6話 『不協和音のプレリュード』(1)
霊対室本部の地下深く、出撃ゲートに重々しいアラートが鳴り響く。
新生・紅莉隊の初任務。その出撃を告げる合図だった。
装甲車の運転席には順、助手席には奏斗が座り、後部座席には怜と、そして仏頂面のまま窓の外を眺めている夜霧が陣取っている。
車内に満ちるのは、重く冷たい、気まずい沈黙。
その空気を破るように、怜がタブレットを操作しながら、冷静に任務の概要を説明し始めた。
「――目標は、指定エリアのショッピングモールに巣食うA級虚獣一体と、付随するC級虚獣の群れ。そして……近隣の街から攫われ、施設内に囚われている数名の子供の救出よ」
怜の言葉に、奏斗が眉をひそめた。
「は? 廃墟に子供が囚われてる? 虚獣がわざわざ生け捕りにしたってのか?」
虚獣は通常、生きた人間を見境なく襲い、殺戮する本能しか持たない。
人間を生かしたまま攫い、一箇所に集めるなどという知的な行動はイレギュラー中のイレギュラーだ。
「実験体にするためだろうな」
窓の外を見たまま、夜霧が淡々と口を開いた。
「子供の方が、大人よりも核移植の適合率が高い。場所も取らないしな。何かと都合がいい」
「お前が元いたとこ絡みの虚獣ってことか?」
「多分な。日々、色々なガキどもが連れて来られては人体実験させられていた」
十三骸使徒。奏斗の宿敵『黒焔』が属する、人類の虚獣化を企む組織。
早くも奴らの尻尾を掴めるかもしれない。奏斗は拳を強く握りしめた。
「……まあ、どこのどいつが糸を引いていようが関係ねえ。子供を助けて、目の前の敵を焼き払う。やることはそれだけだ」
「ガキはお前らが助けろ。虚獣は私が殺す。お前らの出る幕はない」
後部座席から、夜霧の氷のように冷たい声が飛んできた。
その言葉に、奏斗の中で何かがカチン、と音を立てた。
「んだとコラ……」
奏斗は振り返り、夜霧の赤い瞳を真っ直ぐに睨みつけた。
「今回の任務、最優先事項は『子供の命』だ。お前も部隊の一員になったからには、勝手な真似は許さねえぞ」
「知るか。断る」
夜霧は全く表情を変えずに突っぱねる。
「私の目的は虚獣を殺し、あいつらへの復讐を果たすことだけだ。邪魔をするなら、お前らから先に殺すぞ」
「この野郎……! お前も俺らの邪魔したら後でブッ殺してやるからな」
「まあまあ、二人共、落ち着いてくださいよ」
苦笑いする順。
「夜霧。あなたが紅莉隊に入ったからには、私たちの命令にしたがってもらうわよ」
少し怒りを滲ませながら、淡々としゃべる怜。
「……私は私の自由にやる」
「紅莉隊の一員なら仲間のために協力しなさいよ」
「協力? 仲間? 私はあのジジイの命令でお前らにつきあわされているだけだ。足手まといのお守りなど御免だ」
「ああそうかよ! 覚えとけ、お前のその独断専行のせいで一般人に何かあったら、服務規定違反になってでもお前のことぶっ殺してやるからな」
バチバチと火花が散る。 互いに宿敵への復讐心という闇を抱えながらも、根本的な在り方が決定的に噛み合わない。
奏斗と夜霧の間の溝は、埋まるどころか初陣を前にしてさらに深まるばかりだった。
***
旧ショッピングモール施設に到着した紅莉隊の四人。
かつては家族連れの笑い声で賑わったであろう巨大な建物は、今は骸粒子の澱んだ空気が充満する死の建物と化していた。
『――虚獣の生体反応、複数。A級が一体、C級が五体。全員、一階の大型搬入プラットフォームに集まっているわ。子供たちの反応も同じ場所よ』
施設内に潜入した怜のインカム越しの報告を受け、奏斗は舌打ちした。
「出口付近に集まっているってことは、別の場所へ運び出す準備をしているってことか」
誘拐し、トラックか何かで輸送を企てている。よほど狡猾で知能の高い個体らしい。
「作戦を伝える」
搬入プラットフォームへと続く通路の陰で、奏斗は三人を振り返った。
「俺と……このクソ生意気野郎で、A級を引き受ける。順と怜は、その隙にC級の排除と、子供の保護を最優先に動け」
順と怜は「了解」と頷くが、夜霧は奏斗の指示など聞こえていないかのように、標的だけを睨みつけていた。
搬入プラットフォームに躍り出ると、散乱した木箱やコンテナの残骸の中心に、虚獣の群れが陣取っていた。
その奥、放置された輸送用トラックのコンテナの中に、怯えきった数人の子供たちの姿がある。
そして群れの中央に立つA級虚獣。両腕の骨が皮膚を突き破り、長く鋭い鎌のように変形した『カマキリ型』の虚獣だ。
「――行くぞ!」
奏斗が叫ぶのと、夜霧が地を蹴って飛び出すのは同時だった。
順と怜が子供たちを狙うC級虚獣へと突っ込み、分断を図る。
「あのカマキリは私の獲物だ。お前は邪魔だから消えろ」
「誰がテメェの言うことなんか聞くか!」
奏斗は右拳に紅蓮の炎を、夜霧は右腕を黒い流線形の『衝角』へと変形させ、同時にA級虚獣へと襲いかかった。
屋内での戦闘。子供たちも居るため広範囲の炎は使えない。
奏斗は炎を極限まで圧縮し、一条の槍として虚獣の懐へ撃ち込もうとした。
だが、その射線を遮るように、夜霧が凄まじい速度で横から割り込んできた。
「おい、馬鹿! 危ねえだろ!」
奏斗は咄嗟に炎の出力を抑え、軌道を逸らした。
直後、夜霧の衝角が虚獣に迫るが、虚獣はそれを左腕の鎌でいなし、カウンターで右鎌を振り下ろす。
夜霧は間一髪でバックステップを踏み回避したが、二人の攻撃は完全に相殺されてしまった。
「チッ。お前がいると気が散る。下がってろ」
「うっせぇ! お前が俺の射線に飛び込んできたんだろうが!」
罵り合う二人。その致命的な隙を、狡猾なA級虚獣が見逃すはずがなかった。
虚獣は両腕の鎌を高く振りかぶり、交差させるように激しく振り抜いた。
瞬間、不可視の斬撃――『鎌鼬』が、コンクリートの床を深く抉りながら、奏斗と夜霧へと向かってくる。
「「――っ!」」
回避するため、二人は咄嗟に互いを蹴り飛ばす。
互いを助けるためではない。自分が攻撃を避ける為だ。
二人に当たらなかった鎌鼬は、直前まで二人がいた場所の背後にあった太いコンクリートの柱へとぶつかる。柱はズタズタに切り裂かれ、轟音と共に崩れ落ちる。
「くそっ、次が来る!」
虚獣は再び鎌を構え、力を研ぎ澄ます。
奏斗たちを細切れにするため無数の鎌鼬を乱れ撃とうとしていた。
このままでは埒が明かない。息が全く合わないどころか、互いが互いの動きを阻害し、最悪のピンチを招いている。
奏斗は奥歯を強く噛み締めた。子供たちがいる屋内では、自身の持ち味である広範囲の炎は使えない。その上、前衛で予測不能な動きをする夜霧の存在が、致命的に射線を塞いでしまっている。
(クソッ…… 優先は子どもたちの命…… 腹が立つが、俺が折れるしかねえ!)
「おい、クソ馬鹿生意気野郎!」
奏斗は夜霧に目を合わせず怒鳴る。
「……それは私のことか。的確に呼べ、ザコ」
夜霧も目は合わせようとはせず返事をする。
「よく聞け、クソムカつくが……俺が隙を作る。その間に、お前が決定打を叩き込め!」
奏斗のその提案に、夜霧は一瞬ギョッとしたように目を丸くした。
互いにいがみ合い、さっきまで「邪魔だ消えろ」と罵り合っていた相手。
当然、このまま意地を張って手柄を取り合うものだとばかり思っていたのだろう。
だが、夜霧はすぐに元の冷たい無表情に戻ると、フンと鼻で笑った。
「足手まといの分際で、私に合わせられるのか?」
「テメェこそ、俺が命がけで作った隙を無駄にしやがったら、マジでぶっ殺すからな」
口の悪さは相変わらず。だが、その言葉の裏には「お前のその黒い槍なら確実にぶち抜ける」という不本意な信頼が混じっていた。
「……邪魔だけはするなよ」
夜霧の言葉を合図に、奏斗は両足に炎を集中させ、爆発的な推進力を得て床を蹴った。
同時に、カマキリ虚獣も鎌鼬を放つ。
「まずはここから、あのカマキリを外に出す! あんなの撃たれ続けたら、子供たちが危ねえ!」
鎌鼬がヒュンッ! と耳元を真空の刃が掠め、背後のコンクリート壁が豆腐のように音もなく両断された。
虚獣から放たれる無数の鎌鼬による弾幕。
それをギリギリかすめながらも、奏斗は虚獣の真正面へ跳躍し、超圧縮した炎を纏った拳を叩き込む。
「『燼滅炎・豪拳』!」
虚獣は攻撃を中断し、両腕の鎌でガードする。だが衝撃を殺しきれず、閉ざされていた巨大な搬入用シャッターを突き破って、屋外の広大な荷捌きスペースへと吹き飛ばされた。
奏斗もまた、その勢いのままひしゃげたシャッターを抜け、屋外へと飛び出す。
「お前も見てねえでとっとと来い!」
屋内に残っていた夜霧は、「命令するな」と言わんばかりに舌打ちしながらそれに続こうとした。
だが、その時。ショッピングモール全体を揺るがすような、不気味な骸粒子の脈動が響いた。
『奏斗! 気をつけて!』
インカムから怜の切迫した声が飛ぶ。
『奏斗たちの居る方で、複数の骸粒子反応が発生してる!』
怜の言葉を裏付けるように、屋外に降り立った奏斗の周囲、そして夜霧たちのいる屋内プラットフォームの四方から、次々と新たな虚獣が這い出してきた。
一体、二体、十体……その数は瞬く間に膨れ上がり、三十体近い分身の群れが、屋外の荷捌きスペースにいる奏斗を完全に包囲した。
『考えたくはないけど、おそらく……殺された子どもたちの親の死体よ』
「……クソカマキリ虚獣が」
奏斗は包囲網の中で怒りを増幅させていく。
カマキリ虚獣は、その群れを盾にするように後退し身を隠す。
シャッターを抜けて屋外へ出た夜霧が、足を止める。
彼女の視線は、分身の群れの向こうへ逃げた本体の気配を鋭く捉えていた。
「おい、馬鹿生意気野郎! ここの群れは俺が引き受ける。お前は本体を叩きに行け!」
「お前の指図など無くともそのつもりだ!」
夜霧はそう吐き捨てながら、奏斗を包囲する虚獣の頭上を飛び越え、本体を捉える。
残された奏斗の前に、数十体の虚獣がじりじりと迫る。
振り返れば、シャッターの向こうの屋内では、順のシールドがコンテナの子供たちを守り、怜の矢が群がる虚獣を射抜いていた。
(俺の役目は、こいつらを一匹残らず灰にすることだ)
奏斗は両拳に紅蓮の炎を滾らせ、虚獣の群れへと単騎で突撃した。
能力者はその特性毎に5つに分類される。
自身の身体能力を極限まで高める『強化兵』
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自己、もしくは他者への治癒が可能な『治癒師』
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炎や雷といった自然エネルギーを生成・操作する『元素使い《エレメンター》』




