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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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第7話 雷を食うもの

 雷喰いオルドは、雲の上にいた。


 追跡を始めて三時間、オルドは一度も街を襲わなかった。雷雲だけを選んで飛び、空の電気を食べている。


「国を一時間で消す危険度なんだよな」


「保有エネルギーから算出した数値です。実際に国を滅ぼした記録ではありません」


「ゲームじゃ、都市を三つ食べた設定だった」


「雷雲を食べた結果、都市の上を通過した可能性があります」


 危険な力を持つことと、実際に誰かを襲うことは違う。


 悠真は先制攻撃を命じなかった。


 タイタン・ゼロを近づけると、オルドの方から速度を落とした。


「小さき者よ。なぜ撃たぬ」


「まだ何もしてないからだ」


「我が力を恐れぬのか」


「怖い。でも、それだけで倒す理由にはならない」


 オルドは長い首を傾けた。


「昔、同じことを言った者がいた」


「どうなった?」


「老いて死んだ」


 巨獣の声が少し低くなる。


「我だけが残った。友になる者は皆すぐに消える。ゆえに戦うことにした。敵ならば、別れを惜しまずに済む」


「それ、楽なのか?」


「何がだ」


「別れを惜しまないふりをするの」


 オルドの目が細くなる。


「貴様。やはり戦え」


「怒るところだったか?」


「我にも分からぬ。だから戦え」


 雷雲が一斉に集まり、戦いが始まった。


 蛇のように長い巨体が雷雲を泳いでいる。鱗の一枚が家ほどもあり、四枚の翼が羽ばたくたびに紫の稲妻が地上へ落ちた。


 悠真たちはタイタン・ゼロの肩に乗り、山岳地帯まで追った。


「あれが街へ行けば、被害は?」


「一時間で国が一つ消えます」


 セラは簡潔に答えた。


「先に言っておく。倒したら星晶石はいくつだ?」


「推定五十万です」


「絶対に逃がせない」


「人命が先です」


「分かってる。人命を守って、五十万も守る」


 空から笑い声が降ってきた。


「面白い。小さき者よ、我を獲物と呼ぶか」


 オルドの黄金の目が悠真を捉える。


「言葉が分かるのか」


「千年も空を巡れば、人の言葉など嫌でも覚える。だが我に挑む者は久しい」


 オルドがセラの背後を見る。


「星を束ねた剣。食らえば、我は太陽にも届こう」


 雷が落ちた。


 セラが三本目を抜く。


 金色の刀身へ雷が吸い込まれた。


「第三星剣――《雷神星ヴァジュラ》」


 ヴァジュラが輝く。


 セラが剣を振り下ろした。


「《星雷天墜》」


 天が白くなる。


 山より太い雷柱がオルドを直撃した。衝撃で雲が円形に吹き飛び、遠くの山頂が崩れる。


 これで終わった。


 悠真はそう思った。


 光が消える。


 オルドは無傷だった。


 巨獣は満足そうに口を閉じた。


「美味だ」


「食べた?」


「そのようです」


 オルドが急降下する。


 タイタン・ゼロが迎撃砲を放つ。


 光弾はオルドへ届く前に曲がり、口へ吸い込まれた。


「魔力だけじゃなく、兵器のエネルギーも食べるのか」


「熱、光、運動。形が違っても、力であれば吸収します」


 セラがヴァジュラを構えたまま分析する。


 オルドは食べた光を翼へ流し、速度を上げた。


 巨体が空から消える。


 次の瞬間、タイタン・ゼロの背後に現れた。


 尾の一撃。


 百メートルの機体が山へ叩きつけられる。


「タイタン!」


 操縦画面の耐久値が半分まで減った。


 悠真が収納へ戻そうとするが、オルドの爪が肩を押さえている。戦闘中は接触を切らなければ回収できない。


「セラ、機体を守ってくれ!」


「オルドを先に倒す方が早いです」


「それまで壊される!」


「召喚品です」


「召喚品でも、ずっと助けてもらった」


 セラは一瞬だけ悠真を見た。


 第一星剣でオルドの爪だけを凍らせる。タイタン・ゼロが腕を振り払い、空間収納へ戻った。


「物にも関係を放棄しないのですね」


「物だから壊していいとは思わない」


「記録しました」


 オルドが凍った爪を砕いて笑う。


「戦いの最中に、鉄人形を心配するか」


「大事な戦力だからな」


「素直ではないな、小さき者よ」


 図星だった。


 悠真は星剣を使えない。自分で空を飛ぶことも、攻撃を避けることもできない。


 だからこそ、失わなくてよいものを守る判断だけは手放したくなかった。


 巨大な顎がヴァジュラへ迫った。セラは剣を引かなかった。


 牙が刀身を挟む。


 金色の光がオルドの喉へ吸われていく。


「セラ!」


「問題ありません」


 セラは剣を握ったまま、さらに力を送った。


 オルドの鱗が明るくなる。


「まだだ。もっと寄越せ」


「望みどおりに」


 雷雲が消えた。


 空の青さが戻る。数百万年分の雷を圧縮した星剣から、濁流のような力が注ぎ込まれていく。


 オルドの笑い声が次第に震え始めた。


「待て。これは、多い」


「まだ最大出力の三パーセントです」


「三?」


「四。五」


 巨体が膨らむ。鱗の隙間から金色の光が漏れた。


「もうよい!」


「六」


「聞け、星剣の娘!」


「七」


 オルドが口を離そうとする。


 だが、ただ力を注げば内部で爆発する。


 爆発すれば、近くの山岳地帯も消える。


 セラはヴァジュラの出力を細かく変えた。


 強く。弱く。再び強く。


 オルドが吸収した力を体内の一か所へ集めさせず、全身へ巡らせる。


「倒すのではなく、満腹にして動けなくするのか」


「最初からその予定です」


「内部崩壊させるって顔だったぞ」


「顔から戦術を推測しないでください」


 実際には、セラも直前まで倒すつもりだった。


 悠真がタイタンを守ったのを見て、オルドも殺さずに止める方法へ変えた。


 最強だからこそ、倒す以外の加減ができる。


 ヴァジュラの雷は細い糸となり、巨獣の体内を縫った。


 オルドの翼から力が抜ける。


 彼は満足そうに笑いながら、ゆっくり落ちた。


 セラは片手で上顎をつかんだ。


「食事を残してはいけません」


「貴様、意外と容赦がないな!」


「八」


 オルドの体が限界に達した。


 セラがヴァジュラを引き抜く。


 巨獣は空高く跳ね上がり、内側から光に包まれた。


 爆発はしなかった。


 セラが周囲に雷の膜を作り、力をすべて閉じ込めている。オルドだけが眩しい球の中で転がり、最後には元の百分の一ほどの大きさになって落ちてきた。


 タイタン・ゼロの肩に、小さな竜が転がる。


「殺さなかったのか?」


「本人から降伏を確認できませんでしたので、出力を調整しました」


 オルドが薄く目を開けた。


「小さき者よ」


 悠真がしゃがむ。


「何だ?」


「楽しかった」


 巨獣は笑った。


「千年ぶりに、腹が満ちた」


「次は普通に飯を食いに来い」


 悠真が言うと、オルドは鼻先から小さな雷を漏らした。


「我が食える食事を用意できるのか」


「雷ならヴァジュラに頼めばいい」


「あれは食事ではない。拷問だ」


「自分から食いついたんだろ」


 セラが真顔で割り込む。


「食べ放題を希望したと記憶しています」


「言葉の意味を誤解していた」


 巨獣は悔しそうに目を閉じた。


 その体が青い結晶へ変わる。消滅ではない。スマートフォンに、休眠状態と表示された。


 星晶石五十万個が加算される。


 同時に、緊急警告が現れた。


 南東の都市で、生命反応が異常増殖している。


 推定人口、八万。


 一分後、十六万。


 二分後、三十二万。


 数字は倍になり続けていた。


## サイドストーリー 千年分の友人


 オルドは、生まれたときから雷を食べていた。


 最初の百年は、同じ種族が空にいた。


 親も兄弟も、雷雲を追って惑星を巡った。


 二百年目、空の雷が減った。


 同族は食料を求めて争い、互いの体内に蓄えた電気まで奪った。


 最後に残ったのがオルドだった。


 三百年目、人間の飛空艇と出会う。


 船長はオルドを恐れず、嵐を越える案内を頼んだ。


 報酬は人工雷を入れた大きな瓶だった。


 量は少ない。味も薄い。


 それでもオルドは、初めて誰かから食事をもらった。


 船長の名はハル。


 ハルは毎年、同じ季節に空へ来た。


 新しい瓶を持ち、地上で起きた出来事を話す。


 国ができた。


 子どもが生まれた。


 戦争が始まった。


 戦争が終わった。


 オルドにとって短い一年は、人間には長い時間だった。


 六十回目の季節、別の船長が来た。


『ハルは死んだ。最後まで、空の友人へ挨拶できないことを気にしていた』


 瓶と一緒に手紙を渡された。


 オルドは人の文字を読めなかった。


 読めるようになったころ、手紙は風化していた。


 それから、友を作らないことにした。


 近づく者へ戦いを挑む。


 敵なら、死んでも自然だ。


 別れではなく勝敗だと思える。


 何百年も続けるうち、戦う理由も忘れた。


 悠真は、戦いの前に逃げてもよいと言った。


 力を恐れながら、それだけで倒す理由にはしなかった。


 ハルと同じだった。


 だから腹が立った。


 もう一度、失うかもしれない相手ができることが怖かった。


 敗北後、小さくなったオルドは休眠の中で古い夢を見た。


 空を飛ぶ船。


 薄い人工雷。


 読めなかった手紙。


 目を覚ましたら、悠真に文字を読んでもらおうと思った。


 手紙はもうない。


 それでも、覚えている言葉を話せばよい。


 千年ぶりに、次に会う予定ができた。


## サイドストーリー 鋼鉄の巨人が見たもの


 タイタン・ゼロは、もともと戦争用の兵器ではなかった。


 別世界で作られた惑星開拓機だ。


 両肩の砲門は岩盤を砕くため。


 厚い脚は地震の多い土地を歩くため。


 胸部の炉は、開拓都市へ電力を供給した。


 最初の操縦者は、老いた技師だった。


 彼は機体をタイタンと呼び、三十年間一緒に働いた。


 最後の仕事は、荒れた土地へ川を作ること。


 完成の前夜、機体だけが消えた。


 ガチャへ排出されたからだ。


 残された技師は、自分の判断ミスで機体を失ったと思った。


 捜索を続け、川は未完成になった。


 タイタン・ゼロの内部には、その作業記録が残っている。


 悠真が最初に命令したとき、機体は新しい操縦者として認証した。


 集落を襲う魔物へ砲撃する。


 用途は違う。


 それでも、守るための力として使われた。


 悠真は機体を道具として雑に扱わなかった。


 安全設定を確認し、損傷すれば収納へ戻し、戦いの後は整備を命じた。


 機械に感情はない。


 少なくとも、仕様にはない。


 オルド戦で破壊されかけたとき、機体の記録に一行だけ未知の文字列が生じた。


 RETURN REQUEST。


 帰りたいという意味にも見える。


 元の世界へか。


 悠真の収納へか。


 機体自身にも分からない。


 最終戦前、悠真はタイタンの操縦席へ座った。


「全部終わったら、元の場所へ返す」


 画面が青く点灯する。


『命令を受理』


「向こうに戻りたいか?」


 長い処理音。


『選択不能』


「そうだよな。勝手に決めて悪かった」


 悠真は返却先の選択を保留した。


「終わったあと、一緒に決めよう」


 画面へ新しい表示が出る。


『了解』


 ガチャ終了後、タイタンは元の世界へ戻った。


 老技師が機体を失った翌朝。


 作業現場へ、巨大な足音が近づく。


 タイタン・ゼロの装甲には、異世界の傷と小さな星の印が残っていた。


 技師は何も尋ねず、機体の脚へ手を当てた。


「戻ったか」


 タイタンの目が青く光る。


 未完成だった川の工事が、その日から再開された。


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