3-2 談笑
朝の二組の教室は、今日も賑やかだった。
登校してきた生徒たちがそれぞれの席で談笑し、授業の始まりを待っている。
そんな中、教室の一角では、ダンが机に身を乗り出していた。
「なあ、カイル。どうすりゃあいつ、勝負を受けてくれると思う?」
「まずは毎日誘うのをやめてみたら?」
「それじゃいつまで経っても勝負できねぇだろ!」
「でも、昨日も断られたんだよね?」
「昨日はあいつが疲れてただけだ。別に嫌がってたわけじゃねぇ!」
カイルは困ったように笑った。
その隣では、クロードが本を読みながら二人の会話を聞いている。
「それなら、今日は誘わない方がいいんじゃないかな」
「なんでだよ?」
「昨日疲れていたなら、今日も疲れが残ってるかもしれないだろ?」
「なるほどな!」
ダンは納得したように頷いた。しかし、すぐに首を傾げる。
「じゃあ明日は大丈夫ってことか?」
「さあ、どうだろうね」
クロードが涼しい顔で答えると、カイルが吹き出した。
「君たち、朝から何の話をしてるんだ?」
声をかけたのは、教室へ入ってきたアーサーだった。
その姿を見つけたダンが、勢いよく振り返る。
「おお、アーサー! ちょうどいい!」
「何がちょうどいいんだ?」
「お前ならどうする? 強ぇ奴がいたら勝負してぇだろ?」
「相手によるな」
「なんだよ、それ!」
「少なくとも、嫌がっている相手に無理やり勝負を挑んだりはしない」
その言葉に、カイルが何度も頷いた。
「ほら、アーサーもこう言ってるよ」
「ちぇっ、つまんねぇ奴らだな!」
ダンは不満そうに椅子へ座り直した。
アーサーは苦笑しながら、自分の席へ向かう。
「まったく、朝から元気だな」
「ダンはいつもこんな感じだよ」
クロードが本を閉じる。
その隣では、ミアが呆れたようにため息をついていた。
「兄さんも、わざわざ相手しなくていいのに」
「面白いからね」
「もう」
ミアはそう言いながらも、それ以上は何も言わなかった。
やがて始業の鐘が鳴り、生徒たちはそれぞれの席へ戻っていった。
昼休み。
学院の食堂には、多くの生徒たちが集まっていた。
料理を受け取る列がいくつもでき、あちこちから楽しそうな声が響いている。
アーサーたち五人も、いつものように食堂へやってきた。
「よっしゃ! 今日は肉盛りにするぜ!」
ダンが真っ先に料理の並ぶカウンターへ向かう。
「また肉盛り? 昨日も食べてなかった?」
カイルが呆れたように尋ねる。
「昨日は魚だ!」
「一昨日は?」
「肉盛りだ!」
「ほら、やっぱり」
ダンは気にする様子もなく、料理を注文した。
その後ろに並んでいたアーサーも、並べられた料理へ目を向ける。
皿には厚切りの肉と、山盛りの野菜が盛り付けられていた。
「美味しそうだな。私もそれにしよう」
「おや、殿下も肉盛りかい?」
カウンターの向こうにいた女性が、笑いながら声をかけた。
「はい。お願いします」
「ソースはどうする?」
「そちらもお願いします」
「あいよ! たっぷりかけとくね!」
女性は慣れた手つきでソースをかけ、皿を差し出した。
「ありがとうございます」
アーサーが皿を受け取ると、後ろからダンが覗き込んできた。
「へえ、お前もこういうの食うんだな」
「どういう意味だ?」
「いや、王子ってもっと上品なもん食ってんのかと思ってたぜ」
「王子だって腹は減る」
「そりゃそうだけどよ!」
アーサーは不思議そうに首を傾げた。
その様子に、クロードが小さく笑う。
「ダンは王族が普段何を食べていると思ってたの?」
「そりゃお前、でっけぇ皿にちょこんと肉が乗ってて、周りに葉っぱとか飾ってあるやつだろ」
「それじゃお腹がいっぱいにならなそうだね」
「だから王子はみんな細いんじゃねぇのか?」
あまりに適当な答えに、カイルが笑いながら首を振った。
「いや、そんなわけないだろ」
アーサーも思わず口元を緩めた。
料理を受け取った五人は、食堂の中央にある長机へ向かう。
ダンが真っ先に椅子を引き、隣にカイルが腰を下ろす。クロードとミアも向かい合って座り、最後にアーサーが空いていた席へ座った。
近くの席では、別の小隊の生徒たちが昼食を取っている。
「ここ、空いてますか?」
通りかかった生徒が、長机の端を指差した。
「ああ、どうぞ」
アーサーが答えると、生徒は軽く頭を下げて席についた。
ダンはそんなやり取りにも構わず、早速肉を口へ運んでいる。
「んー! やっぱここの肉盛りはうめぇな!」
「ダン、もう少し静かに食べたら?」
ミアが呆れたように言う。
「あ? 美味いもんは美味いだろ」
「そういうことじゃないんだけど」
「まあまあ、ミア。冷めないうちに食べよう」
クロードが穏やかに声をかける。
ミアは小さくため息をつき、自分の料理へ視線を戻した。
その様子を見ていたアーサーも、肉を一切れ口へ運ぶ。
香ばしく焼かれた肉に、濃厚なソースがよく合っていた。
「確かに美味しいな」
「だろ!?」
ダンが嬉しそうに身を乗り出す。
「やっぱ分かってんじゃねぇか、アーサー!」
「そんなに大声を出さなくても聞こえてる」
「おっと、悪い悪い!」
ダンは笑いながら、再び肉を頬張った。
アーサーはそんな姿を見て、軽く首を振る。
すると、カイルがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ダンは最初、アーサーが王子だって聞いた時も驚いてたよね」
「そりゃ驚くだろ。王子ってもっとこう、キラキラしてるもんだと思ってたからな」
「キラキラ?」
アーサーが聞き返す。
「ああ! 顔とか、雰囲気とかよ。なんつーか、近寄りがたい感じ?」
「それなら、兄上たちの方が近いかもしれないな」
「兄貴がいるのか?」
「ああ、二人いる。長兄はすでに王宮で仕事をしているし、次兄はまだこの学院に通っている」
「へえ! じゃあ兄貴もここにいるのか!」
「そうだな。もっとも、学年が違うから会う機会は少ないが」
「そいつらもキラキラしてんのか?」
アーサーは少し考えてから頷いた。
「兄上たちは母上に似ているから、見た目も華やかだと思う」
「じゃあ、アーサーは誰に似てるの?」
カイルが尋ねる。
「私は父上に似ていると言われることが多いな」
「へえ、そうなんだ」
カイルが興味深そうに頷く。
ダンは何かを考えるようにアーサーの顔を見つめていたが、ふと別のことが気になったらしい。
「そういや、お前の兄貴たちも強ぇのか?」
「ああ、二人とも僕よりずっと強いよ」
「マジかよ! 王子って意外と強ぇんだな!」
「だから、その偏見はどこから来るんだ?」
アーサーが呆れたように返すと、クロードが小さく笑った。
「今度、実技場でお兄さんを見かけたら教えてほしいな」
「ああ。機会があれば紹介するよ」
「俺も会いてぇ! 強ぇなら一回戦ってみてぇな!」
ダンが勢いよく拳を握る。
「やめておいた方がいいと思うぞ」
「なんでだよ!」
「兄上たちは、私ほど甘くないからな」
アーサーがさらりと答えると、カイルが笑った。
「ダン、また勝負を断られる相手が増えそうだね」
「うるせぇ!」
そんな話をしていると、食堂の入口から数人の生徒が入ってきた。
その中に、見覚えのある少女がいた。
ミレイ・ハーヴェル。以前の模擬戦で対戦した、あの足の速い生徒だ。
ミレイもアーサーに気づき、近くまで歩いてきた。
「アーサー殿下、こんにちは」
「ああ、こんにちは。これから昼食かい?」
「はい。少し出遅れてしまいました」
ミレイは料理のカウンターへ目を向けた。
「今日は人が多いですね」
「そうだな。私たちも少し並んだよ」
そこでダンが、勢いよく口を挟んだ。
「おっ! お前、こないだの足の速ぇ奴だよな!」
「えっ? はい、そうですけど」
「あの動き、すげぇよな! どうやってんだ?」
「えっと、毎日走ってますけど……」
「なるほどな! やっぱ走り込みか!」
ダンは一人で納得したように頷いた。
ミレイは少し戸惑った顔をしていたが、やがて小さく笑った。
「それでは、失礼します」
「ああ。また授業で」
ミレイは軽く頭を下げ、仲間たちのもとへ戻っていった。
「でも、よくあれを止められたよね」
カイルが言うと、クロードも頷いた。
「アーサーの判断が早かったからね」
「いや、あれはみんなが動いてくれたおかげだ」
アーサーが答えると、ダンが大きく笑った。
「ま、次に当たっても俺らが勝つけどな!」
「ずいぶん自信があるね」
「当たり前だろ!」
ダンは拳を握りしめた。
「今度は俺も最後まで戦ってやる!」
「期待しているよ。ただし、無茶はしないでくれ」
「おう! 任せとけ!」
勢いよく頷くダンに、カイルが苦笑いを浮かべた。
「本当に分かってるのかな」
「さあね」
クロードが笑って答える。
その時、壁に掛けられた時計を見たミアが、スプーンを置いた。
「あ、もうこんな時間」
ミアはスープを飲み終えると、残していたパンを一つ手に取った。
「兄さん、私、先に行くね」
「ミア、もう行くのか?」
「うん。ちょっと用事があるから」
「そう。気をつけてね」
「分かってる」
ミアは立ち上がり、食器を片付けると、パンを片手に食堂を出ていった。
クロードはその背中を見送ってから、再び食事へ戻る。
「ミア、何かあるの?」
カイルが尋ねた。
「さあ。誰かと約束してるみたいだけど」
「へえ、珍しいな」
ダンが何気なく呟く。
「何が?」
「いや、いつもお前と一緒にいるだろ?」
「そうだね」
クロードは穏やかに答えた。
「でも、友達ができたならいいことじゃないかな」
そう言って、残っていたパンを手に取った。
その隣で、ダンはふとアーサーへ視線を戻した。
しばらく顔を眺めていたかと思うと、不思議そうに首を傾げる。
「なんだ?」
アーサーが尋ねる。
「いや、王様ってこんな顔してんのかと思ってよ」
「おい、ダン」
カイルが慌てて声をかけた。
「さすがに王様の顔くらい知ってるだろ?」
「見たことはあるけど、そんなじっくり見ねぇだろ!」
ダンが当然のように答える。
その横で、クロードが笑みを浮かべた。
「じゃあ、今度アーサーと国王陛下を並べて見比べてみようか」
「おっ、それいいな!」
「いや、よくないだろ!」
カイルが即座に突っ込む。
アーサーも思わず吹き出してしまった。
「ははっ! 父上を何だと思ってるんだ!」
「だって似てるんだろ? 並べてみたら面白そうじゃねぇか!」
「面白がっていい相手じゃないだろ!」
カイルが呆れたように言うが、ダンはまったく気にしていない。
「じゃあ、今度王宮に行った時に頼んでくれよ!」
「断る」
「なんでだよ!」
「父上に何と説明すればいいんだ?」
「そりゃ、『俺と顔を比べたい奴がいる』って言やいいだろ!」
「ははっ! そんなことを言ったら、父上も驚くだろうな!」
アーサーは再び声を上げて笑った。
クロードも楽しそうに笑い、カイルは呆れながらも肩を揺らしている。
「ダン、君は本当に面白いね」
「だろ!?」
「褒められてると思う?」
カイルが尋ねると、ダンは自信満々に頷いた。
「当たり前だろ!」
その返事に、三人はまた笑い出した。
午後の授業が終わり、教室には帰り支度をする生徒たちの声が響いていた。
アーサーも机の上の教科書を鞄へしまい、席を立つ。
近くでは、ダンとカイルが何やら話していた。
「なあ、今日は実技場行かねぇか?」
「また練習するの?」
「おう! 昨日、ガルシアと勝負できなかったからな!」
「それと今日の練習に何の関係があるのさ」
「次こそ勝つために決まってんだろ!」
カイルは呆れながらも、鞄を肩に掛けた。
「分かったよ。少しだけなら付き合うよ」
「よっしゃ! そうこなくっちゃな!」
ダンが嬉しそうに拳を握る。
その様子を見ていたアーサーに、クロードが声をかけた。
「アーサーはこの後どうするの?」
「僕は寮へ戻るつもりだ。クロードは?」
「ちょっと図書館に寄ってくるよ」
「図書館か。何か調べ物でも?」
「いや、読みかけの本があるだけさ」
クロードはそう答え、鞄を持ち上げた。
その隣では、ミアも帰り支度を終えていた。
「兄さん、また本?」
「うん。ミアはどうする?」
「私は先に帰る。今日はちょっと疲れたから」
「そっか。それじゃ、また後で」
ミアは小さく頷いた。
アーサーは二人のやり取りを聞きながら、教室の扉へ向かう。
「じゃあ、また明日」
アーサーが声をかけると、クロードが手を振った。
「うん、また明日」
「おう! 明日もよろしくな!」
ダンが大きな声で答える。
カイルも笑いながら手を上げた。
「また明日、アーサー!」
教室を出ると、廊下には帰宅する生徒たちの姿があった。
アーサーは階段へ向かいながら、ふと足を緩めた。
小さく首を振り、口元を緩めたまま、再び歩き出す。
「まったく、変な奴らだな」




