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そのあいだにトライワイトが指示をしたのか、スレッラが魔法陣のなかに消えていく。
おそらくメルベルナを捕まえてもらうために保安局員を呼んでくるのだろう。
トライワイトはと見ると、メルベルナから他の魔石を押収していた。
どんどんメルベルナの手元から消えていくので、トライワイトが収納しているのだろう。
はた目に見ればカツアゲ現場だ。
やることが終わったのか、くるりとチェリルへ振り返った。
「外で待つぞ。こいつといるとイラつく」
言った瞬間、メルベルナがベンッと床に倒れ込んだ。
勢いよく頭を打ったのか、完全に気絶していた。
雑にもほどがある。
チェリルはやはり気の毒そうにメルベルナを見て、それからそういえばと反対の壁際を見た。
そこには縮こまって青い顔で震えているプルートがいる。
(ここで無視してもいいんだけどさ)
きっとこのままにしていたら、プルートがチェリルに関わってくることは二度とない。
もしかしたら魔力も半分近く失っているので、学校に残るかも怪しい。
チェリルとしては、煩わしいことがなくなるのなら、どうでもいい。
どうでもいいけれど。
口をへの字に曲げて、チェリルはツカツカと大股でプルートの方へと歩き出した。
座り込んでいるプルートの前に来ると「ひっ」と小さくプルートの声が跳ねる。
その様子を、チェリルは腕を組んだままじっと見つめた。
「なんか言うことないの」
「……ごめん」
「それだけ?」
チェリルの言葉に、プルートの目の奥が揺れて顔が俯いた。
「今までのこと全部。町で孤立するように俺がした。酷いことも、いくらでも言った」
「町で……あんたのせいだったの」
「お前の気を引きたかった」
プルートの言葉に、チェリルは絶句した。
ここまでの仕打ちをされて、誰がその相手を好きになるのかと罵倒したくなる。
「ばっ」
「馬鹿じゃねーのか」
チェリルの言葉をさえぎったのはトライワイトだった。
何故かチェリルの腰を抱いて。
「え、ちょ、え」
何故腰に手が。
そう頭の中に現状の疑問が届いたら、顔が爆発するように真っ赤になった。
震えそうになる唇をぱくぱくさせてトライワイトを見ると、今までとは違う見上げる角度にそのノーブルな美貌がある。
それだけで、チェリルはもう一度自分のなかで爆発が起きた気がした。
そんなチェリルをよそに、トライワイトは「ハッ」と鼻で笑ってプルートを見下している。
やはり顔と中身が一致しない。
「好きな女なんて、甘やかさなくてどーすんだよ」
「ひょえ」
なんか凄い事を聞いた気がする。
視界の端でプルートががくりと項垂れていたけれど、チェリルとしてはそれどころじゃなかった。
なんなら頭の中から吹き飛んでいた。
「行くぞ」
端的な言葉に訳も分からず頷くと、何故か腰を抱かれたままホールを抜けて扉の外へと出た。
外は庭などが広がる訳ではなく、森の中だった。
まるでフリの家のようだ。
おそらくフリのように隠れ住むための場所だったのだろうなとか、一応犯罪者だしとか思うけれど、それよりやっぱり腰を抱かれているのは何故なのか。
「あの、こ、こし」
というか体が近い。
「ああ、悪い」
手が離れていくのに、ほっとしながらも少し残念に思っていると、くるりと体の向きを変えられた。
横並びから向かい合いへ。
そしてそのまま腰を抱かれる。
違う、そうじゃない。
(向きに不満を言ったんじゃないのよおぉぉ!)
予想外の対応だ。
物申したい。
けれど気になることもあって、チェリルはもごもごと何度も口をどもらせた。
ついでに腰にまわっている手を剥がそうとしても、びくともしない。
男の力って凄い。
「あの、さ、さっきの、すきなひと、とかって」
「あ? お前に決まってんだろ」
サラッと返されてしまい、チェリルは三度目の爆発を体感した。
もはや顔はゆでだこだ。
手をはがそうとする力もなくなって、汗ばんでくる手のひらを何度も開いたり閉じたりする。
「な、なんで、わたし」
「お前は雑だし無謀なことするし、傷だらけの猫なんざ拾って家族にするお人好しだわで、呆れるにもほどがある」
「ちょっと、悪口じゃないのそれ」
一気にスンとなってしまった。
けれど、そんなチェリルにトライワイトが甘やかに笑って見せる。
「何にでも体当たりで進んでいく姿は気に入った」
「気に入ったって……え、それが理由?」
「それが可愛かったって言ってんだ」
スンとした表情がまた慌てだした。
どんどん耳や首まで赤くなり、心臓のポンプが壊れそうだ。
過剰労働させすぎだろう。
「あ、飴のためとか」
「アホか、そんなわけねぇだろ。大体もう飴もいらねぇのに口説いてどうすんだよ。言っとくが俺は他人を甘やかすなんて、お前以外したことねぇからな」
「そう、なの? 勉強は確かにスパルタだったけど、それ以外は優しかったよ」
「スレッドに聞いてみろ。悪魔みたいだって言うだろーよ」
「何してんの弟子に」
先ほどまでのメルベルナへの暴挙を思い出し、一気にスレッラに同情が募ってしまった。
「じゃあ、その、優しいのは私だけ?」
「まあな。なのにお前は忠告しても忠告してもことあるごとに抱きつくわ、一緒に寝たがるわ」
「そ、それは年下だったからで!」
「その年下を意識しだしたのは、どこの誰だ」
その問いかけに、チェリルは「ひぇ」とかすかな悲鳴を上げた。
チェリルだけが動揺してのたうちまわっていた秘密なのに。
「なん、なんで」
「気づいたかって?」
もう震える声しか出なくて、チェリルは涙目でこくこくと何度も頷いた。
「バレバレなんだよ。しかも結構前からだろ」
「うぐぅ」
そんな直球でわからせないでほしい。
変な声が出る。
ダラダラと背中を汗が伝っているような気分だ。
チェリルの心情なんか無視してトライワイトは楽しげに笑っている。
悪魔か。
「十九だって姿見せたら動揺しまくってたからな。これは脈ありだと思って静観してたんだよ」
「趣味が悪い!静観って……!」
「仕方ねーだろ猫とガキなんだから。口説くなら当然、戻ってからだ」
「くどっ、いや、なんか距離が近いとか、あったじゃない? だから、その、年下でも動揺してたけど。ドキドキするっていうか、落ち着かなくなってたのに年が上なんて正気でいられないって言うか」
まくしたてるチェリルに、トライワイトがくっと喉の奥で笑った。
「おい、墓穴掘ってるのわかってるか?」
言われて我に返り、バッと両手で口を塞ぐ。
逃げたいけれど、腰を抱かれているので逃げられない。
というか近い。
「おせーよ」
笑って、するりと口を押えた手の甲を指の背でなぞられた。
妙な声が出そうになり、なんとかこらえる。
「言ったな、俺は家族でもなんでもない」
指の背で撫でられた手を、トライワイトがゆっくりと唇から離させた。
以前も言われた言葉だけれど、あのときみたいな絶望感や孤独感はない。
むしろ何を言われるのかと怯えそうになり、一歩足を引くと一歩足を出された。
距離が変わらないと思った時、ノーブルな美貌が近づき頬に柔らかいものが触れる。
以前と同じように頬にキスをされたと思い当たった。
慌てて目の前の顔を見上げたら、蜂蜜のように甘やかな笑みをトライワイトが浮かべている。
「俺のこと大好きなんだろ?」
「ひゃい……」
もはやまともな言葉は出なかった。
その様子にトライワイトが、どこか不服そうに片眉を上げる。
「わかってるか? 男として女のお前を好きなんだからな」
絶句。
直接的すぎてチェリルには刺激が強かった。
今にも鼻血を噴きだしそうなチェリルに、トライワイトが仕方なさそうに嘆息する。
「お子様め。まあ、これからか」
これからってなんだ。
これから何が始まるんだ。
戦々恐々としていると、トライワイトが「ああ、でも」と何かに気づいた素振りを見せた。
それに何だろうと思っていると。
「学校には戻れねぇか」
「え⁉ な、なんで?」
思わぬ言葉に、チェリルは悲鳴のような声を上げた。
それはトライワイトと一緒にいられないということだ。




