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「ねえ、そこの金髪ちゃん。今の魔力石はあなたが作ったの?」
「そうだけど何?」
「ふうん」
チェリルの言葉に、メルベルナは小さく首を傾げた。
「フリって名前に心当たりあるかしら」
「フリって……」
思わずチェリルは絶句してしまった。
「チェリル?」
攻撃を防ぎながらも、トライワイトが少し気遣うような声をかけてくる。
その声に背中を押されるように、チェリルは呆然と口を開いた。
「フリって、師匠の名前」
「あら、あの人の弟子だったの。まだ弟子なんてとれたんだ」
「師匠を知ってるの?」
「魔力石の特徴がそっくり」
答えになっていない。
それに聞き捨てならないセリフもあった。
「まだ弟子がとれたって、どういう意味?」
「あらだって、フリは私のコレクションのひとつだもの」
「それって……魔石を取ったってこと?」
「そうよ」
あっけらかんと答えたメルベルナに、チェリルの喉がヒュッと鳴った。
フリはまともに魔法が使えなかった。
「それで魔法は教えられなかったのか」
呻くようにトライワイトが吐き捨てる。
眉間に皺を寄せて、軽蔑の目でメルベルナを見ていた。
「なんでそんなこと、したの?」
「師を超えた記念って感じかしら」
「師?」
訝し気に訊き返すと、メルベルナは楽しそうに、いっそ無邪気な笑みを浮かべた。
「フリは私の師匠。私はあんたの姉弟子よ」
「師匠なのに魔石取ったの?」
「私より弱くなったんだから、仕方ないじゃない。でも感謝はしてるわよ? だから主従してあげようと思ったのに逃げられちゃった」
メルベルナの声が遠のいたような感覚だった。
思い出したことがある。
フリが死の間際に言った言葉。
『後悔はひとつだけ。止められなかった』
止めたかったのは、もしかしてメルベルナの暴挙をだろうか。
「てめぇ他にもそんな悪趣味なことしようとしてたのか」
「いいじゃない別に。ちゃんと可愛がるつもりだったわよ」
唇を尖らせる姿は、神経を逆なでした。
(だから隠れるようにして森にずっといたんだ)
ようやく合点がいった。
小さい頃はフリと遊びに行きたくてよく強請ったけれど、いつも困った顔で笑っていた。
町に行くときもいつもローブを被っていて、人目を気にしていて。
それが全部、メルベルナのせいだった。
ふつふつと怒りが沸き上がるのがチェリル自身よくわかった。
そんなことにはメルベルナは気づいていない。
「にしても魔力のない魔女が師匠なんて、どうりで学校でも落ちこぼれなはずだわ」
その言葉がとどめだった。
嫌悪感や悔しさが一気に頭のなかで爆発する。
「師匠は立派な魔女だった!」
「魔法も使えないのに?」
「薬学の知識は凄かったわ! 薬作りだって!」
「そんな地味なこと言われてもね。ああでも、フリは死んだ?」
その言葉に冷や水を浴びせられたように、チェリルはびくりと体を揺らした。
それが確信に変わったのだろう。
いっそ優しいとさえ言える声音でメルベルナがチェリルに声をかけた。
「フリの魔石、魔力が全部抜けたのよね。だから死んだのかと思って。空になったからどうしようと思ってたの」
「師匠の魔石返しなさいよ!」
「どうしよっかな」
歌うように一言答えると、メルベルナの衝撃波が防壁をどんどん消耗させていく。
割られては張り返しての繰り返しだ。
トライワイトが舌打ちするのを、チェリルは飴を差し出しながらメルベルナを睨みつけた。
「あの髪だ、消耗戦になれば分が悪い。髪を焼き切るつもりだったが思った以上に防壁に魔力が取られる」
「不甲斐なくてすみません!」
「てめえは再修業だ!」
スレッラが声を張り上げたことに、トライワイトが叱りつける。
スレッラが口のなかで「ひぇ」と小さく悲鳴を上げた。
(髪を焼き切れば。そうよね髪が魔力の媒体だもんね)
何かないかと考えて。
「あ」
さっきまですっかり忘れていたものを思い出した。
そしてメルベルナをじっと見る。
右手で魔法を使い、左手で見せつけるようにトライワイトの黒い魔石を持っている。
「ねえライト」
「あぁ!?」
「あいつが持ってる魔石取り返せば、ライトに魔力戻る?」
「待て、何する気だ?」
「一応、自分で試してはみたんだよ」
「は? おい!?」
チェリルはトライワイトに止められる前に走り出していた。
「この馬鹿! 戻れ!」
怒鳴り声が聞こえるけれど、命中率を上げるためには仕方がないのだ。
風の衝撃波が向かってくるのを、トライワイトが放った炎が相殺する。
「ひえぇ怖い!」
さすがに多少は怪我を覚悟したけれど、トライワイトが守ってくれているから、今のところ平気だ。
森で育った人間だ。
運動神経には自信がある。
スレッラが呻く声が聞こえて、おそらくチェリルの援護に魔力をまわしているせいで、防壁が危ないのだろう。
チェリルは後ろを振り返らずにメルベルナの目前まで走り込んだ。
「自殺する気かしら」
「そんなわけないでしょ! あんたを私の実験第一号にするのよ!」
ポーチから素早く取り出した球体。
新作の魔力減退薬、実務版。
それを思いきりメルベルナの髪へと投げつけた。
パンと予定通りに割れて、中からゲル状の液体が髪に張り付く。
粘着性が高いので、その液体のついた髪がどんどん絡まりまくっていた。
ベッタリとしているので、髪から剥がれ落ちる気配もない。
さらにそれをもうひとつ投げつけて、髪に薬をぶちまける。
「な、なにこれ⁉ 魔力が」
あからさまにメルベルナの魔法の威力が落ちた。
実用実験は完璧だった。
満足のいく結果だ。
「魔力減退薬よ。粘着液だから絡まってとれないでしょ。髪が媒体ならよく効くんじゃない?」
「このガキ!」
メルベルナが眉を吊り上げてチェリルを睨みつけた。
その目の奥には烈火のごとき怒りが見える。
メルベルナが右手をチェリルに向けたときだ。
「でかした!」
「きゃあ!」
トライワイトの声と同時にメルベルナの左手を黒い炎が襲った。
手加減しているのか魔力が足りないのかはわからないけれど、腕から先が炭化はしなかったのでよかったと思う。
そんなもの見たくない。
焼かれた腕が力を無くすのを見て、もう一度チェリルは駆け出した。
ぽろりとメルベルナの左手から落ちた魔石を、なんのためらいもなくスライディングキャッチする。
「取った!」
床に滑り込んだまま顔を上げると、両手のなかには神秘的なほどに真っ黒な魔石がある。
こんな状況でなければ見入っていただろうとチェリルは思った。
「こっの!」
慌てて立ち上がろうとすると、メルベルナが顔を歪めて激昂していた。
右手をチェリルに向けている。
完全にロックオンされていた。
(やばっ)
思わず目を閉じようとしたときだ。
「魔石を使え!」
トライワイトの声に思わず目を丸くした。
視界の端でトライワイトが走ってくるのが見える。
一瞬迷った。
魔石の魔力は他人でも使えることは出来る。
条件は、持ち主が自分の魔力を預けてもいいと思ったときだ。
そんなふうに思ってもらえているだろうか。
メルベルナが魔法を発動しようとするのがスローモーションのように見えた。
「お前なら使える!」
その言葉に、は、と一瞬息を吐いてからチェリルは魔法を発動した。
劣等生のチェリルとしては極力使いやすい風だ。
とにかく目くらましになればと右手を突き出して風を起こすと。
「ぎゃぅ!」
もの凄い勢いでメルベルナが吹っ飛ばされた。
そして壁にぶち当たって、ずるずると壁伝いに座り込む。
「い、威力が」
まだ風が吹き荒れていて、二つに結ったチェリルの髪が躍るように煽られている。
(ライトの魔力、多すぎ!)
チェリルには制御がまったく出来ない。
どうすりゃいいのこれと思っていると、ぐいと腕を掴まれた。
何だ何だと思っていると、そこには黒髪を風になびかせる美少年。
トライワイトの姿があった。
これでもう大丈夫だ。
「取り返したよ」
「上出来だ。ありがとな」
トライワイトがチェリルの手から魔石を取り、自分の胸へと当てた。
ずぶずぶと魔石がトライワイトの体に沈んだ瞬間、一瞬だけ眩しい光にホールが照らされる。
思わず目を閉じ、光の感覚が瞼の向こうからなくなると、チェリルはゆっくりと目を開いた。




