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「そういえば」
「何だよ」
「もうすぐ模擬戦実習だよね」
「ああ、一年生のうちからするとは思わなかったな」
模擬戦実習。
文字通り、一対一で戦う実習だ。
一年生の今の段階ではたいした攻撃魔法や防御魔法は使えない。
けれど模擬戦をするのだと聞いて、クラス中が驚いたものだ。
「対戦があった方が魔法の練習にやる気が出るだろ」
「そうかしら」
「それはライが攻撃魔法が得意だからだよ」
チェリルが言うと、オフィリアが眉をしかめる。
「私、攻撃はそんなに得意じゃないのよね。防御魔法の方がやりやすい」
そしてふと二人はチェリルを見た。
沈黙がその場にぽつりと落ちる。
そしておそるおそるといったふうに、オフィリアがぎこちない笑みを浮かべた。
「実践って言うくらいだから、何使ってもいいって言ってたし……」
「そうだぞ。ええと……魔道具借りても大丈夫なんじゃないか?」
「なぐさめならいらないわよ」
二人を半眼で見やると、そっと目をそらされた。
そんな話をした数日後。
実践授業の担当教師がクラス全員を見まわした。
ついさっきまで魔法の練習を実習室でしていたので、それぞれ運動着姿だ。
「今日は最後に今度の模擬戦の相手を決めるぞ」
中肉中背の男性教師がほがらかに笑い、両手を胸の前でお椀を持つように合わせた。
そこに二つに折りたたまれた紙が現われる。
おそらく収納魔法に入れていたのであろうそれが、ぶわりとそれぞれの手へと飛んできた。
チェリルの元にも飛んできたので受け取り、そっと開く。
「げ」
およそうら若き少女の発していい声ではなかった。
肩をちらりと見ると、トライワイトも目を丸くしている。
「ナゥ」
まるで運がなかったなと言わんばかりにひと鳴きされた。
そこにはよく見知った名前。
プルートの名前が書いてあった。
ちらりとそちらの方を盗み見ると、広げた紙を見て機嫌がよさそうに笑っている。
嫌な顔、と思いながらチェリルは目線をそらした。
そして授業の終了後。
「おい」
もう何百回と聞いた声に眉根が寄ってしまう。
振り返るとプルートがいた。
まあ来ると思っていた。
期待を裏切らない男だ。
チェリルは盛大なため息をつきたくなったけれど、相手をしないとしつこいので、渋々振り返った。
「何か用」
声をかけたら満足そうなのがイラつく。
「今度の模擬戦、どうしてもって言うなら手加減してやってもいい」
「はぁ?」
なんだこいつは。
そんな顔がありありと浮かんでいたのだろう。
一瞬プルートが鼻白んだ。
ついでにチェリルの肩に目線がいき、トライワイトも睨みつけている。
薬学の授業で邪魔をしたからかなと思い、プルートがトライワイトに何かしようとしたら守らなきゃと肩に目をやる。
目をやった先。
トライワイトの真っ黒な目は「何だこのクズ野郎」と言っていた。
まごうことなき蔑んだ目だ。
猫なのによくわかる。
けれどプルートが話しを戻すかのように、ひとつ咳払いをした。
猫だからと無視をすることにしたらしい。
「どうせ何も出来ないだろ。何なら負けてやる。お前が何でも言うこと聞くならな」
「最低だとは思ってたけど、とんだクズね」
「な、俺はお前の事を考えてやってだな」
「必要ないわよ。何よ、何でも言うこと聞けとか。馬鹿じゃないの」
吐き捨てると、一気にプルートの顔が怒りでなのか紅潮した。
「これだけ言ってやってるのに、人の親切を棒にふる気か!?」
「何が親切よ、胸糞悪いわ!」
近い距離にいたら、絶対に胸倉を掴み上げていただろう。
ここまで罵倒したら、さすがのプルートもひるんだのか喉が一瞬詰まった。
そしてふんと鼻を鳴らす。
「勝手にしろ! 絶対泣かせてやる」
「こっちのセリフよ!」
言い返してから、チェリルはギリギリと歯ぎしりする勢いでプルートの背中を見送った。
そして気持ちを整えるように、すぅと息を吸い込むと。
「放課後は戦闘準備よ!」
高らかに宣言した。
ちなみに物騒な宣言にトライワイトは何度か瞬きを繰り返していた。
そんなこんなで放課後に実習室の貸し出しを申請して、材料を用意する。
薬草は校舎の裏手にある広大な森に行けば、取り放題なのだ。
実習でも使うから森は深い。
けれど浅い場所までは個人でも入ることを許されていた。
「よし!」
机に広げた器具や薬草を並べてチェリルは勇ましく頷いた。
トライワイトも興味津々に覗き込んでいる。
今日は授業ではないので、森の家にいた頃のようにチェリルの肩に乗っていた。
その視線の先は並べられた薬草たちだ。
その様子にチェリルがくすくすと笑う。
「半分はいつも使ってる魔力増幅薬と同じだよ」
その言葉に、トライワイトはなるほどというように頷いて、それ以外の薬草に目を向けた。
まずは薬草を使いやすいように濡れたタオルで拭いたり切ったりしていく。
「魔石取ったら魔力無くなるって話ししたじゃない」
手元を動かしながら話すと、トライワイトがぴくりと体を動かした。
そっと見やると、耳がギュイッと後ろに倒れている。
なにか嫌なことが今あっただろうか。
特に鳴くなり肩から降りるなりしないので、かまわずチェリルは作業を再開させた。
「その話でさ、思ったんだよね。増幅の逆のものは作れないかなって。魔力減少薬的な」
「ンナ」
なんだか思わずといったような鳴き声だったので、不思議に思ってもう一度トライワイトを見ると、何故か目をまんまるにしていた。
なんでそんな顔になっているんだ。
しばらく見ていたけれど、トライワイトはすぐに気をとりなおしたように、ぺしりと尻尾で背中を叩いてきた。
手を動かせということらしい。
何に対する反応だったんだと思いながら、チェリルはぐりぐりと薬草を揉み込みだした。
「対戦実習では何使ってもいいって言ってたじゃない?収納ポーチもあるからね。師匠を馬鹿にしたこと、身をもって後悔させてやる」
うふふふふ、とあまりよろしくない笑みを浮かべながらチェリルはテキパキと手を動かしていく。
チェリルからは見えないけれど、トライワイトはそれを感心したようにしげしげと眺めていた。
そして、ある程度作業がひと段落したところで、チェリルは出来上がった真っ青な液体を手の甲に落とし、ぺろりと舐めた。
「ンナゥ!」
叱責するような鳴き声にトライワイトを見ると、毛が逆立っている。
不思議に思ったあとで、自分の手元を見下ろした。
そうだと言わんばかりに、ひと鳴きしてトライワイトの耳がぎゅいっと後ろにいく。
そして、どう見ても非難ごうごうの顔だ。
そこでようやく「ああ!」とチェリルは合点がいった。
どうやら作りかけの薬を味見したのが駄目らしい。
「舐めるなってこと?」
「ナウ」
やはりそうだった。
その反応に、チェリルは大げさだなと笑って見せる。
「大丈夫だよ、これは毒とかじゃないし。新しい薬はこうやって調整していくんだよ」
その言葉にトライワイトは絶句していた。
しかしチェリルは気づかずに、薬を見下ろしてつらつらと呟く。
「飲ませるのは現実的じゃないのよね。かけたりするほうがいいかな」
うんうん唸りながら、しまいには「目が痛くなるのとかいいかも」などと言いだし、あれもこれもと作り出す。
「ナゥ……」
その様子をトライワイトはドン引きの目で見つめていた。




