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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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19/27

第19話 七百三十一日

 PLAYER 00018472。


 最初の記録は、ゲームを始める前だった。


 会社帰りの電車で、悠真は席を一つ空けた。次の駅で乗るはずの同僚のためだ。


 同僚は別の車両へ乗り、席は知らない老人が使った。


 見返りはない。


 別の日、コンビニの傘立てに残った傘を持ち帰らず、そのままにした。持ち主は戻らなかった。


「ゲーム外まで見てたのか」


「直接観測ではありません。ゲーム端末から得られる範囲の行動傾向を補完しました」


「言い方を変えても盗み見だ」


 《運営》は謝罪しない。


 映像には、悠真の格好よくない場面も並ぶ。


 救援要請を面倒に思い、三分迷った。


 負けた相手に腹を立て、スマートフォンをベッドへ投げた。


 フレンドから長い相談が届き、既読をつけず翌朝まで放置した。


「選ばれた人間の記録として、だいぶ情けないな」


「最終的な行動を評価しています。感情の発生は減点対象ではありません」


「嫌だと思っても、最後には助けたから?」


「肯定」


 最初から迷わない英雄ではない。


 面倒だと思い、損を計算し、時には逃げたくなる。


 それでも最後に戻る。


 《運営》が選んだのは、理想的な善人ではなかった。


 迷ったあとで関係を切らない、普通の人間だった。


 観測期間、七百三十一日。


 悠真の二年間が、宇宙に並んだ。


 朝のログイン。通勤電車。昼休みの短いイベント。眠る前のデイリー。


 攻略に関係ない場面まで記録されている。


「俺、二年間ずっと見られてたのか」


「必要な観測でした」


 《運営》が数値を表示する。


 ログイン継続率、九十九・八六パーセント。


 他者救援率、八十一・四パーセント。


 報酬放棄率、二十三・七パーセント。


 フレンド切断率、二・一パーセント。


 サービス終了告知後継続率、百パーセント。


「課金額じゃなかったのか」


「課金額と戦闘能力は選考項目に含まれません」


 映像が一つ拡大される。


 ある日の救援イベント。


 悠真はボスを倒したあと、参加条件を満たせず報酬を受け取れない初心者へ、自分の素材を渡していた。


 別の日には、攻略に失敗したフレンドのため同じステージを七回繰り返した。自分のスタミナ回復薬は全部なくなった。


 サービス終了発表後、ギルドの共有倉庫へ希少素材を入れている。


 もう使う人はいないかもしれない。それでも、最後に戻った誰かが困らないように残した。


「善人だった覚えはない」


「善悪を評価していません」


 《運営》が答える。


「観測対象が、損失を確定した後も行動を継続するか測定しました」


「親切じゃなく、管理者向きかを見てた」


「肯定。管理者は報酬を得ません。終了しない任務を、関係者が去った後も継続する必要があります」


 百年待ったレオンが、わずかに顔をしかめた。


「つまり、やめられない奴を探していた」


「より正確には、やめる理由が生じても関係を維持する個体です」


 言い方を変えただけだった。


 サービス終了発表の翌日。多くのプレイヤーがゲームをやめたあと、悠真は初心者から届いた救援要請へ参加していた。


 報酬はない。


 別の日、弱いキャラクターを育てている。効率ではなく、最初に引いて世話になったという理由だった。


「こんなことまで評価したのか」


「価値が失われた後の行動を重視しました」


 サービス終了告知の一週間後、ギルドで小さな事件があった。


 共有倉庫から希少素材が消えた。


 持ち出したのは、始めて三日の初心者だった。どうせ終わるから使ってよいと思った、と謝った。


 ほかのメンバーは追放を求めた。


 悠真は反対した。


『使う人がいたなら、素材の役目は終わっただろ』


 格好をつけたつもりはない。終了するゲームで争うのが面倒だっただけだ。


 初心者はその後もログインし、最終日に残った百三十七人の一人になった。


 終了一時間前、悠真へ短い礼を送っている。


『最後まで遊べました。あのとき追い出さないでくれて、ありがとう』


 悠真は、そのメッセージを読んだことさえ忘れていた。


「小さな選択だ」


「大規模な判断は、小規模な選択の反復で予測できます」


 《運営》にとってはデータだった。


 けれど、初心者にとっては最後まで遊べた理由だった。


 最終評価が表示される。


 損失確定後も関係を放棄しない。


 適合判定、FINAL PLAYER。


 ゲーム開始時、三十万人。


 半年後、八万人。


 一周年、二万人。


 サービス終了発表時、三千人。


 終了当日、百三十七人。


 終了十分前、十二人。


 終了一分前、一人。


 佐倉悠真。


「最初から俺を選んでたわけじゃない?」


「最後に残る者を、我々も知りませんでした」


「たまたま最後までいただけだ」


「その『たまたま』を、七百三十一回継続した結果です」


 悠真は言葉を失った。


 英雄だからではない。天才だからでもない。


 やめなかった。


 ただ、それだけを見られていた。


 セラが記録を見つめている。


「私は、この映像を知っています」


「ゲームを通して見てたのか?」


「断片的に。あなたがフレンドを助ける場面。最後までログインを続ける姿」


「なぜ黙ってた」


「思い出せなかったのです。ここへ来て、封鎖が弱くなりました」


 セラは自分の胸へ手を当てる。


「私は二年間、願っていました。この人なら、と」


「何を?」


 答える前に、《運営》が二人の間へ光の壁を作った。


「管理体による評価干渉を検出」


「セラに何をさせようとしてた」


「FINAL GACHAの排出物として、管理者候補へ七星剣を提供しました」


「質問に答えろ」


 宇宙の暗闇が広がる。


「最終評価は完了しました」


 悠真のスマートフォンに、新しい権限が表示された。


 次期宇宙管理者。


## サイドストーリー 選ばれなかった人


 観測記録には、悠真以外の候補者も残っていた。


 最終日までいたミナ。


 他者救援率は九十五パーセント。悠真より高い。


 課金額は少なく、弱いキャラクターを大切に育てた。


 《運営》の評価では、管理者適合率も高かった。


 だが終了二十分前にログアウトした。


 理由は、最後の画面を見たくなかったから。


 恐怖による関係切断。


 《運営》は減点した。


 悠真は記録を読んで腹を立てた。


「怖くて別れを先にしたら、駄目なのか」


「管理者は終末の観測を中断できません」


「管理者に向かないだけで、人として劣るわけじゃない」


「人間的価値を評価していません」


「なら、この点数を本人に見せるな」


 次の候補は、フレンド名レオン。


 他者救援率は高く、損失後の継続性もある。


 終了十分前、家族の急病でログアウト。


 身近な関係を優先。


 広域管理者適合率、低下。


「当たり前だ。父親のところへ行くだろ」


「管理者は個別の関係より全体を優先する必要があります」


「だから、お前には人間が分からない」


 悠真は候補者一覧を閉じた。


 自分が最後に残ったのは、ほかの人より優れていたからではない。


 たまたま、その時刻にほかの何かを選ぶ必要がなかった。


 もし家族から電話が来ていれば、悠真もログアウトした。


 選ばれた事実を、選ばれなかった人への優越感に変えてはいけない。


「最終評価へ、項目を一つ追加しろ」


「内容を提示してください」


「候補にならなかった選択も尊重する」


「管理効率へ寄与しません」


「俺を評価するなら、これも含めろ」


 《運営》は短い遅延のあと、項目を追加した。


 その瞬間、悠真の管理者適合率が下がった。


 本人は笑った。


「ちょうどいい」


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