常識…?
「…………」
ヴァルは難しい顔で何かを考えている。
考えながら、肉を食べる手は止まらない。
「……なあ」
ご飯を食べ終わり、ヴァルがぽつりと口を開く。
「なに?」
「ここに…しばらく、居させてほしい」
「……え?」
一瞬、きょとんとする。
「傷が治るまでだ」
ヴァルが短くそう言う。
リリィとしてはもちろん元気になるまでここにいて欲しかったし、帰りたかったら安全な場所まで送るつもりだった。
「今のままだと、まともに動けねぇ」
ヴァルは少しだけ眉をひそめる。
「いいよ」
リリィは迷いなく、そう答える。
「……いいのか」
「うん」
こくんと頷く。
「……世話になる」
「うん!ちゃんと治るまでいてね」
「……ああ」
「よろしくね!」
リリィは嬉しそうにそう言って笑った。
――朝。
薄く差し込む光でヴァルはゆっくりと目を覚ます。
「……ッ」
体を動かそうとして、鈍い痛みが走る。
小さく顔をしかめる。
生きてる……
ヴァルはゆっくりと息を吐き、昨日のことを思い出す。
森。
裏切り。
そして――
「……リリィ」
あの少女の顔が浮かぶ。
ヴァルは体を起こす。
まだ痛みはあるが、昨日よりはましだった。
「……」
ヴァルはゆっくり部屋を見渡す。
整った室内。
綺麗に片付けられている。
……本当に、森の中にある家なのかここは…
そう思ったとき――
カタカタと物音が聞こえた。
「……?」
扉の向こうから、物音とかすかに香ばしい匂いが漂ってくる。
ヴァルはゆっくりと立ち上がる。
壁に手をつきながら、扉へ向かう。
扉を開け、部屋から出ると物音が聞こえた方に歩き出す。
「……あ、おはよう」
キッチンで忙しなく動いていたリリィがヴァルの存在に気付いて挨拶をする。
「あぁ…おはよう」
ヴァルは少し言いにくそうに挨拶を返す。
おはようなんて言葉いつぶりだ……
「もう起きて大丈夫なの?」
リリィが心配そうに近付いてヴァルの容態を確認する。
「……まぁな」
心配されることが無いヴァルは少し居心地が悪そうだ。
いや、心配されても鼻で笑っていたヴァルだった。
「無理しないでね」
「……あぁ」
「ごはん、もうすぐできるから座って待ってて」
リリィはそう言ってまたキッチンに戻って行った。
ヴァルはキッチンに戻る姿を見てから大人しくリリィの言う通り、イスに座って待った。
「はい、できたよ」
しばらくして、リリィが皿を持ってテーブルに置いていく。
焼いた肉と温かいスープ。
昨日よりも少しだけ手の込んだ食事だった。
ヴァルはそれを見て、わずかに目を細める。
美味そうだ。
「いっぱい食べてね、いただきます」
「……?いただきます」
この世界にいただくという文化は無いが、ヴァルはリリィの真似をして食事を始めた。
まずはスープを口に運ぶ。
「……」
少しだけ、動きが止まる。
うまいな……
「どう?」
「……悪くない」
「ほんと?」
リリィは少し嬉しそうに笑う。
ヴァルは次に肉を口に入れる。
「……」
昨日より美味い。
「……この肉何の肉だ?」
ふと、リリィが街での買い物はしていない事を思い出したヴァルは尋ねる。
鶏肉のような味だが…買い物をしていないならこの肉は…?
「ラビルのお肉」
「………………………………魔獣の?」
「そう」
吐き出さなかったことを褒めて欲しい。
「魔獣…の肉だと?」
「うん」
この世界では魔獣の肉は食べれるものじゃないと判断されていた。
それ故に、ヴァルは驚愕していた。
「?」
驚愕しているヴァルを目の前にもぐもぐと不思議そうな顔をしてラビルの肉を食べるリリィ。
「……身体に害はないのか」
ヴァルの目がわずかに見開かれる。
「?鑑定じゃ食用って出てたよ」
「!!鑑定のスキルを持っているのか?」
「うん」
リリィは食べながら何を驚いているんだろと思った。
「スキルがあるということは魔力持ち…魔法の属性は?」
「?全属性だよ」
「……………………は?」
ヴァルは呆然とし、しばらく黙る。
ーートン、トン、トン
部屋の空気が重くなる。
ヴァルは難しい顔して人差し指でテーブルをトントンと叩いていた。
「……まず、一般的な話だか…魔法が使える人間は100人に1人と言われていて、少なくは無い」
ヴァルが淡々と話し出した。
「魔法…全員持ってるじゃないんだ」
魔法がある世界だと聞いていたから、誰でも使えるものだと思っていた。
「…魔法が使える、つまり魔力持ちは属性が精々1つか2つで多くて3つか4つだ…4つ持っている奴は世界でも数人程度だ」
「え…えっと…全属性もってる、わたしは…」
「おかしい」
はっきりと言い切られたその一言に
「……」
リリィは何も言えなくなった。
少しだけ、俯く。
「……変、なのかな」
ぽつりと小さく呟く。
「わたし……変なの?」
ヴァルに尋ねるように聞くその声はさっきよりも震えていて、不安そうだった。
言いすぎたか…
ヴァルは少し後悔をし、小さく息を吐く。
「違う……悪い意味じゃねぇ」
「……え?」
「珍しいってだけだ」
少しだけ、言葉を選ぶように続ける。
「化け物じみてるくらい、すごいってこと」
「……!ば、化け物…」
リリィの目が見開かれる。
「化け物だけ取るな、それくらい凄いってことだ」
「……すごい?」
「……ああ」
「……そっか」
リリィは少し、ほっとしたように小さく笑った。
「変じゃないならよかった……」
その表情を見て、ヴァルもどこかホッとしたがすぐに真剣な顔を作り、
「……あんまり他人に言うなよ」
ぽつりと付け加える。
「え?」
「面倒になる」
リリィはきょとんとしたまま、首をかしげる。
「めんどう?」
「……狙われる可能性ある」
そう、低い声で言う。
「魔法が使えるだけでも金にもなるし、まして全属性持ちなんて利用価値が高い」
「…………」
ヴァルの言葉にリリィは少しだけ考えて、
「……そっか」
と、小さく頷いた。
その反応にヴァルはわずかに眉を寄せる。
こいつ…分かっているのか?
「軽く考えるな」
少しだけ強い口調になる。
「えっ」
「バレたら捕まって終わりだ」
「…………」
「俺に言ったみたいに自分が全属性だと話したらまず、人間扱いされなくなる」
「!!」
リリィは驚いた顔をして、
「……誰にも言わない」
素直にそう言った。
あまりにもあっさりした返事にヴァルは少しだけ言葉を失う。
ちゃんと理解してるのか怪しい。
「……いいか」
少しだけ低い声で続ける。
「絶対言うなよ」
「うん」
「信用できる奴かどうかなんて、お前にはまだ分からねぇだろ」
「……」
リリィは少しだけ考えて、小さく頷く。
リリィの世界は自分とルーだけだった。
外の常識なんて知らない。
何が正しいのか間違ってるのか、
信用出来るもの出来ないもの…
リリィは無知だった。
「……ヴァルは?…ヴァルには話してもいい…?」
「……は?」
ヴァルは一瞬、言葉を詰まらせる。
「話聞いてたか?」
「聞いてたよ」
「どこに昨日今日会った人を信用出来る奴が居るんだ」
「………」
ヴァルにそう言われ、落ち込むリリィ。
「俺が悪い人で…お前を利用したらどうする」
「…………」
「傷付くのはーーお前だ」
「……でも」
リリィが小さく口を開く。
「ヴァルは……悪い人じゃないよ」
「……」
「だって…ありがとうって言ってくれた」
「……」
ヴァルは言葉を失った。
……なんだ、それは
そんなもんで人を判断するな
そう思うのに——
「…………」
言葉が出なかった。
しばらくの間、沈黙が流れるがやがて、ヴァルが小さく息を吐いた。
「……食べ終わったら外に出るぞ」
ぶっきらぼうに言う。
「え?」
「ずっと中にいるのも…体に悪い」
「……あ」
リリィは少しだけ目を丸くする。
「大丈夫なの?」
「少し歩くくらいならな」
「……無理しないでね」
「……分かってる」
少しづつ、教えていけばいいかとヴァルはそう判断した。




