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以来、一度もトライワイトを見ていない。
周りには、いつも一緒にいたのに主従魔法を解消したのかと聞かれ、曖昧に笑っておいた。
見捨てられたようなものだとチェリルとしては思っているけれど、誰にもトライワイトのことは話したくない。
二人だけのことにしておきたかった。
例外はスレッラだけだ。
行くなら絶対にスレッラのところだろうと本人に聞いても否定されるし、自室にも入れてくれない。
(そんな安直な場所じゃなくて、それ以外のとこにいるのかな)
嫌な予想としては、もう学校にいないことだ。
そうなれば追いかけようがないけれど、まだスレッラがいるから大丈夫なんじゃないかと思っている。
男から女に変身してまで追いかけてきた弟子を、置いてけぼりにするとは思えない。
ううむと眉根を盛大によせながら廊下を歩いていると、前方から見慣れない女が歩いてきた。
二十代なかばくらいの学校には似つかわしくない、体の線がわかりやすい服の女だ。
顔立ちも妖艶さがあり、校内にいてもいいのかとツッコミたくなる。
ただ、とても目を引いたのは髪だった。
ゆるいウェーブがかった金髪が、まとめることもなく膝の下まで伸ばされているのだ。
「あら、あなた」
すれ違いざまに声をかけられて、チェリルは女を改めて見た。
やはり見覚えはない。
一度見たらこんなインパクトのある人間は忘れないだろう。
「えっと」
「しばらく魔力石についての講義をするの。昨日就任したメルベルナよ」
「そうなんですね」
そんな人間が何故チェリルを呼び止める。
そう思っていたら、メルベルナはじっとチェリルを見つめて唇に弧を描いた。
「あなた、黒猫を連れてるって聞いたんだけど」
「そうですね」
「ぜひ見てみたいわ」
メルベルナが妖艶に笑った。
教師がその顔はいいのだろうかと思いつつ、チェリルはほんの少しメルベルナに警戒心が浮かんだ。
何故、昨日就任したばかりのメルベルナがトライワイトのことを知っていて、興味を抱くのかがわからない。
「おい!」
その声に、チェリルはイラッと怒鳴りそうになるのをこらえた。
振り返ればプルートだ。
トライワイトが出て行く理由になった奴に、もともとあったわけでもない好感度が底辺からマイナスになっている。
プルートはトライワイトの話をしたそうだけれど、さすがに人前でするほど馬鹿ではなかったのか、ここ数日二人きりになろうとチェリルを追いかけまわしている。
けれど痺れを切らしたのか、今日は違った。
「お前あの変身した—――」
なんてことを言う気だと、そちらへ向かって今度こそ怒鳴るべく口を開いたときだ。
ぐいと突然に腕を強い力で引っ張られた。
見ると、スレッラだ。
「すみません先生に呼ばれているので」
メルベルナに早口で言い切ると、さっさとチェリルを引きずるようにして、その場を後にしようとするけれど。
「ねえ」
メルベルナが自分達の方を見て目を細めているのがチェリルには見えた。
スレッラは背中を向けている。
プルートはさすがに人が多すぎると思ったのか、口を噤んでいるので一応空気が読めるようでよかった。
スレッラが何の反応も見せずにゆっくりとメルベルナを肩越しに振り返った。
その表情はいつもの雰囲気とは全然違う。
「ピンクの子、あなたどこかで会ったかしら」
「いいえ、ここに来るまでは田舎の片隅にいたので、そんことはないと思います」
「ふうん」
スレッラの言葉に多分嘘だなと思う。
トライワイトと田舎にいた可能性もあるかもしれないけれど、多分無い。
そしてトライワイトいわくスレッラは男で、魔道具で性別を変えている。
見覚えがあるなら男の姿で会っている人物なはずなのに、知らないふり。
(この人、何かあるのかな)
二人を見ながら考えを巡らせていると、メルベルナの目がスレッラからチェリルに動いた。
「この子が黒猫を連れていたらしいけれど、知ってる?」
「編入生なので、詳しくはありません。いなくなったらしいですよ、ねえ?」
「え、あ、うん」
スレッラに促されて、慌ててチェリルはこくこくと頷いた。
多分、トライワイトのことを言うなということなのだろう。
「あらそう。ここにいるって感じたのに」
悩まし気なため息。
色気を感じさせるその仕草を目に入れながらも、チェリルはメルベルナの一言が気になった。
(感じた? もしかしてスレッラみたいにライトの魔力を追える物持ってるのかな)
こんな妖艶な美女に、そんな物を渡したのかと思うと泣きたくなった。
もしかして恋人だろうか。
泣きたくなったけれど、待てよと思う。
(わざわざ聞くってことは、会ってないってことよね。この人に会わないように隠れてるってこと? 魔力追えるようにしてるのに?)
意味がわからない。
「失礼します」
スレッラが言うなりチェリルの腕を強い力で引っ張って今度こそ歩き出す。
そのとき、蚊帳の外になっていたプルートとすれ違った。
「……いなくなったのか?」
元凶のくせに。
「そうよ」
引っぱたきたいのを我慢して端的に言うと、プルートは何か言いたげにしていた。
けれど、知るかと前を向いてスレッラの引っ張るままに廊下を歩く。
人気のない場所まで早歩きでくると、ようやく立ち止まった。
「あの」
声をかけたのと、くるりとスレッラがチェリルに向き直ったのは同時だった。
「あの女には近づくな」
「近づくなって……」
「あと、猫のことも言うな」
猫ということはトライワイトのことだろう。
チェリルは訝しげに眉を寄せる。
「何で? もしかして、クロロさんが怪我してたのと関係ある?」
「詮索無用」
普段とは違うぶっきらぼうな口調で、会話を切られてしまった。
かなりムッとしてしまう。
指示をするなら理由を言うべきじゃないだろうか。
「幸いあいつは二年の臨時講師だから、授業で関わったりしない。絶対に自分から近づくなよ」
言うだけ言うと、スレッラはさっさと歩き去ってしまった。
ポツンとチェリル一人が残される。
「なにそれ」
もういないスレッラへの返答は了承ではなく、不満だった。




