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そしてトライワイトがいなくなってから、二週間がすぎた。
はっきり言って、寂しい。
傍に小さな気配が無いのも、口の悪い声がないのも。
時々現れる、不遜な少年の姿もない。
「はあ……」
薬を作っている手を止めて、チェリルはため息をひとつ吐いた。
現在実習室で、薬作り真っ只中だ。
手を動かしていたら、余計なことは思い浮かばない。
考えなくていいからこの頃ずっと実習室に籠っている。
おかげでチェリルのポーチの中は薬でいっぱいだ。
手元の鍋をかき回す手を止めて、火を消した。
黄色と青のまだら色の液体が鍋の中で模様を描いている。
「これ、効力を増強はできたけど」
見下ろす鍋に入っているのは、魔力減少薬だ。
プルートに使ったものだけれど、現在それを改良中である。
「なんとか実践向きにしたいなあ。せっかく触れて作用するタイプにしたんだし」
プルートのときは一瞬の足止め用だったけれど、できれば実戦にもっと使えるようになりたい。
そのために増幅薬と違って飲み薬にはしなかったのだから。
「かけても液体じゃ一瞬だし……でもそれで飴じゃ、薬としてはいいけど、咄嗟のときに使えないわよね。うまくいけば護身用アイテムとしていいと思ったんだけどな」
新たに加えて見ようかと、用意していた薬草をごりごりとすり潰しだす。
「うーん……浮かばない」
魔力増幅薬はトライワイトのために飴にしたけれど、けっこう大変だった。
ルコルの実というものが、うまく固まるようにしてくれたのだ。
「ルコルの実って真っ黒だから、クロロさんの目みたいだよね」
思い出すのは、じとっとした半眼を向けてくる、高貴な黒猫の姿だ。
思わずふふっと笑ってしまう。
よくそんな顔をしていた。
そこであっと思いつく。
「……ルコルの実の量を減らしたら、粘着性のある液体にならないかしら。それなら体から流れないし、むしろ剥がれないから効果も続くよね……いいかも」
自分でもナイスひらめきだと思う。
そして半眼のクロロを思い出して、思わず口元を綻ばせた。
「クロロさん……クロロさんのおかげで強力な薬が出来そうだよ」
そこからは発想と根気強さと粘り強さが大事だ。
チェリルは実習室の使用時間限界まで申請を出していてよかったと、朝の自分を褒めたくなる。
今日は休みだったから、朝から実習室に詰めていたのだ。
現在まだ正午を少しすぎただけ。
時間はまだまだある。
そんなこんなでチェリルは夕方まで休憩もせずに集中して作業に没頭した。
なんなら昼も食べていないけれど、薬作りのときはいつもそうなので気にしない。
実習室の貸し出しも残り一時間となったところで、ふうとチェリルは大きく息を吐いた。
「なかなか、いいんじゃないかな」
目の前には青い球体が並んでいる。
結果として予定通りにゲル状で、しかも粘着性の高い魔力減退薬が完成した。
瓶に詰めたりしても実用性はないので、なんとか試行錯誤した結果、二層にして球体に固めたのだ。
外側は衝撃で割れる程度の強度に、中身はそのままゲル状の粘液だ。
これならぶつけたあとに相手の魔力は減退するし、なかなか取れない。
威力としては相手の魔力が三割減というところだ。
どうしてもそれ以上は上がらなかったので、要改良である。
「護身用に凄くいいかも」
満足のいく代物が出来た。
にんまりしていると、ドアがノックされる音に気づく。
どうぞと答えれば、ドアを開けて入ってきたのはスレッラだった。
何の用だろうと思っていると、スレッラはチェリルの手元を見て片眉を上げた。
「何してるの」
「薬作りだけど」
薬学実習室でほかに何をしろと。
そんなことを思いながら、ついスレッラの足元を見てしまった。
トライワイトがいるわけがないのに。
それに気づいているのか、いないのか、スレッラがそのままチェリルの使っている作業台へとやってくる。
作業台の上を、感心するようにしげしげと見やった。
「本当に薬作るの上手いんだな」
時々女の子らしい言葉が剥がれるスレッラがちらりとチェリルを見る。
「師匠も感心してた」
「そっか……」
噛みしめるように嬉しさを感じるけれど、トライワイトの少年らしい声で聞きたかったとチェリルは目を伏せる。
「そういえばお前、あいつと接触したろ」
あいつとはメルベルナのことだろう。
たしかにわざわざ念を押されたのに近づいてしまったのは、こちらが悪い。
「え、と、ごめん」
「近づくなって言ったろ」
「うん……あの人、私の猫に興味あるけど、もっと極上のものに興味があるって言ってた。それってもしかして」
名前を言わない方がいいだろうと濁すと、スレッラがあからさまに嫌そうな顔をした。
「あの人、クロロさんに気づいてる?」
やはり苦い顔のまま。
ここじゃ言えないかなと思っていると、スレッラがパンとひとつ手を叩いた。
なんだとその手元を見やる。
「防音魔法」
「そんなの使えるんだ。一年で習う内容じゃないでしょ」
「学校行ってないからな。師匠の教える順番は教科書通りじゃない」
「そうなんだ」
本当に師弟関係なのだと納得する。
チェリルは勉強は教えて貰ったけれど、それ以外にトライワイトが口を出したことがない。
学校のやり方に口を出す気がなかっただけかもしれないけれど、スレッラのことを少し羨ましく感じてしまう。
チェリルは師弟になりたいわけじゃない。
ただもっと近づきたいだけだ。
(近づきたいって、なんかいかにも恋する乙女だ)
たしかに恋する乙女だけれど。
必要以上に照れてしまう。
チェリルの内心の照れなど気づくことなく、スレッラは苦い顔のまま説明を始めた。
「あいつは性悪な魔女だ。禁術使って、魔石を集めてコレクションする最低に悪趣味な奴だよ」
「集めるって……もしかしてライトも?」
まさかと思うと、スレッラが悔し気に唇を噛んで頷いた。
「俺を庇って魔石を取られた。あいつは髪が魔力の媒体だ。それに気づけなくて、俺じゃ手も足も出なかった」
「髪が媒体ってオフィリアが言ってたやつだわ。そっか、それであんなに髪が長いんだ。でも待って、ライトは何で猫に変身出来たの? 魔力ほとんど使えなくなるはずでしょ」
「魔石から溢れるほど魔力があったからだ。少量だけど体に残った。猫になったのは、あの変態女への牽制」
「牽制?」
「あいつ、師匠の顔が好きなんだよ」
なるほど。
トライワイトもそんなことを言っていた。
「だから主従魔法使おうとして魔石とろうとしたんだ。それで師匠が魔石取られても、意地でも抵抗して猫の姿になったんだよ。その状態で俺を逃がした」
「だから猫のまま定着しちゃって、人間に戻るのに魔力がいるのね」
魔力増幅の薬を飲んでも全然戻らないはずだ。
やっと納得がいった。
メルベルナがスレッラに声をかけたのも男の姿を知っているから、念のためというところだろうか。
トライワイトが姿を消したのも猫の姿を知られているから。
「俺を逃がして行方知れずだったから、なけなしの魔力使って逃げたんだと思う」
「それで森にいたんだ」
つまり最初に会った頃の傷もメルベルナのせいだと確定した。
酷い怪我だったのを思い出して、鼻にしわを寄せる。
「あんたには感謝してる。師匠に聞いた、凄く世話になったって」
「そんなことは……ただ一緒にいたくて、楽しかっただけで」
萎れるように小さくなっていく声に「そうか」とどこか気の毒そうにスレッラが返事をした。
「とりあえず、師匠はあんたがあいつと関わることは望んでない」
「……ライトはスレッラと一緒にいる?」
「いない」
「……」
にべもない。
眉を下げたチェリルに、スレッラは少し気まずそうに後ろ頭をかいた。
「あの女、師匠の魔石持ってるからここに追いかけてきたけど、細かいことは魔力が微弱でわからないはずだ。師匠が下手うったりしないから、心配するな」
それだけ言うと、スレッラは手を叩いた。
防音魔法を解除したのだろう。
けれどそれで納得が言った。
嫌な魔力が近づいてくると言ったのは、自分の魔石を持っているからメルベルナだと確信したのだろうと。
自分の魔力が分からない筈がない。
「じゃあ近づくなよ」
実習室から出て行くスレッラをなんとも言えない顔で見送ろうとして、あっと思い出す。
「待って!これ、魔力増幅薬」
チェリルは慌てて丸缶を取り出すと、スレッラに差し出した。
差し出されたそれに、スレッラが目を丸くする。
「そんなもの作れるのか」
「ずっと作って食べさせてたものなの。もしも会ったら渡して」
必死な顔でさらにズイと押し出すと、スレッラは小さくため息を吐いてそれを受け取った。
「会ったらな」
「うん」
受け取ってくれたことにほっとする。




