26
そのあとの授業は、薬学の授業での結果が心にずっととどまっていて、なんだかあまり頭に入ってこなかった。
そのたびにトライワイトから「ナゥ」と注意が入るので、なんとか平静をたもっていられたのである。
そしてようやく自室に戻り扉を閉めると、チェリルは部屋の真ん中に静かに立ち尽くす。
「おい、やけに大人し、もが」
トライワイトの言葉が終わるより先に、その口へチェリルは飴をねじ込んだ。
飴が無くても戻れるらしいけれど、食べた方が楽だろうと思うのだ。
「……はあ」
少年の姿に戻り、トライワイトが嘆息したときだ。
「うぐ!」
トライワイトの体にチェリルが突進するように抱きついた。
呻き声が聞こえたけれど、今は勘弁してほしい。
「お前、身長差を考えやがれ」
そんな言葉は無視してチェリルは抱きしめる腕に力を入れた。
「師匠のこと褒められたよ」
「ああ」
「素晴らしい腕だって」
「そうだな。俺が言ったとおりだったろ」
「うん……ライトのおかげ」
「あぁ?」
いつもの柄の悪い返事に小さく笑ってしまう。
「あいつのこと、邪魔してくれたでしょ」
「お前のためじゃねぇ」
「うそつき」
「性根が気に食わなかっただけだ」
「そっか……ありがとう」
ずっと我慢していた涙が溢れてきて、ぐすりとチェリルは鼻を鳴らした。
再びのため息のあと、ゆるくだけれど抱きしめ返されて、それが嬉しい。
「今頃泣くのかよ」
「教室で泣くわけにはいかないでしょ。我慢してたの」
「そうかよ」
ぐすぐすとトライワイトのシャツに涙が染みこんでいく。
弱々しく「ごめん」と謝れば。
「泣くだけ泣いとけ」
首の後ろに手をまわされ引き寄せられると、トライワイトの体にますます顔を押しつけられた。
それが嬉しくて、縋るように抱きしめた手でシャツを掴む。
ひとしきり泣いて体から離れようとすると、すぐにトライワイトの手も離された。
それがなんだか寂しく思う。
「目、冷やさないと明日すげぇことになるぞ」
その忠告に頷きかけて、そうだとチェリルはトライワイトを見下ろした。
「ずっとやってもらおうと思ってたの」
「あ? なんだよ」
「……頭撫でて」
子供みたいかもと思いながらも、何故か無償にトライワイトに甘えたくなるときがある。
自分より年下の少年なのに。
なので年下だとはわかっているけれど、恥を忍んで要求を口にした。
「舐めてんのか、届かねぇよ」
ぶった切られたけれど、この一言で諦めることはない。
チェリルは無言でしゅっとその場にしゃがんだ。
「お前なぁ」
呆れたような言葉。
でもチェリルは知っている。
トライワイトは口ではなんだかんだ言うくせに、とても優しいのだと。
その証拠に、すぐにくしゃくしゃとチェリルの金髪がいささか乱雑に撫でられた。
「撫で方雑だね」
「ぶったたくぞお前」
「ふっふふ」
トライワイトの言葉に、思わず笑い声が漏れた。
肩を震わせていると、今度はぽんぽんと先程より優しく撫でられる。
「よかったな、頑張ったじゃねぇか」
それだけで嬉しくなった。
泣いても踏ん張った甲斐があったというものだ。
「今日一緒に寝てくれる?」
「駄目に決まってんだろ。男だってのを理解しろ」
「さっきはくっついても何も言わなかったじゃない」
「お前が泣いてたからだろ。不可抗力だ」
「……」
トライワイトの言い分で、男なのはわかる。
でも家族だ。
チェリルにとっては、年下の、大事な家族。
そう言いかけたら、トライワイトが眉間に皺を寄せて唇を開いた。
完璧な造形美から、とんでもないことを言い放つ。
「いい加減に言うけどな、俺は十九だ」
「……え⁉」
たっぷりためたあとで、チェリルは素っ頓狂な声を上げた。
まさかの事態だ。
零れ落ちそうなほど目を丸くしていると、トライワイトがチッと舌打ちした。
「魔力消費が多いからチビにしか戻らねぇだけだ」
「十九……そうなんだ」
「人が気ぃ使って年言わなかったのに、ベタベタしやがって。チビだろうが危機感持てって何度も言っただろうが」
その言い分に、そういえば何度も言われたなと思い出す。
男相手なんだから、と。
十九歳。
チェリルよりも三歳も上だ。
なんだか恥ずかしくなってきて、チェリルはトライワイトに抱き着いていた手と体を、そろりそろりと離した。
(恥ずかしくなってきたかも、すごい恥ずかしくなってきたかも。私ライトが人間のとき、物凄くベタベタしてたよ!?)
別に姿を見たわけでもないのに、急に耳がじわじわと熱くなってくる。
だからごまかすように、へらりとトライワイトへ笑いかけた。
「十九歳のライトなんてイメージわかないな」
「あぁ?」
「だって可愛いんだもん。十九って言われても冗談かと思っちゃう」
十三の姿は中身に反して高貴な雰囲気があるけれど、それ以上に少年らしい繊細さがある。
とても十九歳の姿だなんて思いつかない。
中身は確かに少年らしくないと思っていたけれど。




