12
「このクラスの担任になるベヘルマよ。担当は薬学。よろしくね」
ベヘルマの言葉に、チェリルの胸はドクンと高鳴った。
薬学を学べるのだと興奮しそうになる。
「薬学! 師匠も薬学はあんまり教えてくれなかったのよね。楽しみ」
ぽしょぽしょと声に出したチェリルにクロロが目を丸くして見上げてきた。
あれだけ薬を作っているのに習ってないから、おかしいと思ったんだろうな。
そんなことを考えながら、言い訳のようにさらに口を開いた。
「一緒に薬作ったりはしてたけど、座学はあんまりね。好きにしろって」
その言葉にクロロが愕然とした表情になる。
なにその顔。
猫なのに感情表現が豊かだ。
「座学ってどんなことやるのか楽しみだな」
キラキラしているチェリルの目に気づいたのか、ベヘルマと目があった。
「薬学を楽しみにしてくれている子もいるみたいね。あら?」
にこにこと笑っていたベヘルマが怪訝な表現を浮かべた。
その視線の先はクロロだ。
「ええと、バッカニアさん?」
「はい!」
耳慣れない名前に声が裏返った。
チェリルの名前はフリがつけたものなので、ファミリーネームもフリのもので登録されている。
ただ呼ばれたことはないので、一瞬反応が遅れてしまった。
「その猫は従かしら」
その質問にドキリと一度心臓が跳ねる。
主従魔法を結んでいないのがバレたら、クロロは置いてこいと言われるだろう。
そんなわけにはいかない。
「は、はい!主従魔法を結んでます」
チェリルの返事に、にわかに教室内がざわついた。
「まあ珍しい。学校に従を連れてきた人は、多分あなたがはじめてよ」
「そうなんですか?」
そんなに珍しいのかと小首を傾げると、ベヘルマは困ったような顔で言いにくそうに口を開いた。
「主従魔法を結ぶのは、自分に実力がないから手を貸してもらうって考え方が多いのよ」
なるほど。
(つまり連れていたら未熟者ってことね)
それなら大手を振って連れ歩く人間はいないだろう。
しかしとチェリルは机に座っている王子様、もといクロロを見下ろした。
(クロロさんしっかりしてるから、あながち間違っちゃいないわ)
クロロと出会ってから今日までの短い生活を思い出し、さもありなんと思う。
ベヘルマはさらに話を続けた。
「もしくは魔力の強いものが主と認めて契約を持ちかける場合ね。魔力が高いほど知能ももあるし喋れたりするから意思疎通も簡単なのよ。ただ……その子は魔力はあるけれど」
ベヘルマは言いにくそうに言葉を濁す。
そこでクラスメイトの視線がクロロに集中したのがわかった。
興味深そうな視線が多かったけれど。
「だっせー。ただの猫じゃねーか」
すぐ近くの席に座っていたプルートが、これみよがしに馬鹿にして笑う。
それにイラッとしていると、プルートはせせら笑った。
「よわっちい猫を従えてここに来るなんて、馬鹿のすることだろ」
あからさまな嘲笑に、ベヘルマがこらと窘めるけれど、プルートの言葉や態度に教室の中が同調する雰囲気になった。
くすくすと笑う声に、プルートの作ったきっかけが原因かと思うとイラッとする。
「みなさん静かに! バッカニアさん気にしないでね。ただ仲が良くて結んでいる場合だってあるんだから、猫でも問題ないのよ」
ベヘルマがフォローするようになだめるけれど、クラスメイト達にはすっかりプルートの言葉が定着されたらしい。
正直チェリルとしてはベヘルマが最初にした説明も原因だとは思うけれど。
「猫だって」
「猫に何ができるんだよ」
「猫いても仕方なくない?」
散々だ。
たまに「可愛いからいいじゃん」と猫好きらしい声が聞こえてくる。
仲良くなれそうだ。
けれどムッと不機嫌になる気持ちは止まらない。
(本当は主従魔法結んでないって言えないけど、クロロさんは家族だからいるだけでいいんだし。それに頭だっていいんだから)
完全にクロロはチェリルの言葉を理解している。
いまだに魔力は減少しているままで少ないけれど、それがどうしたとチェリルはふんと鼻を鳴らした。
「クロロさん気にしなくていいからね!」
力強く拳を握って話しかけると。
「ンナゥ」
気にしてませんが? そんな顔でひと鳴きされてそっぽ向かれてしまった。
「あれ、強いな……さすがクロロさん」
図太いのだろうと思っていたけれど、そのとおりだったらしい。
気が強いところといい、本当に気位の高い王子様だ。
「はいはい、学科説明を始めますよ」
気を取りなおすように、ベヘルマが手を打ち鳴らした。
「まず座学のみの授業は魔法歴史や基礎学科などがありますね。実技は魔力石を作ったり、箒で飛ぶ練習をしたりします」
ベヘルマの説明にチェリルはごくりと喉を鳴らした。
箒はいまだに成功したことはない。
「あとは攻撃魔法や防御魔法を使う対人訓練なんかも予定しています。これは治癒や付与魔法、探索系が得意な子もいるから、道具なんかを使ってもかまいません。どちらかというと、自分の力量をどう使うかの訓練になります。他の実習の成果を総合的に見るのが前提です」
なかなかハードそうな授業が控えている。
チェリルはへにょんと眉を下げた。
「実践……大丈夫かな。座学しか師匠に教わってないのに、私ついていけるかな」
机の上にある手の指を絡めてぎゅっと握りしめる。
学校に来る前から不安はあったけれど、授業内容を聞いてますます上手くやっていけるか怖くなってきた。
唇を思わず引き結ぶと、ふわりと柔らかい感触が右手首に触れる。
見下ろすと、そっぽを向いたままのクロロの尻尾が右手首に巻き付いていた。
その鼓舞するようなしぐさに、ふつふつとやる気が沸いてくる。
「うん! 頑張る!」
突然の気合に隣の席の生徒がびくりと反応したけれど、チェリルはまったく気づいていなかった。
「ではこれから収納ポーチを支給します」
ベヘルマがふいと指を動かすと、教壇の後ろにあった棚から箱がふよふよと飛んできた。
そしてその中から茶色く小さなポーチが何個も箱から浮かび上がる。
「収納魔法のかかったポーチです。制服のベルトにつけられるようになっていますので、各自持ち歩くように」
「へえ、でもなんで収納魔法?」
口から出た疑問が思いのほか大きかったらしい。
かすかに教室内に忍び笑いがさざめき、クロロもあきれた目をしている。
「学校は広いので、箒を持ち歩いたり本を何冊も持って移動するのは大変でしょう?」
「そっか」
ベヘルマの説明にクロロを見ると、そのとおりだと言わんばかりに頷かれた。
「収納の容量はそんなに大きくないのと、あくまで貸し出しだから卒業のときに返却してもらいます。乱暴に扱わないようにね」
ベヘルマが指先を動かすと、収納ポーチがそれぞれのテールへと飛んできた。
それを手に取ると、こげ茶色の簡素なポーチだ。
蓋が覆いかぶさる形をしていて、言われたようにベルトにつけられる構造になっている。
「こんな便利なものあるなんて、いいな。薬草取りに便利だね、飴も持ち歩きやすいし」
クロロに声をかけると、特に珍しくもなさそうに興味を示さなかった。
それどころかはしゃぐチェリルに、何ともいえない表情をしている。
猫なのに器用だ。
その後も他の教科の説明などがされた。
本日はそれで終わりらしい。
ベヘルマは教室を出て行き、同じように出て行く者もいれば、クラスメイトと交流を持とうとしている人間もいる。
チェリルは悩んだ末に教室を出ることにした。
さっきの馬鹿にするような雰囲気のなかで仲のいい友人が出来るとは思えない。
そう立ち上がったときだった。
「ねえ」
後ろから声をかけられて振り向くと、寮の隣室にいたオフィリアだった。
思わず驚きで目を丸くしてしまう。
「同じクラスだったのね、ビックリしちゃった」
清々しく笑うさまは、腹痛にもだえ苦しんでいた姿とは似ても似つかない。
あのときはヨレヨレだったけれど、今は身だしなみも整っている。
気弱そうな外見は、あんな暴挙をした人間と同一人物とは思えなかった。
「入学式間に合ったの?」
「一応ね、間に合ったわよ。のたうち回りながらだけど」
「えぇ……」
それは間に合ったと言えるのだろうか。
「おかげで遠巻きにされちゃってさ」
「でしょうね」
「あぶれた者同士、仲良くしようよ」
すいとオフィリアから右手を差し出された。
「え? えぇ?」
まさかいきなり友達が出来るとは思わず、オフィリアの手と顔を行ったり来たりと見ていると。
「ナン」
クロロが一声鳴いて、チェリルの肩へとのぼってきた。
「よ、よろしく」
どもりながらもその手を握れば。
「よろしくね!」
元気よく上下に振られた。
やっぱり外見とかけ離れている。
どこからきた、気弱そうな雰囲気。
「にゃんこ君もよろしくね」
「あ、クロロさんていうんだよ」
「へえ、じゃあクロロさんよろしく」
オフィリアが声をかけると、クロロは気安く話しかけるなとばかりにそっぽを向いて、ぷすーっと鼻を鳴らした。
「名前呼ばれるの嫌みたい。じゃあにゃんこ君で」
「ナゥ」
それなら許してやるとばかりの態度に、名前を呼ばせるのはもしかして自分だけなのかと思ったら、チェリルは口元が緩んでくるのを必死に止めていた。




