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MHISTORYM  作者: しおにまる
第3章 交流編
18/26

3-3 道標

学院の正門前には、朝から多くの生徒が集まっていた。

普段の制服とは異なり、全員が動きやすい実習用の服装に身を包んでいる。腰には剣や銃を携え、これから始まる授業を楽しみにしている者もいれば、不安そうに周囲を見回している者もいた。

今日は入学以来、初めての校外実習が行われる日だった。


「おー! なんか冒険って感じだね!」


アルレアは嬉しそうに周囲を見渡した。


「遊びに行くわけじゃないのよ」

「分かってるって! でも楽しみじゃない?」

「少しは緊張しなさい」


ニーアに呆れられても、アルレアの笑顔は変わらない。

その隣では、ノノが大切そうに槍を抱えていた。


「ま、魔獣って、やっぱり怖いんでしょうか……」

「大丈夫だって! 私たちもいるんだし!」

「は、はい!」


アルレアに励まされ、ノノは小さく頷いた。


「弱い魔獣が相手だって聞いたけど、油断はできないね」


ソウタがそう言うと、ガルシアが拳を打ち鳴らした。


「何が出てこようが、ぶっ飛ばせばいいんだろ?」

「お前は本当にそればっかりだな」


ユエルが呆れたように言う。


「あぁ? 何か文句あんのか?」

「別に。お前らしいと思っただけだ」

「ならいいじゃねぇか!」


ガルシアは豪快に笑った。

そんなやり取りをしているうちに、正門の前へリキトが姿を現した。


「よーし、全員いるな。出発するぞ」


あまりにも簡単な号令に、生徒たちが顔を見合わせる。


「先生! 今日の説明はないんですか?」


一人の生徒が手を挙げた。


「あー、現地で説明する。ここで話しても忘れるだろ」

「そんなことないですよ!」

「そうか。じゃあ覚えとけよ。今日は怪我すんな」

「説明短すぎません!?」


周囲から笑い声が上がる。

リキトは面倒くさそうに手を振ると、先頭に立って歩き始めた。


学院からしばらく歩くと、石畳の道は土の道へと変わった。

王都を囲む外壁を抜け、緩やかな丘を越えた先には、木々の生い茂る森が広がっている。

森の入口には数人の騎士が待機しており、生徒たちが近づくと軽く頭を下げた。

リキトは騎士の一人と言葉を交わしてから、生徒たちへ振り返った。


「さて、ここからが今日の実習だ」


リキトが片手を上げると、周囲に小型のドローンがいくつも浮かび上がった。

それぞれ別の方向へ飛び立ち、木々の間を抜けて森の奥へと消えていく。


「この森には魔獣が生息している。とはいっても、今回お前らが相手にするのは比較的弱い種類だ。魔法もほとんど使わないし、熟練の騎士なら一人でも対処できる程度のな」


生徒たちの間に、少しだけ安堵した空気が広がる。


「ただし、弱いからって怪我をしないわけじゃない。噛まれりゃ痛いし、油断してりゃ骨だって折れる。だから調子に乗るなよ」


リキトは森の方を指さした。


「今日の課題は、指定された区域内で魔獣を見つけ、小隊ごとに討伐することだ。俺のドローンで監視するし、騎士も待機している。危険だと判断したらすぐに中止させるからな」


続いて、森の入口に立てられた木の標識を指さす。


「森の中には、こういう目印がいくつか置かれている。指定された区域の外には絶対に出るな。迷った時は下手に動かず、その場で待機しろ」


標識には数字と矢印が刻まれていた。

どうやら実習区域を区切るための道標らしい。


「質問は?」

「先生、魔法は自由に使っていいんですか?」

「ああ。ただし仲間を巻き込むなよ。あと、森を丸ごと燃やすようなことはするな」

「そんなことできる人いるんですか!?」

「知らん。いたら困るから言ってんだ」


リキトはそう答えると、手元の名簿に目を落とした。


「それじゃ、小隊ごとに順番に出発だ。呼ばれるまで待機してろ」


生徒たちはそれぞれの小隊に分かれ、装備を確認し始めた。

ユエルたちも少し離れた場所に集まる。


「さて、どうする?」


ソウタが皆を見回した。


「どうするって、見つけて倒すんだろ?」


ガルシアが即答する。


「それはそうだけど、相手がどんな動きをするか分からないからね」

「作戦ねぇ……」


ガルシアは面倒くさそうに頭をかいた。

ユエルはそんな彼女を横目に、森へ視線を向ける。


「まずは魔獣を見つけるところからだな。見つけた後のことは、相手を見て決めればいい」

「そうね。どんな魔獣かも分からないもの」


ニーアも頷いた。


「じゃあ、見つけたらすぐに突っ込まないこと! 特にガルシア!」


アルレアが指を立てる。


「あぁ!? なんで俺なんだよ!」

「だって絶対最初に行くじゃん!」

「相手が出てきたら殴るだろ、普通!」

「ほらー!」


アルレアが笑うと、ガルシアは不満そうに顔を背けた。

そんな中、ノノが控えめに手を挙げる。


「あ、あの……私は何をすればいいでしょうか?」

「ノノは槍を使うから、少し離れたところから援護してくれると助かるかな」


ソウタが優しく答えた。


「私も近くにいるから、焦らなくていいわ」


ニーアの言葉に、ノノはほっとしたように頷いた。


やがてユエルたちの小隊が呼ばれ、六人は森へと足を踏み入れた。

木々の間から差し込む日差しが、地面にまだらな模様を作っている。

太い木の根が地面を這い、ところどころには岩が突き出していた。

王都の喧騒とは異なり、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と、風に揺れる葉の音ばかりだった。


「うわぁ、結構広いね!」


アルレアが周囲を見渡す。


「指定区域はこの先までみたいだね」


ソウタは配られた地図を広げ、近くの道標と見比べた。


「こっちの道を進めば、森の中央付近に出るはずだよ」

「なら行くか」


ユエルを先頭に、一行は森の奥へ進んでいった。

しばらく歩いたところで、ユエルが突然足を止めた。


「待て」


その声に、全員が動きを止める。


「どうしたの?」


アルレアが小声で尋ねた。

ユエルは前方の茂みを指さす。


「何かいる」


木々の隙間から、灰色の毛に覆われた獣が姿を現した。

四本の太い脚に、丸みを帯びた身体。額には短い角が一本生えている。

大きさは大型犬ほどで、ずんぐりとした体つきはイノシシにも似ていた。


「あれが魔獣……?」


ノノが息を呑む。


「なんだ、ちっせぇな」


ガルシアは少し拍子抜けしたようだった。


「思ってたより普通の動物に近いね」


ソウタも小声で答える。

魔獣はまだこちらに気づいていないらしく、地面に鼻を近づけながら歩いていた。


「どうする?」


ニーアがユエルへ尋ねた。


「まずは逃げ道を塞ぐか。ニーア、できるか?」

「ええ」


ニーアは静かに頷き、魔獣の後方へ手を向けた。

地面から氷がせり上がり、茂みの手前に小さな氷壁が形成される。

その音に反応して、魔獣が顔を上げた。


「ガルシア!」


ユエルの合図とともに、ガルシアが飛び出した。


「おらぁ!」


勢いよく距離を詰める。

しかし、魔獣は短い脚で素早く地面を蹴り、ガルシアの拳をかわした。


「ちっ!」


ガルシアが振り向く。

魔獣は氷壁を避けて方向を変え、木々の間を駆け抜けようとした。

その先にいたのは、ノノだった。


「ノノ、そっちに行った!」


アルレアの声が響く。

ノノは慌てて槍を構えた。

魔獣がこちらへ向かってくる。

短い角が見える。地面を蹴る脚が見える。

それほど大きな相手ではない。学院で何度も練習してきたように、槍を前へ突き出せばいい。

頭では分かっていた。

けれど、身体が動かなかった。

足が地面に張りついたように動かない。槍を握る手に力が入り、腕がひどく重く感じられた。

魔獣の荒い息遣いが聞こえる。

自分へ向かってくるその目を見た瞬間、周囲の音が遠くなった。

誰かが何かを叫んでいる。

なのに、何を言っているのか分からない。

槍を突き出さなければ。

逃げなければ。

そう思うほど、身体は言うことを聞かなくなった。

魔獣がさらに近づく。

ノノはただ、目を見開いたまま立ち尽くしていた。


「ノノ!」


ユエルの声が響いた。

その瞬間、彼の姿が消えた。

次の瞬間にはノノの隣へ現れ、その腕を掴んで横へ跳んでいた。

魔獣は二人が立っていた場所を駆け抜ける。

すぐ近くでは、ガルシアが拳を構えていた。頭上からは一機のドローンが高度を下げ、魔獣の動きを追っている。

魔獣が再び方向を変えようとしたところへ、ソウタが回り込んだ。


「こっちは通さないよ!」


剣を振るい、その進路を塞ぐ。

魔獣が足を止めた瞬間、アルレアが拳銃を構えた。

仲間のいない方向へ銃口を向け、魔獣の横に突き出た岩に狙いを定める。


「そこっ!」


乾いた銃声が響いた。

岩に当たった弾丸が跳ね上がり、魔獣の脚を捉える。

魔獣が大きくよろめいた。

そこへガルシアが踏み込む。


「もらった!」


放たれた拳が魔獣の身体を打ち抜く。

魔獣は地面を転がり、そのまま動かなくなった。


「よっしゃ!」


ガルシアが拳を突き上げた。

戦闘はあっという間に終わっていた。


「ノノ、大丈夫か?」


ユエルが尋ねる。


「は、はい……」


ノノは小さく頷いた。

目立った怪我はない。ユエルに引かれて転んだ時に、少し膝を擦ったくらいだ。

それなのに、槍を握る手はまだ震えていた。


「怪我してない?」


アルレアが駆け寄り、その顔を覗き込む。


「だ、大丈夫です。ごめんなさい、私……」

「びっくりしたね! でも無事でよかった!」


アルレアが笑いかける。

ニーアも近づき、ノノの肩にそっと手を置いた。


「初めてだったもの。怖かったでしょう」

「はい……」


ノノは俯いた。

皆はちゃんと動けていた。

ガルシアは迷わず魔獣へ向かい、ニーアは氷を使い、ソウタもアルレアも落ち着いて戦っていた。

ユエルに至っては、動けなくなった自分を助けてくれた。

自分だけが、何もできなかった。

握りしめた槍の先が、地面へ向かって下がっている。


「私、やっぱり怖かったです……」


小さな声が漏れた。


「怖くない方がおかしいだろ」


ユエルが答える。


「でも、ユエルさんは平気そうでした……」

「あんな勢いで向かってこられたら、誰だって驚くだろ」


ユエルは当たり前のように言った。

ノノは少しだけ顔を上げた。


「ま、俺は全然怖くなかったけどな!」


ガルシアが胸を張る。


「ガルシアは怖いものあるの?」


アルレアが尋ねた。


「あぁ? ねぇよ!」

「ほんとかなぁ?」

「なんだよ、その顔!」


いつものように言い合いを始める二人を見て、ソウタが苦笑した。


「でも、魔獣って思ったより素早いんだね。あの大きさであんなに動けるとは思わなかったよ」

「そうね。次は少し気をつけた方がいいわ」


ニーアが頷く。

ノノは皆の会話を聞きながら、もう一度槍を握り直した。

その時、上空から小さな機械音が近づいてきた。

リキトのドローンだった。


『おーい、終わったか?』


ドローンから気の抜けた声が響く。


「先生!」


アルレアが上を見上げる。


『見てたぞ。討伐は成功だな』

「やったー!」

『あとは指定された道を通って戻ってこい。倒した魔獣はこっちで回収する』

「はーい!」


ドローンはそれだけ告げると、少し高度を上げた。

ユエルたちは装備を確認し、帰り支度を始める。

ノノも皆の後を追おうとした。

すると、先ほどのドローンが静かに降りてきて、彼女のすぐ横で止まった。


『ノノ』


突然名前を呼ばれ、ノノは驚いて顔を上げた。


「は、はい!」


ドローンから聞こえてきたのは、先ほどよりずっと小さな声だった。


『今日は、動けなくても生き残った。それでいい。次は、一歩だけ動け』


ノノは目を丸くした。


「あ、あの、先生……」

『一度に全部やろうとすんな。それだけだ』


リキトはそれ以上何も言わなかった。

ドローンは再び高度を上げ、木々の間へと飛び去っていく。

ノノはしばらく、その姿を見上げていた。

一歩だけ。

その言葉を、胸の中で繰り返した。

できるかどうかは、まだ分からない。

それでも、次に魔獣を前にした時には、せめて槍を構えられるようになりたい。

ノノは小さく息を吐き、仲間たちのもとへ歩き出した。


帰り道、六人は来た時と同じように森の中を進んでいた。

すでに討伐を終えた小隊もいるのか、遠くから生徒たちの声が聞こえてくる。


「いやー、思ったより早く終わったね!」


アルレアが両手を伸ばした。


「もう少し強いやつでもよかったんじゃねぇか?」


ガルシアが物足りなさそうに言う。


「先生が弱い魔獣だって言ってただろ。最初なんだからこんなもんだ」


ユエルが答える。


「けどよぉ、あれじゃ全然暴れ足りねぇんだよ!」


その言葉に、ノノは少しだけ視線を落とした。

隣を歩いていたニーアは、その様子に気づいていたが、何も言わなかった。


「帰ってから訓練でもする?」


ソウタが笑いながら尋ねた。


「おっ、いいじゃねぇか! お前、相手してくれんのか?」

「いや、僕は遠慮しておくよ」

「なんだよ!」


ガルシアが不満そうに声を上げる。

そのやり取りを聞いていたノノが、小さく笑った。

ニーアがその様子に気づき、声をかける。


「少しは落ち着いた?」

「はい。皆さんのおかげです」

「そう。よかった」


ニーアはそれだけ言うと、再び前へ向き直った。

ノノも顔を上げる。

少し先には、森の出口を示す道標が立っていた。

ノノは道標を見上げ、矢印の先へ目を向けた。


「おーい! 早く帰ろうぜ!」


前方からガルシアが叫ぶ。


「ちょっと! 走ったら危ないってば!」


アルレアがその後を追いかける。


「お前も走ってるじゃねぇか!」

「あっ、ほんとだ!」


アルレアが笑う。

その後ろでソウタも吹き出した。


「まったく、元気ね」


ニーアは呆れたように息をついた。

ユエルも二人の背中を見ながら、少しだけ笑った。


「ほら、俺たちも行くぞ」

「は、はい!」


ノノは槍を握り直し、一歩踏み出した。

そして、皆の後を追いかけた。

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