17
そんなふうに一人と一匹もとい二人で、なんだかんだ騒がしく生活していた数日後。
チェリルは待ちに待った一度目の薬学実習に挑んでいた。
座学はもう何度も授業している。
チェリルとしてはほとんどがフリに教えて貰ったり本で見た薬草が多かったけれど、それはそれとして説明を教師から聞くのは面白かった。
これはこんな効能もあったのか、だとかこの薬草のこの効能は知られていないのだな、とか教科書を見るだけでも面白い。
学年が上がるにつれて習う薬草も増えるというから、今から楽しみだった。
実習ということで、どこか浮足立った雰囲気が実習室に漂っている。
「はいみんな、今日は基礎の基礎である炎症の治療薬を作ります。効能は一番弱いものなので、簡単にできるから緊張しないように」
薬学の担当教師だと言っていたベヘルマがパンパンと手を叩く。
それを合図に教室内は静かになった。
基礎の基礎と言われて、はてとチェリルは首を傾げる。
(基礎の基礎って言われても……フリに習ったいつものやつでいいのかな)
準備されている材料を見る限り、効能が弱いどころかほとんどないものが出来上がる気がするんだけどなと、不思議というか不安になる。
果たしてあれは薬として使えるのだろうか。
チェリルが首を捻っているあいだに一人ずつ前に出て薬作りが始まった。
クラスの人数はそんなにいないので、一人ずつ手順を確認するらしい。
それにしても、とチェリルは現在薬を作っている生徒を見る。
なんか凄く慎重に材料を計ったり切ったりしている。
(あれえ?)
腑に落ちなくて、チェリルは思わずクロロを見た。
薬学の実習は鍋で煮るので危ないと、少し離れた棚の上にちょこんと座っている。
頭にハテナを浮かべていると名前を呼ばれたので、チェリルは作業台の前に立った。
(まあ、いつもどおりやればいいか)
タンタンと薬草の必要な部分を切り取り、乳鉢で薬草をすり下ろす。
すり下ろしたものや木の実を刻んだものを、チェリルは一度も軽量することなく次々と入れていった。
何故かまわりがあんぐりと口を開けているので、何だろうと思っていると。
「おい、何だこいつ!」
急に大きな声が実習室に響いた。
パッと鍋から顔を上げると、プルートがにやついた顔でチェリルの鍋を指差している。
急な展開にチェリルが手を止めてプルートを見ると、他の生徒もそちらへと視線を集中させた。
「こいつ教科書通りのことも出来てないぜ。適当に入れてやがる!わからないからってやけくそはよくないよなぁ」
「な!ちがっこの薬はこの方が効果が」
言い募ろうとしたけれど、すぐに教室内がざわつきだした。
「箒も飛べないのにこれも?」
「実習駄目なのばかりだな」
「落ちこぼれよね」
ひそひそとした声が耳に届く。
カッと耳が熱くなるのを感じた。
飛べないのは本当だけど、薬はちゃんと今まで作っていた。
(ちゃんと作れてる自信はあるわ!)
すがるようにベヘルマへ目を向けた。
薬学の担当医ならわかってもらえると思ったからだ。
けれど。
「バッカニアさん。出来ないからからって適当は駄目よ。炎症の薬は薬草の比重が重要なんだから」
たしなめるように言われて、チェリルは愕然とした。
ベヘルマにはわかってもらえると思ったからだ。
炎症の薬に薬草の比重が大事なのはわかっている。
(でも、だって、今までこれで作ってきたし、よく効くって言われたんだよ)
比重は大事だ。
でも薬草の状態や木の実の熟れ具合で判断しながら混ぜないと、一定の効能は保てないではないか。
それは間違っているのだろうかと呆然としてしまった。
プルートだってチェリルの薬の評価は知っているはずなのに、どうしてここでいちゃもんをつけられるのかが、わからない。
いつもの嫌がらせならたちが悪い。
チェリルは眦を吊り上げて、得意げに見下ろしてくるプルートを睨みつけた。
チェリルの意識が向いたせいか、プルートが満足げな顔をして口元を歪める。
「こんな作り方するなんて、師匠が悪かったんじゃねーの」
プルートの言葉に、ガンと鈍器で頭を殴られたようだった。
チェリルはフリを尊敬している。
特に薬作りはフリのお墨付きだから、自信もあった。
「何よそれ、そんなこと」
「お前が落ちこぼれなのは師匠が無能だからだろ」
腹の奥が燃えるように熱くなるのを感じた。
頭が真っ白になりかけ、掴みかからんとするかのように一歩踏み出したときだ。
「はいはい、そこまで。二人とも落ち着きなさい。バッカニアさんも真面目にやること」
ベヘルマがパンパンと手を叩きながら言った言葉に、真面目にやっているのだと言いかけたけれど、続く言葉に遮られた。
「次はそれぞれ用意した薬草で作れるものを作ってもらうから、しっかり勉強しておくように」
チェリルが最後の順番だったせいで、授業は終わりだとまとめられてしまった。
まだ薬は完成していないのに。
薬学の授業は自信があった。
チェリルが唯一誇れるものだ。
こんな形で馬鹿にされるなんて思っていなくて、チェリルはぎゅっと拳を握りしめて唇を噛んだ。
トンと肩に重みがかかる。
もう慣れ親しんだクロロの重みだ。
すり、といつもはしないのに頬に頭をすりつけられて、なめらかな毛の感触にじわりと目の水分が増した。
「大丈夫?」
そっと声をかけてきたのはオフィリアだった。
心配そうな声色に、なんとか頷く。
「ごめん、私……早退する」
とてもこのあとの授業をまともに受けられる自信はなかった。
「うん、先生には伝えておくね」
気遣う声にこくりと頷くと、チェリルはそのまま教室を飛び出した。
そのまま寮に走り、自室へと飛び込む。
バタンと勢いよくドアを閉めると、そのままもたれかかりズルズルとしゃがみ込んでしまう。
膝へ顔を埋めると、我慢していた涙があとからあとから溢れてきた。
「う、うぇ……ひっ」
「……チェリル」
喉がひくついてしゃくり上げているから、返事がなかなか返せない。
何度かしゃっくりを繰り返すと、チェリルは顔を上げることなく震える声を絞り出した。
「師匠のこと悪く言われても、何も言えなかった……いっぱい教えてくれたのに。ほんとだよ、魔力はほとんどなかったから魔法はあんまりできなかったけど、薬のことはいっぱい教えてくれたんだよ」
熱い息を吐きながらなんとか言葉を吐き出すと、肩にいるクロロから「はあ」と大きなため息が聞こえた。
それにびくりと体が揺れる。
クロロにとってもチェリルの薬はでたらめなのだろうかと怖くなったとき、クロロが肩から床へと降りた。
すんと鼻をすすりながらそっとクロロを見ると、そこには黒猫ではなく美しい高貴な外見の少年がいる。
一度瞬きをするあいだに、ぎゅっと抱きしめられた。
チェリルがしゃがみこんでいるから、膝立ちのクロロの方が目線が高い。
細い体には、すっぽりと包むことは無理でも温かい体温と、猫の時よりゆっくりな心臓の鼓動はよくわかった。
「クロロさん?」
「慰め方がわかんねぇ」
そっと目線を上げると、苦い顔をしたクロロの顔がある。
着ているシャツをびしゃびしゃにしているけれど、それに苦言を口にする気はないらしい。
クロロの不器用な物言いに少し笑って、だったらとチェリルはその少年らしい体に腕をまわして抱き返した。
「このままでいて」
「……わかった」
「ありがとうクロロさん」
すんともう一度鼻をすすると、クロロが逡巡するような雰囲気を感じさせたあと、ぽつりと呟いた。
「トライワイト」
「なに?」
「俺の名前」
「そっか……名前」
人間なら、あるだろう。
思いいたらなかったと、少しおかしくなった。
「何で教えてくれたの?」
「……二人きりのときだけ呼んでいい」
ああそうかと思う。
気をまぎらせようとしてくれているのだ。
諸事情があると言っていたくせに、チェリルには教えてくれるのだ。
それに気がつくと、いつのまにか涙が止まっていた。
カピカピに乾いた目尻が痛いけれど、顔を上げたら気づいたクロロ、否トライワイトが抱きしめていた体を離した。
そのまま目の前にあぐらをかく。
ノーブルな外見に非情に似つかわしくない。
それにもおかしさがこみ上げて、チェリルはくすりと笑った。
「ふふ、人がいたらクロロさんで、二人きりのときはトライワイト?」
「そうだ」
「長いね」
「チッ、ライトでいい」
「うん」
やっぱり柄が悪いと思いながら、チェリルは嬉しくて眦を緩めた。
口元が綻ぶ。




