第2話:コスパ至上主義の罠と、切り捨てられた非正規ヒューマン
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今回は、ファンタジー世界における「雇用のリアル」のお話です。
力が全てのエリート経営者が、現場のノウハウを軽視するとどうなるのか……。ジンの底意地の悪い予言にご注目ください。
王都の東区に位置する『バルデス大商会』の巨大倉庫。
そこは、王都中の商店や貴族の館へ運ばれる物資が一時的に集積される、巨大な物流の心臓部だ。
朝靄が残る中、薄暗い倉庫内では数十人のヒューマンの若者たちが汗だくになって働いていた。彼らは複雑に積まれた木箱のラベルに目を凝らし、納品先や期限ごとに丁寧な仕分けを行っている。腕力こそないが、文字を読み、割れ物を慎重に扱う「現場のノウハウ」を必死に身につけてきた真面目な労働者たちだ。
「おい、この三番の木箱は西区の魔導具店行きだ! 衝撃に弱いガラス細工が入ってるから、一番上に積めよ!」
「こっちのポーションの樽は冷暗所指定だ! 奥の棚に回してくれ!」
若者たちが声を掛け合い、パズルのように荷物を整理していく。
そこに、場違いなほど派手な絹の服を着た男が現れた。商会の若きエリート幹部だ。分厚い帳簿を小脇に抱え、香水の匂いを撒き散らしながら歩く彼の後ろには、南部の開拓地から連れてこられた筋骨隆々の熊や虎の獣人たちが十数人、ぞろぞろと従っていた。
エリート幹部は、額に汗して働くヒューマンたちを鼻で笑い、倉庫全体に響き渡る声で宣言した。
「お前らヒューマンは、今日限りで全員クビだ。今すぐ荷物をまとめて出て行け」
ピタリと、倉庫内の動きが止まった。
若者たちの一人が、信じられないという顔で幹部に歩み寄る。
「ま、待ってください! 俺たち、昨日は夜通しで期末の在庫棚卸しをやったんですよ!? 今クビにされたら、今日の午後の出荷に間に合いません!」
「言い訳など聞かん! 見ろ、この素晴らしい獣人の労働力を!」
幹部が顎をしゃくると、巨大な熊の獣人が、ヒューマンが三人がかりで運んでいた巨大な木箱を片手で軽々と持ち上げてみせた。
「お前らヒューマンがヒィヒィ言いながら運ぶ荷物を、彼らは3倍の速度で運べる。しかも、日当はお前たちの『半額』でいいと言うのだ。単純計算でお前たちの6倍のコストパフォーマンス! 物流において、腕力と積載量こそが全てだ。ひ弱で給料ばかり食うヒューマンなど、我が商会には無用の長物なのだよ!」
得意満面で語るエリート幹部に、若者たちは青ざめながら食い下がる。
「で、でも……あいつらは文字が読めないじゃないですか! この倉庫には取り扱い注意の魔法薬や、納品先が細かく分かれた特注品が山のようにあるんです! 力任せに運んだら――」
「黙れッ!!」
幹部の怒声が響いた。
「経営陣の決定に、現場の底辺労働者が口出しするな! 繊細さだのノウハウだの、そんなものは力を持たない弱者の言い訳に過ぎん! いいからさっさと出て行け、この給料泥棒ども!」
有無を言わさぬ圧力と、背後に控える獣人たちの威圧感に、若者たちは唇を噛み締めるしかなかった。
彼らは私物を投げ渡され、無情にも倉庫から叩き出された。振り返った彼らの目に最後に映ったのは、心血を注いで整理した美しい倉庫の棚に、何も分からない獣人たちが乱暴に木箱を突っ込み、ひしゃげた音を立てている光景だった。
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「先生……俺たち、明日からどうやって食っていけばいいんだよ」
王都第三職業斡旋所(寄せ場)。
カビ臭い木造建築のギルド内は、バルデス大商会から一斉にリストラされたヒューマンの若者たちで溢れ返り、お通夜のような殺伐とした空気が漂っていた。
「力じゃ獣人に勝てない……俺たちヒューマンは、もう生きていく価値すらないのかよ……」
絶望し、理不尽な仕打ちに涙を流す若者たち。
そのカウンターの奥で、俺は愛飲しているアールグレイのミルクティーをすすりながら、呆れたような表情を浮かべていた。安物の茶葉だが、香りの強いベルガモットのおかげで、ギルドに充満する男たちの汗と泥の臭いを多少は誤魔化せる。
俺はカップを置き、【適性診断】のスキルで泣き言を喚く若者たちの頭上を眺めた。
腕力【E】、体力【F】。なるほど、確かに獣人と比べればゴミみたいな物理スペックだ。
だが、知力は【C】、器用さは【B】。さらに彼らには『空間把握』や『算術』『暗記』といった、目に見えない現場スキルがしっかりと根付いている。
「……お前ら、あの大商会の巨大倉庫の構造、全部頭に入ってるか?」
俺が静かに問いかけると、若者たちの一人が涙を拭いながら頷いた。
「え? あ、ああ。何番の棚の何段目に何が入ってて、どこが割れ物かっていうのは、俺たちが一番分かってる。納品先の馬車のルートに合わせて、取り出しやすい順番で並べ替えてたのも俺たちだからな」
「そうか。あの傲慢なエリート様は、『現場のルール(インフラ)』を構築していたのが誰なのか、まるで分かっちゃいねえな。Excelの数式とマクロを組んだ人間をクビにして、タイピングが早いだけのド素人を連れてきて喜んでるアホ経営者と同じだ」
「エクセル……? まくろ?」
「こっちの話だ」
俺は立ち上がり、ヨレヨレの白衣のポケットから安物の煙草を取り出して火をつけた。
「いいか。お前らは今日から3日間、ギルドの裏で適当にサボってろ。酒でも飲んでふて寝してていいぞ」
俺の言葉に、若者たちは目を剥いた。
「仕事を紹介してくれないんですか!? ふざけないでくれ、明日の飯代もないのに!」
「馬鹿野郎、安売りするな」
俺は紫煙を吐き出し、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「あの規模の倉庫だ。文字も読めず、繊細な力加減もできない獣人だけで回せば、必ず『物流の動脈硬化』が起きる。3日以内に、あそこは確実に破綻する。……お前らの価値が一番跳ね上がるのは、エリート様の首が物理的に飛びそうになる、その『3日後』だ」
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その頃、バルデス大商会の倉庫では、エリート幹部が青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「おい! それは西区行きじゃない、東区の貴族様への献上品だぞ! なぜ文字が読めん!」
「ガァ?」
熊の獣人は首を傾げ、無理やり違う馬車に木箱を押し込もうとする。
メシャァッ、と嫌な音が響いた。
「あっ……!」
木箱の中から、甘ったるい匂いのする魔法薬がドクドクと漏れ出し、倉庫の床を濡らしていく。獣人たちはすれ違うことすら困難なほど図体がデカく、入り組んだ通路で大渋滞を引き起こしていた。
崩壊の足音は、幹部の背後に確実に迫っていた。
お読みいただきありがとうございました。
「Excelのマクロを組んだ人をクビにして、タイピングが早いだけの素人を雇う経営者」……現実でもどこかで聞いたことがあるような胸糞展開ですが、現場のルールを舐めたエリート幹部の破滅は、もうすぐそこまで来ています。
次回、第3話『物流クライシスと、底辺労働者たちの逆襲』。
エリート幹部が泣いて土下座する痛快なざまぁ展開をお届けします!
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