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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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第13話 当たりの向こう側

 完全治癒薬を元の世界へ返す。


 悠真がそう決めると、レオンは鼻で笑った。


「転送元は無数にある並行世界の一つだ。住所も時代も分からん」


「だからって諦めるのか」


「百年前に同じことを試した。返そうとして別の世界へ落とせば、被害が増える」


 レオンは新宿地下の装置を起動した。


 壁一面に星のような光が浮かぶ。一つずつが別の世界だという。


「《運営》は、この装置を検索に使う。欲しい物が存在する世界を探して、こちらへ引く」


「SSRが出にくい理由は?」


「存在する世界が少ないからだ。ありふれた鍋は、どの世界にもある。死者を治す薬がある世界は、ほとんどない」


「レア度って、希少価値そのものだったのか」


「ゲーム向けの飾りじゃない」


 セラは完全治癒薬へ手を伸ばした。


 瓶に触れると、彼女の瞳に淡い光が宿る。


「転送の痕跡が残っています」


 無数の光の一つが赤く変わった。


 画面に、寝台の老人と少年が映る。


 少年は空になった棚を何度も探していた。


『薬は、ここに置いたのに』


 老人の呼吸が弱くなる。


「接続できるか?」


「三分間だけなら」


 セラが七星剣の力を装置へ流した。


 空間に人一人が通れる穴が開く。


 穴の縁から、複数の世界がのぞいている。


 少年の家に似た部屋が何十もあった。


 老人がすでに亡くなった世界。


 少年が薬を盗んだと疑われ、追放された世界。


 治癒薬が最初から作られなかった世界。


 ガチャは、その中から薬が存在する一本だけを見つけた。


「存在確率が低いほどレアになる」


 悠真は理解する。


「SSRっていうのは、奇跡が起きた世界を探して奪う仕組みか」


「はい」


 セラの返事が重い。


 当たりが珍しいほど、奪われた側には替えがない。


 レア演出の美しさが、初めて恐ろしく見えた。


 悠真は薬を握って飛び込んだ。


 世界を越えた瞬間、体が左右へ引き裂かれるような痛みが走った。


 足元へ着く前に、知らない記憶が流れ込む。


 少年が朝から薬草を摘んだこと。老人が自分の食事を孫へ分けたこと。この街では、治癒薬を買うために百人が少しずつ金を出したこと。


 小瓶一つに、何人もの時間が集まっていた。


 悠真がガチャで引いたとき、その全部が一瞬で消えた。


「これを当たりって呼んで、喜んだのか」


 胸が重くなる。


 それでも今は後悔している時間がない。


「待て!」


 レオンの声が背後で遠ざかる。


 石造りの部屋に着地した。少年が驚いて尻もちをつく。


「誰?」


「説明はあとだ。これをおじいさんに」


 少年は薬を受け取り、老人の口へ流し込んだ。


 すぐには変化がなかった。少年の顔が青ざめる。


「偽物じゃない。待ってくれ」


 悠真は自分へ言い聞かせるように言った。


 十秒後、老人の胸が大きく上下する。止まりかけていた鼓動が戻る。曲がっていた指が伸び、濁っていた目に光が宿った。


 老人は最初に少年を見た。


「薬を、見つけたのか」


「うん。知らない人が返してくれた」


 返した。


 少年が選んだ言葉に、悠真は救われた。


 自分が持ってきたのではない。最初から彼らのものだった。


 白い光が老人を包む。浅かった呼吸が戻り、青白い頬に血色が差した。


「おじいちゃん!」


 少年が泣きながら抱きつく。


 悠真は息を吐いた。


 間に合った。


 だが窓の外で、悲鳴が上がった。


 空に穴が開き、黒い手が伸びている。悠真が世界をつないだことで、何かまで入り込もうとしていた。


 セラが穴を越えて現れる。


 第一星剣を一振り。


 黒い手と空間の裂け目が凍り、砕けた。


「戻ります。接続が世界を傷つけています」


 悠真は少年へ向き直る。


「薬をなくして悪かった」


「あなたが取ったの?」


「俺が引いた」


 少年は意味が分からない顔をした。


 当然だった。


 悠真はそれ以上説明できないまま、閉じる穴へ戻った。


 地下施設へ着くと、レオンが胸ぐらをつかんだ。


「勝手に行くな。二つの世界が崩れるところだった」


「でも、返せた」


「一個だけだ」


 レオンが召喚履歴を指す。


「お前が引いた物は、もう何百個もある」


 悠真は画面を見た。


 鍋一つにも、使うはずだった誰かがいるかもしれない。


 椅子一脚にも、座るはずだった誰かがいる。


 ガチャの結果が、初めて数字ではなく見えた。


 その夜、召喚画面に新しいバナーが現れた。


 RETURN GACHA。


 返却対象、一。


 代価――転送元世界の残存時間、七十二時間。


## サイドストーリー 薬を返された朝


 少年の名はフィンだった。


 祖父が回復した翌朝、フィンはいつもより早く目を覚ました。


 寝台を見る。


 祖父がいない。


 一瞬、すべてが夢だったと思った。


 外から鍬の音がする。


 祖父は畑に立っていた。


「寝てなくていいの?」


「四十年寝た気分だ」


「三日だけだよ」


「病気の時間は長い」


 祖父は土へ種をまく。


 フィンも隣で手伝った。


 薬が消えたとき、街では少年を疑う声もあった。


 高価な品だ。売れば一生暮らせる。


 フィンは盗んでいないと訴えた。


 祖父だけが最初から信じた。


「見つからないものを探し続けてくれた。それで十分だ」


 その言葉のおかげで、フィンは自分を疑わずに済んだ。


 薬を持ってきた悠真は、奪ったのは自分だと言った。


 悪人には見えなかった。


 薬を取ったとき、こちらの世界を知らなかったという。


「知らなかったら、悪くないのかな」


 フィンが尋ねる。


 祖父は鍬を止めた。


「知らずに踏んだ草は、痛くないと思うか?」


「分からない」


「私にも分からん。だが、気づいたあと足をどけることはできる」


「あの人は、どけた?」


「薬を返した」


 祖父は芽の出ていない土へ水をまく。


「次に踏まない方法も探している顔だった」


 昼前、空に数字が現れた。


 残り七十二時間。


 街中が混乱した。


 祈る者。食料を奪う者。家族のもとへ走る者。


 フィンと祖父は畑へ残った。


「世界が終わるのに、種をまくの?」


「終わらなければ芽が出る」


「終わったら?」


「まかなかった場合と同じだ」


 二人は一列ずつ、種をまいた。


 悠真から短い音声が届く。


 止める方法を探している。


 フィンは返信した。


『こちらから、できることはありますか』


 特別な力はない。


 それでも、助けられるだけの側で待ちたくなかった。


 返事は、今日を続けてくれ、だった。


「難しいお願いだね」


「世界を救うよりは簡単だ」


 祖父が笑う。


 フィンは次の種を土へ入れた。


 今日を続ける。


 それが遠い世界の誰かを支えるとは知らないまま、二人は夕方まで畑にいた。


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