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今までいなかったのも寂しくて仕方なかったのに、と思ってチェリルはトライワイトを見て思い当たった。
「もとに、戻ったもんね……帰っちゃうか」
「いや、帰んなくてもいーんだけどよ」
「え、いいの?」
「別にスレッドと住んでるだけで、どこかに所属して仕事してるわけでもないからな」
「そう、なんだ?」
思いがけない言葉に、うっかり疑問系になってしまう。
帰らなくていいのなら嬉しいので一緒にいてほしい。
「なんで学校にいられないの?」
「一度お前から離れたからな、主従魔法解除したって思われてるだろ。ついでにまた猫生活だ」
「じゃあ寮で待ってるのは? 私すぐ部屋に帰るようにするよ」
「そんな窮屈なことするか」
にべもなくぶった切られて、しょぼんとしてしまう。
その様子を見て、トライワイトが不敵な笑みを浮かべた。
不思議に思っていると、大きくも優美な手がトライワイト自身の胸に当てられる。
するとその手元には先ほど見たばかりの美しい黒の魔石が姿を現していた。
「駄目だよライト。大事なものだから、はやくしまって」
慌てて手を動かすと、トライワイトの魔石が淡く光った。
魔力が込められたらしい。
そしてその魔石を差し出される。
「ほら」
「ほらって……?」
意味がわからない。
眉を寄せて首を傾げると、さらにずいと差し出された。
「これにお前がキスすりゃ完了だ」
「それ主従魔法じゃない!」
理解した途端にチェリルは力いっぱい叫んでいた。
「駄目でしょ! クロロさんのときだって、してるフリだったのに。しかもライトは人間だよ!」
「人間でも例があるって変人女も言ってただろうが。実際、結構資料が残ってるしな」
変人女とはオフィリアのことだろうか。
人の友達にそれはどうなんだと、動揺のあまり思考が明後日に行きかけたのを、チェリルはなんとか引き戻した。
「あの女に同じことされそうになって、逃げてきたくせに」
「あのクソ女なら当然だ。お前ならいい」
トライワイトの冷静な声に、ぐっと喉が詰まった。
一時の気の迷いやテンションで言っている声ではない。
じっと目の前にあるよどみのない黒の魔石を見つめ、それからトライワイトの顔をまっすぐに見つめた。
魔石と同じ色の瞳が、チェリルと同じようにまっすぐ見つめ返してくる。
「私が理不尽なことするかもしれないよ」
「しねぇよ、お前なら」
即座に返ってきた返答に、はくりと空気を飲むように唇が動く。
駄目だと思う。
人間の尊厳に関わる行為だ。
それでも。
「いっしょに、いたい」
なんとか声を絞り出すと、トライワイトの顔に満足そうな笑みが広がった。
「俺はそばにいたいから、結べって言ってんだ。ここで結ばなかったら、お前が在学中は会えねぇぞ」
「うぅー……やだ」
「ならどうすんだ?」
誘導するような悪魔の囁きに、理性を振り切ってチェリルは最終的にそれに乗ることにした。
「する」
「ん、ほら」
決死の覚悟のつもりで返答を出したのに、軽く返されてしまった。
結構な重大案件だと思うのに。
解せぬと思っていたら、さっさと魔石を口元に当てがわれてしまった。
キスというか、少し首を傾けたら唇が魔石に当たる。
前のめりすぎる。
これいいのかなと思いながら、チェリルはそのまま首を傾けて魔石に唇をつけた。
なんか大事な儀式のはずなのに、それらしさが全然ない。
唇を離すと、ふわりとチェリルとトライワイトの体から光の糸が現われた。
そして糸が結び合い、トライワイトの黒い魔石へと吸い込まれる。
それを見届けたら、トライワイトはさっさと魔石を胸に戻してしまった。
とてもあっけない。
「……これでまた一緒?」
「おう」
「そっか」
嬉しくて、ふふっと小さく笑い声を上げると、すいとトライワイトの顔が近づいてきた。
まさか、またキスかと身構えると、唇は頬を通過して耳へとたどり着く。
「忘れんなよ」
「何を?」
耳に吐息がかかってくすぐったいし、声が近すぎる。
肩をそびやかせたチェリルの耳に、甘ったるい声音が吹き込まれた。
「お前は俺が甘やかしたいくらい、好きな女だってことだ」
「そ、それ今言うのずるい! これからも一緒の部屋なのに、そんなこと言うなんて!」
「はあ!? バカ言ってんな! スレッドの部屋に行くに決まってんだろ! 舐めてんのかお前は!」
「今まで一緒だったんだからいいじゃない! 猫なら大丈夫でしょ!」
大声で怒鳴り合う応酬のすえ、チェリルの決定打にトライワイトがひくりと口元を引きつらせた。
そして、ガシリとチェリルの頭を掴む。
「お、ま、え、は、俺を男だと自覚しろとあれだけ言ってんだろうが!」
「痛い、痛い、痛い! だから猫って言ってるじゃない。年下もときめくから、ちゃんと意識して猫って!」
チェリルの抗議にトライワイトが頭を掴んでいた手を離した。
そしてその手に今度は顔を埋めて「はあー……」と深いため息を吐く。
「ライト?」
どうしたのかと、そっと様子を伺う。
しばらくその体勢でいたトライワイトが顔を上げた。
なんか達観した顔で。
「もう、いいわ。うん、それで」
若干投げやりに聞こえるけれど、言質はとった。
チェリルは自分の勝利ににんまりと満足気に笑う。
「じゃあ今までどおり変わらないのね。嬉しい」
「ぜってー後悔させてやる」
「何それ、しないわよ」
トライワイトの言葉に、チェリルは他人事のようにケラケラ笑っていた。
どんな感情のこもった目で見られているか、気づきもせずに。




