乗り出す。
ユエルもダンの動きが変わっていることには気づいていた。
以前のダンは、相手に近づけばとにかく拳を振るっていた。しかし今は、攻撃をかわした後も無理に追いかけず、次の動きに備えている。踏み込む時も、後ろへ下がる時も、足が止まらない。
「無駄な動きが減ってるな」
「うん。ちゃんと相手を見てるね」
ソウタが頷いた。
その隣でニーアも静かに勝負を見つめている。
「でも、ガルシアもまだ余裕がありそう」
「ああ。ダンがどこまでついていけるかだな」
中央では、ガルシアが攻撃の手を速めていた。
左右の拳を繰り出し、ダンを少しずつ後ろへ追い込んでいく。ダンも必死に応戦し、時折鋭い反撃を返していた。
その中で、ダンは何度もガルシアの踏み込みを見ていた。
前回の模擬戦で、二人は互いの拳を同時に当て、相打ちとなった。あの時の距離を覚えているのか、ダンはガルシアが踏み込むたびに、拳の届かないぎりぎりの位置へ下がっていた。
「おらっ!」
ガルシアの右拳が迫る。
ダンはわずかに後ろへ下がった。拳は目の前を通り過ぎる。
そこから反撃しようと前へ出たが、ガルシアは素早く身を引き、攻撃を避けた。
「ちっ、逃げんな!」
「お前が遅ぇんだよ!」
ガルシアが笑いながら、再び構える。
ダンも拳を握り直した。
次の瞬間、ガルシアが地面を蹴った。
先ほどまでと同じ踏み込み。
ダンはすぐに後ろへ下がる。
これまで何度も拳をかわしてきた距離だった。だが、ガルシアはそこからさらに半歩、深く踏み込んできた。
「なっ!?」
ダンの表情が変わる。
届かないはずの拳が、目の前まで迫っていた。
とっさに左腕を上げ、顔への直撃を防ぐ。鈍い音とともに腕が弾かれ、ダンの体がわずかに傾いた。
しかし、そのまま倒れはしなかった。
踏ん張った右足に力を込め、空いていた右拳を振り抜く。
「おらぁっ!」
ガルシアが目を見開いた。
反撃を避けようと顔を引く。
だが、ダンの拳はその頬をかすめていった。
二人が離れる。
ガルシアは一瞬だけ動きを止め、ダンを見た。
ダンは荒く息を吐きながらも、まだ拳を構えている。
「へっ、どうだ!」
ダンが笑った。
ガルシアは自分の頬に軽く触れ、それから嬉しそうに口元を吊り上げた。
「ははっ! やるじゃねぇか!」
「ねえ、今の見た!?」
アルレアが興奮した様子でユエルに話しかける。
「ああ。よく返したな」
「最初の攻撃は避けられると思ってたみたい」
ニーアの言葉に、ユエルが頷いた。
「それでも反撃できたのはすごいね」
ソウタも感心したように呟いた。
ユエルは中央の二人へ目を戻す。
ガルシアの表情が、先ほどまでとは少し違っていた。
「おい、ダン!」
「あん?」
「次はちゃんと当ててみろよ!」
「言われなくてもそうするつもりだ!」
二人が同時に駆け出す。
ダンは先ほどと同じように左拳で牽制し、右拳を狙った。しかしガルシアは左の牽制に反応せず、体を低くして懐へ飛び込んだ。
ダンが慌てて拳を引く。
そこへガルシアの右拳が迫った。ダンは身をひねってかわすが、続けて放たれた左拳に対応しきれない。
腹部へ拳が入り、ダンの体がくの字に折れた。
「ぐっ!」
それでもダンは倒れず、反撃しようと腕を上げた。
だが、ガルシアはすでにその動きを見ていた。
素早く横へ回り込み、ダンの拳をかわす。そのまま体勢を崩したダンの背後へ抜け、振り返るよりも早く拳を突き出した。
その拳が、ダンの顔のすぐ手前で止まる。
「そこまで!」
リキトの声が響き、二機のドローンが勝負の終了を告げた。
ダンは拳を構えたまま動きを止め、ゆっくりと振り返った。
目の前ではガルシアが満足そうに笑っている。
「俺の勝ちだな」
「くっそぉぉ!」
ダンが悔しそうに叫び、その場に座り込んだ。
「なんで当たんねぇんだよ!」
「お前、最後は拳を振るうのに必死だったじゃねぇか」
「うるせぇ! 次は絶対当ててやる!」
「おう、期待してるぜ!」
ガルシアは楽しそうに笑い、ダンへ手を差し出した。
ダンは少し驚いた顔をしたが、その手を掴んで立ち上がる。
「いい勝負だったじゃん!」
アルレアが二人のもとへ駆け寄った。
「ダン、すごかったよ! 途中でガルシアに当てそうだったし!」
「当てそうじゃダメなんだよ!」
「でも、いい動きだったと思う」
ソウタの言葉に、ダンは少しだけ表情を緩めた。
ガルシアも腕を組み、満足そうに頷く。
「まあ、前よりは強くなったじゃねぇか」
「おっ、分かるか!」
「調子乗んな。まだまだ俺の方が強ぇからな」
「今だけだ! そのうち絶対追い抜いてやる!」
ダンが拳を突き出す。
ガルシアはそれを見て、声を上げて笑った。
「できるもんならやってみろ!」
そのやり取りを眺めながら、ユエルは小さく息をついた。
勝負が終わったというのに、ダンの勢いはまるで衰えていない。むしろ、負けたことで余計に燃えているようだった。
「よし! ガルシア、もう一回だ!」
「あ? さっき一回だけって言っただろ」
「今度こそ勝てる気がするんだよ!」
「気のせいだ。帰るぞ」
「待てって! あと一回!」
「しつけぇな!」
ガルシアは呆れたように背を向けた。
それでもダンは諦めず、後ろをついていく。
「なあ! 明日はどうだ!?」
「明日もやらねぇ!」
「じゃあ明後日!」
「同じだっつーの!」
二人の声が実技場に響く。
ガルシアは面倒くさそうに手を振っていた。
「ダンって、本当に諦めないね!」
「そうだな」




