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そして目を見張る。
そこには十九歳のトライワイトがいた。
濡れ羽色の黒髪に魔石と同じ神秘的な黒い目。
高貴な顔立ちの美しい男。
思わずチェリルが見惚れてしまっていると、メルベルナが「しまった」と焦ったように立ち上がった。
「ようやく借りを返せるぜクソ女」
少年らしい声から、耳馴染みのいい低音へと変化した悪態。
間近にあるトライワイトの顔に思わず「はわ」とまぬけな声を出してしまうけれど、トライワイトがそれに気づくことはなかった。
何故ならメルベルナに向けて、まるで意趣返しと言わんばかりに風の風圧で再びメルベルナが壁にめり込んだのを、心底楽しそうに見ていたからだ。
「す、すごい威力」
思わずどもってしまう。
メルベルナが風圧の消えたのをこれ幸いとばかりに防護壁を張るけれど、トライワイトが鼻で笑って魔法を放ち、再びメルベルナは壁にめり込んだ。
容赦がない。
「うわあ……髪があるから消耗戦は分が悪いって言ってたけど」
トライワイトが完全復活したら、ただの蹂躙である。
チェリルがドン引いていると、スレッラが疲労を滲ませた顔で駆け寄ってきた。
メルベルナがよろよろと立ちあがるけれど、すでに憔悴していて抵抗なんて出来そうにない。
一瞬でここまで変わるんだ、とチェリルは思わず哀れみの目を向けてしまった。
「どうします? 魔法保安局に連絡いれますか?」
「そうだな……いや」
頷きかけたトライワイトが、ふと何かを思いついたように動きを止めた。
そしてその美麗な顔に、なんともあくどい笑みを浮かべる。
「鋏持ってるか?」
いきなり話を振られておずおずとチェリルは頷き、ポーチから鋏を取り出した。
作業用のただの文具だ。
それを受け取ったトライワイトがメルベルナへと目線を向ける。
とても美しい笑みで。
いっそ神々しい。
「ま、まさか!」
メルベルナが顔を真っ青にして震えだした。
後退しようとするけれど、すでに後ろは壁だ。
何故かチェリルやスレッラに縋るような目を向けるけれど意味がわからない。
一体なんだ。
「散々コケにされたからな。ちょっとした嫌がらせくらい、いいだろ」
「ちょ、ちょっと待って、噓でしょ!? やめて!」
泣きそうなメルベルナを、トライワイトが指を動かしてビタンと床へ倒した。
魔力で倒されたらしい。
しかも倒されただけじゃなく、拘束もされているようだ。
メルベルナがうごうごと芋虫のように床で蠢きながら、それでもトライワイトから距離をとろうとしている。
あれだけ粘着していたのに。
そう思った次の瞬間、トライワイトがメルベルナの頭を押さえつけた。
「え!? ちょっライト」
それは女相手にいかがなものかと慌ててチェリルが声を上げたのと、トライワイトが文具用鋏でメルベルナの髪をひと房切り落としたのは同時だった。
そのままジョキジョキと音を立てて長い髪がざんばらになっていく。
「いやあー! やめて! やめてよ私の髪が!」
メルベルナが身も世もなく泣き叫び、トライワイトが問答無用で髪を切り落としていく。
その様子をスレッラが「うわあ」と呻いた。
「女の髪をなんのためらいもなく……」
「魔法で切ったら一瞬なのに、わざわざ鋏って」
しばらくのあいだ、ホールにメルベルナの泣き叫ぶ声が響いていた。
そうしてようやく落ち着いた頃、チェリルは何ともいえない顔になっていた。
「なんかここまでなってたら、ちょっとかわいそう」
うっかり同情したときだ。
いびつなベリーショートになってしまったメルベルナが、座り込んでさめざめと泣きながら顔を上げた。
化粧がすっかり崩れてしまっている。
さっきトライワイトが「化粧が崩れてるぞババア」と言ったので、手に顔を伏せて泣いていたけれど、もう気にする気力もないらしい。
「何よ何よ、ちょっと魔石貰っただけじゃない。いじわるよ」
前言撤回だ。
反省していない。
トライワイトがチェリルに半眼を向けた。
「かわいそうか?」
「全然かわいそうじゃなかった」
チェリルもトライワイトを半眼で見返した。
お互い意見が一致した瞬間だ。
そして、落ち着いたのならばとチェリルはメルベルナの前に仁王立ちした。
すんすん鼻を鳴らしながらメルベルナがチェリルを見上げてくる。
「師匠の魔石返して」
キッと睨むとメルベルナがぐすんと涙を拭いながら、空色の魔石を取り出した。
「いらないわよ、こんなの」
「わっ雑に扱わないでよ」
ぽいと投げたメルベルナに、慌てて魔石をキャッチしながらチェリルが文句を言った。
けれどメルベルナは、もうどうにでもなれ精神なのか「落ちればよかったのに」などと口にしている。
やっぱり反省していない。
「あんた一生、毛の生えてこない薬飲ませるわよ」
「ひっ」
びくりとメルベルナの肩が跳ねる。
チェリルの薬の効能を身をもって体感したから、その効力のでかさが恐怖なのだろう。
「そんな薬作ってたのか?」
「試作品なら。森にいるときに色んな薬作って飽きてってしてたから結構な種類があるの」
「へえ、すげぇな」
トライワイトが笑いながらチェリルの頭を撫でる。
その手は少年のものではなく大きい。
でも手つきは同じで嬉しい反面、羞恥心が襲ってきた。
というか、もろもろ落ち着いたら今度はチェリルの心が落ち着かなくなってきた。
(ク、クロロさんのとき、どうしてたっけ?いや年下のときとか)
猫を浮かべたあとに少年の姿を思い浮かべて、うっかりときめいてしまいチェリルは撃沈した。
そうだった、少年のトライワイトにも恋をしたのだったと。
そしてうっかり十九歳だと意識したら、加速度的に恋心がスピードアップしたのだ。
じゃあ猫のときかと思うけれど。
(でもクロロさんも大好きだったんだもん)
中身を知らなかったときはともかく、話せるようになってからは、とにかくクロロとのコミュニケーションが好きで仕方なかった。
恋ではないけれど、あれは完全に愛である。
家族愛とか親愛とか、そういうカテゴリ。
「私……ライトのこと大好きすぎない?」
ため息をつきながら小さくチェリルは零した。




