第1話:職歴ゼロの俺が、異世界ハロワの相談員になるなんて
初めまして、本作を開いていただきありがとうございます。
チートで無双……はしません。剣も魔法も使えない、おっさん主人公が、迷える若者を現実的な底辺労働へ叩き落としていくお話です。
泥臭い異世界のお仕事事情、お楽しみいただければ幸いです。
「だから、俺は剣で生きていくって決めてるんだ! なんで俺がドブさらいなんかやらなきゃいけねえんだよ!」
バンッ、と薄汚れた木のカウンターが叩かれる。
目の前で顔を真っ赤にして怒鳴っているのは、安物の革鎧を着た10代半ばの人間の若者だ。腰には、刃こぼれしまくった銅の剣がぶら下がっている。
俺は手元の羊皮紙から目を離さず、深々とため息をついた。
「お前なぁ……そのボロボロの剣、研ぎ直すのに銅貨何枚かかるか計算したことあるか?」
「えっ……い、いや……」
「今日、冒険者ギルドで仕事貰えなかったんだろ? 薬草採取もゴブリン討伐も、腕利きの連中に枠を持っていかれた。違うか?」
図星を突かれた若者は、ぐっと言葉に詰まる。
「いいか。お前のその細腕じゃ、あっちで寝転がってる虎の獣人のオッサンの半分も荷物を運べない。ドワーフみたいに釘一本まっすぐ打てない。お前みたいな『何の技術も腕力もないヒューマンの若造』に回ってくる仕事なんてな、他のギルドがやりたがらない汚れ仕事だけなんだよ」
「でも、俺はいつか勇者に……!」
「夢を見るのは勝手だが、明日の宿代とパン代はどうするんだ? ほら、この紹介状を持って東門に行け。堀の泥さらいだ」
俺は木札をカウンターに投げ出した。
「長靴の支給はないから、ヒルに血を吸われないように気をつけろよ。日当は銀貨2枚、親方からの即日手渡しだ。いいか、夢見る前にまずは飯を食え」
若者は悔しそうに唇を噛んだが、腹の虫が鳴る音には勝てなかったらしい。無言で木札をひったくると、トボトボとギルドを出て行った。
「……ふう。今日もまた、社会の底辺にドロップアウト組を送り込んっちまったな」
薄いエールで喉を潤しながら、俺はボキボキと首を鳴らす。
俺が羽織っているヨレヨレの白衣の袖口には、いつの間にかインクの染みがついていた。
俺の名前はジン。年齢は41歳。
この世界にやってきたのは今から2年前、俺が39歳の時だった。
前世の俺の履歴書は、見事なまでに真っ白。筋金入りのニートで、実家の自室にずっと引きこもっていた。
だがある日、両親が業を煮やして『引き出し屋』と呼ばれる自立支援業者を呼んだのだ。ドアをぶち破られそうになった俺はパニックになり、窓から逃走。そのまま無我夢中で道路に飛び出し――運悪く走ってきたトラックに撥ねられて死んだ。
気がついたら、39歳の時の姿のまま、この剣と魔法のファンタジー世界に放り出されていた。
定番の「異世界転移」からの「チート能力で無双」。俺も最初はそれを夢見た。
神が俺に与えたスキルは【適性診断】。相手の頭上にステータスや向いている職業が可視化される能力だった。
「仲間の強みを最大限に活かし、敵の弱点を的確に突く軍師ポジションで無双できる!」と意気込んだ俺は、神からもらった僅かな初期予算をはたき、一番安かった錬金術師の失敗作であるこの白衣を買った。賢者や軍師っぽく見えると思ったのだ。
だが、結果は惨敗。
よく考えれば当たり前だ。約40年間、社会の歯車になることを拒み、他人との関わりから逃げ続けた重度のコミュ障男に、見ず知らずの屈強な冒険者たちをまとめ上げる能力などあるわけがない。
「おい、右へ動け!」と指示を出しても、「なんで戦いもできねえヒューマンのオッサンに命令されなきゃなんねえんだ」と鼻で笑われる。
結局、「口だけ偉そうな足手まとい」として森に置き去りにされ、野垂れ死にそうになっていたところを冒険者に拾われた。
そこから巡り巡って、俺は現在のギルド長に拾われることになった。
彼――王都第三職業斡旋所、通称『裏町の寄せ場』の所長は、貴族の三男坊に生まれ、20代でA級冒険者、30代で王国騎士団へ入隊し、45歳で騎士団長まで上り詰めた超絶エリートだ。50歳で引退し、持ち前の人望と誠実さで各ギルドに顔が利く彼が、なぜかこの底辺ギルドをまとめている。
ただ、誠実で真っ直ぐすぎる彼には、一つだけ欠点があった。「クズの心理がまったく理解できない」のだ。
夢ばかり見て働かない若者や、言い訳ばかりの元冒険者を前に、エリートである所長は的外れな熱血説教しかできず、斡旋業務は破綻寸前だった。そこに「働きたくない人間の心理と言い訳が痛いほど分かる」俺が現れた。所長は「君のその歪んだ視点と適性を見抜く目こそ、このギルドに必要だ!」と大歓喜し、俺を窓口に座らせたのだ。
築20年、広さ300平米ほどの三階建て木造建築。壁の塗装は剥げかけ、床は泥靴で黒ずんでいるこの場所で、俺は毎日底辺労働者の相手をしている。何百人ものクレーマーをさばくうちに、業務上の会話だけはすっかり滑らかになってしまった自分が少し恨めしい。
「……よし、次!」
思考を遮るように、次の求職者がカウンターの前に立つ。
「あんたは腕力が【E】だから荷運びは無理だ。その代わり手先の器用さが【C】ある。西区の裁縫ギルドで糸紡ぎの下働きをしてこい」
「次は……魔法適性【D】か。中途半端だな。冒険者は諦めて、街灯の魔石に魔力を充填する夜勤に行け。日当は銀貨1枚だ」
「はい、次! ……よし、その次!」
目まぐるしくやってくる社会のあぶれ者たちを、俺は【適性診断】のデータと照らし合わせ、感情を交えずに機械的にさばき続けた。彼らの「夢」や「やりがい」なんて知ったことではない。数字を見て、空いている現場の穴にブロックを嵌め込むだけの単純作業だ。
「……ふぅ。本日の受付はここまでです。先生、お疲れ様でした」
パタン、と分厚い名簿を閉じる音と共に、受付の女職員が声をかけてきた。
(……だから、先生って呼ぶな。前世の履歴書が真っ白なオッサンだぞ俺は)
内心の居心地の悪さを隠すように、俺は大きく伸びをすると、懐から安物の煙草を取り出し、火をつけた。俺が斡旋した連中が、なぜか現場で異常な定着率と成果を叩き出すせいで、いつの間にか俺はこのギルドで「キャリアの導師(先生)」などと呼ばれ始めている。冗談じゃない。
「あー……疲れた。いくらなんでも最近、人来すぎじゃねえか? 今日だけで50人はさばいたぞ」
紫煙を吐き出しながらぼやくと、部屋の入り口から声がした。
「仕方ねえさ。時期が悪すぎる」
隣の部屋で同じ手配師の仕事をしている男の同僚――無精髭を生やしたバッツだ。彼は入り口の枠に寄りかかりながら、肩をすくめた。
「先月、王国の『魔王軍対策特別予算』が大幅に削減されたって話、聞いたか? そのせいで大手の冒険者クランが軒並みリストラを始めたんだよ。末端の荷物持ちや、駆け出しの連中が一斉にギルドを放り出されたってわけだ」
「なるほどな……」
不景気による、末端の非正規からの切り捨て。いつの時代も、どこの世界でも、しわ寄せが来るのは一番下からと相場が決まっている。
仕事終わり、俺とバッツは連れ立って裏路地の大衆食堂へと足を運んだ。
「いらっしゃいませー! あ、先生! バッツさんもお疲れ様です!」
店に入るなり、元気な声で出迎えてくれたのは、給仕として働いている人間の少女、マリーだった。
彼女もまた、俺が以前ここを紹介した元・求職者だ。魔法使いを夢見ていたが、魔力適性が【G(絶望的)】だった反面、記憶力と敏捷性が【B】だった。「呪文より客の注文を覚えろ」と説得してこの食堂にねじ込み、今ではすっかり看板娘として定着している。
「おう、マリー。いつもの冷えたエールと、安い魔獣肉の串焼きを適当に見繕ってくれ」
「はーい! すぐお持ちしますね!」
運ばれてきたエールで乾杯し、疲れた体にアルコールを流し込む。
「それにしても……」と、バッツが串焼きをかじりながら、さっきの話題の続きを口にした。
「あのリストラの話だがな、実はもっと厄介な問題が絡んでるらしい。大手のクランや建築ギルドが、ヒューマンの若手を切った穴埋めに、南部の開拓地から『安価な獣人の出稼ぎ労働者』を大量に雇い入れてるんだと」
バッツは周囲を少し気にするように声を潜めた。
「あいつらは人間の倍の荷物を運べる上に、賃金は半額で文句を言わねえ。経営陣からすりゃ、どっちを使うかは明白だろ?」
俺はエールのジョッキを置いた。
「……なるほどな。安い外国人労働力に、国内の雇用が奪われてるって構図か。そりゃあ、うちのギルドに仕事にあぶれた若造どもが殺到するわけだ」
「そういうこった。しかも上澄みの連中は『自分探し』だの『勇者になる夢』だのにかぶれてやがるから、余計に始末が悪い」
ファンタジー世界だろうと、資本主義の残酷さは変わらない。魔法の光が届かない場所では、泥臭い労働の奪い合いが起きている。俺たちは安い酒を煽りながら、ため息と共に異世界の世知辛い経済事情を語り合った。
最後までお読みいただきありがとうございます!
主人公のジンは、自分の過去への後ろめたさがあるからこそ、妙に説得力のある正論を吐いてしまいます。
次回、王都を揺るがす「リストラの嵐」と「安い外国人労働力(獣人)」の問題が、手配師ギルドに押し寄せます。
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