10
その日は快晴だった。
まずは入学式の前に入寮だ。
レンガ造りの大きな建物は三つの棟があり、右が女子寮で左が男子寮。
真ん中の棟が食堂などの共有部分らしい。
入寮案内を見ながらチェリルは渡された鍵の部屋を探してまわる。
一応古めかしいエレベーターはあるけれど、ガタがきてそうで怖いので使わないことにした。
三階の一号室。
「隣いい人だといいな。ずっと森のなかでご近所づきあいとかしたことないから」
つらつらと肩のクロロに話しかける。
はた目には一人で話しているように見えるからだろう。
周りの生徒はチラチラとチェリルを見ているけれど、チェリルは気づいていなかった。
ちょっと呆れた目でクロロがチェリルを見ているけれど、やはりそれにも気づいていない。
「緊張する。うまくやれるかな……」
「ナゥ」
「うん! クロロさんがいるもんね。大丈夫!」
ぎゅっと拳を握りこむ。
「犬派より猫派の人だといいね」
クロロにあほなことを言うなと言わんばかりの目で見られながら、チェリルは三階まで上がり一号室だと書かれた扉の前に立った。
そして扉のノブを掴んで押し開ける。
「わぁ……ここが今日から新しい部屋なんだ」
寮の部屋は卒業まで変わらないらしい。
入寮案内に書いてあった。
「三年間ここで生活するんだね。居心地良くしなくちゃ!」
ふんと気合を入れる。
部屋の隅には家から送った荷物が置いてあった。
さっそく荷解きにとりかかる。
「まずはこれね」
取り出したのは淡いオレンジのクッションだ。
クロロがそんなもの家にあっただろうかというように、首を傾げる。
「クロロさん用のクッション作ったんだよ」
にへりと自信作を掲げて見せると、クロロはぱちりと目を丸くした。
「びっくりした? 寮はソファーとかないから、くつろぐ場所作らなきゃと思って。ベッドに置いとくね」
「ナン」
枕元にいそいそとクッションを置くと、なんだか一仕事した気分だ。
トッとベッドに降りてクッションにふんふんと興味を示しているクロロを見ると、チェリルは満足そうに口角を上げた。
「寝るときは毛布のなかに入っていいからね」
「ナン!」
心外だと言わんばかりに、びたんと尻尾がベッドを叩いた。
クロロはチェリルの家でもいつも籠の中で寝ていた。
寝室に籠を持って行って、ベッドで一緒に寝ようとしても完全拒否なのだ。
チェリルにはよくわからないけれど、クロロのなかで線引きがあるらしい。
案の定、顎でクッションをサイドテーブルの方へと示す。
そっちに置けということらしい。
クロロ的にベッドは駄目なようだ。
難しい。
そのあとはごそごそとすぐに必要そうなものだけを、ある程度整理した。
部屋は火気厳禁なので薬作りが出来ないと困ったけれど、申請すれば放課後なんかに実習室を使えるらしい。
ほっとした。
実習室が使えるなら、一応使い慣れた道具を置いていきたくなくて持ってきたけれど、使う頻度は低くなりそうだ。
すべて揃っているだろう。
「さて、こんなものかな。あとは……お隣に挨拶に行こう」
緊張した面持ちでクロロを肩にのせてから、チェリルは部屋を出た。
そして三〇二号室の前に立つ。
そしてそのまま固まってしまった。
「うー……なんて挨拶しよう。年が近いのってあいつしか話したことない」
思わず口を引き結んで天井をあおいでしまった。
怖すぎてノックが出来ない。
言わずもがなあいつはプルートである。
「ナァゥ」
「……町にはほかにも同年代の子いたんだけどさ、みんなよそよそしくて声かけてくるのがプルートだけっていう、最悪な環境だったんだよ」
思い出してイラッとしていると、背中をポンと尻尾で叩かれた。
「そうだよね、今あいつのこととかどうでもいいよね。よし!」
気合を入れて扉をノックすると、すぐに扉の向こうで人の気配がした。
そして扉がゆっくりと開いていき。
「は、はあ……い……」
なんか凄く苦しそうな女の子が現われた。
チェリルと同じ年にしては華奢な子だった。
赤毛のボブへアーに、こげ茶色の瞳をした、気の弱そうな女の子である。
ただ物凄く、苦しそう。
よろよろとした動きでお腹を押さえている。
「え!? ちょ、ちょっと大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと実験中なだけ……」
「実験」
思わず真顔になってしまった。
けれど少女はかまわず苦しそうなのに、どこか満足そうな顔で笑っている。
「私、呪い魔法なんかを調べるのが好きで……出来そうなやつをつい試してみたくて……」
「駄目でしょ! 呪い魔法なんて使っちゃ」
呪い魔法というけれど、命に関わるような魔法ではない。
嫌がらせに近い魔法ばかりだ。
ただ、あまり推奨されないので禁止にはならないけれど表立って話題にも出来ない魔法のたぐいだった。
古書くらいにしかやり方は載っていないので、かなりマニアックな魔法だ。
一部のマニアに熱狂的に研究されていたりする。
たしなめても、少女はうへへと笑うばかりだ。
見た目とのギャップが激しい。
「大丈夫、自分にしかかけないから」
「え……」
「うぐぅ!」
少女が苦悶の表情でお腹に添える手に力を込めた。
「あの……ちなみに今は?」
「はあ、はあ、ひたすら腹痛をおこすだけの、呪い、よ」
息をきらせる少女に、チェリルは地味に嫌だなと思った。
とりあえず気まずいので早く立ち去りたい。
「あの……私隣の部屋のチェリルって言って、こっちは」
「ぐぅぅ! 私は、オフィリアよ。よろし……く!」
オフィリアの息も絶え絶えな引きつった笑みを、クロロは鳴きもせず半眼で見返していた。
「ゔ゛ぅ!」
「大丈夫? 入学式行ける?」
「入学、式までには解ける予定だから、大丈夫よ」
「ええと、じゃあ、それまで安静にね」
「ありがとう」
パタンと扉が閉まり、青い顔のままオフィリアは部屋に引っ込んだ。
しばらくぽかんと扉を見つめたあとクロロを見やれば、クロロもチェリルを見ていた。
ただしクロロは微妙な表情で。
「悪い人ではないけど、変な人だったね」
「ゥナ」
同意するようにクロロはひと鳴きした。




