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翌朝。
目が覚めて真っ先にしたことは、居間に黒猫を見に行くことだった。
寝巻のまま居間に足を踏み入れれば、黒猫は用意した寝床には入らずに最初のタオルの位置に丸くなっていた。
わざわざ汚れたタオルの上に寝なくてもと思う。
施しはうけない派だろうか。
「むむ……手ごわい」
唸ったあとで、とりあえず身支度を済ませるとチェリルは朝食作りにとりかかった。
パンとミルクを混ぜ合わせて、さらにそれに青や茶色の液体を混ぜていく。
完全なる異臭がするけれど、チェリルは慣れたものなので、漂ってきたその臭いに黒猫が慄いているなどとは気づかなかった。
「はーい朝ごはんだよ」
明るい声音でチェリルはドブ色のどろりとしたものが入った異臭のする深皿を、黒猫の前に置いた。
黒猫が体を後ろにひいて、あからさまに嫌そうな顔をしている。
耳もぎゅいっと後ろに倒れていた。
「私魔女で、薬草だけは師匠にお墨付きもらってるの。調合した薬を混ぜてるから、すぐによくなるよ」
にっこりとするけれど、やはり耳が後ろに倒れたままだ。
「その耳、不満って合図だよね。本で見た」
わかってるなら下げろと言わんばかりに、黒猫が「ナン」と鳴いた。
「君だけじゃないって、私も一緒のもの食べるからさ」
チェリルは言うなりそこに座って、持ってきていたもうひとつの深皿にスプーンを入れた。
口に運ぶさまを「嘘だろお前」という顔で猫が驚いている。
そしてぱくりと食べれば、もったりどろりとした食感が不快ななか、苦みとえぐみがやってきて、最後に酸っぱさが去って行った。
「まっず!」
思わずチェリルは叫んでいた。
「えぐみがしゅごいぃ」
慌てて水を飲むけれど、不味さが口のなかから消えない。
悶えながらも、ハッと我に返って黒猫を見やる。
すると完全に信用していない目でジトッとチェリルを見つめていた。
「違うのよ、効果は本当なの。ちょっと使う薬草のせいで癖があるだけで……」
黒猫は表情を変えないまま、目の前にある深皿を前足で押し戻してきた。
断固拒否の姿勢だ。
「仕方ない!」
チェリルはあっさりと結論を下し、昨夜同様に黒猫を搔っ攫った。
膝の上に抱えて、スプーンを手にすると口に無理やり指を入れて開けさせようとする。
「ニギャッフギッ」
黒猫も抵抗はするけれど、指を思いきり噛むことはなく、あれと思ったときだ。
一瞬ゆるんだ手から黒猫は体をするりと動かして、逃げ出した。
そして元の位置に戻り、はあとため息をつく。
なんとも人間臭い反応だ。
そして、嫌そうに深皿に顔を寄せて一口食べた。
ビキッと動きが固まるけれど、チェリルの表情は輝いた。
まさか自発的に食べてくれるとは思わなかったのだ。
でも耳は後ろに寝かせている。
むせながらもチビチビ食べ進める黒猫に、チェリルも食事をしながら口元を綻ばせた。
「さっき、ありがとね。あれだけ暴れてたのに指を甘噛みしかしなかった」
思い切り噛まれて血が出る覚悟をしたのに、この黒猫は暴れることはしても歯に力を入れて怪我をさせないようにしていた。
昨夜もそうだ。
血が出るほどの傷は負っていない。
「優しいね、黒猫さん。私はチェリル。元気になるまで、ここにいていいからね」
チェリルの言葉に黒い瞳がじっと見上げてくる。
そして「知りませんけど?」というようにツンとして食事を再開させた。
やはり気位が高い。
二人は揃ってむせながら食事をしたのだった。
そのあと二、三日のあいだ、黒猫は大人しくしていた。
チェリルが家の前で薬草を摘んだり、魔法の練習をいつもどおりにしていると、窓辺に座ってじっとチェリルを見ている。
ここに来て、初日以外はずっとそうだ。
一緒にクソ不味い食事を共にしたせいか、黒猫は警戒心を緩めていた。
チェリルとしては信用してもらえたようで、とても嬉しい。
魔法が好きなのかなと、練習しているのを止めて黒猫に手を振るとプイと顔を背けられてしまった。
素直じゃない。
そして日課の飛ぶ練習だ。
ここ数日は黒猫を一人にしたくなくて、家の前で練習している。
箒にまたがって大きくジャンプし、飛べと念じる。
けれどそのままドスンと地面に転び、土まみれになった。
それを何度も繰り返す。
三十回を超えた頃、転んだ体勢から起き上がりチェリルはそのまま立ち上がらなかった。
俯くと、淡い金髪がふわりと流れて顔を隠す。
「次の商品、そろそろ作らなきゃ……」
そんなことを呟いてぼんやりしていると。
「ナォ」
鳴き声が聞こえて顔を上げて家の方を見れば、玄関が細く開いていた。
そして扉の前に、包帯を巻いた黒猫がちょこんと座っている。
思わず笑ってしまい、チェリルは立ち上がるとスカートの土を適当に払って黒猫の方へと向かった。
「迎えに来てくれたの?」
しゃがんで手を伸ばすと、嫌そうに耳を後ろに倒す。
けれど動かないので、遠慮なくそのまま撫でた。
昨日も思ったけれど、温かい。
フリが死んでからずっと一人だったから、なんだか自分以外の温かさが安心した。
「ごはんにしよっか」
撫でられていた黒猫は真顔になった。
そして食事時。
いつもの薬入りのご飯に、黒猫の耳がぎゅいと後ろに倒れる。
けれどチェリルもいつものように遠慮なく黒猫の前に深皿を置いた。
「はい、いただきます!」
その言葉にしぶしぶという様子で黒猫がクソ不味い食事を食べだす。
黒猫が来てからチェリルもそれに付き合って三食同じものを食べているからか、二回目の食事以降は嫌そうにしながらも食べるようになった。
「黒猫さんって頭いいよね。町の猫と全然違う」
「ンナゥ」
そんなことより、さっさと食べろと言わんばかりだ。
その様子に苦笑してチェリルもスプーンを動かした。
そして魔力欠乏の薬を毎食後に飲ませている。
いるのだけれど。
「黒猫さん、魔力戻らないね」
魔力欠乏は時間が経てば治っていくものだ。
「師匠も時間がたっても全快にはならなかったなあ」
チェリルの言葉に、クロネコはじっと見上げてきたあと「ナゥ」と一言泣いて、その話題には興味がないとばかりに顔を背けた。
ほかにも変わったことはある。
夜に寝るとき、籠に入ってくれるようになった。
床だといくらタオルを敷いていても怪我に障るので、よかったと思っている。
包帯を変えるのも、最初は暴れていたけれどチェリルも髪を振り乱してなりふりかまわず手当てするものだから、諦めた顔で受け入れてくれた。
今では大人しく交換させてくれる。
初対面にくらべてだいぶ丸くなったよなあと思いながら、チェリルはひそやかに笑っていた。




