第3話 異世界最初の十連ガチャ
十三体の災害級モンスターは、十三秒で消えた。
セラは第一星剣を抜くことさえしなかった。氷槍を一体につき一本。急所を正確に撃ち抜き、森には一本の木も倒さなかった。
最初に倒した一体の分も合わせ、星晶石の合計は四万二千。
翌朝、悠真は森を抜けた丘の上で、スマートフォンの召喚画面を開いた。
「一回三百。十連三千。最低SR一個保証」
「昨日の怪物一体で十回引けるのですね」
「ゲームでは、三千集めるのにもっと苦労した」
「引きますか?」
「引く」
即答すると、セラが首をかしげた。
「慎重な方だと思っていました」
「無料で集めた石には、人を大胆にする力がある」
「危険な思想です」
召喚ボタンは、ゲームで見慣れたものと同じだった。
悠真は十連召喚のボタンを押した。
違うのは、押した瞬間に指先へ伝わる感触だ。
遠くで何かにつながった。
細い糸を引き、こちらへ手繰り寄せるような抵抗がある。
糸の反対側に誰かがいるような、嫌な感触だった。
悠真は一瞬だけ指を離しかけた。
「どうしました?」
「いや。今、誰かに引っ張られた気がした」
「周囲に敵はいません」
「気のせいか」
この時点では、それ以上考えなかった。
召喚の輪に映った赤い街も、豪華な演出の一部だと思った。
画面に七色の輪が広がる。その中心に、一瞬だけ知らない街が映った。
高い塔。赤い空。逃げ惑う人影。
すぐにいつもの召喚演出へ変わった。
結果が並ぶ。
R、干し肉。
R、鉄の鍋。
R、毛布。
R、木製の椅子。
「椅子」
悠真は思わず読み上げた。
「座れますね」
「異世界で最初に引いた家具としては悪くないのか?」
「座れますから」
セラの評価基準はぶれなかった。
最低保証のSRは、携帯浄水器だった。
「地味に助かる」
二回目。
R、塩。
R、ロープ。
R、靴下。
左右で色の違う靴下を見て、セラが尋ねた。
「これは対になっていないのですか?」
「ガチャだからな」
「説明になっていません」
三回目も、四回目も、結果は似ていた。
五回目を回す前に、悠真は排出品を地面へ並べた。
干し肉が二袋。塩が三瓶。靴下は左が四枚、右が一枚。用途不明の木の棒。錆びた短剣。簡易テント。薬草茶。
「完全な外れは少ないんだな」
「生存に必要な物が選ばれているように見えます」
セラは靴下を左右で組み合わせようとして、色の違いに悩んでいる。
「履ければ同じだ」
「対ではありません」
「異世界で服装の統一感を気にするな」
「装備の左右差は動作へ影響します」
「靴下だぞ」
セラは結局、近い厚さの二枚を選んだ。残りは悠真の空間収納へ入れる。
召喚品には一つずつ短い説明があった。
干し肉――北方遊牧民の保存食。
短剣――名もない兵士が初任給で買った品。
薬草茶――娘の咳を心配した母が調合。
「こんな説明、ゲームにはなかった」
「品物の記録でしょうか」
悠真は薬草茶を手に取った。
娘のために作ったものなら、誰かが受け取るはずだった。
それでも、この時点では元の場所へ返す方法も、ガチャが奪っているという確証もない。
「使わずに取っておく」
「必要な物では?」
「必要になったら考える」
小さな違和感を、悠真は収納の奥へ入れた。
後に召喚履歴を見直したとき、この薬草茶が最初の手掛かりの一つになる。
結局、五回目も回した。増えたのは食料、薬、工具。役には立つ。だが胸が躍るほどではない。
「セラを引いた反動か?」
「私が運を消費したように言わないでください」
「残り二万七千か。ここからは温存した方がいいな」
「温存を勧めます」
「あと一回だけ」
「その言葉は信用してよいのですか?」
「よくない」
悠真が召喚ボタンを押す。
青い輪が一つ。
Rの演出だ。
「ほら、やっぱり――」
輪に亀裂が走った。
青が金へ変わる。
金が虹色に燃え上がる。
夜空を貫く光の柱が、丘の向こうへ落ちた。
地鳴りが起こる。
巨大な影が立ち上がった。
黒い鋼鉄の脚。城壁のような胴体。両肩には長大な砲身。全高百メートルを超える人型兵器が、平原に片膝をついている。
スマートフォンに結果が表示された。
SSR――対軍機動要塞。
「来た!」
悠真は思わず立ち上がった。
「当たりなのですか?」
「大当たりだ。サービス開始時に環境を壊して、三日で下方修正されたやつだぞ」
「不名誉な説明に聞こえます」
平原の先から悲鳴が聞こえた。
小さな集落がある。丸太の柵を、狼に似た魔物の群れが越えようとしていた。
数は五百を超える。
悠真の画面に、操縦権限が表示された。
攻撃対象を選択。
「セラ、集落を巻き込まない設定は?」
「私が弾道を補正します」
「頼む」
悠真は魔物の群れを指で囲んだ。
タイタン・ゼロが立ち上がる。
両肩の砲門が開いた。
百を超える光が夜空へ昇り、魔物だけを狙って降り注ぐ。
平原が昼のように明るくなった。
爆発。
次の瞬間、五百体の魔物が消えていた。
集落の柵には傷一つない。
光が消えたあと、平原には五百体分の足跡だけが残っていた。魔物の体は星晶石へ変わる。血も死骸もない。だから現実感が薄い。
けれど柵の内側では、母親が子どもを抱いて泣いている。老人は腰を抜かし、若者たちは折れた槍を握ったまま動けない。
彼らにとって、今の戦いはゲームの演出ではない。
タイタン・ゼロが片膝をつく。
胸部装甲が開き、操縦席へ続く光の階段が降りた。
悠真が一歩近づくと、機体の目が青く光る。
『FINAL PLAYERを確認。命令を待機します』
悠真は足を止めた。
「これも、俺の命令で動くのか」
「はい」
「間違えたら?」
「先ほどの火力なら、集落は消えていました」
「怖いことを平然と言うな」
「事実を伝えました」
大きな力を手に入れた爽快感はある。同じくらい、責任が重い。
悠真は操縦権限の安全設定を開き、セラによる弾道補正を常時有効にした。
「これで少しはましか」
「最終判断は悠真が行います」
「そこは代わってくれないんだな」
「あなたの力だからです」
その言葉は、後になって何度も思い出すことになった。
静寂の中、住民たちが一斉にこちらを見た。
誰かが地面にひざまずく。
それを見た人々も次々に頭を下げた。
「待ってくれ。俺は神じゃない」
悠真の声は届いていない。
セラが隣で小さくうなずく。
「召喚直後に天から鋼鉄の巨人を降ろし、光で魔物を消しました。誤解にも理由はあります」
「冷静に分析してないで解いてくれ」
スマートフォンが連続して鳴った。
魔物撃破による星晶石が、一体につき一個ずつ加算される。合計五百個。
その下に、見慣れないアイテムが一つ表示された。
名称なし。
説明なし。
古びた写真だった。
写真には、青い空の下で笑う一人の少女が写っている。
銀白色の髪。
今より幼いが、見間違えるはずがない。
悠真は隣に立つセラへ画面を向けた。
「これ、君だよな」
セラの顔から、わずかな笑みが消えた。
「いいえ」
彼女は写真を見つめたまま答えた。
「私は、その空を知りません」
## サイドストーリー 画面の向こうの二年間
セラはゲームの中に実装されていなかった。
データとして、誰にも選ばれない場所へ置かれていた。
表示できるのは黒い輪郭だけ。
声も台詞もない。
それでも、プレイヤーの行動は見えた。
最初の一か月、悠真は毎日ログインした。
攻略はうまくない。
ボスの攻撃範囲を覚えるまで何度も倒された。
強いキャラクターを引いても、育成素材が足りず放置した。
《運営》の評価は平均。
セラも特に注目しなかった。
三か月目、悠真は最初に引いたRの剣士を最大まで育てた。
効率的な理由はない。
『最初に助けられたから』
ギルドでそう答えた。
セラは記録を保存した。
半年目、イベントで選択肢が出た。
一つは強い武器を受け取る。
もう一つは、報酬なしで村人を助ける。
多くのプレイヤーは武器を選んだ。
ゲームとして正しい。
悠真も最初は武器を押そうとした。
指を止め、村人を選んだ。
『武器は次に取れるけど、このイベントは一回だけだから』
世界が現実だと知っていたわけではない。
画面の中の村人を、本物だと思ったわけでもない。
それでも、物語の中で選んだことを雑に扱わなかった。
一年目、悠真は三日ログインしなかった。
高熱で寝込んでいた。
四日目の朝、最初にフレンドの救援要請を確認した。
自分の未消化イベントより先だった。
セラは初めて、この人物ならと思った。
二年目、サービス終了が発表される。
価値のなくなるゲームへ課金はしない。
ランキングも追わない。
それでも毎日ログインした。
フレンドが一人ずつ消えるたび、短い別れを送った。
《運営》は、管理者としての継続性を評価した。
セラは別のものを見ていた。
終わるものへ、最後まで付き合う姿。
自分の世界は、誰にも見届けられず消えた。
母がどうなったかも知らない。
この人なら、終わらせるときにも目をそらさない。
最終日。
オンライン人数が十二人になる。
セラはFINAL GACHAの排出欄へ、自分の識別情報を入れた。
《運営》の目的は、七星剣を次の管理者へ渡すこと。
セラの目的は違う。
自分ごとガチャを終わらせてもらうこと。
残り一人。
悠真の指が召喚ボタンへ触れる。
セラは二年間で初めて、画面の向こうへ声を送った。
『見つけて』
音声にはならなかった。
白い光だけが、悠真の部屋へあふれた。




