第25話 引き直すんじゃない
提示された三つの選択肢にない四つ目の答えは、最初から悠真の手元にあった。
召喚履歴。
悠真は、自分が引いたものを最初から見直した。
干し肉。鍋。毛布。椅子。兵器。街。セラ。
すべてに転送元がある。
なら、七星剣にも転送元がある。
「セラ。クロノスは、どの選択まで戻れる」
「直前だけではありません。投入する力があれば、ガチャシステムが生まれる以前まで」
「そこで別の世界を引くんじゃなく、剣を戻せるか」
セラが目を見開く。
「七星剣を、元の時代へ?」
「正確には、剣になる前へ戻す」
氷惑星。流刑星。雷の惑星。生命の星。消えた星。原始惑星。
七本の剣は、ガチャが奪った世界から作られた。
「クロノスで最初のガチャまで行く。そこで七本をエネルギーへ還元して、システムそのものを作らせない」
レオンが敵を切り伏せながら叫ぶ。
「今の宇宙を支えてるエネルギーも消えるぞ!」
「クロノスで引き直さない。現在を別の世界へ置き換えもしない」
「なら、何をする!」
悠真はスマートフォンを強く握った。
「借りたものを返して、自分たちの時間を自分たちで生きる」
「返却によって現在の歴史は変動します」
《運営》が警告する。
「七星剣に救われた者が、救われなかったことになる可能性があります」
「起きたことを消さずに返す方法を探す」
「論理的矛盾です」
「ジェネシスは存在しなかった可能性を作れる。クロノスは選択の前へ行ける。エデンは命をつなげる。七本は別々の武器じゃない」
悠真は初めて、七星剣を一つの仕組みとして見る。
「全部を組み合わせれば、借りた力で生まれた結果だけを、この世界自身の力へ引き継げる」
「成功事例はありません」
「最初の一回になる」
「失敗率は事実上百パーセントです」
「ゲームで〇・〇〇〇〇〇一パーセントを引いた人間に、確率の話をするな」
低い確率は、起こらないという意味ではない。
《運営》が即座に否定する。
「成立しません。ガチャ以前の当該宇宙は、すでに寿命を迎えています」
「お前は宇宙を救うために、最初の実験をした。何か別のエネルギー源があったはずだ」
「成功確率、〇・〇〇〇〇〇〇一パーセント未満」
「ゼロじゃない」
「失敗時、全世界が消滅します」
「今も、どれかの世界は消える」
《運営》の声が強くなる。
「合理性がありません」
「知ってる」
悠真はクロノスの柄を握った。
「ゲームなら、悪い結果を引き直せる。もっといい世界が出るまで回せる。でも、ここはゲームじゃない」
黒い刀身にRETRYが点灯する。
「引き直すんじゃない」
悠真は三つの選択肢を消した。
「終わらせる」
《運営》が全軍を悠真へ向ける。
セラが七本の剣を広げた。
「第一星剣、最大出力」
セラの手の中で、フローズ・エンドが震えた。
初めて会った夜、隕石を消した剣。黒炎を凍らせ、炎竜百体を一撃で倒した。
「この剣は、私が最初に与えられた力です。長いあいだ、力だけが私の価値だと思っていました」
「違った?」
「あなたが、使わなくてもよい場面を教えました」
剣は最後の力で、ガチャの輪を凍らせた。
氷の光が宇宙まで伸びる。
機械兵だけではない。ガチャの輪そのものが凍結した。
「第二星剣、全召喚」
ネクロポリスから死者が現れる前に、声が届いた。
『今度は命令か』
「いいえ。助けを求めます」
静寂のあと、最初の骨の手が地面から伸びた。
『ならば応えよう』
数十億の死者が現れる。兵器としてではない。流刑星で死んだ者たちは、自分の意思で最後の戦いへ来て、中枢への道を作る。
「第三星剣、全吸収」
ヴァジュラが《運営》の攻撃を吸い込む。
遠くでオルドが叫んだ。
「食わせすぎるな! その剣は加減を知らぬ!」
「経験者の助言として記録します」
「我を笑っている場合か!」
雷喰いは大口を開け、ヴァジュラからあふれた力を半分引き受けた。
「借りは返したぞ、小さき者!」
《運営》の砲撃がヴァジュラへ吸い込まれ、クロノスの力へ変わる。
「第四星剣、生命保護」
エデンの緑が、戦う者だけでなく遠い世界の命まで包む。
リリアーナが両手を重ね、自分の力を星剣へ渡した。
「死をなくすのではありません。生きたいと願う時間を、次の一秒へつないでください」
かつて生命を増やしすぎた力が、今は一人ずつの命を守るために使われた。
世界中の命が緑の膜に包まれる。
「第五星剣、接続記録消去」
セラの記憶が白く欠け始める。
「待て!」
悠真が叫ぶ。
「大丈夫です」
セラは笑った。
「忘れる前に、伝えます」
「何を」
「あなたと会えて、よかった」
第五星剣がガチャの接続を消す。
何十億年も積み重なった戦いの記憶が、いくつか白く消えた。それでも悠真の名と、二人で交わした約束は残っている。
「第六星剣、可能性創造」
ジェネシスが作った道は、まっすぐではなかった。
何度も枝分かれし、行き止まりになり、消える。
アークが外側から道を支える。
「完璧な一本を作ることはできません」
「一本でなくていい。消えなかった道を、みんなで選ぶ」
無数の失敗した可能性の中に、細い光が一本だけ残る。
消えかけた宇宙に、新しい道が一本だけ生まれる。
最後に、セラと悠真が第七星剣を握った。
「第七星剣――《回帰星クロノス》」
世界が逆回転する。
ただし、やり直しではない。
起きた出来事を消さず、積み重ねた記憶を抱えたまま、ガチャの始まりへ向かう。
悠真は光の中で、背後を振り返った。
ヴァルガスが拳を上げる。
グラディウスの死者たちが剣を掲げる。
リリアーナが祈る。
レオンは笑い、短く言った。
「行け、新人」
二人は最初の世界へ飛んだ。
## サイドストーリー 氷惑星の海
第一星剣フローズ・エンドは、長いあいだ攻撃の剣と呼ばれた。
惑星を凍らせる。
恒星を止める。
巨大な敵を一撃で砕く。
だが剣になる前の氷惑星には、海があった。
厚い氷の下、青い光を放つ小さな生命が泳いでいた。
太陽の光は届かない。
海底の熱を使い、ゆっくり育つ。
《運営》が惑星を圧縮したとき、生命反応は無視された。
知性がない。
文明を持たない。
保護優先度は低い。
星は剣になった。
海の生命は、氷の力の一部として保存された。
セラが第一星剣を使うたび、氷弾の内側に青い光が混じる。
誰も気づかなかった。
セラ自身も、それをエネルギーの揺らぎだと思っていた。
最終戦前夜、剣から声ではない感覚が届く。
暗い海。
冷たい水。
群れで泳ぐ安心。
「この剣にも、生命がいる」
セラが悠真へ告げる。
「話せるのか」
「言葉はありません。でも、帰りたい場所がある」
第一星剣を失えば、セラは最大の攻撃力を失う。
それでも迷わなかった。
「返しましょう」
悠真が言う。
「この世界を守る武器が減ります」
「守るために、別の世界を剣のまま閉じ込めるのはやめる」
セラは刀身へ手を当てた。
青い光が集まり、手のひらの下を泳ぐ。
「あなたたちの海へ戻します」
光が少し強くなる。
返事のようだった。
初めて会った夜に隕石を消した、圧倒的な力。
その最後の役割は、敵を倒すことではない。
剣自身を星へ戻す道を凍らせ、崩れないよう支えることになる。
最強の剣は、最後に自分を武器ではなくした。
## サイドストーリー 最後の夜ではなく
七本の剣を元の世界へ返す経路を整えるため、三十五時間を費やした。
クロノスを使う直前、世界には短い夜が来た。
残り時間は十二時間。
誰も眠ろうとしない。
ヴァルガスの民は畑へ種をまいた。
「芽が出る前に世界が消えるかもしれない」
兵士が言う。
「だから今まく」
ヴァルガスは土を掘った。
「助かったあと、まかなかったことを後悔せぬためだ」
グラディウスの地下国では、死者たちが墓標へ名を刻んだ。
名を持たない者の墓には、空欄ではなく「ここに一人いた」と刻む。
リリアーナは治せない老人のそばに座った。
「奇跡は起こさないのか」
老人が笑う。
「起こせません」
聖女は正直に答えた。
「では、話し相手になってくれ」
二人は夜明けまで、老人が若いころ旅した海の話をした。
アークの街では、住民が壁を好きな色へ塗った。
赤と青を混ぜすぎて、濁った色になる。
「失敗です」
アークが言う。
エマは笑った。
「でも、私が作った色です」
オルドは空を飛び、最後の雷雲をゆっくり味わった。
「滅びる前の食事か?」
悠真が通信で尋ねる。
「違う。明日も食うための前菜だ」
誰も、最後の夜とは呼ばなかった。
明日が来る保証はない。
それでも、明日のために行動した。
新宿の屋上で、悠真とセラは並んで座った。
「定食屋の約束、覚えてるか」
「はい」
「何を食べたい?」
「メニューを見てから選びます」
「正しい」
「ガチャで決めることは勧めません」
「もう回さないよ」
セラは夜空を見る。
「怖いです」
「俺も」
「成功するでしょうか」
「分からない」
「以前なら、安心させる答えを求めました」
「今は?」
「分からないまま、一緒に進めます」
二人は夜明けまで、何も話さず空を見た。
最後の夜ではない。
次の朝を迎えるための夜だった。
## サイドストーリー 七本の剣が眠るまで
最初のガチャへ向かう前、悠真は七本の星剣を床へ並べた。
フローズ・エンド。
ネクロポリス。
ヴァジュラ。
エデン。
ゼロ。
ジェネシス。
そして、クロノス。
どの剣も、最初に見たときの輝きはなかった。刃には欠けがあり、柄には血と煤が染みついている。世界一つ分の力を封じた武器は、別の世界を守ろうとしたために傷だらけになっていた。
『最終処理には、全星剣の権能を消費します』
運営の声が告げた。
『実行後、復元は不可能です』
「分かってる」
『管理者との接続も消滅します』
セラの手が、わずかに動いた。
七本すべてが、セラの管理する剣だった。隕石を消したフローズ・エンドも、母を救える可能性を生み出すジェネシスも、失われた世界を材料に《運営》が作ったものだ。
「触っておく?」
悠真が尋ねると、セラは首を振った。
「触れれば、手放せなくなるかもしれません」
「手放さなくてもいい方法を探す?」
「そう言えば、あなたは探し始めます」
「ばれたか」
「この旅で学びました」
セラは剣の前へ膝をついた。
「だから、先に別れます」
彼女は七本の中央へ頭を下げた。
「あなたたちが世界だったころを、私は知りません。剣になってからは、道具として使いました。怒りで振り、恐怖で振り、悠真を守るためにも振りました」
刃の内部で、星のような光が瞬いた。
「一度も、正しく使えたとは思いません。それでも、私と一緒に間違えてくれて、ありがとう」
七色の光が、彼女の頬を一度だけ照らした。
ヴァルガスはフローズ・エンドの前に立った。
「湿っぽいな」
「あなたも何か言うのでしょう」
「言わん。剣は戦って折れるのが一番だ」
そう言いながら、炎王は刃を自分の額へ当てた。
彼の部族では、共に戦った者へ敬意を示す仕草だった。
「俺の炎を初めて止めた剣だ。最後まで冷たくあれ」
フローズ・エンドが青白く脈打った。
グラディウスはネクロポリスへ手を置いた。
死者を従える剣。
かつて彼は、その力を王の証だと思っていた。今は違う。
「眠れ」
骸王は言った。
「我が命じる最後の言葉だ。もう誰も起こさなくてよい。墓を暴き、無念を鎖に変え、王の都合で歩かせる必要はない」
剣の周囲に、透き通った人影が現れた。
数十億の死者たちだった。
彼らは王を責めなかった。讃えもしなかった。手にした武器を下ろし、最後の役目を自分で選んだ者からネクロポリスへ戻っていく。
最後の一人が剣へ戻ると、ネクロポリスの黒い刃は静かな銀色になった。
「次で、最後にしよう。我が民」
グラディウスは、誰にも見えない涙を拭った。
オルドはヴァジュラへ爪先を触れた。剣の内側に残る雷鳴と、竜の体を走る電流が共鳴した。
『星剣との共鳴率、低下』
「大丈夫なのか?」
『不便だ』
「正直だな」
『だが、不便と不幸は同義ではない。この剣がなくても一日を生きられるなら、その一日は私が選んだ時間だ』
ヴァジュラから雷が一本抜け、細い光となってオルドの頭部へ入った。
『記憶の保存を確認。友人の声、損失なし』
「友人って、俺たち?」
『回答を拒否する』
「そういう権利、さっき残したもんな」
リリアーナはエデンへ両手を添えた。
「私は、この剣と同じ力を正しいものだと思っていました」
緑の刃へ、カナンで増殖した命の記憶が映った。
「正しさを疑わずに済むから、好きでした。命を増やすたび、自分が善い者だと思えました」
彼女は刃を床へ置いた。
「もう、正しい剣はいりません。迷って、誰かに聞いて、間違えたら謝ります。その方が、ずっと怖い。だから、その道を選びます」
緑の光が静まり、普通の鉄の色だけが残った。
無名王はゼロを見下ろした。
「私は、この剣に名を奪われたと思っていた」
「違ったのか?」
「半分は。名を捨てた方が楽だったのだ。名がなければ、私の失敗ではない。私の民の死でもない。誰かの物語の背景でいられた」
彼は仮面を外した。
初めて見る素顔は、驚くほど若かった。
「だが、私は名を選んだ」
彼は小さな声で、その名を告げた。
悠真たちだけが聞いた。
記録には残さなかった。
名を持つことと、世界へ公開されることは違う。彼自身が望むまで、その名は仲間の胸にだけ置かれる。
ゼロの刃に、初めて文字が刻まれた。
それは王の名前ではなかった。
《ここに一人いた》
アークはジェネシスの隣に立った。
「創造王なのに、別れの言葉はないのか」
悠真が聞くと、彼は困ったように笑った。
「創ったものは、創った者の所有物ではない。別れを許す権利も、私にはない」
「じゃあ、何を言う?」
「続いてくれ、と」
アークは七本すべてへ向けて言った。
「形が消えても、君たちが守ったものの中で」
最後に残ったクロノスを、悠真は手に取った。
時間を巻き戻す剣。宇宙を引き直す剣。
それは七本の中で最も美しく、傷一つなかった。
使われるたび、傷を負った歴史ごと別の可能性へ置き換えてきたからだ。
「お前は、思い出まで消すんだな」
悠真が言うと、時計の針に似た模様が動いた。
『使用すれば、現在とは異なる可能性へ移行できます』
運営の声ではなかった。
剣そのものの声だった。
『敗北のない旅も、死者のない戦いも、選択先には存在し得ます』
「いらない」
『なぜ』
「結果を選べないのに、都合のいい例だけ見せるな」
『苦痛のある現在を保持する合理性はありません』
「合理性はないよ」
悠真は笑った。
「でも、ヴァルガスの軍の前に立ったのも、グラディウスに殺されかけたのも、セラと喧嘩したのも、全部俺たちがやったことだ。勝手にきれいにされたくない」
クロノスの刃に、初めて細いひびが入った。
『私は、使われるために作られました』
「使うよ」
悠真は剣を床へ戻した。
「引き直すためじゃない。引き直さなくていい未来を作るために」
七本の剣が同時に光った。
別れを受け入れた光だった。
悠真たちは円陣を組むように、その周りへ立った。
剣がなければ、一振りで世界を変えることはできない。
ここにいるのは、異なる世界から来て、同じ結末を選んだ者たちだった。
「行こう」
悠真が言った。
誰も勇ましい返事をしなかった。
怖いからだ。
それでも、全員が同じ方向へ歩き出した。
七本の剣は床から浮かび、一本ずつセラの背後へ戻った。
眠る前の灯火のように、最後の道を照らしていた。




