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翌日の放課後。
教師に頼まれて資料を返しに行った帰り道。
昨日のことを思い出して顔から火が出そうになった。
今日はそんなことの繰り返しだ。
悲鳴を上げそうになったり、顔が赤くなりかけたり、完全に挙動不審である。
こんな様子をトライワイトに知られたら、絶対に白い目で見られると何とか理性を守っていた。
「おい」
反射的に思わず振り向いて「げ」と一言漏らす。
そこにはプルートがしかめつらで立っていた。
最近大人しいと思ったのにと、苦々しい顔をしてしまう。
「何よ」
「……その……」
プルートにしては歯切れが悪い。
その様子にチェリルは眉をひそめた。
「お前、勘違いするなよ」
「はあ?」
「ちやほやされるのも今だけだからな。こんな落ちこぼれ」
ちやほやされているつもりはない。
ただ薬学について聞かれることが増えただけだ。
言いがかりにもほどがあると、チェリルはいつものとおりにイラッとした。
いい加減にしてほしいのだ、こっちは。
「あんた何なの? いつもいつも、私が嫌いなら近づかなきゃいいじゃない」
「き、嫌いとは言ってないだろ」
「嫌いじゃないって、何よそれ」
「それは……」
どうにも歯切れが悪い。
そして今日はやけに目を泳がせながらチェリルをチラチラと見てくる。
その態度と今の言葉に、思わず半歩後ずさった。
「まさかと思うけど……好きとか言わないでしょうね。絶対お断りなんだけど!」
「何だと!」
「当たり前でしょ! どこの誰が散々馬鹿にしてきた相手を好きになるのよ」
「な、なっ」
「あんたは絶対にお断りよ!」
口をわなわなと震わせるプルートへと言い切るあいだにチェリルの頭に浮かんだのは、少年姿のトライワイトだった。
そしてそのあと十九歳の姿が浮かぶ。
何でこのタイミグで思い出すのだ。
しかもどちらの姿もと、チェリルが動揺したときだ。
プルートが腕を振りかぶった。
その手の先には水の塊がある。
チェリルに投げつけるつもりだろうそれを見て、最悪なんだけどと止める技量のないチェリルが心中で叫んだときだ。
肩に乗っていたトライワイトがトンとしなやかに飛んだ。
そしてプルートが振りかぶっている腕を大きく引っ掻く。
「うわあ!」
バランスと集中が乱れたプルートの手から、水の塊はチェリルに投げつけられることはなく地面へ落ちた。
そして廊下の床に水たまりを作ったけれど、災難なことにそこはトライワイトが着地したところだった。
上から大量の水を浴びて、体がぐっしょり濡れてしまっている。
目が半目になっており、どう見てもご機嫌斜めだった。
「ひぇぇ! ラ、クロロさん!」
おもわずライトと叫びそうになるのを、慌てて飲み込む。
チェリルは悲鳴を上げてがばりとトライワイトを抱えあげると、寮の自室へと走り出す。
もうプルートなんて目に入っていなかった。
途中チェリルが濡れるのを気にして、にゃうにゃう抵抗したトライワイトだったけれど、チェリルがガッツリ抱えているので抵抗むなしくそのまま運ばれた。
ようやく戻った自室でトライワイトを抱えたままタオルを引っぱり出し、いつかの日と同じように床に座り込んでガシガシとぺしょんとなった毛並みを拭く。
けれど、手を緩めたすきにトライワイトがチェリルの腕の中から飛び出した。
「あ! 風邪ひく」
叱ろうとした瞬間、トライワイトが少年姿で現れる。
したたる水が黒髪を濡らして艶めかしい。
何故か年下の少年なのに、どきりと胸の中が動いた。
「前から思ってたけどな! お前はどうしてそう乱暴なんだ!」
「あ、ご、ごめん、あの、拭くの」
叱られたことよりも、このあとのことを考えてしどろもどろになってしまう。
このまま続けてもいいのかと動揺していると「飴」と言われて、慌てて渡す。
「自分で拭く。いい加減に理解しろ。何度も見せただろ、俺はお前より年上の男だぞ」
「そ、そうだった、よね……うん」
チェリルは十九歳のトライワイトを思い出して、けれど目の前の小さな姿も同時に見て、何故かもの凄く恥ずかしくなっていた。
トライワイトを抱え込むなんて、森ではいくらでもしていたのに。
けれどその時は知らなかったんだよ、と誰にともなく言い訳の悲鳴を上げた。
そんなチェリルの動揺などおかまいなしに、トライワイトは飴を口に放り込んでいる。
十九歳ではないことにほっとしつつ、年下のトライワイトにも何だか心臓が不規則に動いてそろりとさりげなく目線を外した。
少し前からそうだ。
十九歳は言わずもがな、十三歳のトライワイトに不覚にも動揺してしまう。
何故だか濡れそぼった姿に色気を感じてしまい、居心地が悪くなった。
(子供だから! 弟だから!)
自分を一括してトライワイトをバッと見たら、タオルで髪を拭いている姿に何故か鼓動が跳ねた。
これはまずいかもしれない。
慌てて俯くと、頬が熱くなるのがわかった。
完全に挙動不審だ。
「……まだ先は長げえな」
「何が?」
「何でもねぇ。シャツ脱ぐからそっち向いてろよ」
「!?」
脱ぐのかと慌ててトライワイトを見やると、にやりと意地悪で不敵な笑みがそこにあった。
少年らしい指先がさっとボタンを二つ外す。
「見てぇなら別にいいぜ」
「遠慮します!」
叫ぶ勢いで返事をすると、ぐるりと勢いよくトライワイトに背中を向けた。
けれど気になってしまった。
トライワイトが首から下げている魔力石。
今までなんとも思っていなかったのに、唐突に自分の目の色だと思い出してしまったのだ。
これではなんだかトライワイトは自分のだと主張しているようで、軽い自己嫌悪とほのかな満足感という相反する気持ちのせめぎあいである。
(猫だったら気にならなかったっていうか、今まで何とも思わなかったのに……)
少し前から年下のトライワイトに対しての感情が想定外の事態になっている自覚はある。
それが、十九歳の姿を見て確実に加速していた。
(私は家族のつもりで一緒に来たんだから!)
言い聞かせるようにぎゅっと目を瞑って、チェリルは何も考えないように必死でどうでもいい言葉を頭に並べていた。




