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そんな座学中心の学生生活を数週間。
授業内容に本格的な実技が含まれてきた。
そしてとうとうやってきた。
浮遊術の授業。
浮遊術といっても、箒以外を教えることはないけれど。
外の校庭で、チェリルはポーチから出した箒の柄を握りしめていた。
一応貸し出しはあるけれど、基本的に箒は各自持参だ。
チェリルも愛用品である。
ただし一度も飛べたことがないけれど。
ちらりと見た先には、教師の後ろにちょこんと座っているクロロ。
それを見たら、唇を引き結んで柄を握る手に力を込めた。
「はい、では皆さん箒にまたがって。ゆっくりと浮かんでちょうだい。一メートルくらいでいいですからね」
言われるなり、全員が箒にまたがったまま上昇し始めた。
不慣れそうによたよたした者から、颯爽と飛び上がったもの。
それらを見て、チェリルは胸のなかの魔石を意識するけれど、足の裏が地面から離れることはない。
(落ち着け、大丈夫、飛べるから落ち着いて)
胸の中で繰り返すけれど、箒の柄を握る手の力が強くなるばかりで、焦りしかない。
「バッカニアさん、どうしたの?」
「……その」
担当教師に問われて口ごもったときだ。
「そいつ箒で飛べないんですよ! 一度も浮いたことないもんな」
プルートの大きな声が響き渡り、クラスメイトの視線が一気にチェリルに集中した。
そうなのかと問いかけてくる教師に、チェリルが耳や頬が熱くなるのを感じながら、唇を噛みしめて小さく頷いた。
「うっそ、ほんとに?」
オフィリアが驚いた声を出す。
そちらをそろそろと見れば、目を丸くしていた。
さらに隣にいた空色の髪の男子生徒がぽかんと口をあけている。
「基本中の基本なのにか? 本気で? 魔女なのに?」
心底意味がわからないという顔だ。
「落ちこぼれだもんなー!」
馬鹿にしたようなプルートの言葉に、クラスメイトがくすくすと笑う。
主従魔法でチェリルは最初から距離をとられ、実技授業が始まるとあまりの出来なさに、早々に落ちこぼれのレッテルを貼られたのだ。
最初に言いだしたのはプルートだ。
あいかわらずイラッとする。
箒の柄を折らんばかりに握りしめていると教師が気の毒そうな顔をして、みんなが飛ぶ練習をしているあいだ浮き方を丁寧に教えてくれた。
魔石から魔力を全身に巡らせて、その魔力を手から箒に流す。
それがチェリルには難しいのだ。
魔石の魔力は感じる。
でも手からうまく箒へと流せない。
結局授業が終了するまで浮くことも出来ず、気の毒そうにしていた教師も最後にはどこか呆れた顔をしていた。
授業が終わり箒をポーチに収納すると、トトトッとクロロが寄ってきてピョイッとチェリルの肩に乗った。
それにほっとしてしまう。
「全然飛べなかったや……手から魔力をうまく注げないんだ。足ならなんとなくわかるんだけど」
わいわいと室内へと戻っていくクラスメイトの後ろ姿を最後尾で眺めながら、チェリルは小さくうつむいた。
金色のツインテールがぱさりと揺れて表情を隠す。
「……ちゃんと師匠がいたときから練習してたもん」
じわりとオレンジの瞳に水分の膜が張りかけたとき。
ぷに、と頬に独特な感触を感じた。
目線をやれば、クロロがチェリルの頬に前足を押しつけている。
ぷにっとした感触は肉球だったらしい。
まるで気にするなと言わんばかりだ。
「やさしいね、クロロさん」
チェリルはほんの少し力の抜けた笑みをクロロに向けた。
その後、日々が過ぎていくなか座学は中の上くらいをキープしているけれど、実技は散々だった。
今日もあった本日最後の浮遊術の授業が終わったあと。
やっぱり箒で浮かべず肩を落として授業が解散になったあと、チェリルはのろのろと校舎に向かっていた。
「いい加減、才能ないのに気づけよな」
嫌なくらいに聞きなれた声。
「あんた暇なの?」
顔を顰めて振り返ると、案の定プルートがいた。
機嫌のよさそうな顔をひっぱたきたい衝動に駆られる。
チェリルの反応が気に食わなかったのか、予想と違ったのかはしらないけれど、プルートはあからさまに眉間に皺を刻んだ。
「仕方ないから、頭を下げたら実技を教えてやってもいいんだぜ」
「あんたに教わるくらいなら、他のクラスメイトに土下座する方がマシよ」
吐き捨てたチェリルに、プルートがカッと頬に朱を走らせた。
恥をかかされたと思ったのだろう。
チェリルの右腕を掴み、ギリギリと力を込める。
「痛っ、離しなさいよ」
「箒も使えない出来損ないのそばにいるのなんて俺くらいだぞ! クラスのやつらだってみんなお前をバカにしてる」
ぐっと思わず奥歯を噛んだ。
確かにクラスメイトからは遠巻きにされている。
なんなら笑われているのも自覚がある。
例外はオフィリアくらいだ。
といっても彼女も個人主義だから、つねに一緒なわけではない。
それはチェリルもそうだから構わないけれど、だからといって笑い者にされて平気なわけじゃない。
一瞬オレンジの瞳が揺れて、プルートが得意げに笑ったときだった。
チェリルの腕を掴んでいるプルートの手元にパチンと小さな光が走った。
「痛てっ」
チェリルには何ともなかったけれど、プルートの手が弾かれたように手首から離れる。
そうしてまたパチンと小さく音がすると「うわっ」とプルートは体勢を崩して尻もちをついた。
「何、いきなり」
突然の意味のわからない行動にぽかんとチェリルが目を丸くすると、プルートがよたよたと立ちあがった。
「そっちこそ何してるんだよ」
「何言ってるの?」
意味がわからない。
首を傾げるチェリルの肩上にいるクロロがじっとプルートを見つめているだけだ。
説明しようのない状態に、プルートは舌打ちをしてじりじりとチェリルから距離を取った。
「くそ、どうせそのうち泣きつくに決まってる」
甚だ不快な捨て台詞だ。
絶対そんなことになるものかと思いながら、プルートの背中を見送ることなくチェリルは寮の自室へと戻った。
自室に戻り、ぽふりとベッドに座る。
しょんぼりとうつむいていると、時計が目に入った。
思いのほかプルートに時間をとられたようで、もう夕飯の時間だ。
「食欲ないな……」
「ナオ」
「あ、クロロさんの分はちゃんと準備するからね」
慌てて無理やり笑みを浮かべると、ペシリと尻尾で背中を叩きクロロは膝へと降りてきた。
そしてパカリと口を開ける。
「だからご飯はすぐ」
「ナン」
「あ、飴?」
問いかければ、また小さな口をバカリと開けた。
慌てて丸缶を取り出し、飴をつまんで差し出すとぱくりと食べられる。
ポリリと音がすると、クロロは満足そうに「ンナ」と鳴いた。
「なんか魔力減ることあった?」
疑問に思うけれど、ぷいとそっぽを向かれてしまう。
この高貴な猫様は秘密主義なのだ。
丸缶をポーチに入れたところで、右手首に痛みが走った。
袖をまくると、あきらかにさきほどのプルートの仕業である掴まれたあとが生々しく残っている。
嫌そうに顔を顰めると、クロロがペロリと小さく舐めた。
こんなことをされたのははじめてだ。
猫特有の舌の感触がくすぐったい。
元気づけてくれているのだと思うと、嬉しくなった。
「ありがとう。私……プルートの言うとおり落ちこぼれだよね。箒で授業使うたびに笑われて」
思わず目の前の柔らかく温かな体を抱きしめると「ナン」と一度鳴かれる。
けれど、クロロはじっとしてくれていた。
もしかしたら元気を出せと言ってくれたのかもしれないなんて、期待を持ってしまう。
トクトクとチェリルより早い鼓動と温かい体をしばらく抱いていると、悩んでいるのがもったいなく思えてきて、チェリルは顔を上げて手を離した。
抱きしめていた手が離れたので、クロロがまるでもういいのかというように小さく首を傾げる。
それに「うん!」と力強く頷いた。
「落ち込んでも仕方ないよね。うん! 飛べないのがなんだ、練習が足りないんだ!」
気合が入ると、一気に気分が高揚した。
「私、練習してくるね!」
クロロを膝からベッドにおろして立ち上がると、すぐにチェリルの肩へと飛び乗られた。
一緒に来るつもりらしい。
「暗いから危ないよ。クロロさんは外出たらどこにいるかわからなくなるし」
「ンナ」
「……大丈夫?」
「ナゥ」
「ならいいけど」
心配そうにしながらもクロロは基本的にやりたいことは絶対やるし、やりたくないことは意地でもやろうとしないので、連れて行く選択肢しかない。
結局一緒に行くことにした。
そして向かったのは、いつものなだらかな丘状になっている、整えられた練習場ではない。




