3-1 変化
休日が明け、学院にはいつもの賑やかさが戻っていた。
朝の教室では、生徒たちが思い思いに会話を楽しみ、授業の始まりを待っている。
「おっはよー!」
元気な声とともに教室へ入ってきたのは、アルレアだった。
その隣には、いつものようにニーアが並んでいる。
二人が席へ向かおうとした時、アルレアは教室の隅に座るガルシアの姿を見つけた。
途端に、その顔にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「おはよ、ガルシア!」
「あ? 朝から元気だな、お前」
「ねえねえ、昨日は楽しかった?」
「昨日?」
ガルシアは一瞬考えた後、何かを察したように眉をひそめた。
「おい、てめぇ」
「ビーストモード!」
アルレアが両手を爪のように構え、小声で叫んだ。
ガルシアは勢いよく立ち上がる。
「それは言うなっつっただろ!」
「あははっ! ごめんごめん!」
「全然悪いと思ってねぇだろ!」
騒ぎを聞きつけたユエルが、隣の席から顔を上げた。
「朝から騒がしいな」
「聞いてよ、ユエル! 昨日ガルシアがね!」
「おい、アルレア!」
慌てるガルシアを見て、アルレアはますます楽しそうに笑った。
「弟くんも妹ちゃんも、すっごく喜んでたよね!」
「うるせぇな! もう忘れろ!」
「いいお姉ちゃんだった」
ニーアが静かにそう言うと、ガルシアは一瞬言葉に詰まった。
「ったく、好きに言ってろ」
そう言って椅子に座り直す。
その耳が少し赤くなっていることに気づいたアルレアだったが、それ以上からかうのはやめておいた。
しばらくすると、ソウタとノノが教室へ入ってきた。
「おはよう、みんな」
「お、おはようございます!」
二人の姿に、アルレアが手を振った。
「おはよ! ノノ、今日は早いね!」
「はい。朝、少し練習していたので」
「えっ、朝から? すごいじゃん!」
「い、いえ! まだ全然上手くできなくて」
ノノは照れくさそうに笑った。
その背中には、訓練用の槍が背負われている。
「昨日も練習してたの?」
アルレアが尋ねると、ノノは小さく頷いた。
「はい。その時に、少し教えてもらったことがあって」
「そうなんだ! 誰に?」
「えっと、二組の、ミアさんです」
「ミアちゃん!?」
アルレアが驚いたように声を上げる。
以前の食堂での様子を思い出したのか、少し意外そうな顔をしていた。
「はい。槍の使い方について、助言をもらったんです」
ノノはそう言って、背中の槍へ視線を向ける。
「だから、少しでも上手くなりたくて」
「いいじゃん! じゃあ今日の実技、一緒に頑張ろ!」
「は、はい!」
その時、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、相変わらず眠たそうな顔をしたリキトだった。
「おー、席につけ。始めるぞ」
生徒たちがそれぞれの席へ戻っていく。
リキトは教卓に書類を置くと、大きく欠伸をした。
「今日は午前が座学、午後は実技だ。前回の模擬戦で、自分らの足りないところくらい分かっただろ。今日は各自で練習しろ」
「先生、自由にやっていいんですか?」
生徒の一人が尋ねる。
「ああ。ただし、遊んでいいとは言ってないからな。適当にやってる奴は分かるぞ」
そう言って、リキトは教卓の横に浮かぶ小型ドローンを指で軽く叩いた。
「んじゃ、始めるか」
午後。
実技場では、生徒たちがそれぞれの武器を手に取り、練習の準備を進めていた。
剣を構える者、魔法の制御を確かめる者、数人で組手を始める者。
広い実技場のあちこちから、武器のぶつかる音や掛け声が響いていた。
その様子を、リキトはいつもの木陰から眺めていた。
「さて、どうする?」
ユエルが尋ねると、ガルシアが拳を鳴らした。
「俺は誰かとやり合えりゃそれでいいぜ」
「じゃあ、ユエルとやれば?」
アルレアが笑いながら提案する。
ガルシアはユエルを見た。
「お、いいじゃねぇか。前から一回やってみたかったんだよ」
「別に構わない」
「決まりだな!」
ガルシアは嬉しそうに拳を握った。
「じゃあ私はニーアと練習しよっかな!」
「うん」
「ソウタとノノはどうする?」
アルレアが尋ねると、ソウタがノノへ視線を向けた。
「俺たちも一緒に練習しようか」
「は、はい! お願いします!」
それぞれ相手が決まり、六人は実技場の中へ散っていった。
ユエルとガルシアは、少し離れた場所で向かい合っていた。
ユエルは訓練用の木剣を構え、ガルシアは拳を握る。
「先に言っとくが、俺は手加減しねぇぞ」
「分かった」
「へっ、いい返事じゃねぇか!」
ガルシアが地面を蹴った。
一気に距離を詰め、右拳を振り抜く。ユエルは木剣で受け止め、鈍い音が響いた。
「結構やるじゃねぇか!」
「そっちこそ」
ガルシアがもう一度踏み込む。その瞬間、ユエルの姿が消えた。
「なっ!?」
背後に現れたユエルの木剣を、ガルシアは咄嗟に体をひねってかわし、勢いのまま拳を突き出す。ユエルは後ろへ跳んで距離を取った。
「へぇ、今の避けるのか」
「当たり前だろ!」
ガルシアは楽しそうに笑っていた。ユエルの口元にも、わずかな笑みが浮かんでいる。
二人は再び構え直し、地面を蹴った。
少し離れた射撃場では、アルレアが二丁の訓練用拳銃を構えていた。前方では、ニーアが氷の的を左右に動かしている。
「いくよー!」
乾いた銃声が続き、一発目は命中。二発目は的のすぐ横を通り抜けた。
「あーっ! 外した!」
「少し速かった?」
「ううん! もう一回!」
アルレアが銃を構え直すと、ニーアは再び氷の的を動かし始めた。
何度か繰り返すうちに、アルレアの弾は少しずつ的を捉えるようになっていった。
一方、ソウタとノノは実技場の端で向かい合っていた。
ソウタは片手剣を構え、ノノは両手で槍を握っている。
「じゃあ、始めようか」
「はい!」
一度目は、ソウタがノノの突きをかわし、剣が肩に触れる寸前で止まった。
二度目、ノノは突きを引き戻して、近づくソウタへもう一度穂先を向けた。ソウタが足を止める。
「うん、今のはよかったね。さっきは攻撃した後に止まっちゃってたけど、今はちゃんと次の動きができてたよ」
「昨日、ミアさんに言われたことを、ずっと考えていて」
「いいことを教えてもらったんだね」
「はい!」
ノノは再び槍を構えた。
「もう一回、お願いします!」
「もちろん」
二人は再び向かい合った。
それからしばらくして、実技場に終了の合図が響いた。
生徒たちが練習を終え、使っていた武器を片付け始める。
ユエルたちもそれぞれの練習を終え、木陰に集まっていた。
「あー、疲れたー!」
アルレアが大きく背伸びをする。
その隣では、ガルシアが不満そうにユエルを睨んでいた。
「くそっ、あと一発だったのによ」
「三回は言ってたぞ、それ」
「うるせぇ! 次は絶対当ててやる!」
ユエルは呆れたように肩をすくめる。
その様子に、アルレアが笑った。
「二人とも楽しそうだったね!」
「おう! こいつ、なかなかやるじゃねぇか!」
ガルシアはユエルの肩を軽く叩いた。
「今度はもっと本気でやろうぜ!」
「訓練なんだから加減はしろよ」
「分かってるって!」
本当に分かっているのか怪しい返事だったが、ユエルはそれ以上何も言わなかった。
「ノノはどうだった?」
ニーアが尋ねると、ノノは少し照れくさそうに笑った。
「えっと、ソウタさんには一回も勝てませんでした」
「でも、最初よりずっと動けるようになってたよ」
ソウタがそう言うと、ノノは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます!」
「そういえば、ソウタの魔法ってまだ分かんないの?」
アルレアが思い出したように尋ねる。
「うん。いろいろ試してるんだけどね」
「炎とか出してみた?」
「やったよ。何も出なかった」
「じゃあ、空を飛ぶとか!」
「どうやって?」
「こう、飛べー! って!」
アルレアが両腕を広げ、その場で跳ねる。
「それで飛べたら苦労しないよ」
ソウタの返事に、ユエルが呆れたように口を開いた。
「お前が跳ねても飛ばないだろ」
「やってみなきゃ分かんないじゃん!」
アルレアは笑いながら両腕を下ろした。
「あー、私ももっと練習しなきゃ!」
「まずは命中率かな」
「あっ! それは言わない約束でしょ!」
「約束してない」
「ニーア!」
笑い声が響く。
少し離れた木陰では、リキトがその様子を眺めていた。
手元の端末には、ドローンが記録した生徒たちの訓練結果が並んでいる。
リキトは画面を軽く操作し、ユエルたち六人の記録を確認した。
「まあ、悪くはないか」
そう呟くと、端末を閉じた。
「おーい、いつまで喋ってんだ。片付け終わったら教室戻れよー!」
気の抜けた声が実技場に響いた。
授業が終わり、生徒たちはそれぞれ帰り支度を始めていた。
アルレアとニーアも鞄を手に取り、教室を出ようとしている。
すると、廊下の向こうから大きな声が聞こえてきた。
「おっ! ガルシアじゃねぇか!」
声の主はダンだった。
隣にはカイルもいる。
ガルシアはその姿を見るなり、露骨に面倒くさそうな顔をした。
「げっ、またてめぇか」
「ちょうどいい! この前の続き、やろうぜ!」
「やらねぇ」
「即答かよ!」
「今日はもう疲れてんだよ」
ガルシアは面倒くさそうに手を振った。
「ダン、今日はもうやめておこうよ。女の子相手に、しつこく誘うのはよくないよ」
カイルが苦笑いを浮かべる。
その瞬間、ガルシアの眉がぴくりと動いた。
「あ?」
「えっ?」
「誰が女の子扱いしろっつった」
「ごめん、そういう意味じゃなくて」
ダンが吹き出した。
「ははっ! こいつを女の子扱いしたら、殴られるぞ!」
「うるせぇ! てめぇも黙ってろ!」
ガルシアは二人を睨みつけ、足早に廊下を進んでいった。
ダンは気にした様子もなく、その背中へ声を投げる。
「じゃあ、また今度な!」
その声に、ガルシアは振り返ることなく片手を上げた。
その背中を見送りながら、アルレアはくすくすと笑っていた。
「ガルシア、すっかり気に入られちゃったね」
「そうだね」
ニーアも小さく笑う。
その隣で、ユエルはダンへ視線を向けた。
「お前も懲りないな」
「おう! 次こそ勝つからな!」
ダンは親指を立て、笑顔で答えた。
その後、ユエルたちが廊下を歩いていると、ノノが向こうから歩いてくるミアの姿を見つけた。
ミアは一人で、数冊の教科書を抱えている。
「あっ、ミアさん!」
ノノが声をかけると、ミアは足を止めた。
「何?」
「あ、あの! 昨日はありがとうございました!」
「別に。大したことしてないでしょ」
「でも、今日の訓練で少しだけできるようになったんです!」
ノノが嬉しそうに話す。
ミアは少し意外そうにノノを見た。
「ふーん。じゃあ、練習した甲斐があったんじゃない?」
「はい!」
ノノは大きく頷いた。
「あ、あの! もしよかったら、また教えてもらえませんか?」
ミアは少し呆れたようにノノを見た。
「毎日は無理って言ったでしょ」
「は、はい!」
「明日の昼休み、実技場。遅れたら知らないから」
「ありがとうございます!」
ノノが深く頭を下げる。ミアは何も言わず、再び歩き始めた。
「よかったね、ノノ!」
アルレアが声をかける。
「はい! もっと頑張ります!」
ノノは胸の前で小さく拳を握った。
「じゃあ、私たちも帰ろっか!」
アルレアの声に、皆が頷いた。
夕方の学院には、帰路につく生徒たちの声が響いていた。




