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スレッラが出て行くのを見送って、トライワイトのことを考えた。
メルベルナの手にトライワイトの大事な魔石がある。
それを考えると、腹の奥で熱いものが渦巻く感覚を覚えた。
これは嫉妬だ。
スレッラへのものとは比じゃない。
「顔見たら引っぱたきそうだわ」
落ち着くようにひとつ深呼吸。
そして壁の時計を見た。
まだ時間はある。
「飴、もうちょっと作っておこうかな」
スレッラから渡してもらえるようにしておけば、遅かれ早かれトライワイトの手に届くはずだ。
「あって困るものじゃないし」
魔石を取られているのなら、なおさらだ。
「知らないこと、だらけだなあ」
スレッラから聞いた話に、チェリルは実習器具を見下ろしてぽつりと呟いた。
森にいた頃をぼんやりと思い出す。
最初は警戒されて、一緒に不味いご飯を食べてから、いつのまにか肩が定位置になって一緒にいた。
あの家はフリとの思い出の場所だったのに、その場所に今はトライワイトがいる。
チェリルにとってフリは唯一の存在だった。
今はそこをトライワイトが占拠してしまっている。
フリには置いていかれた。
トライワイトも置いていった。
いつも置いていかれる。
「置いてかないでよ……」
ライト、と呟いた言葉は声にならなかった。
翌日は酷いものだった。
昨日実習室から帰ったあとに自室で泣いてしまい、冷やさず寝たから少し目が腫れている。
スレッラが少し気にしているようだったから、大丈夫だというようにへらりと笑いつつも、ぼんやり一日を過ごした。
もうまもなく放課後というところ、プルートが近づいてきた。
おもわず警戒して、じりと方向転換できるよう踵に力を入れる。
最近プルートを見かけると、メルベルナと話していることが多い。
それも人気のないところで。
チェリルは薬学の実験室が閑散とした場所にあるのと、ついついトライワイトを探してしまうので、人が来ないような場所に足を運ぶ機会が多いのだ。
「今日は森に行くのか?」
「そうだけど」
警戒しながら相手の顔から目を離さない。
目線がせわしない。
顔つきも強張っている。
あいかわらずプルートが視界に入ったら逃げるように気をつけていたので、声をかけられたのはメルベルナがいたとき以来だ。
身構えたけれど。
「そうか……」
とぎこちなく頷くと、プルートは踵を返して立ち去ってしまった。
なんだと思うけれど、そういえばここ数日視界に入ったプルートは思い詰めた表情をしていた。
「なんか妙なことに手を出さなきゃいいけど」
メルベルナと関わっているようだし、要注意だ。
チェリルのなかでメルベルナは完全な危険人物なので、関わる人間も疑わしく感じてしまう。
それでも仮にも特別講師なのだ。
生徒に何かするなんて、まさかねとチェリルは楽観視していた。
結局、警戒はするか程度の気持ちで放課後にチェリルは森で薬草を摘んでいた。
気分転換をしていると、どんどん薬が量産されていく。
学校内でなければ売りに行けるのになと少し持て余し気味だ。
「いっそ新しい薬でも考えようかな。前に試作した髪が抜ける薬とか」
メルベルナを思い出して、そんな危険思想が生まれてくる。
「おい」
急な声かけに、チェリルは勢いよく振り返った。
思わず立ち上がったせいで、採った薬草をのせていたハンカチが膝から地面へと落ちる。
「あんた……」
そこにはプルートが立っていた。
チェリルをじっと見て、ぐっと喉を鳴らす。
そろ、とチェリルの顔を見たあとに足元まで視線を滑らせた。
なんだ気持ち悪い。
「何してるの? 薬草なんて興味ないでしょ」
「……あの猫、男になっただろ」
「だから何よ」
やはりそのことかと警戒心が跳ねあがる。
そんなチェリルに、不安そうな、それでいて面白くなさそうな、ちぐはぐな顔でプルートが口を開いた。
「あいつのこと好きなのか」
「何よいきなり」
突然のぶっこみに、チェリルの頬はカッと赤くなった。
脳裏には傲慢不遜な少年が浮かび胸が高鳴ったあと、十九歳の美しい青年が浮かんで顔が首まで熱くなるのを感じる。
チェリルのなかではどっちもトライワイトだ。
小さかろうが大きかろうが、もはや年齢は関係なくなっていた。
そんなチェリルの様子にプルートは喉を詰まらせたあと、震えかけた声でチェリルをねめつけた。
「黙っててやる」
「はあ?」
「黙っててやるから」
「もしかして言うこと聞けってやつ?」
「……」
沈黙が答えだろう。
チェリルはトライワイトに言われたことを思い出した。
何でも言うことを聞けと言うことは、こういうこともありえるのだと顔を近付けて。
トライワイトにされたときは動揺したけれど、それをプルートにされると思うと怖気しかない。
「最低、何する気よ」
「お、俺はただ……」
「お断りよ」
間髪入れずにチェリルはプルートの言葉をぶった切った。
当たり前だ。
そんな要求を飲めるかという気持ちと、こいつのせいでトライワイトがいなくなったという憤りで腹の奥が煮えくりかえりそうだ。
「あんたの言うことなんか、絶対聞かない!」
勢いよく言い切ると、プルートの頬にカッとしたように朱が走った。
それはどう見ても激昂している。
思わず警戒して足に力を入れようとしたときだ。
急に伸びてきた手に左手を掴まれた。
グイと引っ張られ、何だと思った瞬間。
プルートの手がチェリルの胸へと伸びた。
「ちょ! あんた!」
胸をわし掴まれると思ったチェリルは身をねじって逃げようとした。
罵倒してもプルートの手は緩まない。
そしてプルートの手はチェリルの胸ではなく、鎖骨の下。
胸元に当てられた。
それでも不快感が凄い。
空いている方の手で殴り倒してやろうか、いっそ実践訓練で使った薬をぶちまけてもいい。
そんなことをめまぐるしく考えていると、胸元に当てられた手から赤い魔法陣が浮かび上がった。
その色は赤と言っても鮮やかなものではなく、どす黒さのある不吉さを漂わせた赤だ。
そして魔法陣に目を白黒させていると、プルートの手がチェリルの体へと、ずぶずぶ沈んできた。
「うあ……っ」
何かをわし掴まれるような感覚が体のなかでする。
心臓ではない。
じゃあ何だと思うけれど、そんなことよりもとにかく気持ち悪い。
プルートの手が引き抜かれようとするのと、掴まれているらしい何かが体に残ろうとして反発しあっている。
そのせいでうまく息が出来ない。
苦しくて目を閉じそうになってしまうけれど、ここで力を抜いたらまずいことはチェリルもわかる。
プルートの手の方が勝利したのか、引き抜かれようとする。
そのせいか体から力が抜けたように座り込みかけたとき、頭上から黒い塊が勢いよく落ちてきた。




