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ぱかりと目が覚めて、おやと違和感を持った。
湿った何かが額にのっている。
起き上がって手に取ると、予想どおりにタオルだった。
サイドテーブルを見ると、いつも解熱薬を入れている赤い小瓶がある。
「そういえば……熱出したんだった」
「ナゥナ」
ベッド下を見れば、クロロがチェリルを見上げていた。
そして、ぴょんと身軽げにベッドへとのぼってくる。
「私、熱出してから、これ全部自分で準備したっけ? たしかにこの薬飲んだら、ものすごく楽になるけど。全然覚えてない……」
「ンナ」
クロロをじっと見つめて首を傾げたあとに、熱で朦朧としたなか男の声が聞こえたのを思い出した。
「男の人が看病してくれる夢みたんだけど、ありえないよね」
ゆらゆらとただよっていたクロロの尻尾が、ピンとまっすぐになった。
「ナン」
「びちょびちょのタオルで薬もこぼしまくって、看病もの凄く下手だったよ」
「ナ!」
何に反応したのか、かぷりとクロロに手を甘噛みされた。
チェリルに対して何か不服があるかのようだ。
「なんで噛むの?」
聞けば顔をぷいとされてしまう。
「ふふ、でもね、ぶきっちょなのに手つきが優しかったんだ。行かないでって言ったら、すぐ戻るって言ってくれてね。本当に戻ってきたの。いい夢だったな、寂しいのちょっと吹っ飛んじゃった」
反芻するように目を細めるチェリルの横で、クロロは何ともいえない顔をしていた。
「あれ?」
そんなクロロの様子にチェリルは首を傾げた。
クロロの魔力のゆらぎが酷くなっている。
「クロロさん、魔力がかなり枯渇してるけど何かあった?」
「ンナ」
「こんなに減ってるのはじめてだよね……ここまで枯渇してたら体だるいでしょ。すぐに薬を準備するね」
「ナン!」
まるで抗議するような鳴き声に、チェリルは首を傾げてから、もしかしてと考えた。
「熱はもう大丈夫だよ?」
これかなという言葉を口にすると、正解だったらしい。
じっと見分するように見られたあとで、クロロはベッドを下りた。
まるでベッドから出る許可が下りたような展開だ。
「心配してくれたの? ありがとう」
くすくすと笑って声をかけると、遺憾だと言わんばかりに尻尾がぴしりと床を叩いた。
そんなことがあった数日後。
いつものように居間で過ごす二人のもとに白い一枚の羽がぽんと現れた。
「わっ」
驚きに声が出たチェリルとは反対に、クロロはまるで動じていない。
その羽はチェリルの手元に来ると、白い封筒へと変わった。
「いよいよだ!」
いそいそと封筒を開けるチェリルの様子に、クロロが目を細めた。
そんなことには気づかず、封筒に入っていた書類をクロロへと掲げて見せる。
「魔法学校に行くんだ。十六になったら入学できるんだけど、師匠が死ぬ前に準備してくれてたの」
「……ナゥ」
「楽しみだなあ。案内来たし、準備しなきゃ!」
ウキウキと胸を弾ませるチェリルの様子をクロロがじっと見ていた。
食事も終わり夜もとっぷり深まるころ、チェリルは自室でトランクを開いていた。
あっちに行ったりこっちに行ったりと部屋中動き回って、ふと気づく。
「あれ、クロロさん?」
部屋のなかにクロロがいない。
「居間かなあ」
いつもチェリルの傍にずっといるのに、珍しい。
チェリルとしても、クロロはもう傍にいないと違和感のある存在だ。
すぐに部屋を出て居間へと向かった。
「クロロさん?」
部屋のなかには何の気配もない。
姿がないことに、慌ててチェリルは他の部屋も見てまわった。
けれどやはり姿はない。
今度はいつもいる居間に戻り、戸棚なんかを全部開けていく。
もしかしてと思い、自室の戸棚やタンスを開けてまわり、果てはトランクのなかに詰め込んだ服や物まで全部引っ張り出した。
「なんで……」
呆然とトランクの横に座ったまま、チェリルは呟いた。
「もしかして、外に出た?」
その結論にサッと顔色を変えてチェリルは家を飛び出した。
「クロロさーん!」
夜の森は、獰猛な動物が出るわけではないけれど暗くて迷いやすい。
猫だから大丈夫かもしれないけれど、チェリルが大丈夫ではない。
「やだ、一人になっちゃう。クロロさん! 私一緒にいられて楽しかったんだよ!」
走り回るなか、じわじわと涙が滲んできて視界が歪む。
前が見えなくて、チェリルは立ち止まった。
「やだよ……クロロさん」
涙の滲んだ声で名前を呼んだときだ。
ガサリと近くのしげみから草を揺らす音が聞こえた。
「クロロさ!?」
音の方へ顔を向けると、草の向こうからしぶしぶといった雰囲気でクロロが出てきた。
その顔は不本意そうだ。
「いたー!」
パッと涙を散らして目を丸くすると、急いでそこへと駆け寄りクロロを抱き上げた。
しっかりぎゅっと抱き込む。
「もう! クロロさんのばか! 心配させて、準備してたの全部ひっくり返しちゃったよ、もう! 戻ってやり直さなきゃ」
ぐす、と鼻を鳴らして家へ帰ろうとすると、クロロがぐいぐいと前足を思いきり伸ばしてチェリルの体を突っぱねた。
「ナゥ、ナン!」
いつにない抵抗に、まさかと思う。
その様子に、チェリルはおそるおそるその姿を見下ろした。
「もしかして、出ていくつもりだった……?」
まるでそうだと言わんばかりに、クロロがふいと顔を背ける。
「もしかして学校に行くから、置いて行かれると思ったの?」
今度は心外そうな顔をしている。
その様子に、安心させるようにチェリルは笑った。
「大丈夫、一緒に行こうよクロロさん。あのね、主従契約したら学校に一緒に行ってもいいんだよ」
その言葉にクロロの体が強張った。
その背中を撫でる。
クロロのために調薬した薬のおかげで毛艶はバッチリだ。
「主従魔法っていうのがあってね、魔石を取り出して持ち主が魔力を込めるの。それに主になる方が魔石にキスをするんだよ。魔石もってて知能がある魔法生物と契約するためのものなんだ。クロロさんは魔力ちょっとだけ感じるから出来るんだよ」
チェリルの言葉に、クロロが体を強張らせたまま前足の爪を剥きだした。
けれどその前足が動く前に、気づいていないチェリルが話しを続ける。
「だから主従結んでるふりしてね。クロロさんはかしこいから大丈夫だよ」
そう言ったチェリルに、クロロがふるりと一度体を震わせて目を丸くした。
「どうしたの? あ、勝手に行くの決めるなってこと? もう家族と思ってるんだよ私。一緒にいてほしいよ」
眉を下げて懇願すると、クロロはあからさまにため息を吐いた。
そしてゆらゆらと尻尾を揺らしてチェリルの手の中かからするりと這い出る。
肩へとのぼると、そのままぷにとチェリルの頬へ肉球を押しつけた。
「いいってこと?」
「ンナ」
「やったあ、ありがとう!」
明るい声を上げると、ようやくチェリルは力を抜くように深く息を吐いた。
そしてそのまま歩き出す。
行きとは段違いの気分の差があった。




