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緑色の液体は炎症を抑える薬だ。
青になるまで火にかけて混ぜ続けなければいけない。
鍋のなかを特に意味もなく眺めていると、トスッと肩に重みがかかった。
なんだと思えば、黒猫が肩に飛び乗ったのだ。
「え、ど、どうしたの?」
こんなのはじめてで動揺してしまう。
正直とても嬉しい。
はわわと胸をときめかせて手が止まっていると。
「ナンッ」
尻尾でパシリと背中を叩かれた。
「そうだった!」
この薬は途中で混ぜるのをやめたら失敗する。
慌てて手を動かしながら鍋を覗き込むと、大丈夫そうでほっとした。
「ありがと。これ混ぜるのやめちゃだめなんだ」
「ナゥ」
「今は町で買ってもらう薬を作ってるんだよ。今混ぜてるのが黒猫さんにも使った炎症抑える薬で、えぐみが凄い」
途端に黒猫の顔が嫌そうな表情になった。
「こっちの鍋は痛み止め。苦みが凄い。これも黒猫さんに使ったやつね」
ぎゅいと耳が後ろへ倒れた。
味を思い出しているのかもしれない。
「本当は塗る用の作り方なんだけど、他の薬草との相性ですごく効く飲み薬になるんだ。本に載ってなかったし、師匠も知らなかったから私のオリジナル」
「ナン」
チェリルの言葉に、黒猫は感心するようにひとつ頷いた。
黒猫はそれ以来、チェリルが薬作りをしているときは肩に乗って手元を見るようになった。
それどころか料理や洗い物、掃除など手作業をしているのを興味津々で覗いてくる。
「気になるの?」
「ナン」
気になるらしい。
いつもどおり肩に乗って、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「手作業は好きだから別にいいんだけどね」
はあとチェリルはひとつため息をついた。
「魔女だったら手じゃなくて魔法でチョイチョイなのよ、本当は。師匠はあんまり使ってなかったけどね」
夕飯の材料を細かく切っていたチェリルは手を止めて、睫毛を少し伏せた。
「私、薬作る以外いまいちなんだ……」
ぽつりとこぼせば、首筋を柔らかいものが撫でていった。
目を向ければ、それは黒猫の尻尾だ。
「いつもは触らせてくれないのに」
背中は撫でさせてくれるようになったけれど、頭と尻尾はいまだに駄目だと威嚇されるのだ。
頭は一、二回撫でさせてくれたけれど、それだけ。
尻尾にいたっては断固拒否である。
もはや高貴な王子様だ。
雄だったので、お姫様でなく王子様。
「なぐさめてくれるの?」
「ンナ」
「ふふ、ありがとう」
材料を鍋に入れればあとは放置でいい。
チェリルは深皿にミルクを、自分にはレモンの果実水をグラスに注いでソファーへと向かった。
といっても最近はもっぱら床に小さなラグを敷いてクッションを置き、その上に座っている。
黒猫との距離がこっちの方が近いからだ。
深皿をソファーに置くわけにはいかないので、だったら自分が下に座ればいいじゃないと準備した。
いつもの定位置に落ち着くと、黒猫は小さな舌でミルクを飲みだす。
食事がクソ不味いせいか、ミルクには食いつきがいいのだ。
そんな様子をじーっと見つめてから、チェリルは口を開いた。
「黒猫さんさ、なんで森にいたの? 猫は森になんて普通いないだろうし、人はこの森に入れないからさ」
ピクリと黒猫の耳が動いた。
「怪我だらけだったし、町で酷いことされた?」
訊いても返事が返ってこないことはわかっているけれど、つい気になった。
黒猫の怪我は治りつつある。
それはお別れを意味しているけれど、チェリルはすっかり黒猫のいる生活が楽しくて仕方なくなっていた。
気位の高いお猫様。
傍にいてほしいと思い「ねえ」と声をかける。
声色の違いに気づいたのか、黒猫が顔を上げた。
真っ黒な丸い瞳がじっと見つめてくる。
「怪我が治っても、うちにいなよ。私しかいないから気も使わなくていいよ。いやすでに我が物顔で過ごしてるけどさ」
黒猫は何も反応しない。
駄目かなあと思いながらも、不満そうにもしていないのでワンチャンありかもしれないと、怪我が治ったらまた言うことにした。
それにしても。
「いい加減に黒猫さんもよそよそしいよね。名前つけさせてね」
またピクリと黒猫の耳が動いた。
やっぱり不満そうな雰囲気はないので、チェリルは勝手につけることにした。
「うーん、真っ黒だよね。クロ……ブラック、ノワール、クロ……クロ、クロロは?」
思いついた名前に黒猫を見ると、ぎゅいっと耳を後ろに伏せていた。
不満らしい。
駄目かと思いつつ、名づけのセンスを求められてもチェリルだって困る。
「まあいいや。今日から改めてよろしく、クロロさん」
黒猫さんと呼んでいたから、ついさんづけしてしまった。
しかし不満そうにしつつも、よきにはからえという態度に、さんづけのままでいいかとそのまま呼ぶことにしようと決めた。




