第6話 死者の名前
残った骨兵は、それ以上話さなかった。
セラが触れると、糸が切れたように崩れ、白い砂になった。
「召喚体が命令なしに残ることは?」
悠真が尋ねる。
「ありません」
「俺の名前を知っていた」
「聞き間違いではありません。私にも、そう聞こえました」
グラディウスが白い砂をすくった。
「この者には意思があった」
「スケルトン全部に?」
「分からぬ。だが死者を道具と思うな」
グラディウスの青い眼光が、セラの背後に戻った第二星剣へ向く。
「あの剣から聞こえた。数え切れぬ声が、帰りたいと泣いていた」
セラは何も答えなかった。
黒炎の裂け目は、第一星剣で凍結できた。
セラが地下世界の中心へ剣を突き立てると、氷が空間そのものを覆った。裂け目は黒い結晶となり、最後には粉々に砕けた。
地上の炎も消えた。
灰の下から冷たい土が現れる。
ヴァルガスは、戻った民の前でひざまずいた。
「俺の判断で他国を侵した。罰は俺が受ける」
悠真は止めなかった。
罪がなくなったわけではない。セレネ側との交渉も賠償も必要だ。
ただ、終わりにはしなかった。
「グラディウスとの約束を守ってくれ」
「王命として墓所を保護する」
「それと、畑が戻るまでの食料だけど」
悠真はイベント報酬の星晶石三十万個を受け取った。
「ガチャで何とかする」
「また引くのですか」
セラの声に不安が混じる。
悠真は胸を張った。
「今回は三十万ある。爆死する方が難しい」
一時間後。
悠真は百二十四回引いていた。
平原には、山ほどの塩と、靴下と、木製の椅子が積まれていた。
「食料は?」
ヴァルガスが低い声で尋ねた。
「後半に期待しよう」
「まだ百回も引くつもりですか?」
セラが止める前に、悠真は百連のボタンを押した。
虹色の光が三つ走る。
SSR、永久豊穣炉。
SSR、浄水塔。
SSR、自動耕作機兵百体。
平原に銀色の塔が立ち、機械兵が灰の畑を耕し始める。豊穣炉から温かいパンが次々に出てきた。
民の歓声が上がる。
「勝った」
悠真は両手を上げた。
「先ほどまでの椅子の山を忘れています」
「勝つまで引けば負けじゃない」
「それを敗北と呼ぶ文化もあります」
その夜、悠真は第二星剣について尋ねた。
話をする前、セラはネクロポリスを地面へ置いた。
抜剣はしない。鞘に入れたまま、耳を澄ます。
「声が聞こえるのか」
「明確な言葉ではありません。これまでは、剣の稼働音だと思っていました」
悠真も隣へ座った。
最初は風の音しか聞こえない。
しばらくすると、低いざわめきがあることに気づいた。
歌。泣き声。誰かを呼ぶ声。笑い声。
数十億の人生が重なり、意味を持たない音になっている。
「これをずっと背負ってたのか」
「重いとは感じません」
「剣の重さじゃない」
セラは答えなかった。
悠真はゲームのスケルトンについて話した。
序盤の雑魚。経験値が少ない。範囲攻撃でまとめて倒す。名前を気にしたことはない。
「知っていたら、遊べなかったかもしれない」
「あなたの責任ではありません」
「知らなかったら責任がない、で全部済ませたくはない」
悠真はネクロポリスへ向けて言った。
「今まで雑に倒して悪かった」
返事はない。
代わりに、鞘の中で小さく歯を鳴らすような音がした。
笑われたのかもしれない。
セラも同じ音を聞き、ほんの少し肩を緩めた。
昼のあいだ、ガルドアの民は故郷へ戻った。
畑は灰に埋まり、家の半分は消え、井戸には黒い煤が浮いていた。それでも人々は壊れた戸を起こし、道を掃き始めた。
永久豊穣炉から出るパンには、一日に生産できる上限がある。最初の一個を子どもへ、次を老人へ。その順番をヴァルガス自身が決めた。
王は最後まで何も食べなかった。
悠真がパンを一つ投げると、反射的につかむ。
「王が倒れたら交渉が進まない」
「施しは受けん」
「イベント攻略の必要経費だ」
「人の誇りを妙な言葉で包むな」
文句を言いながら、ヴァルガスは食べた。
少し離れた場所では、ラウルとグラディウスが墓所の境界を決めている。
生者の国と死者の国。簡単に分かり合えるわけではない。それでも、昨日までなかった話し合いが始まった。
悠真とセラは浄水塔のそばに座っている。椅子だけは大量にあった。
「あのスケルトンは、どこから来たんだ」
「ネクロポリスに記録された死者です」
「ゲームの設定では、罪人が送られた星だった」
「私も同じ記録を持っています」
「設定じゃなくて、本当にあった星なのか?」
セラは自分の手を見た。
「分かりません。ですが、剣を抜いたとき、私は彼らの重さを感じました」
「重さ?」
「生きた時間の重さです」
セラの声は、いつもより小さかった。
「私は今日まで、彼らを兵器の一部だと思っていました」
悠真は答えを探した。
気の利いた言葉は出なかった。
「次に呼ぶなら、帰りたいか聞こう」
セラが顔を上げる。
「命令に従わないかもしれません」
「そのときは、俺たちで何とかする」
「千万の軍を失います」
「最初から俺のものじゃない」
セラはしばらく悠真を見ていた。
「あなたが選ばれた理由を、少し理解した気がします」
「俺は理解してないけどな」
スマートフォンが震えた。
新しい地図に、巨大な光点が現れる。
空を移動している。
光点の名称は、雷喰いオルド。
危険度の欄には、数字の代わりに一言だけ表示されていた。
――星剣捕食個体。
## サイドストーリー 敗れた王の賠償
ヴァルガスは、セレネ王国との交渉へ一人で出席した。
護衛を連れない。
武器も持たない。
会議場の外には、侵攻で家族を失った者が集まっていた。
「人殺し!」
石が飛ぶ。
ヴァルガスの額へ当たり、血が流れた。
炎で防ぐことはできた。
彼は何もしなかった。
会議では、セレネ側が莫大な賠償を求めた。
奪った食料の十倍。
国境の鉱山。
炎王の退位。
「食料は二倍で返す。鉱山は共同管理。退位は拒否する」
「敗者に拒否権があると?」
「今退けば、復興の責任から逃げることになる」
セレネの代表が机をたたく。
「王座へしがみつく言い訳だ!」
「そう見えることも受け入れる」
ヴァルガスは自国の帳簿を全部開示した。
返せる量。
返せない量。
返すために必要な年数。
「十倍を約束すれば、民がまた飢える。守れぬ約束で謝罪はしない」
交渉は三日続いた。
悠真は口を出さず、会議の隅に座った。
最終日、被害を受けた村の女性が発言した。
「食料は二倍でいい。その代わり、ガルドアの兵が畑を直して」
奪った者と奪われた者が、同じ畑で働く。
数字だけの賠償ではない。
ヴァルガスは受け入れた。
「俺も行く」
「王が畑仕事を?」
「侵攻を命じた手だ。土を戻す責任もある」
最初の共同作業の日、互いに口をきく者はいなかった。
一週間後、道具の使い方で口論した。
一か月後、同じ鍋の昼食を食べた。
許されたわけではない。
失った人は戻らない。
それでも、倒して終わりにはしなかった。
のちにヴァルガスが世界を守るため戻るのは、悠真へ借りがあるからだけではない。
間違えたあとにも続く責任を、途中で放棄しないためだった。
## サイドストーリー 生者と死者の境界
黒炎が消えた翌日、ガルドアの北に一本の道が作られた。
道の右側は生者の国。
左側は死者の国。
境界へ壁は作らない。
代わりに、互いの土地へ入る前に名を告げる鐘を置いた。
最初に鐘を鳴らしたのは、ラウルだった。
「ラウル・ガルドア。兄に会いに来た」
死んだ弟が、生者の王城へ向かう。
門番は槍を構えたまま動けない。
「通してやれ」
ヴァルガスが自分で門を開けた。
兄弟は十年ぶりに同じ食卓へ座る。
ラウルは食べられない。ヴァルガスだけがパンをちぎる。
「味はどうだ」
「十年前より硬い」
「食えぬくせに分かるのか」
「匂いは分かる」
二人の会話は、王と死者ではなく昔の兄弟へ戻った。
城の外では、生者の子どもが小さなスケルトンの後を追っている。
骨兵は落とした腕を子どもに拾ってもらい、何度も頭を下げた。
怖がって泣く者もいる。
墓を荒らされたと怒る者もいる。
死者の側にも、生者を恨む者がいた。
共存は、星剣の一撃では完成しない。
グラディウスとヴァルガスは毎日、境界で苦情を聞いた。
「生者の家畜が墓地へ入った」
「死霊の歌が夜通しうるさい」
「骨兵が井戸へ落ち、水をくめない」
宇宙規模の戦いより、小さな問題の方が終わらない。
悠真が様子を見に来ると、ヴァルガスは大量の申立書を押しつけた。
「貴様が始めた共存だ。半分読め」
「俺は王じゃない」
「王でない者にも責任はあると言ったのは貴様だ」
言い返せない。
悠真はグラディウスと申立書を読む。
夕方、小さな骨兵が鐘を鳴らした。
「な、まえ」
自分の名を思い出せないらしい。
悠真は少し考え、鐘の脇へ新しい札を置いた。
名前を失った者は、「忘れられた者」と告げれば通れる。
グラディウスが札を見る。
「仮の言葉だ」
「思い出すまでのな」
「思い出せなければ?」
「その人を知ってる誰かが見つかるまで、みんなで覚える」
骸王は札を門へ固定した。
生者と死者の境界は、その日から名を思い出す場所にもなった。




