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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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第5話 千万の死者

 北へ向かう途中、悠真はスマートフォンの召喚画面を開いた。


 黒炎を止めるには、燃え続ける大地の地下へ入る必要がある。ヴァルガスによれば、中心には王家の墓所があった。


 十万の兵と避難民はルーデ村の外で待機している。セラが氷で巨大な貯蔵庫を作り、村の備蓄、軍に残った食料、悠真の召喚品を集めた。全員が満腹になる量ではない。子どもと病人を優先し、調査に使える一日を捻出した。


 残る星晶石は二万七千二百。


「一回だけだ」


「昨日も聞きました」


 セラの視線は冷たい。


「今回は必要経費だ。地下探索に使えるものが欲しい」


「鉄鍋でも持っていきますか?」


「あれはもう炊き出しで活躍してる」


 悠真が召喚ボタンを押す。


 演出は青。出てきたのはRの懐中電灯だった。


「ほら、必要なものが出た」


 セラは答えず、自分の手に白い光球を浮かべた。


「それ、先に見せてくれない?」


 三人は黒炎の中へ進んだ。


 氷の道の外側では、黒い炎が音もなく燃えている。


 木は炭にならない。石も溶けない。触れた場所だけが、最初から存在しなかったように薄くなる。


 ヴァルガスが足を止め、道の脇に落ちた小さな木馬を拾った。


「北では、父親が子へ木馬を作る」


 焦げていないのに、木馬の半分が消えている。


 悠真は収納から布を出し、欠けた部分へ巻いた。ヴァルガスは何も言わず、木馬を受け取った。


「黒炎が出た夜、俺は王都にいた。最初の村が消えるまで災害だと信じなかった。助けを求める使者を、罠を疑って三日待たせた。その三日で一万人が死んだ」


「だから他国へ攻めたのか」


「二度と待たないと決めた。正しい判断を探す間にも、人は腹を空かせる」


 悠真には反論できなかった。


 ヴァルガスは短気な暴君ではない。考えた末に、考え続けることを恐れるようになった男だ。


「でも、急いで間違えたら?」


「間違えた王は、その結果ごと背負う」


「背負うのは王だけじゃない」


 ヴァルガスが悠真を見る。


「だから貴様が止めた。王の外に、王を止める者も必要なのだろう」


 炎王は不器用に認めた。


 セラが作った氷の道だけは燃えない。ヴァルガスは先頭を歩き、墓所の扉に手を置いた。


「弟の名はラウルだ。十年前、この中へ葬った」


「声は何と言ったんだ?」


「『逃げろ』と」


 扉の向こうから、爪で石を引っかく音がした。


 ヴァルガスが押し開ける。


 暗闇に、青い火が並んでいた。


 人の目だった。


 墓所を埋め尽くす死者が、一斉にこちらを向く。その先頭に、焦げた王族の服を着た青年が立っていた。


「兄上」


 ヴァルガスの足が止まる。


「来ては、いけなかった」


 青年の背後で闇が膨れた。


 骨の冠をかぶった巨人が立ち上がる。肉はなく、黒い鎧の隙間から青い炎が漏れていた。


「生者が三人。うち二人は王と星剣の担い手か」


 巨人は玉座から三人を見下ろした。


「我は骸王グラディウス。眠りを奪われた者たちの王である」


 悠真はヴァルガスの前へ腕を出した。


「弟さんは操られてるのか?」


「違う」


 グラディウスの声が地下全体を震わせる。


「地上の炎が墓を焼いた。苦痛で目覚めた死者が、我に救いを求めた。我は彼らへ動く骨と声を与えた」


 青年ラウルが苦しそうにうなずいた。


「骸王は、俺たちを炎から守ってくれた」


 ヴァルガスが剣を下ろす。


「ならば、なぜ黒炎を広げる」


「死者の国を作るためだ」


 グラディウスが立ち上がった。


「地上は生者だけのものではない。忘れられ、名を削られ、墓を踏まれた者たちにも国が要る」


 壁が崩れた。


 墓所の先に、青い炎で照らされた地下世界が広がる。


 百万のアンデッドがいた。


 ただ並んでいるのではない。地下の街を作っていた。


 骨の職人が崩れた壁を直し、死霊の騎士が小さな墓標を運ぶ。言葉を持たない者も互いに道を譲った。死者の中には、武器を持たず座っている者も多い。


「全員が兵士じゃない」


「当然だ」


 グラディウスの声に怒りが混じった。


「生きていたころは農夫、職人、親、子であった。死ねばすべて兵になると、生者は思うのか」


「そういうつもりじゃ――」


「ゲームでは、死者は敵の種類だったのでしょう」


 セラが静かに言った。


 グラディウスが名のない墓標を示す。


「黒炎で記録を失った者だ。家族も名も分からぬ。それでも、誰かだった。我が国では名を失った者を最初に数える。忘れられた死を、二度死なせぬためだ」


 悠真は百万という数を、初めて一人ずつの集まりとして見た。


 騎士。獣。竜。名もない骨の兵士。彼らが地平まで埋め尽くしている。


 ヴァルガスが息をのむ。


「セラ」


 悠真は小声で呼んだ。


「倒すだけなら、第一星剣で可能です」


「それだと、ラウルさんたちも消えるよな」


「はい」


 グラディウスが骨の剣を掲げた。


「生者の王よ。地上を明け渡せ」


 百万の死者が進み始める。


 悠真はセラの背後に浮く剣を見た。


 ゲームで七剣姫の画像だけは何度も見ている。二本目の剣は、黒い刀身に無数の白い点が瞬いていた。


「二本目は、何ができる?」


「死者を呼びます」


「何人?」


「制限を確認したことはありません」


 悠真は百万の軍勢を見渡した。


「数で来るなら、こっちの得意分野だな」


「物量戦を得意分野と呼ぶ人を初めて見ました」


 セラが二本目を抜く。


「第二星剣――《流刑星ネクロポリス》」


 剣が地面に触れた。


 世界が鳴った。


 一つの音ではない。千万の足が、同時に大地を踏んだ音だった。


 地面から白い腕が伸びる。


 骨の兵士が起き上がる。百。千。万。見渡す限りの地面が割れ、剣と盾を持ったスケルトンが次々に現れた。


 アンデッドドラゴンが頭上を覆う。巨大骨兵が天井を支える。死霊騎兵が列を組む。


 百万の軍勢を、十倍の死者が包囲した。


 グラディウスが絶句する。


「死者を、数で制するだと……」


 悠真はスマートフォンに現れた命令欄を見た。


 攻撃。防御。待機。


 悠真は防御を選んだ。


 千万のスケルトンが一斉に盾を置く。


 最前列の一体は盾を上下逆さまに持っていた。隣の骨兵が直してやる。別の一体は剣を抜こうとして鞘ごと腕を落とし、拾った仲間に頭を下げた。


 笑う場面ではないのに、悠真は少しだけ肩の力が抜けた。


「本当に意思があるように見える」


「命令列に、そのような動作はありません」


 セラの顔から余裕が消えた。


 盾の壁が完成すると、千万の死者は攻撃せず待った。その沈黙は、グラディウスの百万軍より強い圧力になった。


 勝てるから戦うのではない。


 戦わずに話せる状況を、圧倒的な力で作った。


 悠真は初めて、七星剣の本当の使い方を一つ知った気がした。


 金属音が地下世界を揺らした。


「戦う必要はない」


 悠真はグラディウスへ呼びかけた。


「黒炎を止める。地上には、死者の墓を守る場所を作る。だから軍を止めてくれ」


「口約束を信じろと?」


 ヴァルガスが剣を地面へ置いた。


「俺の王位を担保にする」


 炎王は弟を見た。


「生者が死者を忘れたなら、それは生者の罪だ。北の墓所を国として認める」


 グラディウスは長く沈黙した。


 やがて骨の剣を下ろす。


「星剣の軍を退かせよ」


 悠真はセラを見る。


「どうやって戻すんだ?」


「剣を収めれば還ります」


 セラがネクロポリスを背後へ戻す。


 千万のスケルトンが、来たときと同時に消えた。


 ただ、一体だけが残った。


 小柄な骨兵だった。


 空っぽの眼窩が悠真を向いている。


 骨の指が震えた。


「どうした?」


 悠真が近づくと、骨兵は歯を鳴らした。


「ゆう、ま」


 確かに、悠真の名を呼んだ。


## サイドストーリー 流刑星の最後の一日


 第二星剣になる前、ネクロポリスは一つの惑星だった。


 罪人を送る星と呼ばれていた。


 だが実際に暮らしていた者の多くは、罪を犯していない。


 権力者へ反対した者。


 税を払えなかった農民。


 流刑者の子として生まれ、星を出られなかった子ども。


 空はいつも灰色だった。


 地面には作物が育たず、人々は地下の菌を食べた。


 それでも街があり、歌があり、家族がいた。


 惑星最後の日、空に巨大な輪が現れた。


 ガチャの検索装置だ。


 《運営》は数十億の死を、一つの高密度エネルギー源として検出した。


 星が圧縮され始める。


 人々は逃げなかった。


 逃げる場所がないと知っていた。


 一人の老人が広場の鐘を鳴らした。


「名を告げろ!」


 消える前に、自分の名を隣の者へ伝える。


「私はラド」


「私はエミ」


「僕はノア」


 数十億人が同時に名を呼ぶ。


 声は重なり、星全体を震わせた。


 物質は圧縮されても、その声だけが消えなかった。


 第二星剣の内側へ残り続ける。


 長い時代の中で、セラは何度もネクロポリスを抜いた。


 《運営》の命令に従い、死者を兵士として召喚した。


 一人ずつの名を聞く余裕はない。


 命令を終えれば、剣へ戻す。


 彼らは何十億年も、自分の名を告げ続けた。


 悠真が初めて、戦いたくない者は戻ってよいと言った。


 その言葉は、星の最後の日以来、彼らへ与えられた最初の選択だった。


 小さな骨兵が悠真の名を呼んだのは、礼だけではない。


 自分たちがしてほしかったことを、先に彼へ返した。


 名を呼ぶ。


 ここにいたと覚える。


 それが、流刑星の死者たちに残された最後の抵抗だった。


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