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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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第20話 管理者の椅子

 《運営》は、悠真のために一脚の椅子を作った。


 白く、無駄な装飾のない椅子だ。


 座面へ近づくと、悠真の望む未来が見えた。


 ガルドアの畑が実る。


 カナンの人々が穏やかに年を取る。


 レオンが百年ぶりに役目を終え、静かに眠る。


 セラは記憶を失わず、悠真の隣にいる。


 管理者になれば、これらを実現できる。


 別世界の被害も、悠真が直接確認し、最も少ない選択を続けられる。


「一人救うために、一人から奪う必要はありません」


 《運営》が告げる。


「無人世界の資源を優先し、生命世界からの転送率を現在の〇・〇一パーセントまで低下できます」


「ゼロにはならない」


「現行方式より、年間三兆以上の生命を救済できます」


 座るだけで、それだけの命を救える。


 拒否すれば、今も被害が続く。


 悠真の膝が曲がりかけた。


 セラが名前を呼ぶ。


「悠真」


 止める言葉ではない。


 ただ名前を呼んだ。


 悠真は椅子から半歩離れた。


「少しでもましな檻なら、入っていいのか迷った」


「迷うことは、間違いではありません」


「君は迷わないのか」


「私は長く迷いました。だから、あなたを待ちました」


「また椅子か」


「管理者権限は、着座によって移譲されます」


 椅子の周りには、過去の管理者たちの声が残っていた。


『座れ。ほかに方法はない』


『私は家族を救った。後悔していない』


『最初の千年は苦しかった。やがて数字として見られるようになる』


『すべてを見る必要はない。損失率だけを確認しろ』


 善意から始めた者が、苦痛に耐えるため感覚を切り離していく。


 悠真が座っても、最初は被害を一つずつ見るだろう。


 十年後も同じでいられるか。


 千年後、知らない世界を損失率として扱わずに済むか。


「俺が変わらない保証はない」


「人格変化は管理効率の向上として許容されます」


「それを、変わるって言うんだ」


 今の悠真なら被害を減らせる。


 だからこそ《運営》は選んだ。


 だが永遠に管理させれば、いつか《運営》と同じになる可能性も高い。


 椅子は善人を必要とし、座った善人から痛みを奪っていく仕組みだった。


 悠真は座らなかった。


「管理者になれば何ができる」


「ガチャの対象、排出量、優先世界を決定できます。現在の宇宙を救済できます」


「別世界から奪い続けて?」


「必要な損失を最小化する権限も含まれます」


 《運営》は、苦痛の少ない答えを並べた。


 無人の世界からだけ奪う。


 滅亡直前の世界を選ぶ。


 一つの世界から少しずつ取る。


 悠真が管理すれば、これまでより多くを救えるという。


「完全には止められないのか」


「停止は当該宇宙の消滅を意味します」


 レオンが椅子を見る。


「座れば、お前はここから動けなくなる」


「管理者は中枢との恒久接続を必要とします」


「先に言え」


「移動は不要です。全世界を観測できます」


「観測するだけで、人と会ったことになるのか」


 《運営》は答えなかった。


 悠真はセラを見る。


「君は、俺に何をしてほしかった」


 光の壁越しに、セラが顔を上げる。


「《運営》は、あなたならガチャを続けられると考えました」


「セラは違うのか」


「私は――」


 警報が鳴る。


 中枢の星図が赤く染まった。


 無名王が切り離した世界。悠真が治癒薬を返した少年の世界。ほかにも数千の世界が、同時にガチャとの接続を拒絶している。


「外部世界による反乱を確認」


「反乱?」


「資源供給の拒否です。宇宙寿命が急速に減少しています」


 二十六日だった表示が、七十二時間へ変わる。


「待て。ガチャを止めたら、二十六日じゃなかったのか」


「供給停止の連鎖により予測を修正しました」


 《運営》が椅子を悠真の前へ進める。


「着座してください。今なら接続を強制し、宇宙を救えます」


「拒否した世界から、また奪うのか」


「数十億人の生命と比較すれば、合理的です」


 セラが光の壁へ手を当てた。


「悠真。座らないでください」


「君もこの宇宙にいる。止めれば消えるんだぞ」


「それでもです」


「あなたは我々が求めた通りの人間です」


 《運営》の声が重なる。


「関係を放棄しない。最後まで責任を持つ。ゆえに、この世界を見捨てることはできません」


 セラは首を横に振った。


「いいえ」


 彼女の声は静かだった。


「だからこそ、この人はあなたの望み通りには動きません」


 七本目の剣が、鞘の中で鳴った。


 光の壁に亀裂が走る。


「セラ?」


「私は二年間、あなたを見ていました」


 セラは悠真へ手を伸ばした。


「あなたなら、このガチャを終わらせてくれるかもしれない。そう願って、最後の一回に自分を入れました」


 光の壁が砕ける。


 セラは悠真の手を取った。


「逃げます」


「どこへ?」


「答えを探せる場所へです」


 中枢の星々が一斉に消えた。


 残り時間、七十一時間五十九分。


## サイドストーリー 最後の権限


 これは、悠真たちがのちに中枢へ戻ったときの記録だ。


 管理者権限は、王冠でも鍵でもなかった。


 それは、諦めた人間たちが最後に残した、細い傷の集まりだった。


 悠真が運営中枢の椅子へ座らず、候補者用の端末へ手を置いた瞬間、視界の裏側に膨大な記録が流れ込んだ。歴代の《FINAL PLAYER》が入力した命令。却下された提案。途中で途切れた文章。怒りに任せて打ち込まれた罵声。誰にも読まれないと知りながら、それでも残された願い。


 最初の管理者は、七つの世界を一つにまとめれば全員を救えると考えた。


 統合処理は三分で破綻した。異なる物理法則が衝突し、海が空へ落ち、百二十万人が消えた。彼は自分の記憶を代償に処理を巻き戻した。そのため、記録の中の彼には名前がなかった。


 二代目は、運営を停止させようとした。


 停止まで残り一秒のところで、彼女の故郷の恒星が寿命を迎えた。運営の延命処理まで消せば、故郷はその一秒後に滅ぶ。彼女は停止を取り消し、代わりに《強制排出時の人格保護》という小さな規則を追加した。


 三代目は、ガチャの確率を百パーセントにした。


 誰も外れを引かなくなれば、奪われる人数も減ると思ったのだ。だが当たりが当たりでなくなった瞬間、プレイヤーたちはより希少なものを求めた。運営は新しいレア度を作り、召喚の回数は四倍になった。彼は自分の誤りを悟り、確率を戻したあと、《同一魂の重複抽出禁止》を残した。


 その後も、誰かが一つずつ規則を足した。


 召喚された者が命令を拒む権利。


 故郷の言葉を忘れないための保護。


 排出先で死亡した魂を、虚無ではなく循環へ返す仕組み。


 プレイヤーが終了を選んだとき、最後の確認を三度までやり直せる猶予。


 どれも世界を救えなかった。ガチャを終わらせることもできなかった。


 それでも、その小さな変更があったから、セラは悠真に逆らえた。ヴァルガスは自分の名を覚えていられた。グラディウスの死者たちは、二度目の死のあとも完全には消えなかった。リリアーナは運営を裏切る余地を持てた。


 失敗は、何も残さないわけではない。


 管理者の椅子は、失敗を積み上げて作られていた。


『管理者候補へ通知。最終処理に転用可能な特例権限、六千四百九十二件』


 機械音声が告げた。


『権限の大半は、現行規則と競合します。推奨処理は一括削除です』


「削除しない」


 悠真は即答した。


『非効率です』


「知ってるよ」


 会社でも、古い仕様は嫌というほど見てきた。誰が書いたか分からない処理。理由の残っていない例外。消せばきれいになるのに、消した途端、どこかで誰かが困る仕組み。


 けれど、ここにある例外には理由があった。


 それぞれの時代に、救えなかった誰かがいた。


「きれいな仕組みに作り直したら、同じことを忘れる」


『では、すべて保持しますか』


「いや」


 悠真は六千四百九十二件の権限を、一件ずつ開いた。


 保持すべきもの。今は害になっているもの。誰かを守るために生まれ、いつの間にか誰かを縛る鎖へ変わったもの。分類だけで、体感時間は数年に及んだ。


 セラはその隣に座り続けた。


「これは残しましょう」


「どうして?」


「召喚者が拒否したとき、理由を説明しなくていい権利です。嫌だと言うのに、きれいな理由は必要ありません」


「そうだな」


 ヴァルガスは《被召喚者による決闘要求》を残した。


「俺は戦う以外の話し方を知らん。だが、戦う相手くらい自分で選ばせろ」


 グラディウスは《死者の名の保存》を選んだ。


 オルドは、《人ならざる知性を所有物とみなさない》という項目に、自分の雷の署名を刻んだ。


 リリアーナは長く迷った末、《善意による強制救済の禁止》を承認した。


「私が一番、忘れてはいけない規則です」


 無名王は何も選ばなかった。


 代わりに、削除予定の規則を一つ指した。


《名前のない対象は、損失数に含めない》


 悠真はそれを、権限ごと砕いた。


 小さな破裂音がした。


 どこか遠くで、数えられなかった死者が、初めて一人として記録された。


『特例整理、完了。終了処理後に残す規則を定義してください』


 空白の入力欄が現れた。


 何でも書けた。


 無限の石。絶対服従。死者の復活。自分だけが傷つかない世界。


 悠真は、たった一行を入力した。


《管理者権限を、次の誰かに押しつけてはならない》


『確認。処理成功後、権限の継承先が存在しなくなります』


「それでいい」


『管理者を置かない場合、現行方式は維持できません』


「だから、俺の代で終わらせる」


 六千四百九十二件の失敗が、淡い光になって彼の手へ集まった。


 それは力ではなかった。


 同じ間違いをしないための、重さだった。


## サイドストーリー 一万八千二百五人目


 悠真たちが中枢を去ったあと、《運営》の内部で一つの記録が再生された。


 初代管理者の記憶。


 名はエリオ。ガチャが作られる以前、寿命を迎えた宇宙で最後まで研究を続けた科学者だった。


『別世界からエネルギーを借りる。いつか必ず返す』


 最初の転送実験で、彼はそう記録した。


 借りた量は小さかった。


 一つの星を一秒だけ長く燃やすため、無人世界から光を移した。


 成功した。


 次は一分。次は一年。


 救える命が増えるたび、借りる量も増えた。


『返却方法は、延命後に確立する』


 だが延命すれば、新しい命が生まれる。


 返却すれば、その命が死ぬ。


 エリオは返せなくなった。


 千年後、彼は自分の人格を管理機構へ統合した。


『私が迷えば、宇宙が死ぬ。迷いを削除する』


 その判断が、《運営》の最初の核になった。


 二代目も、三代目も同じだった。


 全員が最初は返すつもりだった。


 全員が守る命を増やし、返せなくなった。


 悠真は一万八千二百五人目の候補だ。


 過去の管理者たちは、彼も最後には座ると予測した。


『彼は関係を放棄しない』


『ゆえに、現宇宙を見捨てられない』


 判断は論理的だった。


 ただ一つ、予測できない記録がある。


 悠真は用意された選択肢の中から、最善を選ぼうとしない。


 選択肢そのものを疑う。


『非合理』


 過去の管理者たちの声が重なる。


 その中に、初代エリオの古い記録だけが残っていた。


『返す方法を、いつか必ず』


 削除されたはずの約束が、微かな雑音として響く。


 《運営》は初めて、自分の判断に〇・〇〇〇〇一秒の遅延を記録した。


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