第14話 救援という名の略奪
「返せば、あの世界が七十二時間で消える?」
悠真は少年の世界の光を拡大した。
老人は回復し、家の外へ出ている。少年と並んで小さな畑へ水をまいていた。
残り時間を知らない。
今日の次に明日が来ると信じている。
「本人たちに知らせるべきか」
「知らせて、何が変わる」
レオンが問う。
「最後にしたいことを選べる」
「七十二時間を恐れて過ごさせることにもなる」
正解はない。
悠真は接続を試み、短い音声だけを送った。
『薬を返した者です。世界に危険が迫っています。止める方法を探しています』
少年から返事が届いた。
『分かりました。おじいちゃんは、畑の種を全部まくと言っています。僕も手伝います』
責める言葉はなかった。
悠真は余計につらくなる。
『そちらを助けるため、こちらから何かできますか』
少年は奪われた側なのに、助ける方法を聞いた。
「できることは、今日を続けてくれ」
悠真はそう返した。
その世界を残す責任を、強く感じた。
それでも悠真は、残り七十二時間という表示を疑った。
「逆です」
セラが細い文字を読む。
「薬を返したことで、《運営》の保護対象から外れたようです」
「保護?」
「ガチャで資源を奪われる世界は、検索対象として維持されます。返却すると検索価値がないと判断され、接続が切られる」
レオンが舌打ちした。
「助ける行動まで罠にする。昔から趣味が悪い」
悠真は少年の世界へ再接続しようとした。
拒否された。
代わりに《運営》から通知が届く。
管理者候補へ、選択肢を提示します。
一、完全治癒薬を再回収する。対象世界の維持を継続。
二、返却を確定する。対象世界との接続を終了。
「薬を奪えば世界は残る。返せば消える。そう選ばせたいのか」
「選択肢が二つしかないとは限りません」
セラが装置へ手を置く。
第一星剣の冷気。第三星剣の雷。二つの力が回路へ流れ込む。
「何をする気だ」
レオンが尋ねる。
「接続を切らずに、検索対象から外します」
「そんな権限はない」
「作ります」
装置が悲鳴のような音を出した。
機械兵が壁から現れる。今度は千体。部屋へ入りきらず、地下通路まで埋め尽くした。
「レオン、三分持たせられるか」
「二分だ」
レオンが装備を変える。
黄金の鎧から、黒い軽装へ。大剣は二本の短剣になった。
「悠真は端末を守れ。俺は右。星剣は左だ」
短く指示し、機械兵の群れへ消える。
セラは片手を装置に置いたまま、もう片手で第一星剣を操った。
氷の弾丸が通路を埋める。百体が凍る。次の百体が砕ける。それでも機械兵は進んだ。
悠真はガチャの所持品を開く。
竜殺しの大砲。地下では大きすぎる。
飛空艇。論外。
塩、靴下、毛布。
「何か、まともな物……」
SR、重力杭。
悠真は通路の天井へ召喚した。
黒い杭が落ちる。
周囲の重力が百倍になり、機械兵が床へ押しつぶされた。
「それを先に使え!」
レオンが怒鳴る。
「持ってたのを忘れてた!」
「お前の倉庫、整理しておけ!」
二分が過ぎる。
セラの手元で、星の光が一つ独立した。
「できました」
少年の世界が、検索装置から切り離される。それでも光は消えず、遠くへ流れていった。
残存時間の表示が消える。
検索と再収奪は止められた。だが、すでに始まった世界の崩壊までは止まっていない。
機械兵は同時に停止した。
停止した一体の胸が開き、小さな箱が落ちた。
中には、ガチャで転送された品の一覧が入っている。
総数は、桁が画面へ収まらない。
「この施設だけの記録か」
「全時代、全世界です」
セラが答える。
名前のない物が多い。
一杯の水。
一分の時間。
病気が治る可能性。
戦争を避ける偶然。
ガチャは物だけではなく、目に見えないものまで奪っていた。
「時間を引かれた世界は?」
悠真が一つの記録を開く。
ある世界では、一日が少しずつ短くなっていた。誰も気づかないまま、太陽が昇って沈むまでの時間が削られている。
「ここを一日延ばすため、向こうの一日を短くしたのか」
「総量を合わせています」
「数字が合えばいいわけじゃない」
一分にも、その間に交わす言葉がある。
奪うものが小さければ被害も小さい、とは言い切れなかった。
《運営》の文字が現れる。
規定外の選択を確認。
管理者適合率、上昇。
「ふざけるな」
悠真が画面をたたく。
「お前の望まない選択をしたのに、評価が上がるのか」
返事はない。
セラが膝をついた。
悠真はすぐに支える。
「力を使いすぎたか」
「いいえ」
セラの目が、部屋の隅を追っている。
「誰かがいます」
レオンが短剣を構えた。
「どこだ」
「そこに――」
セラの言葉が途切れる。
「私は、誰を見ていたのでしょう」
部屋には三人しかいない。
だが床には、四人分の影が伸びていた。
## サイドストーリー 世界を越えた一粒
フィンと祖父がまいた種は、世界が消えるまで残り四十八時間のときに芽を出した。
普通なら一週間かかる植物だ。
世界の終末が近づき、時間の流れが不安定になっている。
「急いで育ってる」
フィンは芽を守るため、小さな柵を作った。
街では逃げ場所を求める人々が争っている。
別世界へ移れるという噂が広まり、悠真との通信装置へ人が集まった。
『こちらを助けろ』
『薬を返したなら、全員を移せるはずだ』
『お前たちの宇宙が原因だ』
どれも正しい怒りだった。
悠真は全員を移せない。
通信越しに謝り、方法を探していると繰り返した。
フィンは大人たちの間へ入り、装置を借りた。
『あの人に、これを送れますか』
手に一粒の種を持っている。
『こちらから物を送れば、同じガチャになる』
悠真が答える。
『違う。僕があげると決めた』
奪う転送ではない。
持ち主が、自分の意思で渡す。
セラが接続を調整した。
初めての合意転送。
種が光へ変わり、新宿の地下施設へ届く。
《運営》は異常処理として記録した。
悠真は手のひらの種を見る。
ガチャと同じく、世界を越えて物が来た。
だが向こう側に損失はない。
フィンは渡すと決め、こちらは受け取った。
「これだ」
悠真が言う。
「世界をつなぐことが悪いんじゃない。片方だけが選ぶ仕組みが悪い」
《運営》のガチャは検索し、奪い、結果だけを表示する。
必要なのは、両方の意思を確認する仕組みだ。
種は小さな鉢へ植えた。
第四星剣の力を使わず、水と土だけで育てる。
最終戦前、二枚の葉が開いた。
宇宙を救うほどの力はない。
それでも、用意された選択肢以外の答えが存在できる証明になった。
ガチャを終わらせたあとも、世界同士は与え合える。
一粒の種は、最初に奪わず世界を越えた物として、新宿の定食屋の窓辺へ残った。
## サイドストーリー 三百七十六個の返却先
少年の世界を切り離したあと、悠真は召喚履歴を開き、三百七十六個の品を床の上へ一覧表示した。
FINAL GACHAで現れたセラは、この一覧に含まれない。
最初の森と黒炎の調査で五十二個。ガルドアの復興で二百二十四個。新宿を引いた百連で百個。履歴の数字と、床に並ぶ品の数は一致していた。
巨大兵器や建物は縮小表示で映す。
レオンは端末を使い、転送痕跡の濃いものから順番をつけた。
最初に確かめたのは、森で引いて使わずに残した薬草茶だった。
痕跡の向こうでは、母親が空になった棚を探している。咳き込む娘のため、一晩かけて調合した茶が、瓶ごと消えていた。
「説明文じゃなかったんだ」
娘のために作ったという一行は、商品の設定ではない。奪われた瞬間の記録だった。
低レアの品にも持ち主がいる。その事実が、三百七十六個すべての返却先を調べる出発点になった。
「完全治癒薬は返した。次は、この指輪だ」
SRの銀指輪。
説明には、婚礼用とだけ書かれている。
痕跡を開くと、結婚式の場面が見えた。
花婿が空の箱を持ち、花嫁へ謝っている。
『確かに、ここへ入れたんだ』
花嫁は笑い、自分の首飾りから小さな石を外した。
『なくても結婚はできるよ』
二人は指輪なしで誓いを交わした。
「返す必要、あると思うか」
レオンが尋ねる。
「本人たちは、もう先へ進んでる」
「だから返さない?」
「違う。返すことで、今の思い出を変えないか考えてる」
物が戻れば必ず幸せになるとは限らない。
失ったあとに選んだことも、その人たちの人生だ。
悠真は指輪をすぐ返さず、返却候補として記録した。
次はRの木製の椅子。
元の世界では、老職人が最後に作った品だった。
買い手はつかなかった。店の隅に置かれ、職人が毎日自分で座っていた。
椅子が消えた日、職人は立ったまま仕事を続け、倒れた。
「これは返す」
悠真は即座に決めた。
だが接続すれば、その世界が《運営》の検索対象へ戻る危険がある。
返せない。
判断できない品へ印が増えていく。
毛布。
鍋。
左右の違う靴下。
一つずつに、持ち主がいた。
「全部を正しく返すのは無理だ」
夜明け前、悠真は認めた。
「間違える。返さない方がよい物もある。返したせいで別の被害が出るかもしれない」
「それでも続けるか」
「一人で決めない」
悠真は返却記録へ、新しい欄を作った。
転送元の本人へ意思を確認する。
選べない状況そのものを変える。
「物を返す前に、選択を返す」
レオンはその言葉を見て、短くうなずいた。
「管理者らしくない答えだ」
「まだ管理者じゃない」
「だから言った」
三百七十六個の一覧は、後にガチャそのものを終わらせる考えの土台になった。




