2話 『雨の中の邂逅』
「こちら紅莉。廃商業ビルに到着、ターゲットのC級虚獣群を確認した。これより殲滅を開始する」
廃墟と化した商業ビルの屋上。十九歳になった紅莉奏斗は、眼下に蠢く異形の群れを見下ろしていた。
「うーし、奏斗サン、行っちゃいましょう! 後方支援はお任せを!」
「サーチした所、ざっと三十体くらいね。さっさと片付けて帰るわよ」
インカム越しに聞こえる順と怜の声に、奏斗は短く「ああ」と応える。
「いくぞ」
その言葉を合図に、奏斗は屋上の縁から身を乗り出し、夜の闇へと飛び降りる。
落下する風を全身に浴びながら、右手に意識を集中させる。
掌に、憎悪を燃料とする深紅の炎が灯る。
今回のターゲットは、災害等級「C級」の虚獣群。 最も出現頻度が高く、多くの部隊が対応する敵となる。
「怜、マーキングは?」
『完了してるわ。全三十体の『核』の位置情報、あなたの視界に共有済み』
怜の声と共に、奏斗の網膜に装着されたコンタクトディスプレイに、赤いマーカーが幾重にも表示される。
「順! 今だ!」
「了解ッ! シールド展開!」
地上で待機していた順が、自身の霊力を付与した巨大なタワーシールドを地面に突き立てる。
シールドはまたたく間に空間力場を展開し、周囲の建物を保護した。
これで、奏斗の炎の余波が街に被害を及ぼすことはない。
展開完了を確認した奏斗は、眼下の群れに向け、炎を限界まで宿らせた右腕を振り抜く。
「――『燼滅炎・広突』」
放射状に広がった炎が、虚獣たちへと一斉に着弾する。
三十本の炎柱が上がり、音と光が爆ぜる。
断末魔の叫びを上げる間も与えられず、虚獣たちは次々と灰に変わっていく。
紅莉奏斗、能力名『燼滅炎』。霊力を炎に変換し出力する能力。
全てを焼き尽くし滅ぼすという意味を込めて、復讐を果たすために彼自身がそう名付けた。
三十体の虚獣は、微かに舞う灰を残して跡形もなく消滅した。
「全体殲滅完了。奏斗、お疲れ様」
奏斗は手から少量の炎を放ち、落下の衝撃を和らげて着地する。
シールドで覆われていない周囲のアスファルトはガラスのように溶け、赤黒く変色していた。
「さっすが奏斗サン! でもまた派手にやったッスね。これ、始末書モンじゃないすか?」
熱気で額に汗を浮かべながら、順と怜が駆け寄ってくる。
順の軽口に、奏斗は小さく息を吐いた。
「……悪い。少し、力が入りすぎた」
「またあの日のことを思い出していたんでしょ」
怜の静かな指摘に、奏斗は言葉に詰まった。彼女の目は誤魔化せない。
「……それより、さっき高架線で話していた例の件、まだ報告はあがってるのか?」
奏斗は話題を逸らすように尋ねる。
「ええ。ここへ向かう途中も、別エリアで刃物による不自然な全滅が確認されたそうよ。相当なスピードで動き回っているみたいね」
「正体不明の何か、ね……」
奏斗が訝しげに眉をひそめたその時、ポツリ、と手に冷たいものが当たった。
見上げると、厚い雲から雨粒が落ち始めていた。
「雨降って来たわね……早く撤収するわよ。順、撤収作業を手伝って」
「了解ッス! ここは俺と怜サンでやるんで、奏斗サンは先に戻って休んでてください!」
「……ああ。任せた」
***
数十分後、奏斗は人気のない雑居ビルの屋上に立ち、降りしきる雨に打たれていた。
立ちすくみ、天を見上げる。
雨は、奏斗に嫌なことを思い出させる。
一年前のあの日も、今日のような冷たい雨が降っていた。
紅莉隊の元隊員にして、幼馴染の美咲以外に、奏斗が初めて心を開いた親友、風見隼人。彼が亡くなった日だ。
『俺たち四人で、最強の部隊になろうぜ。誰一人、欠けることなく』
かつて誓ったその言葉は、今や奏斗の心を縛る呪いになっていた。
あの日、彼らの前に現れた規格外の能力を持つ虚獣。
空間そのものを穿ち抉り取るその力の前に、奏斗たちは為す術もなかった。
隼人は奏斗たちを庇い、その腹部を抉り取られた。
致命傷を負いながらも、彼は最後の力で奏斗たちを逃がした。
『生きろ、奏斗。順と怜を頼んだぞ。お前の炎は、憎しみだけで燃えてる訳じゃないはずだ』
それが、親友の最後の言葉だった。
(……俺は、守れなかった)
両親も、美咲も、隼人も。
冷たい雨が、奏斗の体温を奪っていく。
過去のトラウマがフラッシュバックし、感情の制御が効かなくなる。
掌から、意図せず炎が漏れ出し、雨の中でジュッと音を立てて消えた。
「……おい貴様、何をしている」
不意に声が響く。奏斗がハッとして顔を上げると、いつの間にか、数メートル先の給水塔の影に人影があった。
銀色の髪が、雨に濡れて肌に張り付いている。年齢は奏斗と同じくらいか、少し下だろうか。
血のように赤い瞳をした、少女だった。
彼女もまた雨に打たれながら眼下の街――虚獣たちが跋扈する夜の闇を、憎悪を宿した瞳で見下ろしていた。
(……なんだ、こいつは)
奏斗は、微かな違和感を覚えたものの、雨に打たれながらどこか遠くを睨みつけるその姿が、まるで過去の自分自身を見ているようで、無性に放っておけなかった。
奏斗は無言のまま歩み寄り、その辺に落ちていたビニール傘を差し、少女の頭上に差し出す。
かつて、復讐に取り憑かれている自分に、隼人がしてくれたように。
「……なんのつもりだ」
少女が、威嚇するように赤い瞳を鋭く細める。
「風邪引くぞ、使えよ」
奏斗はただそれだけ言い残し、傘の柄を彼女に押し付けると、振り返らずにその場を立ち去った。
とっさに受け取った彼女は、不審そうに傘を見つめたあと、ビルの外に投げ捨て、奏斗をじっと見つめる。
奏斗はそれに気づいていたが、足を止めることはなかった。
この二人の出会いが、奏斗の、紅莉隊の、そして彼女の運命を変える事を、彼らはまだ知らない。
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