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看病

「……運ぶよ」

リリィは深く息を吸う。

集めた風を男に巻き付かせる。

すると、ふわりと男の体が浮き上がる。

「大丈夫」

ゆっくりと歩き出す。


でも——

「……重い」

魔法で支えているはずなのに、ずっしりとした感覚が伝わってくる。

集中を切らせばすぐに落としてしまいそうだった。

いつもは自分の体重か、ちょっと上の物しか運んだことがなかったからきつい。

見たところ男の年齢は15歳以上はありそうだ。

「……ルー、周り見てて」

「ピ!」

ルーがすぐに周囲を警戒する。

血の匂いに連れられて魔獣が襲って来てもおかしくない。

慎重に進まなくては。

さっきまで慣れ親しんでいた道がまるで違う場所のように感じた。


「もう少しだから…大丈夫」

何度もそう呟く。

何度も大丈夫だよと声を掛ける。

意識を繋ぐように。

男の呼吸はかすかにしか感じられない。

「……死なないで」

思わず漏れた言葉。

その声は震えていた。


そして、やっとのことで家が見えてくる。

「……ついた」

ほっと息を吐く。

「ルー、開けて!」

「ピ!」

ルーが先に飛び、風で扉を開けてくれる。

リリィはそのまま中へと男を運び込んだ。


「……ひどい」

男をベッドに寝かせて服を脱がせ、改めて傷を見る。

思っていた以上に深そうだ。

「早く…」

手が震える。

でも、止まれない。

「ミア……」

薬草を取り出す。

この薬草は止血に効く。

すり潰して、傷口に優しく塗る。


「……お願い」

効果はあるはず。

でも、薬草だけじゃ足りない。

「そうだ、光魔法」

光魔法でここまでの傷は治したことがない。

上手くいくかは分からないけど…

それでも——

「少しでも」

そっと傷口近くに手をかざす。

淡い光が、ゆっくりと傷を包む。

「……」

ほんの少しだけ、血の流れが落ち着く。

「……効いてる」

小さくほっと息を吐く。


それから、どれくらい時間が経ったのか分からない。

何度も薬草を替えて、何度も魔法を使った。

ルーも水を運んだり、静かに見守っている。

「……大丈夫」

何度も何度も繰り返す。

「大丈夫」

自分に言い聞かせるように。



やがて、外が暗くなる。

「……」

リリィはベッドの横に椅子を持ってきて、座ったまま動けずにいた。

疲れているはずなのに、目が離せない。

「……ねえ」

ぽつりと呟く。

「生きてるよね」

返事はない。

でも、かすかな呼吸は続いている。

止血は止まった、後はどうか耐えて欲しい。

「……今日は、ここにいるね」

そのまま、ベッドに頭を乗せる。

そう言って、そっと目を閉じた。

ルーが静かに寄り添う。

夜は、ゆっくりと更けていった。

静かな呼吸の音だけが部屋に残った。


——かすかに、音がした。

「……ん……」

ベッドで眠っている男の指がわずかに動く。

「!!」

リリィはバッと顔を上げた。

「……起きた?」

そっと、男の顔を覗く。

男の瞼がゆっくりと開いていった。

ぼやけた視線が天井を捉えて——

すぐに、動いた。

「……ッ…!」

反射的に体を起こそうとして、止まる。

傷が痛むのか、顔が歪んだ。

それでも、周囲を見渡す。

知らない場所。

知らない空間。

そして……

「……誰だ」

男から発せられる低く、掠れた声。

そして視線がリリィに向く。


「……!」

びくっとリリィの肩が揺れる。

「えっと……」

少しだけ迷って、それから口を開く。

「助けた、ひと……です」

自分でも変な言い方だと思った。

「……助けた?」

男の眉が、わずかに動く。

「森で倒れてたから……」

リリィは小さく続ける。

「……ここ、は、わたしの家…です」

「……」

男はしばらく黙ったまま、リリィを見ていた。

警戒している、その目は鋭かった。

「……敵じゃないのか」

短く言う。

それは、確認のようでもあり——警告のようでもあった。

「て、敵じゃないよ!」

リリィは慌てながら頭と手をブンブンと左右に振り、否定する。

「その……治したし……」

自分でもよく分からない説明になってしまう。



「……そうか」

男は小さく息を吐いた。

完全に安心したわけじゃない。

でも——

少しだけ、力が抜けたような気がする。

「……お前」

かすれた声で聞く。

「名は」

「……リリィ」

少しだけ間を置いて答える。

「リリィ、です」

男はリリィの名を頭の中でなぞるように小さく呟いた。

「……水、あるか」

「えっ、あ、ある!」

リリィは慌てて立ち上がるとバタバタと部屋から出て行き、そしてすぐさまコップに水を入れて戻って来た。

「はい……あ…」

リリィはそっと水を差し出すが男が起き上がれない事に気付いて、どうしようかと考える。

しかし男はゆっくりだが、起き上がりコップを受け取り飲む。

「……助かった」

水を飲み終わると男はそう呟いた。


その言葉にリリィは少しだけ目を丸くして、それからほっとしたように笑った。


「……ここ、どこだ」

男がゆっくりと周囲を見渡す。

「えっ…私の家…」

「じゃなくて、どこの街…いや村か?」

「むら…?ここ、森だよ」

男の眉がわずかに寄る。

「森だと?」

「うん、森、おにーさんが死にかけてた森」

その一言で、空気が変わった。

「……は?まさか…ここが魔獣の森とか言うんじゃないだろうな」

「この森がなんて呼ばれてるのか知らないけど魔獣ならいっぱい居るね」

「…………」

「?」

男はしばらく言葉を失っていた。

「…………分かった、ここが魔獣の森だとしよう」

目の前にいるのは、どう見ても子供。

その子供が……魔獣の森で暮らしているだと?

「……お前親は」

「?いないよ?」

リリィは首をかしげる。

男は頭を抑え、しばらく無言になった。

「……お前」

男が改めて口を開く。

「どうやって生きてる」

「えっと……」

少し考える。

「魔獣狩ったり、木の実取ったり」

さらっと言う。

「は?」

「あと、料理もするよ」

リリィはちょっとだけ誇らしげに言う。


「……」

男はしばらく黙ったまま、リリィを見ていた。

「……まあいい」

男は小さく息を吐く。

「助けられたのは事実だ」

「?うん」

「……礼を言う」

男はリリィを真っ直ぐ見つめる。


「ありがとう」


その言葉にリリィは一瞬きょとんとして——

それからふわっと笑った。


「どういたしまして」

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