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これはガチャを終わらせる物語  作者: 藤崎聖子


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第12話 四十一億年後の地球

 レオンは、ゲームが未来を作ったのではないと言った。


 証拠として、レオンは三つの資料を並べた。


 一つ目は、彼が遊んでいたMMORPGの地図。


 二つ目は、悠真のゲームの地図。


 三つ目は、この時代に残る実際の大陸図だ。


 描かれた年代も、絵柄も違う。それでも山脈の位置と地下施設の場所は一致している。


「俺のゲームでは、ここが魔王城だった」


 レオンが古い地図を指す。


「ファンタシースタープリンセスだと、星喰い竜の巣だ」


「現実には観測施設。時代ごとに漏れた情報が、違う物語へ変わった」


 資料の端には、過去へ送った信号の記録がある。


 文字や映像ではない。人の夢や発想へ混ざるほど弱い情報だった。


「開発者は操られていたのか?」


「違う。届いた断片をどう物語にするかは、作った人間が選んだ。《運営》が用意したのは種だけだ」


 悠真は少し安心した。


 好きだった物語まで、すべて偽物だったとは思いたくない。


 未来から来た欠片を、名も知らない開発者たちが遊べる形へ育てた。その部分には、人の意思が残っている。


「逆だ。未来の情報が過去へ漏れた」


 三人は円形の部屋に戻っている。レオンが記録装置から、断片的な映像を引き出していた。


「夢、偶然、AIの出力。形はいろいろだ。開発者は自分で考えたと思って、未来の出来事をゲームにした」


「じゃあ、ゲームで戦った敵も実在したのか?」


「全部ではない。情報が欠けて、創作が混じった。だが地名や大事件は妙に正確だ」


 画面に古い地図が出る。


 ガルドア。カナン。悠真がゲームで歩いた世界と一致している。


「なぜ未来から過去へ情報を送ったんだ」


 レオンは別の記録を開いた。


 過去へ届いた情報の一覧。


 ゲームだけではない。


 小説。映画。子どもの落書き。学者が見た夢。


 二十一世紀には存在しないはずの未来都市が、何度も創作物に描かれている。


 その中には、七本の剣を持つ女性もいた。


 名前は作品ごとに違う。


 世界を救う女神。


 星を滅ぼす魔王。


 時間を巻き戻す旅人。


 誰もセラ本人を知らないまま、断片だけを受け取った。


「私の情報が、複数の時代へ漏れていた」


 セラが古い絵を見る。


 そこでは七本目の剣だけが黒く塗り潰されている。


「《運営》が送ったのか」


「すべてではない」


 レオンは信号の方向を示す。


「一部は、七星剣の側から過去へ流れている」


「剣が自分で?」


「あるいは、剣を持つ誰かが送った」


 二人の視線がセラへ集まる。


「私は覚えていません」


 セラは答える。


「でも、悠真に見つけてほしいと願ったことはあります」


 記憶より先に、願いだけが過去へ届いた。


 悠真が広告で見た銀髪の影も、その一つだったのかもしれない。


「プレイヤーを探すためだ」


 レオンが悠真を見る。


「世界が終わるたび、最後まで残る人間を選ぶ。そのためにゲームを作らせた」


「誰が?」


 悠真は答えを聞く前に、ゲーム開始時のことを思い出した。


 広告を見たきっかけは偶然だった。昼休みに開いたニュースサイト。画面の隅で銀髪の少女の影が一瞬だけ動いた。


 正式には実装されなかったセラの画像だ。


 広告を押したときには別のキャラクターへ切り替わっていた。それでも気になって、ゲームを始めた。


「最初から、セラを見てた」


「何の話ですか?」


「俺がゲームを始めた理由。覚えてなかったけど、広告に君がいた」


 セラは困惑した。


「未実装の私が、広告に使われるはずはありません」


「だから、誰かが俺に見せた」


 悠真は《運営》だけを疑った。


 悠真はまだ知らなかった。セラもまた、画面の向こうから彼を探していた。


「《運営》だ」


 セラが口を開く。


「私は、その名を知っています」


 二人がセラを見る。


「しかし、思い出せません。思い出そうとすると、記録が閉じます」


 レオンが険しい顔になる。


「鍵をかけられてるな」


「誰に?」


「《運営》以外に誰がいる」


 悠真はスマートフォンを机に置いた。


「整理させてくれ。ここは四十一億年後の地球。俺が遊んだゲームは、この世界の情報を受け取って作られた。そしてゲームは、俺みたいな人間を選ぶ装置だった」


「今のところは、そうだ」


「何のために選ぶ」


 レオンは答えなかった。


 代わりに、完全治癒薬の小瓶を持ち上げる。


「これをどこで手に入れた」


「さっきの百連だ」


「出る瞬間、何か見なかったか」


 寝台の老人。泣く少年。


 悠真はうなずいた。


「別の世界だ」


 レオンは小瓶を光へ透かした。


「ガチャは物を作っていない。どこかから持ってくる」


「誰かの持ち物を?」


「場所ごとな。新宿が証拠だ」


 悠真は小瓶を見た。


 薬が消えた世界で、あの老人はどうなった。


「戻せるのか」


「俺には無理だ」


「セラは?」


 セラが首を横に振る。


「転送元を特定できません」


 悠真は召喚履歴を開いた。


 干し肉。鍋。毛布。治癒薬。武器。兵器。


 当たりが出るたび喜んだ。


 それが誰かの手から奪われたものだとしたら。


 画面に新しい通知が現れた。


 FINAL PLAYERの帰還を確認。


 管理者候補の評価を再開します。


「評価?」


 地下施設のすべての画面が同時についた。


 宇宙が映る。


 星が一つずつ消えていた。


 機械音声が部屋に響く。


「当該宇宙の残存寿命、二十六日」


「管理者候補は、ガチャによる延命処置を継続してください」


 悠真は暗くなる宇宙を見た。


 レオンが低い声で言う。


「分かったか、新人」


「ここは地球だ。そして、もうすぐ宇宙ごと死ぬ」


## サイドストーリー 地球が残した化石


 四十一億年後の新宿で、セラは小さな石を拾った。


 黒く、平たく、片側だけが不自然になめらかだった。


「これは?」


 悠真は砂を払った。


「スマホ……の一部かな」


 確信はなかった。


 人類の建造物は、ほとんど地層の下に消えていた。鉄は錆び、コンクリートは砕け、ガラスは砂へ戻った。かつて駅があった場所には浅い海が広がり、ホームを覆っていたはずの屋根の代わりに、銀色の草が波打っていた。


 悠真は収納から、休眠中のオルドを呼び出した。星晶石を少し与えると、小さな竜は片目を開き、石へ細い雷を流した。


『炭素複合材。微量の金属元素。人工物である可能性、八十九パーセント』


「データは残ってる?」


『記憶素子に相当する構造を確認。腐食率、九十九・九九九九九九パーセント』


「つまり?」


『通常手段での復元は不可能』


 悠真は苦笑した。


「四十一億年も経ってるんだ。当然か」


『ただし、私の内部に星剣ヴァジュラの残響がある。雷は情報の差分を読む。完全な復元ではなく、最後に残った電位を推定できる』


「壊れないか?」


『私は雷を食うものだ。微弱な残響で腹は壊さない』


 オルドが石を両前脚で挟んだ。


 小さな竜の体が静止する。


 一分。


 十分。


 やがて、空中に乱れた映像が浮かんだ。


 人間の顔だった。


 若い女がカメラを見ている。背景には、小さな部屋。映像はほとんど崩れていたが、声だけが断片的に再生された。


《……これを見つける人がいるか分からないけど》


 砂嵐。


《今日、最後の船が出ます》


 画面の隅に日付があった。


 悠真の時代から、約六千年後。


《私は残ることにしました》


 女は笑おうとして、うまく笑えなかった。


《地球を守るとか、そういう立派な話じゃありません。船の席は子供に譲りました。私は宇宙酔いがひどいし》


 そこで一度、映像が途切れた。


《海はもう赤いです。月も、昨日、見えなくなりました。でも朝になると、鳥が鳴きます。鳥は今日が最後かもしれないって知らない。だから私も、朝ご飯を作りました》


 セラが石へ手を伸ばした。


 触れはしなかった。


《未来の誰かへ。もし地球に戻ってきたなら、ここには人がいました。争って、失敗して、それでも誰かに席を譲れるくらいには、悪くない人たちでした》


 最後に、女はカメラの外を見た。


《あ、パンが焼けた》


 映像はそこで終わった。


 英雄の遺言ではなかった。


 世界の秘密も、滅亡を防ぐ方法もなかった。


 名も知らない女が、朝食を焦がさないように立ち上がった。それが、人類から四十一億年後へ届いた最後の記録だった。


「この人は、どうなったのでしょう」


 セラが尋ねた。


「分からない」


 悠真は答えた。


 分からない、と言えることが重かった。


 ゲームなら、登場人物には役割がある。重要な人物は図鑑に載る。過去は設定資料に記され、死には演出がつく。


 現実のほとんどの人間には、記録が残らない。


 パンを焼き、誰かに席を譲り、名前も知られずに死ぬ。


 それでも、その人生が存在しなかったことにはならない。


 レオンが石の前へしゃがんだ。


「名は残っていないのか」


『復元不能』


 オルドが答えた。


「記録番号ならつけられます」


 セラの提案に、悠真は首を横に振った。


「番号だけじゃ、この人がしたことまで消える」


「では、何を残しますか」


「最後の船の席を譲った人。朝にパンを焼いた人。地球も悪くなかったと伝えた人。それだけでも、俺たちは覚えられる」


 セラは小さく頷いた。


 彼女は石の周囲へ、四つの小石を並べた。墓標と呼ぶには、あまりにささやかだった。


 レオンが空間収納から固いパンを出した。


「料理レベル八十七の腕を見せてやる」


「焼くだけだろ」


「焼くだけの料理ほど腕が出る」


 小さな火を起こし、薄く切ったパンを炙る。話しながら焼いたせいで、最初の一枚だけ端が黒くなった。


「レベル八十七」


 悠真が焦げた部分を見た。


「黙って食え」


 セラは一口かじり、真面目な顔で言った。


「苦いです」


「感想を求めてない」


 三人と一頭は、名もない墓標の前でパンを分けた。


 四十一億年前、誰かが一人で食べた朝食を想像しながら。


『提案』


 オルドが言った。


『この記録を、私の恒久領域へ保存する』


「お前が壊れたら?」


『複製する。ここにいる者へ』


 空中に四つの小さな光が現れ、それぞれの胸へ入った。


 悠真の視界に、短い文章が表示された。


《名称不明。地球人。最後の船の席を譲り、朝にパンを焼いた》


 レア度も、属性も、戦闘力もない。


 けれど悠真には、それがどんな最高レアより大切な記録に思えた。


 彼は黒い石を元の場所へ埋めた。


 持ち去ることはしなかった。


「返しておこう」


「誰にですか?」


「この人に」


 砂をかぶせると、墓標は銀色の草に隠れた。


 やがて地殻が動けば、この場所も消える。太陽が膨らめば、地球そのものが焼かれる。


 永遠に残るものはない。


 だから、今ここにいる者が覚える。


 彼らが世界を救う理由は、そのとき少しだけ具体的になった。


 宇宙という大きな言葉のためではない。


 名前のない誰かが、最後の日にも朝食を作れるようにするためだ。


## サイドストーリー 百年目のログアウト


 レオンは、悠真たちが眠ったあとも地下施設に残った。


 百年間使った小部屋へ戻り、荷物を整理する。


 木の皿。欠けたカップ。古い仲間の装備。壁一面の日付。


 捨てるものはほとんどない。


 長く残りすぎた物は、役に立つかどうかでは決められなかった。


 机の上には、サービス終了当日に受け取った手紙がある。


『レオンへ。私は先に落ちます。最後まで残るなら、いつか来る次の人へ、この世界がゲームではないと伝えて』


 差出人はアリス。


 最初の仲間であり、八十年前に亡くなった魔法使いだ。


「やっと来たぞ」


 レオンは手紙へ話しかけた。


「寝間着で、弱くて、説明してもすぐ信じない。だが悪くない新人だ」


 返事の代わりに、古い紙がかすかに鳴る。


 レオンは壁へ刻んだ最後の日付をなぞった。


 百一年目は刻まない。


 誰かを待つ役目は終わった。


 それでも、すぐには部屋を出られなかった。


 終わることを望んでいたはずなのに、終われば空白が残る。


「ログアウトした後に何をするか、決めてなかったな」


 少年のころ、ゲームが終わった瞬間にこの世界へ来た。


 元の世界では学校へ行き、友人と遊び、大人になるはずだった。その続きはもう取り戻せない。


 悠真なら、終わった後にも進めるだろうか。


 レオンはアリスの手紙を収納へ入れた。


 部屋の明かりを消し、扉を閉める。


「最後まで待った。次は、終わった後を見に行く」


 誰もいない通路へ足音が響く。


 百年続いた孤独からのログアウトは、思っていたより静かだった。


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