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「痛っつ!」
プルートの呻き声になんとかしっかり顔を上げると、チェリルの体に沈んでいた手が引き抜かれ、プルートの頬から血が流れていた。
手を引き抜かれた瞬間苦しさが消えて、ごほごほと詰まっていた息をうまく吸い込めなくて咳が出る。
それでもしっかり確認しなければと呼吸を無理やり落ち着けると、やはり目の前には黒い猫の後ろ姿があった。
まるで守るようにプルートとチェリルのあいだに立っている。
「無事です!?」
トライワイトの登場に数秒遅れてスレッラが駆け込んできた。
「ギリギリだ、うわっ、ちょ、おま」
トライワイトがスレッラに答える姿など気にせず、チェリルはトライワイトをがばりと抱き上げた。
「離せ、こら! お前は森を出ろ! 聞いてるか!?」
「ライト……」
叱られるけれど、勝手に出て行ったのはトライワイトだ。
こちらがどれだけ寂しかったと思っている。
ぐすんと泣きそうになって鼻を鳴らすと、一瞬だけ力を抜いてからトライワイトがプルートを見やった。
プルート本人はトライワイトが猫の姿でも話せるとは思っていなかったらしく、驚愕に目を見張っている。
「お、おまえ」
血のにじんでいる頬を押さえているプルートが、表情を変えるたびに眉をしかめる。
何の遠慮もなく引っ掻かれたのだろうことがわかるので、そうとう痛いのだと予想出来た。
「お前メルベルナと組みやがったな」
トライワイトの地の底を這うような声に、プルートの肩がびくりと揺れた。
それだけで答えがわかる。
チェリルはプルートに唖然とした顔を向けた。
チェリルはスレッラから情報を聞いていたけれど、何故プルートがそんなことになっているのか疑問しかない。
そもそもさっきのは何なんだと思っていると。
「やたら二人でいるところを見たから注意してたんだよ。魔石奪う禁術なんて、知ってる奴はほとんどいない」
スレッラがプルートを睨みつけながら言った言葉に、あれとなった。
プルートは禁術の使い方を知っていた。
メルベルナの使う禁術は、魔石を奪う物。
「あんた……私の魔石取ろうとしたの?」
呆然と呟けば、プルートはびくりと肩を揺らした。
そしてせわしなく目をうろうろとさせる。
「それは、そう、だってそうしたら、俺のものになるって」
「お前ごときには勿体ねぇんだよクソガキ」
おどおどしたプルートの様子は、今までの尊大なものとは違う。
チェリルがそれなりに認められてきた頃から接触してこなかったので、なんでこんな鬱屈を抱えているのか意味がわからない。
それよりもトライワイトの久しぶりに聞く口の悪さに嬉しくなった。
「あいつは校内でわざわざ騒ぎを起こす面倒なんてしねぇだろうと様子を見てたのに、ガキ使うとはな」
猫にしてはガンギマリの苛烈な眼差しに、プルートは情けなく「ひっ」と言葉を飲み込むと、そのまま森の奥へと走りだした。
「スレッド!」
「はい!」
トライワイトが叫ぶなり、チェリルの腕からするりと抜け出してスレッラの肩へと飛び移った。
それと同時にスレッラがプルートを追いかけて走り出す。
今の今まで腕のなかにいたぬくもりを残念に思いながらも、チェリルもスレッラを追いかけて走り出した。
中途半端にかかわったのだ。
ここまできたら関係者も同然だし、何よりトライワイトがいるのなら、どんなに微弱でも力になりたい。
「お前は来るな」
すかさずトライワイトがぴしゃりと言い切るけれど、負けないくらいの大声でチェリルは言い返した。
「やだ! ライトの魔石取り戻す!」
「スレッドてめぇ!」
「だってそうでも言わなきゃ、あの女にさぐり入れようとするんですから仕方ないでしょ!」
走りながら抗議するスレッドに、トライワイトが盛大に舌打ちした。
柄が悪すぎる。
「何してんだお前!」
「ライトがいきなりいなくなるのが悪いのよ!」
いつもよりもトライワイトの口が悪い。
スレッドは若干息切れしているけれど、チェリルは言い返しながらも息ひとつ乱さず走っていた。
魔法を使う人間は体力が少ないことが多いけれど、もれなくスレッラもそうらしい。
しかしチェリルは森で生活していた。
下手な人間より体力ならある。
例にもれなくプルートも走るペースが遅くなってきた。
これなら捕まえられると思ったとき。
「あいつ!」
プルートは箒を取り出すと、そのまま飛んで逃げ出した。
思わずチェリルが悔しそうに眉を寄せる。
「スレッド追え」
「わかってます」
トライワイトの指示に、スレッラも箒を出して流れるような動作でまたがる。
「お前は大人しく帰れよ」
スレッラが飛ぶ寸前に、トライワイトが叱りつけるようにそれだけ口にした。
そして颯爽と一人と一匹は飛び去って行く。
それに腹を立てたのはチェリルだ。
自分が飛べないのをこれ幸いと置いていく気満々だ。
これはもう、目にもの見せてやるしかない。
チェリルは箒ではなく潰れた紙の箱を取り出した。
もうすっかり相棒と貸した紙箱だ。
「箒じゃないけど飛べるようになったんだからね!」
紙箱に乗ると、まるでレールでもあるかのように風に乗って勢いよく飛ぶ。
実はバランスをちゃんと取れるようになったらスピードがガンガン出せるようになったのだ。
ただ落ちたら大変なことになるけれど。
スレッラに並走して飛ぶと、二人そろって目を剥いた。
「お前本気でその方法で飛んだの!?」
「何これ、こんなのあり!?」
「工夫と反復のたまものよ!」
自信満々に答えた瞬間、ぐらりとバランスが少し揺れた。
「うわっ」
「前見て重心保て!」
すかさず叱りつける声が飛んでくる。
スパルタ授業を思い出し、懐かしく感じた。
前方のプルートとの距離がどんどん縮まって、あと少しというとき。
プルートが追いかけてくるチェリルたちに顔色を悪くして、ポケットから小さな青い石を取り出した。
それを前方に投げると、魔法陣が現われる。
「なにあの石」
「転移の陣を刻んだ石だよ。ああいうのは一回しか使えないけどね」
スレッラの説明になるほどと思う。
つまりプルートはどこかへ逃げ込むつもりなんだろう。
「あの女のところに行く気だろ。チェリル」
「帰らないわよ」
みなまで言わせず断言したら、猫の癖にわかりやすく苦い顔をした。
耳が後ろへ倒れている。
「だろうな。とにかく身を守ることを考えろ」
それだけ言うと、スレッラが魔法陣に吸い込まれる。
遅れてなるものかとチェリルも続いた。
そして魔法陣からつながったのは、どこかの広いホールだった。
大きな階段があるから、玄関ホールだろうか。
とにかく広い。
飛ぶのをやめて、きょろりと見まわすと天井もそれなりに高い。
「何ここ」
チェリルがある程度見回してスレッラ達を見ると、スレッラもトライワイトも苦々しい顔をしていた。




