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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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第8話 死なない都

 都市カナンには、死がなかった。


 街の入口には、死者の名を書いた石板が並んでいた。


 最後の日付は七日前。それ以降、誰も死んでいない。


 奇跡を求めて周辺の村から人が押し寄せ、城門の外にまで列が続いている。


 片脚を失った兵士。病気の赤子を抱く母親。老いた犬を連れた少女。


 誰もが、自分や大切な者を助けたいだけだった。


「門を閉じるべきです」


 セラが増殖する蔓を見る。


「でも、中に入れば治る」


「同時に増殖へ巻き込まれます」


 悠真は列の人々へ危険を説明した。帰った者は少ない。


「危険でも行きます」


 赤子を抱く母親は言った。


「この子は明日まで持ちません」


 合理的には止めるべきだ。


 それでも悠真は、母親の腕から赤子を奪ってまで門を閉じられなかった。


「セラ。治療だけ、ここでできないか」


 第四星剣を使えば助けられる。しかし街の異常と共鳴する危険がある。


 セラは赤子へ手をかざし、星剣ではなく自分の魔力で呼吸を安定させた。


「一日だけです」


「十分です」


 母親は泣いて頭を下げた。


 悠真たちは列にいる重病人を安全な場所へ移した。異常を起こした者を止める理由は増えた。同時に、その人物を単純な悪人と呼べない理由も増えた。


 病人は癒えた。老人は若返った。事故で失った手足さえ元へ戻った。


 最初の一日は奇跡だった。


 三日目には、街路樹が家を突き破った。切っても一分で生え直し、根が地下水路を埋めた。


 五日目、虫と獣が増え始めた。


 七日目、人も増えた。


 一人の人間から、同じ顔の人間が生まれる。本人の記憶を持ち、自分こそ本物だと主張した。


 悠真たちが到着したとき、城壁は肉厚な樹木に飲み込まれていた。


「焼き払う」


 同行してきたヴァルガスが言った。


「人もいる」


 悠真が止める。


「このままなら国中へ広がる」


「だからって街ごとは駄目だ」


 セラが木の壁へ触れた。


「増殖の中心に、第四星剣と同じ力を感じます」


「星剣がもう一本あるのか?」


「いいえ。似ていますが、薄い。誰かが力を模倣しています」


 木の壁が開いた。


 白い服を着た女性が立っている。


「ようこそ、死のない都へ」


 女性は聖女リリアーナと名乗った。


「私は、以前は普通の治療師でした」


 リリアーナは街を歩きながら話した。


「十年前、疫病で百人の患者を診ました。薬は二十人分。誰へ渡すか、私が選びました」


 通りの壁には家族の肖像が描かれている。同じ顔が何人も増えた今、本人を区別するための印だった。


「子どもを優先しました。若い親を優先しました。回復する可能性が高い方を優先しました」


「助けられなかった人は?」


「私を責めませんでした。『仕方がない』と言って、順番を譲ったのです」


 リリアーナの微笑みが苦しそうに歪む。


「私は、その優しさを正しいとは思えなかった。誰かに死を受け入れさせる世界の方が、間違っていると考えました」


「それで、死をなくした」


「はい。最初に生き返ったのは、あの日薬を譲った女性です」


 リリアーナが広場を見る。


 同じ顔の老女が三人、互いに手を取り合っていた。


「私は救えたと思いました。増え始めるまでは」


「止め方が分からないんだな」


 リリアーナは答えない。沈黙が答えだった。


「それでも止めたくない。止めれば、自分の選択が間違いになるから」


「あなたに何が分かるのです」


「分からない。だから、君自身に聞いてる」


 聖女は初めて、怒りを表情に出した。


 穏やかな仮面の下に、十年間答えを探し続けた一人の治療師がいた。


 柔らかな声。穏やかな笑顔。敵意はない。


 彼女の後ろでは、同じ顔をした子どもたちが手をつないでいる。


「この子は流行病で亡くなりました。私は救いました」


 リリアーナが一人の少女の頭をなでる。


「しかし力の加減が分からず、七人に増えてしまった」


「止めてくれ」


 悠真はまっすぐ言った。


「このままでは、救った人も暮らせない」


「止めれば、また死が来ます」


「死なない代わりに、自分が何人いるかも分からなくなる」


「生きているなら、いつか答えを選べます。死ねば何も選べません」


 リリアーナは笑みを崩さない。


「私は誰も失わせません」


 地面が盛り上がった。


 最初に襲ったのは、リリアーナを止めようとした兵士ではない。街の外で治療を待つ病人たちだった。


 蔓が赤子を抱く母親へ伸びる。


 悠真は反射的に走り、ガチャで引いたSRの盾を出した。


 蔓が盾へ巻きつく。金属がきしみ、悠真の腕が引かれた。


「悠真!」


 セラの氷槍が蔓を切る。切断面から二本に増えた。


「切ると増える!」


 ヴァルガスが炎を放つ。焼けた蔓は四本になった。


「攻撃を栄養にしているのか」


 倒す力が大きい七星剣にとって、相性の悪い相手だった。


 セラは第一星剣を収める。


「第四星剣で上書きします」


「相手より多く作るのか」


「いいえ。何を増やすか選び直します」


 エデンが抜かれた。


 巨大な花が街を突き破る。花弁の内側には牙が並んでいた。蔓がタイタン・ゼロの脚へ巻きつき、鋼鉄をきしませる。


 セラが第一星剣へ手を伸ばす。


「待って」


 悠真が止めた。


「凍らせれば、中の人も死ぬ」


「その通りです」


 リリアーナが両手を広げる。


「星剣の方。あなたなら、もっと多くの命を作れるでしょう。私と一緒に、世界から死を消してください」


 セラは四本目の剣を見た。


 緑の刀身が脈打っている。


「第四星剣は、命を救う剣です」


「なら――」


「ですが、命に命令する剣ではありません」


 セラが抜剣する。


「第四星剣――《生命星エデン》」


 緑の光が街を包む。


 森が生まれた。


 リリアーナの植物を上回る速さで、新しい木々が地面から伸びる。巨大な鹿。翼を持つ獅子。花でできた竜。星剣が生み出した幻獣たちが、暴れる植物を押さえ込んだ。


 牙の花が十体に増える。


 エデンは百体の光る獣を作った。


 蔓が千本伸びる。


 エデンの森から一万羽の鳥が飛び、一本ずつ切り落とす。


 鳥は切った蔓の断面へ種を置いた。


 増殖した蔓は、実をつける作物へ変わる。


 牙の花には小さな蜂が飛び込み、毒を蜜へ変えた。


 建物を押し潰す巨木は根を自らほどき、家の外側へ植わり直す。


 第四星剣は生命を破壊しない。役割を変える。


「こんな使い方が」


 リリアーナが立ち尽くす。


「私には、できなかった」


「一人で全部を救おうとしたからです」


 セラが答えた。


「生命は、あなたの正しさを証明するために存在するのではありません」


 エデンの光はリリアーナ自身にも触れる。


 十年前、薬を譲った患者の最後の声が戻る。


『あなたは間違っていない。私も、自分で譲ると決めた』


 リリアーナは初めて、患者の選択を最後まで聞いた。


 増殖と増殖がぶつかる。


 街を埋めていた緑が、逆方向へ押し戻された。


「なぜです」


 リリアーナの笑みが消える。


「私も同じ。命を増やしているのに」


「違います」


 セラが剣を地面へ突き立てた。


「あなたは、同じ命を閉じ込めています」


 エデンの光が、増えすぎた人々へ触れた。


 同じ記憶を持つ者たちが光に包まれる。体は消えない。七人の少女が、それぞれ違う顔へ変わっていく。


「複製された命を消すのではありません」


 セラが告げる。


「一人ずつ、別の人生を持てるようにします」


 光が都市全体へ広がった。


 増殖が止まる。


 木々は家を避けて根を張り直し、獣たちは森へ戻った。病人の治療は残り、無秩序に生まれ続ける力だけが消えていく。


 リリアーナは地面に座り込んだ。


「私は、間違えたのですか」


 悠真は彼女の前に立った。


「救った命まで間違いとは言わない。でも、救った後を本人に返さなかった」


 七人だった少女たちが駆け寄る。


 一人がリリアーナの手を握った。


「わたし、生きてもいい?」


 リリアーナの目から涙が落ちた。


「ええ。あなたが、そう望むなら」


 戦いは終わった。


 セラがエデンを収めた直後、よろめいた。


 悠真が肩を支える。


「大丈夫か?」


「問題ありません。第四星剣は、使用者の生命も少し使います」


「先に言え」


「言えば、使わせなかったでしょう」


「当たり前だ」


 セラは悠真の腕の中で、かすかに笑った。


「ですから、言いませんでした」


 スマートフォンが鳴る。


 都市救済報酬、星晶石百万個。


 悠真の目が見開かれた。


「百万」


「先ほどまで私を心配していた顔が消えました」


「心配はしてる。百万にも驚いてる。両立する感情だ」


 召喚画面に、新しい項目が現れた。


 百連召喚。


 悠真は排出対象の一覧を開いた。


 武器、英雄、要塞、食料。その最後に、あり得ない文字があった。


 排出対象――地形。


 悠真は二度読み返した。


 画面の奥で、一瞬だけ見慣れた高層ビルが映った。


 日本語の看板には、こう書かれていた。


 東京都新宿区。


## サイドストーリー 増えすぎた楽園


 第四星剣エデンの惑星には、死がほとんどなかった。


 傷は治り、枯れた植物は翌朝に芽を出し、食料は望むだけ実る。


 最初の時代、人々は楽園だと喜んだ。


 百年後、森が街を埋めた。


 千年後、海は魚で満ち、水が見えなくなった。


 死なない生物が増え続け、新しい命の場所がなくなる。


 刃で切れば二つに増える。焼けば灰から森が生まれる。海へ沈めれば、水中で別の生物へ変わる。


 一人の庭師が答えを見つけた。


 殺すのではない。育つ場所と役割を変える。


 巨木の根を家の外へ導く。増えすぎた魚を、卵を産まない形へ変える。不死の人々へ、眠りを選べる体を与える。


『生命を守ることは、増やすことではない』


 庭師は惑星全体を一つの庭として整え始めた。


 完成前、《運営》が生命エネルギーを検出した。


 惑星は圧縮され、庭師の知識も星剣へ入る。


 セラへ伝わったのは、森を作る、治療する、幻獣を生むという機能だけ。何のために調整するかは封鎖された。


 リリアーナとの戦いで、セラは記録の奥にいる庭師を見た。


 増殖する蔓を作物へ変えたとき、第四星剣を本来の目的で使った。


 最終返還の瞬間、エデンの惑星では庭師が作業を再開する。


 森は街の外へ根を張り直す。海の魚は数を減らし、互いの間に水が戻る。


 人々は不死のままではなく、いつか終わる命を選んだ。


 死が戻り、悲しみも戻る。同時に、新しい命が生まれる場所も戻った。


 楽園は完璧ではなくなった。


 だから、明日が今日と違う世界になった。


## サイドストーリー 七つの名前


 増殖の止まったカナンで、七人の少女は円になって座っていた。


 全員が同じ顔、同じ声、同じ記憶を持っている。


「誰が本物なの?」


 一人が尋ねる。


 リリアーナは答えられなかった。


 以前なら、全員が同じ命なのだから区別は不要だと言っただろう。


 今は違う。


「皆さんが本物です」


「でも、名前が一つしかない」


 少女の元の名はマリアだった。


 七人とも、その名を自分のものだと思っている。


 リリアーナは紙とペンを用意した。


「これから、自分で選びましょう」


 最初の少女は、元の名前を残してマリアを選んだ。


 二人目は、街で最初に見た花からロゼ。


 三人目は、助けてくれた星剣の色からエメラ。


 四人目は、思いつかず翌日に決めると言った。


 残る三人も、急がず考えることにした。


 同じ記憶から始まっても、最初の選択ですでに違いが生まれる。


「私、パンを焼いてみたい」


 マリアが言う。


「私は森を見たい」


 ロゼが続く。


「私は剣を習います」


 エメラが立ち上がった。


 リリアーナは驚き、それから笑った。


 自分は命を増やせば救えると思っていた。


 本当に必要だったのは、生まれた命へ選択を返すことだった。


 翌日の夜、七人がそれぞれの名前を選んだあと、リリアーナは死者の名を刻んだ石板の前に立った。


 死を否定していたころは、ここを見なかった。


 最初の名前は、十年前に薬を譲った女性のものだ。


「あなたを救いたかった」


 石板へ語りかける。


「今も、そう思っています。でも、あなたが死を受け入れたことまで否定していました」


 返事はない。


 死者は戻らない。


 だから、生きている者が覚えている。


 リリアーナは石板を掃き、七人の新しい名前を記した紙を胸へしまった。


## サイドストーリー 雷雲の下の都市


 第三星剣ヴァジュラになる前、雷の惑星には空中都市があった。


 地上へ降りることはできない。数百万年間やまない雷が大地を焼いていた。


 人々は雷を避けるのではなく、暮らしへ使った。都市の翼を動かし、夜の明かりを灯し、食料を育てる熱へ変えた。


 都市の技師に、ヴァジュという少女がいた。


 彼女は雷を吸収し、必要な場所へ流す装置を作った。装置の名が、後にヴァジュラの語源になる。


『力は強さではない。流れる道だ』


 ヴァジュは弟子へ教えた。


『せき止めれば壊れる。奪えば、どこかが暗くなる。必要なだけ受け取り、余ったら空へ返す』


 《運営》が惑星を検索したとき、膨大な雷エネルギーだけを見た。


 都市も、技師も、その使い方も観測しない。


 惑星の雷が一瞬で消え、空中都市の翼が止まる。


 人々は落下する前に、最後の電力を子どもの避難艇へ集めた。


 ヴァジュは中央装置へ残り、雷を一本の道へ束ねる。


『どこへ持っていくのか知らない。でも、使うなら返して』


 その記録は剣の内側へ残った。


 セラは何十億年も、ヴァジュラで敵の攻撃を吸収し、巨大な雷として返した。便利な武器だと思っていた。


 オルド戦で、初めて力を壊すためではなく全身へ巡らせた。


 やがてその力は、別世界から奪われた攻撃を吸収し、元の世界へ戻す道になる。


 ヴァジュの教えが、長い時を越えて本来の使い方へ戻る。


 剣を星へ返したとき、空中都市が落下する直前へ時間が戻った。


 雷が再び空へ満ちる。翼が動く。


 避難艇の中で、ヴァジュの弟子が師の言葉を記録した。


 力は流れる道。


 その言葉は今度こそ奪われず、次の世代へ渡された。


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