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家に帰って一番にしたことは部屋を暖めることだ。
チェリルには暑いくらいにまでしておいた。
動物なら、ずぶ濡れ状態は暖める方がいいはずだ。
そして現在、超特急で薬を作成中である。
すり潰したメインの薬草を鍋に入れ、どんどん他の薬草や薬液と混ぜていく。
フリが言うには薬草はみんなゆっくりと混ぜながら作るんだと教えられたけれど、チェリルはそんなのんびりした性格ではなかったので、煮込む時間や混ぜ方を調節したりと試行錯誤した結果、短時間で薬を作る技術が身についた。
正直これだけは自信がある。
薬草の入れる順番を望む効果になるように考えながら入れればいい。
最終的に欲しい効能のある薬が出来ればいいじゃないか精神だ。
そして研究をしていたら薬を作るスピードが上がったので、さらに作るのが楽しくなって今にいたる。
ちらちらと黒猫の方を見ながら薬を作り終わった頃、黒猫がもぞりと首を上げた。
「あ、あ、起きちゃった!」
まだ包帯を用意していない。
バタバタとしていると黒猫は周囲を見回して、なんとかという様子で起き上がる。
ソファーの上だと落ちたら危ないと思ったので床にタオルを置いて寝かせていた。
体は一応拭いてある。
そのときにやはり深い怪我をしていて、タオルが泥以外に血でも汚れていた。
包帯や薬を入れた容器を抱えて近づくと、黒猫はよろよろとおぼつかない様子で立ち上がる。
いつ再び倒れてもおかしくない。
「大丈夫、手当するだけよ」
「シャーッ」
毛を逆立てる黒猫は目まで真っ黒だった。
「君、まっくろくろだね」
「フシャーッ」
ここまで黒一色な猫も珍しい。
町で見るのは、みんな茶色や模様があるものだ。
「大丈夫よ、薬を塗るだけだから。私、魔女で薬作るのが得意なの。私以外、誰もいないから怖くないよ」
じりじりと座ったままにじりよる。
後退しながらも黒猫はチェリルの最後の言葉に反応して、きょろりと部屋を見回した。
「隙あり!」
「フギャー!」
気が一瞬それた隙に、チェリルは抱え込むように黒猫を捕獲した。
そのままスカートにもかかわらずあぐらで座り込み、黒猫をガッチリ抱えなおす。
抵抗して暴れる黒猫に、薬をこれでもかと塗りたくり容赦なく包帯を巻いていく。
「フギャ!ギニャ!」
「もう終わる、もう終わる」
完全に徹底抗戦の黒猫はチェリルに盛大に爪を立てるけれど、そんなものはあとで薬を塗ればいいのだ。
この家にはいくらでも薬はある。
だてに薬を作りこんでいない。
「はい終わり!」
パッと手を離すと、黒猫は転げ落ちるようにチェリルの足の上から飛び出して、一定の距離を取った。
まだフーフーと威嚇しているけれど、そのうちに微妙な顔でびったんびったん尻尾を床に打ち付ける。
どう見ても不満をあらわにしていた。
「もしかして臭い?」
チェリルの疑問に、黒猫が半眼を向けてくる。
臭いらしい。
やけに表情豊かな猫だ。
「我慢して。いい薬は臭いのよ」
チェリルは長年の薬作りで大概の臭いは平気だけれど、他が違うことはわかっている。
しかも動物だから人間よりも鼻がいいだろう。
薬を塗らないという選択肢はないので、あきらめてもらうしかない。
それにしてもと思う。
「あなた、魔力持ってる?」
魔力を持っている動物はいるけれど、チェリルは見たことがない。
ただ普通の猫よりも魔石を持っている人間に近い気配を感じる。
チェリルの問いかけに、黒猫はいっそう警戒したように後ろへ下がった。
「魔力足りてないよね」
ぴくりと黒猫の髭が揺れる。
図星なのかもしれない。
「師匠と一緒だ」
フリはほとんど魔力の無い魔女だった。
少し使っただけで枯渇しそうになる。
そういうとき、普段は感じない魔力のゆらぎが感じられるのだ。
魔力が安定しないからだろうとフリは言っていた。
この猫からも、それは感じられる。
ふむとチェリルは頷いて、チェリル専用になっていた薬棚の中身を思い出すように、少し天井へ目をやった。
そのあいだも黒猫は警戒心露わだ。
「まだ在庫あったわね」
言うなり薬棚に薬を取りに行き戻ってくると、黒猫は限界なのか床に力尽きていた。
「あわわ」
怪我に魔力欠乏で暴れたのだから、それはそうだろう。
慌ててチェリルは黒猫の傍に膝をつくと瓶の蓋を開けた。
スプーンですくうと、紫色のとろりとした液体を黒猫の口元に持っていく。
黒猫がちらりとそれを見るけれど、口を開く気配はない。
「あのね、これ魔力増幅薬なの」
その言葉に、黒猫がぴくりと耳を動かしてスプーンを見た。
「私の師匠が魔力欠乏なりやすくてね、作ったの。師匠がいつも飲んでたから、効能は保証するよ」
チェリルの言葉に、しかし黒猫は胡散臭いものを見る目だ。
これでは埒が明かない。
チェリルはスプーンを持っていない方の手で黒猫の口をこじ開けた。
暴れようとするのを、体で抑えつけて指を口の中に押し込む。
いまさら噛まれようが、何ともない。
すでに傷だらけだ。
無理やり開けた口にスプーンを突っ込むと、口を押さえつけ飲み込ませる。
喉が嚥下したのと同時に、ピタリと黒猫の動きが止まった。
魔力のゆらぎが治まり、ほっとチェリルも黒猫を離す。
黒猫は興味深そうにまじまじと薬の瓶を見たあと、チェリルを見やった。
その目はまんまるだ。
「言ったでしょ効能は保証するって」
にひりと笑ってから、大事なことに気がついた。
「あ、寝床!」
思い至って、チェリルは慌てて立ち上がる。
怪我をしているのに、床にタオルで寝させるのはどうかと思う。
「カゴと、えーとクッション入れとけばいいかな。あとハンカチ、は小さいか。タオルにしとこう」
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら準備を終えると、チェリルは黒猫がしっかり寝られるほどの大きさのカゴを床に置いた。
なかにはタオルでくるんだクッションが入っている。
いまだに警戒心露わの黒猫の少し手前に、チェリルはぽんとカゴを置いた。
「そのまま寝たら怪我が痛いから、こっちで寝てね」
ぷいと黒猫にはそっぽを向かれてしまった。
臨戦態勢ではなくなったけれど、座ったままずっとチェリルを観察するように目で追っている。
一応ご飯をあげようかとも思ったけれど、怪我は背中側ではなく腹側なので今日は様子を見ることにした。
今日はやめておいて、明日元気だったらご飯を食べようねと声をかけたらツンとされてしまう。
警戒しているのもあるだろうけれど、なんだか気位が高そうだ。
食事を抜いた相手の前で食べるのもなと思い、チェリルも食事はいいやと寝る支度をして自室に戻った。
本当は黒猫のいる居間のソファーで寝ようかと思ったけれど、見られてない方が安心するかなと思ったのだ。
おやすみと声をかけたときもツンとしていた。
明日は何を食べさせようとベッドに横になったところで、チェリルはそういえばと天井を見上げる。
「あの黒猫さん、なんであんなところで怪我してたの?」
動物もいない場所だったのに。
「変なの」




