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そして次の日から授業がもろもろ始まった。
生活魔法は物を浮かせて自由に動かす魔法だ。
初歩の魔法だけれど、見なくても自由に動かせるようになるには少し時間がかかる。
何個も同時に操れたら一人前だ。
クラスメイトがグラスやスプーンに両手を向けて、なんとか浮遊させている。
チエリルはスプーンを親の仇でも見つめるような眼差しを向けて、両手から魔力を出した。
「うわっと」
放出した魔力でスプーンを包むと、なんとか浮かせる。
けれどそれは安定せずに、上下に揺れたり意図せずくるりと向きを変えたりと、どう見ても上手くいっていない。
「今まで全部手作業だったからなあ」
困ったように眉を下げると、机の上のクロロが何か言いたそうな顔をしていた。
しかし今は集中しているので、かまっている暇がない。
集中が途切れたとたん、カツンとスプーンが机の上に落ちた。
あーあと肩を落としたときだ。
「こんな浮遊魔法に手こずってる奴がいるみたいだぞ」
あからさまな声に、そちらを見なくてもわかるけれど見てしまう。
思ったとおりプルートだった。
にやにやと意地悪げに口元を歪めている。
「あいつぅ」
ギリッと拳を握ったときだ。
「ひゃーすっごい」
突然目の前にオフィリアが現われて歓声を上げた。
いきなりなんだ。
そして何が凄いんだ。
思わず一歩後ずさると、ガシッと右手を取られた。
そして手のひらをしげしげと見られる。
「出来ないのが逆に凄い! どういう理由で出来ないの?」
失礼にもほどがある。
「私が聞きたいよ。てゆうか失礼ね」
ジトッとした目を向けると、オフィリアがごまかすように笑いながら頭の後ろをかいて、へらりと笑った。
「珍しい魔法とか禁術とか大好きなのよ。だからつい」
ついじゃない。
珍しいくらい出来ないと言われているのだ。
憤ってもいいと思う。
「それで腹痛抱えて入学式出たんでしょ」
「一片の悔いなしよ。本にあるとおりの結果ですっごく満足したわ」
「あっそ」
ピッカピカの笑顔にチェリルは半眼を向けるしかなかった。
そうして次の授業、次の授業と時間が進んだけれど、結果は惨憺たるありさまだった。
魔術陣を書きだす魔法美術や、実戦授業でもうまくいかない。
攻撃魔法も防御魔法もろくに発動しなかったのだ。
唯一、補助や治癒系統の魔法なら相性がよさそうだったけれど、発動にはいたっていない。
結局一日、なにも上手くやれなかった。
「覚悟してたけど、ボロボロだわ」
自室でうえーんと落ち込みながら机になつく。
ついていくのが大変だろうとは思っていたけれど、ここまで酷いとは自分でも予想していなかった。
完全に落ちこぼれレベルだ。
呻きながら机になついていたけれど、ぎゅっと一度顔のパーツを真ん中に寄せるように力を入れて体を起こした。
「実技がひどいぶん座学は頑張らなくちゃ」
これらは覚えるだけだからチェリルの頑張り次第ですぐにどうとでもなる。
やれることからコツコツとだ。
「まずは魔法歴史からやろうかな」
そうと決まれば教科書やノートを手際よく開く。
ちなみにクロロは机のはしにちょこんと座って、苦悩するチェリルの姿をじっと見ていた。
なぐさめてくれたっていいのに。
そのまま教科書を読みながら、覚えやすいように自分なりの年表を作っていく。
実はこういった試行錯誤は嫌いじゃない。
新しい薬を作っている時の感覚に似ている。
もくもくとペンを進めていると、たしんと音がした。
なんだろうと顔を上げると、クロロが尻尾を揺らしている。
どうやら尻尾で机を叩いてチェリルを呼んだらしい。
「どうしたのクロロさん。お腹空いた?」
「ナン!」
誰がだというように抗議された。
あいかわらず、わかりやすくて猫っぽくない。
「じゃあ、どうしたの?」
チェリルの問いにクロロはノートの近くまで来ると、とある一文を前足でペンッと叩いた。
「んん?」
「ナゥゥナ」
首を傾げると、もう一度一文を主張するように叩かれて、駄目押しとばかりに尻尾も机にびたんと落ちる。
「……調べてみる」
クロロの主張はその一文にあるらしいので、授業ではあまり使わないと言われた太い資料集を手元に置き、もくもくと調べ始めた。
そして十分経過。
チェリルはぽかんとまぬけに口を開けたまま、クロロへと顔を向けた。
「私の書いた事、間違ってた……」
その言葉に、ほら見たことかと言わんばかりにクロロはふすーと呆れたように鼻を鳴らした。
「クロロさんてば、こんなことわかるの⁉ 凄い凄い! さすがクロロさん」
思わぬ博識っぷりにチェリルは興奮するけれど、クロロは当然のことだと言わんばかりにツンと顔をそらした。
あいかわらず気位の高い王子様だ。
けれどこれは嬉しい誤算だった。
チェリルは要領は悪くはないとは思うけれど、よくもない。
大体の基本数値が平均より少し下だ。
座学も苦労すると思ったけれどと、クロロをキラキラしたオレンジの目で見つめた。
「クロロさん!一緒に予習しよう。それで、変だと思ったところ教えて!」
勢いよく顔を覗きこむと、驚いたのかクロロの目が大きく丸くなった。
そうなるとチェリルのあげた魔力石のオレンジ以外が黒一色になってしまう。
それはそれで可愛い。
にひりとチェリルは満面の笑みをクロロへ向けた。
「クロロさんとだったら、心強いよ」
お前自分で頑張れよという顔をしていたけれど、結局折れるようにクロロは「ナン」と頷いた。
なんだかんだ面倒見がいいのだこの猫は。
まだ会って短い期間だけれど、チェリルはもうすっかりとその部分はお見通しだった。
それ以来、部屋での予習復習はクロロがつきっきりだ。
間違えていたら、ペンと肉球のついた前足で間違っている箇所を踏まれる。
また間違いを指摘されたのでそれを書き直してから、ふとずっと思っていたことが気になった。
「クロロさん何でそんなに勉強できるの? 前はもしかして魔女か魔法使いのところにいたりした?」
素朴な疑問にノートから顔を上げたら、ぷいとクロロは顔を背けていた。
教えるわけがないという態度だけれど、クロロの性格をだいぶ掴めているチェリルは、まあそんな反応だろうなと予想していたので気にしなかった。
「……前に誰といても今は私と一緒だもんね」
自分に言い聞かせるように呟いて、クロロの脇の下に手を入れた。
そのまま持ち上げ膝の上にのせる。
今の行動が不満だったのか、見下ろすとクロロが半眼になっていて笑ってしまった。
「クロロさんが話せたら、いっぱい話すのにな」
顎の下を指で撫でると顔をそらせて嫌がられてしまった。
猫は顎下が好きだと聞いたけれど、クロロは違うらしい。
喉を鳴らしているのも聞いたことがない。
チェリルの指をよけながらも、今の言葉が気になったのかクロロがじっと見上げてくる。
「あ、クロロさんが話せないのが嫌なんじゃなくて、もっとクロロさんが知りたいなって思っただけだからね」
勘違いしないように、と力説するチェリルをクロロの黒曜石のような目がじっと見ていた。




